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逃げた先の世界13

「涼音の事聞いてもいいですか?」

 あの時から、涼音の容態は良くならない。医者曰く、何処も悪くない筈、らしい。

 やっぱり気になる。彼女が抱えているものについて。

「涼音の病気の事だね」

「はい」

 暫くの沈黙。話していいのか悩んでいるという事は話しておいたほうがいい事であること。

「やはり、その時ではない。いや、恐らくその時はそう遠くないな。うん、話そう。だけど、条件がある。例え答えにたどり着いても、この案件にかかわることは私以外には他言無用。その後なら、私は罰を受け入れよう」

「大袈裟ですね。罰だなんて」

 どう考えても大袈裟だ。アレセイアさんに罰を与えるとまでは行かなくても、許せないかもしれない事をするという解釈に繋がってしまう。

「覚悟はしていたんだが、怖いね。彼女は、涼音は、狂魔病という病を患っている。それは化学という文化が発達してしまった医学では治せない病だ」

「えっと、それは、死を待つしかないと?」

 小さく頷き俺の言葉を肯定する。

「じゃ、アレセイアさんが治すって事は?」

「全ての人を助けれるわけじゃないと言ったのを覚えているかい?」  

「はい」

「それが、答えだよ」

 助ける力を持っていながら、助けない。それが選別するという事なんだろう……

「憤りを覚えたなら、怒って欲しい。近いうちに私はもっと酷い事をする」

 悩んでいる俺に向けられたのは悲しい顔。何でだ? 俺を助けたのは偶然だと言う。

 なら、今回も偶然知っている病気があって、届け主の妹という繋がりや、偶然、魔女風に言うなら縁、それを大事にするものなんじゃ……

 だめだ。頭が真っ白でまともに頭が働かない。

 眠れないまま朝日を拝む事になったものの、一つだけ答えを見つけた。

「おはようございます。アレセイアさん」

「あぁ、おはよう。てっきり怒られるかと思ったんだけれどね」

 アレセイアさんにしては罰の悪い顔をしてそんな事を口にする。

「一つだけ、あっているか分からない答えにはたどり着きました。何故だか受け入れられたんですよ」  

「凪くんはそれで良いのかい?」

 アレセイアさんは俺の出した答えがあっているといわんばかりに答えが不明のものに訊ねる。

「良い悪いかで聞かれたらそれは良くないに決まっていますよ。でも、奇跡には頼っちゃいけないって分かってます。頼ってしまったが最後」

「そうか」

 少し微笑むと、アレセイアさんはこう返事を返す。

「キミがそういう子で私は助かったかもしれない。お願いしてもいいかな? 彩音が、私達と出会って良かったと、そして、避けれない運命を受け入れられるように。しばらくすれば、彩音は姿を見せるだろう、妹を助けにね」

 どこか、寂しそうに言葉にするアレセイアさんの姿がある。彩音に、涼音に、きっと何かを起こす。それが何かは分からない。でも、これだけは決まってる――

「不安性ですね」

 俺達に出会わなければ良かった。なんて言葉を彩音の口から出るわけがない。

「安心したよ、凪くん」



「彩音。キミの妹を助ける事ができる。でも、それには代価を貰わなくてはいけない」

 泣きじゃくる彼女をあやしながら、ゆっくりと、しっかり耳に届く言葉で告げる。

 アレセイアさんの予言通りに、彩音は泣いてる顔を隠しもせずに、この家の上がってきた。内容は、涼音を助けて欲しい。

「酷なようだが、しっかりと聞いて欲しい」

 嗚咽を漏らし続ける彼女はコクリと小さく首を縦にふって言葉を待っている。

「彩音は、今の暮らしを捨てる事ができるかい?」

 そう、あり得ない奇跡には代償がある。代償抜きで扱えば、バランスが崩れていく。

「どういうことだか、分からないです魔女様」

「全てだ。友達も、家族も。今ある生活全てを捨てる事ができるかい?」

 俺の出した答えは当たっていた。アレセイアさんは全て分かっていたからこそ、知らないままで接しなさいと言ったのだろう。

 蓋を開ければ弱った彼女を懐柔するかのようなやり方だったのだから。

「凪くんは怒るかと思ったけど、冷静なんだね。すまない。確かに、言葉を故意に省いて話した。二人も聞いて欲しい」

 アレセイアさんは俺らの目を一度づつしっかり見ると、満足したようにうなづいた。

「魔女の善意は無償ではない。それは何故だと思う?」

「分かりません……」

「凪くんは?」

 アレセイアさんが俺の言葉を待っているという事は、その答えにたどり着けるという事……

「多分。魔の習得に関する事だと思います。無闇に大きな力を行使しないための枷。それでいて、依存しないようにするためには係った人を魔法使いにする」

 満足そうに、悲しそうに頷く。きっとアレセイアさんもこんなやり方に納得していない。

「正解だ。重い難題を押し付けてしまったね。二人とも」

「そんなことないです」

 そう俺が答えると同時に彩音も首を振っている。

 アレだけ笑って、怒って明るかった彼女の面影は何処にもない。

「最後にもう一つ。いくら我々魔女でも、死人は生き返らせる事は出来ない。返事は1週間でたのむよ。どっちの答えを選んでも、君は間違っていない」

 アレセイアさんは彼女を抱きしめる。彼女が泣き止むまで、やさしく頭を撫でながら。



 手紙の本当の意味。それは、魔女になるための魔女から送られる招待状。

 どれだけ考えても、正当性の中に理不尽があり、やっぱり駄々をこねたくなる。

 アレから、五日。期限は明後日に迫っている。今日もあの笑顔の子は現れない。

 現れたとしても、笑顔ではないだろう。

「アレセイアさん。聞いてもいいですか?」

 読んでいる本に栞を挟んで、テーブルの上に置くと体を俺に向けた。

「なんだい?」

「魔女なら、魔法使いなら、蘇らせる事も出来るんじゃないですか?」

「助手を辞めると言い出さないかヒヤヒヤしたよ」

 などと笑って、おどけて見せているけど、これは前座だ。

「ふむ、治癒魔法の説明をしたのがいけなかったね」

 治癒をするのに魂に触れる。本当に魂なんてものがあって、触れる事ができるのならば、体さえあれば人は蘇るのではないのか? そう感じたのが最初だった。

「仕方ない。軽口が過ぎた私の責任だね。話そう、結論から言えば出来る」

「理由はなんですか?」 

「禁忌だからさ。死人がほいほいと蘇っていたら、生とは一体なんだろうか? 人とは何故死に、生まれてくるのか。誰にも分からないんだよ。魔女もね」

 ここまで話してしまうともはや哲学的な話だ。でも、一度疑問なれば考えてしまうし、アレセイアさんも言っているとおり、答えになんてたどり着けるわけが無い。

 もし、何かの答えを得たのだとしても、それは夢、理想、空想の類ではないか? そう考えてしまう。

「返す言葉すらないです」

「若いのだから、もう少し噛み付いてくるくらいの事はして欲しいけどね。凪くん」

「俺は、子供っぽくないですか?」

「やっぱり面白いな、凪くんは。キミは子供だよ。でなければ、あきらめる事を知っている」

 諦めたくないから聞いたのか。そうか、そうなのか。不思議と心にすとんとその言葉ははまる。

「軽蔑したかい? 魔女の仕事を」

「いえ。でも、納得できないです」

「それでいい。大人はどこかで折り合いをつけて諦めてしまう。しなければいけない事も、勿論ある。でも、大人は仕方ないと甘受してしまうんだよ。そうするよりほか無かったんだ。仕方ないじゃないか、とね」

 急にバタンと大きな音を立てて現れたのは彩音だ。目を腫らして、真っ赤になった彼女は、更に大きな涙をこぼしながら膝をつくと縋るような声を上げる。

「魔女様。もう、ダメなんです。もう……このままじゃ」

「決心がついたのかね?」

 いつも優しい声が今は冷たく聞こえる。

「はい。魔女様」

 彩音の目の前に立つと優しく微笑む。さっきの声が嘘のように。

「目を見せてくれないかい?」

 優しく目じりに溜まった涙を手で拭う。

「まだ、迷いがある。本当にそれでいいのかい?」

「私には、もうこれしかないんです」

「きっと、このままじゃキミはどっちを選んでも後悔する」

「だけど、だけどぉ……」

 今にも消え入りそうな声で恐怖と懇願の声。それだけ彼女は身を引き裂かれるような思いをして、この森へ来たんだ。

「私の見積もりも甘かった。星の廻りがこういう形でずれるとは思っていなかったんだ」

 本当に申し訳ないと、下唇を噛むアレセイアさんに俺は、また無理な言葉をかける。

「どうにか出来ないんですか?」 

「出来ない」

 分かっている。でも、魔法使いでもない俺は更に無力だ。

「だからね、彩音、よく聞きなさい」

「はい」

「キミは私を恨みなさい」

 何を? と言っている表情を彩音はアレセイアさんに向けている。俺だってそうだ。

「さぁ」

「何を言っているか分からないです。魔女様」

「キミは、魔女に騙されて、家を捨てた。いいね。だから、私を恨みなさい」

「そんな事出来ません! 優しくて、温かくて、そんな人を恨むなんて絶対に出来ません! この1ヵ月私も、妹も貴方と、凪に救われたんです。そんな人恨む位なら、全てを捨てた方がマシです」

 そういいきった彼女の目には涙は無く、いつもの顔で不適に笑って見せ、胸を張って声を上げるといつもの顔に戻る。陳腐すぎる言葉を上げれるとするなら、彩音は強い。

 嫌になって、逃げ出した俺なんかとは違う。哀れであると同時に、眩しい。

「俺は、どっちの選択をしても、彩音の傍にいるよ」

「こんな時にばっかり、かっこつけて、凪のくせに」

 今は、これでいい。いくらでもピエロになってあげよう。

「私は決めたわ。さぁ、魔女。私は貴女と誓約交わします」

 彩音の目力にアレセイアさんは満足げな顔をする。

「ああ、誓約だ」

 彩音の体に触れると現れた一本の杖。それを差し出す。

「それは、キミその物だ。その杖を握った瞬間から誓約が交わされると思ってもらう。引き下がるなら今のうちだぞ? これを取ってしまったら、元には戻れない」

 杖に手を伸ばしたその手は、震えている。変わってしまうという恐怖がまだあるのだろう。でも、震えは次第にとまり、そっと杖を握る。

「これで、助けてもらえるんですね?」

「魔女は、約束を破らない。さぁ、助けに行こう。彩音の妹を」 

読んでいただきありがとうございます。

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