逃げた先の世界12
文化際が終わった一週間後。
香奈さんが今住む場所はこのカフェ。住み込みこんででお金を工面する形で今の形を続けている。
彼女の演奏は認められた。その上で、改めてお誘いがあったそうだ。
けれど、香奈さんはそれを全部蹴って、ここに居る。師として、神埼美穂さんの姿も。最近はでは、香奈さんの我侭に困りながらも、少しづつ、ピアノを弾いてるとか。
「いらっしゃいませ」
スカート丈の短いメイド服、もとい、ここの制服を着た香奈さんが出迎える。
彼女がこの店の看板になったおかげで客足は今でも伸びているらしい。
それと、もう一つ、この店が変わった理由がある。
店の片隅に置かれたソレに腰をかけて、指を、鍵盤を踊らせ始めると、忙しくない時間、ゆっくりとした時間が流れるような感覚にすら陥る。
「憩いの場だよね」
「何よ凪、そのおっさんくさい言葉は」
「凪さんの気持ち、分かる気がします」
形に嵌らないピアノ。香奈さんが気ままに曲を奏でる舞台がひっそりと存在している。
勉強や係わり方が微妙に変わっただけで、音楽から離れたわけでもない。
どころか、最近では作曲に手を出し始めて、エレクトローンピアノに凝っているらしい。
小さな所から始まる音楽家だなんて事もあるのかもしれない。
「今回の依頼はこれでよかったのかな」
ピアノを弾いている香奈さんを見てぼやく。
「自信がないわけ?」
「俺達は少し手を差し伸べただけだ。やれたのは香奈さんだからだよ」
それが課題でもあったしね。手を差し伸べる、か……
今回の案件は魔女の仕事において悩んだ答えで、今もどうして良いかが分からない。
そんな曖昧な答えしか出せなかった。今回は上手く転がっただけ、そう思う。
「難しい顔してる。いいじゃない。凪は頑張った。その上でうまい事行った。なのに、賞賛を素直に受け取らないのは謙遜しすぎってやつじゃないの?」
分からなくもない、でも……
言葉が詰ってしまうくらいには未だに悩んでいる。
「そうかな?」
「そうよ。貴方がそんなんじゃ、この道を選んだはずの本人すら自身が無くなっちゃうじゃない」
そういわれてしまうと納得出来ることがある。他人の気持ちが分かる。だなんて、自惚れるつもりは無いけど、依頼主の近くでは胸を張ってあげるべきだ。そう思う。
「そう、だな」
何気なく涼音を見ると顔が紅い。無理をさせていたんだ。もしかしたら、それがたたって。
「涼音、大丈夫か?」
「ちょっと、体調が悪いだけです」
言葉にすると良く分かる。浅い呼吸を繰り返していて、どう見ても、無理をしている。
薬が切れた? あの時に飲んだのは抑えるものであって治すものじゃない。
「どうしよう、凪……」
言葉は震えていて、動揺し始める。予想でしかないけれど、身体が弱いなら、こういう事も初めてではなかったはずなのに。
「すみません、ハルさん。奥借りてもいいですか?」
俺達が演奏の練習に使っていた部屋に、涼音を寝かせる。
「涼音? すずね?」
「おい、動揺し過ぎだって!」
とは言ったものの、あの夜に見たのと似てる。
「あの、涼音の具合が悪いって」
「あぁ、香奈さんか」
部屋に入ってくると、涼音の顔を覗き込む。
「涼音?」
あの二人を見て言葉を失ってる。
「今はまともに返事出来る状態じゃないよ。二人とも」
なにより彩音が動揺しきってる。
「彩音。薬か、なにかないのか?」
ダメだ。返事がない。
「ゴメン、香奈さん。今、こんな感じなんだ」
「いえ」
「香奈さんはここに居る?」
「弾いてきます。涼音のために。ここで、燻っていても何も変わりません」
流石色々断ち切っただけの事はる。別人、なんて思って変じゃない。
「うん。お願いするよ」
程なくして音楽が流れ始める。何かの編曲なのか、はたまたオリジナルなのか。
何曲か続いて、涼音が落ち着くと、病院へと涼音をおくった。
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