逃げた先の世界10
学園から帰ってきて、香奈さんは喫茶店の演奏。俺達はフロアや、奥の方で、洗物。
お店が終わったら、俺達の演奏を見つつ、更にピアノを弾く。こんな生活が今日で一週間経とうとしてる。
「そういえば詩の方なんだけど、私と、涼音はこういうのがいいなって」
お客の少ないこの時間に、詩を改めなおしてる。勿論使える部分は使っているけどね。
と、言うのも、曲名が決まった。それは、何かが吹っ切れた香奈さんがいきなりピアノを弾きだしたして、こんな感じの曲で、タイトルがこれ。なんて、紙を見せられた。それで、急遽ポエムでもなんでもいいから、タイトルに似合った言葉が欲しいって事になったわけだ。
「こうしてみると、何だかんだ、一番詩的なのは凪さんですね」
俺達3人から、詩を書いた紙を見合わせてそう答える香奈さん。
「彩音達のも見せてよ」
「えー」
あからさまに目をそらして、そんなに嫌なのかよ。
「お姉ちゃんのはダメっぽいですけど、私のをどうぞ」
涼音から、紙を受け取って、詩なり、ポエムなりに目を通す。
「この詩、私達の目線はどこか違う。えれど、見えてるものは一緒なんだ。っていうのはいいよね」
「どれどれ、この詩は頂きですね」
香奈さんが詩をピックアップして、歌詞に代えて行く。それも、すさまじいスピードで。
「なんか、毎日贅沢してるみたいですね」
涼音が言葉を漏らす。
「毎日をこういうふうにして過しているから、なのかもしれないですけど、今の生活、結構気に入ってたりしてます。音楽で食べていこうとしてるのに、考えが甘いですよね」
それに、きっとあのプロ達が来てから、香奈さんは何となく雰囲気が変わった。
「いや、色々な人に迷惑をかけて、力を貸してもらってるけど、俺もこういう生活好きだよ。いや、俺も、理想論語っちゃってるんだけどね」
上手く聞き取れない言葉をぼやくと、何かを納得して、もう一度言葉にする。
「今こうやって、音楽を作って、弾いて、やっていけたら一番いいなって思っちゃってるんです。ホント、わがままにもほどがありますよね」
「ならさ、そう出来るように歩こうよ」
香奈さんなら、そう思う。実力は折り紙つきだ。さっきの演奏だって、社交辞令での拍手なんかじゃないのは分かる。
「続けられるんですか?」
「難しいと思う」
でもだ。現に、ここで仮にもやってる。
「ハルさん」
「都合のいい時にだけ、呼んでくれちゃって」
苦笑いをしてるけど、これは試されてる気がする。アレセイアさんに、キミなら、どうするんだい? なんて言われているようで。
「彼女の演奏が良好なら、ここで、雇ってくれませんか?」
「なるほど、それは面白いね」
「彼女には、力があります」
「それは、ものに出来る力なのかな?」
ただ演奏が上手いだけじゃダメなんだ。ハルさんを納得させる言葉を見つけなくちゃいけない。どうやって? 算段は? 何を言えばいい。
数回しか言葉を交わしてないのに、言葉が出ない。
「あの!」
香奈さんから声が上がる。
「ものに出来る器かどうか、学園際の演奏を聴きに来てください。曲を作ったんです。私の見たい未来のために作った曲を。勿論作るだけじゃないです。弾くのだって。貪欲に全部欲しいんです」
「それは、ここじゃないといけないのかな? 先方のお誘いに乗るのもまた道だと思うけれど?」
「誰かに、教わるのは近道だと思います。教わりたい事だって沢山ありますけど、そこに行っても、きっと私の知りたい答えは無い気がするんです」
「この前の神埼美穂さん。と、言ったかな。あの女性に教わりたいって事?」
尊敬してる人に教われるなら、それに越した事ないはずだ。
「確かに、教わりたいです。けれど、きっとあの人は答えをくれませんよ。それだと、私の音じゃなくなるんです。私は、ここで見つけたい」
言葉の無い時間がこれほどまでに長く感じた事なんで、今まで無かった。
どれだけの時間が流れたのか、案外、短いかもしれないし、やっぱり、それ相応に経っているかもしれない。
ゆっくりと、ハルさんの口が動く。
「分かった。約束しよう。貴女の演奏を聴きに行きます。貴女の形を見せてください。勿論、アピールするのに、ここ居る間は、ピアノを使ってもOK園村香奈という演奏者に私がほれ込めば香奈さんの勝ちだ」
ハルさんが微笑んでくれると同時に時間が動き出したかのようにも感じる。そして、こう言葉を添える。
「じゃあ」
「香奈さんしだいかな?」
「私、がんばってきます」
言葉を残して、ピアノを弾き始める。華やかな曲。きっと、今の心情を表しているかの様な。
「及第点かな。凪くん」
「まさか、及第点をもらえるなんて思ってなかったですよ」
「香奈さんが自分の意思で、というのが大事なポイントなんだよ。凪くんが代弁して、彼女が黙ったままなら、私は首を振ったかもしれない。勿論横にね」
「まさか、そんなに綱渡りだったなんて、思わなかったですよ」
安堵から、なのか、嫌な汗と、苦笑いがでる。
「でも、いい方向へ転がった。アキ風に言えば、ね」
「首の皮一枚だった事を考えると、心臓に悪いです」
「そんなものだよ。人は。さぁ、ホールに戻ってくれるとあり難いかな」
「はい」
お客がまた一人喫茶店に入ってくる。その一人が香奈さんのファンになるように、祈って。
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