逃げた先の世界14
「ここに居てもいいですか?」
事態の急変。俺とアレセイアさん、それと彩音は妹である涼音の病院へ行くとすぐさま魔法での治療が行われた。
病状は安定。霊薬と共に行使することによって必ず涼音は良くなるとの事。
「彩音の意思は尊重しよう。だけどね、彩音。ここに居るという事はキミ自身を苦しめる事になる。それこそ、受け入れ難いことが起きるんだ。それでも、受け入れて、ここに居られるかい?」
重い言葉。自分の居るべき場所では無くなったが故に、アレセイアさんの言葉は凄く、重い。
目を背けずに居られるのか、そんなものはきっと、あの杖を握る前に決めたはずだ。だけど、そんなものは自分一人で背負う事なんてない。
「それでも、居るって言うならさ、俺はここに居る」
「私も、見届けよう。魔女として、それが義務だ」
部屋に医師が来る。病状を確認しにきたのだろう。先ほどまで危ない状態だったんだ。
「涼音さんのお知り合いですか?」
昨日まで、ほぼ毎日顔を見せていた筈の医師ですらこの有様。
直に彩音達の両親も顔を見せるだろう。涼音だけではない。親達も彩音の記憶が消えているはずなんだ。
「はい、お友達なんです。でも、きっと彼女は覚えていなくて。それでも、良くなった彼女を一目見たくてここに来ました」
「奇跡が起きましたからね。本当に奇跡です。診たところ、安定しているようですし、どうぞ、傍にいてあげてください」
「はい」
そういって、医師たちが部屋を出ると同時に涼音が目を覚ます。
「おねえ、ちゃん?」
こんな事が? と思いアレセアさんを見るが、静かに首を左右に振っている。
「アナタは誰?」
寝ぼけている言葉ではなく、確かに、貴女は誰だ。と、そう聞いてきた。分かっていたはずだった。
でも、実際に事言葉を聞くのは辛い……アレだけ仲の良かった姉妹が顔を忘れ、不思議そうに、姉の顔を伺っているのだから、彩音からしてみれば叫びたい気持ちでいっぱいのはずだ。
「覚えていなくて当然だよね。私は涼音の友人で彩音。似ている名前でしょ?」
笑顔でいたはずなのに、その目には溢れんばかりの涙を溜めている。
「私達ね。すっごく、仲が良かったんだから」
次第に震えだした言葉は嗚咽に変わり、涙がこぼれ出している。
「ごめんね。泣くつもりじゃ」
傍にいるだけで、何もしてやれなかった。言葉一つかけてやれる言葉が見つからない。
「なかったのに……」
「ううん。霧が掛かちゃって、よく思い出せない事があるんだけど、それが貴女なのかな」
泣きじゃくる彩音を胸に抱き寄せ、そっと撫で始める涼音
いつかの日の再現とでも言おう光景がある。ただ違うのは記憶が無い事。
「ごめんね。私のほうこそ忘れちゃって。貴女をを見ていると、私達の仲の良さが伝わってくる。それだけに、本当にごめんなさい」
「いいの、もういいの」
抑えきれない感情を、ただ涙を流す事でしか表せない彩音を涼音はただ、優しく見守っている。
「涼音がこうして目を覚ましてくれたあぁ」
「うん」
そっと頭を撫でる。
「見かけによらず甘えん坊さんなんだね」
もう一度、そっと頭を撫でる。
「それでもいい」
「うん」
子供をあやすように撫でられ、そのたびに嗚咽を小さくする。
「ねぇ、また、友達になってくれる?」
「いいに、きまっててるよぉ」
彩音の目に一杯の涙を浮かべて、笑顔を向けてる。
「うん。ありがとう」
その目は手のかかる彩音を見ている様で。何処までも、もどかしい……
けれど、ここからまた始められる。記憶がなくても。
◆
あの一件から五日。今日は涼音の退院の日だ。不明の病気、建前上は様子を見ると言う事になっている。
彩音と深く係わった事、これからもこういうことは起きる。
魔女になる事を強制で選ばせてしまわないように、アレセイアさんは動いていたように感じる。
「分かってはいましたけど、記憶は欠片すら、なくなってしまうんですね」
あの日のことが脳裏に蘇る。悩むのも、嘆くのも十分にした。
「嫌な、世界だろう?」
「彼女ほど辛い思いをした訳じゃありません。泣き言は言いませんよ」
「いい返事だ。そろそろ涼音を迎えに行く時間じゃないのかい? 凪くん」
「そう、ですね。アイツもこの辺をうろついてるはずなんで探しに行ってきます」
ただいま。そういって戻ってきたのは他でもない彩音だ。
「魔女様」
魔法の世界へ行くための借宿にここを選んだ。彩音はいつもと変わらず、喧しくて……どこか、無理をしてるんじゃないかっていうくらいに。そして、今日も彩音は誰よりも早く起きて、掃除をして、俺やアレセイアさんにお茶を入れている。
今の彩音は、落ち着きたくても難しいのは見て取れる。
「彩音……」
アレセイアさんの言葉を遮るようにして彩音はことばにする。
「魔女様。後悔はないです。涼音はああでもしなくちゃダメだった。涼音が居なくなるなんてイヤですよ。これも、私が選んだ未来です」
香奈さんの件を体験してるからだろう。自分で選び取った答えなら、後悔は無いと。
「そう、だね。行っておいで、彩音」
◆
退院には俺と彩音、それと涼音で行う事を許可してもらっている。後悔してしまわない様に。
「あ、ごめんなさない。まだ途中で」
「いいよ、手伝うね、涼音」
「ありがとう」
どこかぎこちない二人。記憶が消えてしまっているから。
「タオルは何処に置けばいい?」
「あ、すぐそばにあるバックを使っちゃってください」
最後に残ったのはベースギターだ。大切な物だからと、この部屋に持ち込んだんだ。彩音との記憶が残る物の一つだろう。けれど……
「そのギターは誰のです?」
カメラを回していた人はいたらしい。でも、機械側の不具合で記録にない文化祭。
それはきっと魔女のなった時の副作用。
「涼音のだよ」
彩音がステージに立った。それだけなのに、文化祭の出来事を殆ど忘れしまってる。
あの2週間を。
「凄く懐かしい気がします」
「そうだよ。だって、文化祭のステージは私と涼音、香奈ちゃんに、凪が居たんだから」
困惑の表情がうかがえる。それは、記憶にないのだから。それも、自分だけじゃなくて、周りの人全員なのだから尚更だろう。
記録にも、記憶にも、あのステージは残っていない。俺と彩音の二人以外。
「ごめんね。変、だよね。誰も覚えてない、こんな変な事」
見ていて苦しい。あのステージは香奈さんですら覚えてないんだ。あの曲も、詩も。
無かった事にされている。
「ステージに立った記憶はないんですよ。でも」
手に取って、弾き出したフレーズはあの時演奏した曲の切れ端で……
「未だ見ぬ明日を見に行こう」
ベースのフレーズに乗せた詩は紛れもなくあの時作って結局使われなかった最後の詩。
消えてなんてない。あの時笑ったことも、寝ないでアホやったことも、全部、全部この音が覚えてる。
「あれ? おかしいな……なんで涙なんて」
涙を流したのは涼音だけじゃない。こんなにうれしいことはない。彩音はもちろん、柄にもなく俺までなんてな。
奇跡なんて信じないし、ありえない。ただ一つの事を除いて。
でも、紛れもなく今起っているのは――
「涼音、凪。私……魔女様、ありがとう……」
奇跡だ。
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