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逃げた先の世界11


「おはようございます。凪さん」

 涼音の声で目が覚める。今日は学園祭当日。

「あぁ、おはよう」

 クスっと涼音が笑った。あー、違うな。笑われた? 寝起きで余程酷い顔でもしたんだろうか。

 とりあえずは洗面所だな。

 すれ違う香奈さんすら顔を引くつかせてごめんなさいと一言残すと走り去っていく。

 俺の寝起きってそんなに酷いのか? と思いつつ、辿り着いた鏡をのぞき込む。 

「くっそ! 誰だよこんなアホなことしたの!?」

 顔を洗いに洗面所に行ったらこれだ。

 欠伸をしたとき、涼音にクスリと笑われた理由が分かったよ!

「だって、起きないんだもん」

 洗面所を覗き込んでケタケタと笑い始める彩音。許さん……

「可愛く言ったてダメだ。彩音の顔にも書かせろ」

 きゃーなんてワザとらしく言葉にして俺から逃げる。

 こんなバカな事になったのも理由がある。学園祭が近づいてきたからだ。

 睡眠時間を極限にまで、削る必要があった。俺や、彩音と、涼音は形しないといけないし、香奈さんもピアノの練習が必要だ。

 それに、俺達も舞台に立つ。十分に練習した上で学園際に臨む必要がった。その甲斐あって、形にはなってるはずだ。

 なにより、香奈さんの演奏後。恥をかきたくなければ、よう練習。

 で、寝て起きたらこの惨事ってわけだ。

「よし、皆そろってるね」

 まだ開店していないカフェのフロアで皆を見る。   

「揃ってるわよ。凪ちゃん」

 くっ……やっぱりこの格好をしざるを得ないらしい。

「ほう、いい趣味してるね。凪ちゃん」

 厄介な人が出てきましたよ。

「ですよね」

 だまらっしゃい彩音。

 パシャ。え? 今シャッター音したよね?

「ちょっと、ハルさん」

「記念、記念」

「マジで返してくださいよ。それはマズいやつです」

「いや、凄くいいと思うんだよね」

 デジカメのファイルを皆に見せて、ね? なんて見方を増やしてる。

「確かに、恥ずかしいだけだと可愛そうだね。ちょっと待ってね」

 何を取りに行ったのか、二階に上がっていくとドタドタとすぐに戻ってくる。

「凪くんにプレゼントだ。うん」

 投げ渡したのはチョッカ―? 首に付けるやつだよね。

「これを付けろって事ですか?」

「すんごく面白いパーティーグッズだよ。付けてしゃっべてみると面白いよ」

 何となく分かったきがする。

「これで、いいですか?」

 やっぱりですか。声が女の子になってるよ。魔法ですね。

 パーティーグッズなんて行ったのは香奈さんがいるから。

「わぁ。どうなってるんですか? これ」

 何となく事情が分かる人はともかくとして、疑問にしかならないのは分かる。

「ちょっと喉を絞めてね。声色を変えるんだそうだよ。試験品って話だから、詳しい事は企業秘密で私も知らないんだよ」

「へぇー面白いものを作ってる人も居るんですね」

 今の説明で納得しちゃうの? 変に突っ込まれれば間違いなくボロが出るから、いいと言えばいいんだけど。



 学園祭開始時刻。俺には行く教室はないので、以前使った教室に身を潜めてる。

 今考えると皆と一緒に行かなくても良かったんだよね。学園際そのものには興味ある。

 とりあえず、時間の午後の二時になるまでは暇なんだよね。

 始まっちゃえば学園を歩くもの悪くは無い……この格好じゃなければ。

「よっす。居る? 凪」

 扉をかけて顔を出したのは彩音だ。時間を見るに、朝のホームルームだけをちゃちゃっ

とやってここに来たんだろう。 

「生徒手帳もってないんだから、変に出歩くのはマズいでしょう。始まっちゃえば一々聞いてくる教師はいなんだろうけどさ」 

「ですよねー。後ちょっとすれば涼音も来るだろうし、一緒に回ろうよ。香奈ちゃんも午後には合流するってさ」

「そのつもりだった。放置されてたら、一人で歩いてたかもな。ってなんで笑い出すんだよ」

 朝さんざん笑ったろうに。 

「だって、その顔と声で男言葉っておかしいよ。可愛すぎ……くっあっはははは」 

 ついぞ堪えきれなくなったのか、机まで叩き出す。

「朝だってそうだっただろう?」

「朝はばれるから、ってあまり口を開かなかったじゃない」

 そういえばそうだっけ。ここに着いて、冷静になってみればそうだった。

 女装してるし、視線がスゲーあるしでビビりながら歩いてたから忘れてたよ。

 恰好は改善されてないんだけどね。まぁ、皆曰く絶対にばれないっていうんだから信じよう。

「居ますか?」

 続いて、顔を出したのは涼音の方。

「皆さん揃ってたんですね」

「私も今着たところだよ」

「そういえば、二人は教室の方行かなくてもいいの? 部活とか、教室じゃ出し物してるんじゃ?」

 今回は時間を取るのが難しいはずだ。今日に事かんしては午後は香奈さんと一緒に舞台に立たないといけないし、そのリハーサルも考えると、午前中はいないとマズイだろう。

「おやー? 心配してくれるの?」 

「いいだろ、べつに」

「ツ、ツンデレさんです」

 なんか、可愛いとまで涼音に言われるこの惨状。くそー、自分でも変に可愛い声が出るから調子が狂う。

「今日は全部空いてるわよ。明日は結構拘束されちゃうけどね」 

「なら、大丈夫か午後には一度あわせておいた方がいいしね」

「いえ、練習はしないつもりだと思いますよ、お姉ちゃん」

 それだと、本番心配じゃないのか。

「これ以上やったって状況の改善にはならないわ。私達に出来る事は楽しむ事」

「まぁ、そうだけど」

 もっともなんだけどね。最後には足掻きたいなんて思うのは、俺が心配性だからかね。

「それじゃ、遊び倒すわよ? 二人とも」

「ほどほどにしろよ?」

「そうそう、凪は女の子として扱うから、一人称は私。後、もう少し柔らかく話しなさい」

 結構ガサツな彩音が何をいいますか。

「はい、今、変な事考えたでしょ?」

 感の鋭い……

「分かってますよ。私もバレたくないしね。細心の注意を払いますとも」

 中身バレだけは何としても阻止しなくちゃいけない。社会的終わっちゃう。


 

 お昼を過ぎて、一番いい時間帯。が香奈さんのお披露目だ、それも、どっちに転ぶか分からない大勝負。

 軽音部の後なものだから、ピアノだけの演奏を聴かされても退屈と、席を立ち始めてる人達も居る。

 退屈なものにはさせないから、見ていてください。その言葉だけを残してピアノの椅子に座った。外は喧騒が響いてるのに、何故か静かだ。

 手を鍵盤へと運ぶ。一フレーズ。それだけで、会場の雰囲気を変えた。

 立ち上がってた人も、つまらなそうにしてた人も。その音は会場を包み込む。

 よくある言葉に、長いようで短い時間。それが今、まさにそれだ。

 音が止まると、それは歓声になってこの場所に響く。 

「えっと、ありがとうございます」

 弾き終えて、マイクを持つと、感謝だけを最初に。

「クラシックって、なんかお堅いイメージがあると思います。さっきの曲も全部、フルアレンジして、弾いた曲です。元の曲に比べれば、大分変えたかなって自分では思ってて。あー、やっぱり、前置きが長いですね。最後は私の友人達で作った曲をしようと思うんです」

 香奈さんがエレクトーンピアノに移動すると、合図が送られて、舞台の上に立つ。あれだけの演奏後なんだ。余計に緊張する。

 見た目だけは全部女の子グループに見える上にギターなどの楽器。何をするのか、察しの付いた客は指笛まで鳴らしてる。

「えーっと、前置きしてる時間もないですね。曲名だけ。凪さん」

 香奈さんからマイクを受け取る。

 これは俺達が見ようとして、見たいと願った詩だ。だから。

「曲名は、これから見る世界」

 彩音にマイクを投げて、弦を弾く。



「最後のうけたのは良かったんだけど、アンコールされるとは思わなかった」

 まだ、学園祭の喧騒が聞こえる。弾いた後の余韻もあって気分も高揚気味だ。

「これも、皆さんのおかげです。私、決めました」

 それはこれからの事。

 ここかな? なんて言葉と一緒に、扉を叩く音が聞こえる。どうぞ、と返事を返すと、姿を現したのは神埼美穂さんだ。

「良かったら、一緒に居てもらえませんか?」

「そのつもりで、来させてもらったよ。大盛り上がりだったね。最後の曲は良かった」

 俺達は顔を見合わせる。香奈さんが立ち上がって、神埼さんに言葉を伝える。

「あの、私は、この町に居る事にしました。私だけの世界を見るために」

 答えだけを聞いてしまうと簡単かもしれない。彼女にしか分からない答えが、心にある。

 香奈さんの答えを聞くと優しく頷く神崎さんの姿がる。神埼さんが待ち望んでた答えを貰ったんだって分った。

「そう、貴女だけの世界を見るける旅に出るのね」

 神崎さんの、この詩的な言葉も、プロだからなのか、それとも、神崎さんから出た言葉だからなのか、普通ならくすぐったい言葉なのに、素直に入ってくる。

「旅、ですか?」

「そう。教わるだけじゃ、辿り着けない自分だけの音を作るためのね。私も、これで香奈さんの横に居たいって心から思えた。貴女はどんな世界がみたい?」

「私の横に居るって事は、その、神崎さんは」

「私を踏み台にする。嫌、かしら?」

 嫌も何も、尊敬してる人を踏み台になんて、普通は考えもしないだろう。

「言葉を変えましょう。私を踏み台にして、香奈さんの見る世界が見たい。私には叶わなかった世界がそこには広がってる気がするの。夢破れた私の、わがまま。だから、これはギブアンドテイク。どうかしら?」

「いいんですか? それは、自分を潰すこ事になりかねないんですよ?」

「今更ね。頂から、足を踏み外したのが私。その上、怖くて自分の脚で歩けなくなってしまった。だから、全部今更なの」

「一つだけ、お願いがあります。私と居る時だけでいいんです。あの時みたいに、弾いてくれませんか?」

 一度、喫茶店で演奏した時か。アレだけの演奏をしたのに、何故かその手は震えてた。

「厳しい事を言うのね。分かっているんでしょ? 香奈さんは」

 何をしているわけでもないのに、その手は震えてる。今なら分かる。きっと、弾く事への恐怖から。

「はい。私の原点は神埼さんですから。まずは、乗り越えないと、いけません」

「私の教え子になろうとしてる人は、どうやら師に厳しいらしいわ」

 気持ちを整える様にして、そうね。と言葉を続ける。

「師である私が、この体たらくじゃダメよね。いいわ。私も、教え子の願いの一つ位叶えましょう」

「はい。ありがとうございます!」

 感謝と誠意。言葉と、行動のにのせられる。香奈さんのやった俗に言うお辞儀は今まで見てきたどんなものよりも、重い気がする。

 



読んでいただきありがとうございます。

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