逃げた先の世界
処女作になりますが、是非、読んでください。
夜の星明りしか届かない場所。見渡す限りの森、その一角に小さく切り取られた場所では、風に吹かれて桔梗の花がなびいている。不思議な点をあげるとすれば、光を帯びている事だろうか。
そこに一人の女性が佇んでいる。
地面に杖を突き立てると、光る不思議な文字が浮かび上がり、魔法陣が現れ……
「廻れ星の導き手よ」
女性が言葉にすると、光という名の星が花から生まれ漂う。
「廻れ運命よ」
再び言葉にしたそれは、反応するように――
「我はその姿を願おう」
紡ぐ言葉が増えるごとに――
「我はその姿を拒もう」
新たに光りは生まれ――
「星廻りの出会いを我は望もう」
小さく動き出す。
星の動きを眺めている女性は、見守るように、生まれた星星を眺め、そして言葉を漏らした。
「小さな星が二つ……」
愛おしそうに、満足そうにその星を眺めている。
◆
次に目を覚ました時にはベッドの上で寝ていた。
ここは……
連れ戻されたわけでも、病院でもないとすると……
見渡すと、木造の家、暖炉にアンティークな家具。
まだ頭がぼんやりしている頭に活を入れるために頭をぶんぶんと左右に振る。
「目が覚めたかい?」
ドアを開けてやってきたのは、日本で着るものとは思えない服を着ている。
黒いローブに帽子、杖なんかは想像する魔女そのものだ。
「あ、あの、ここは? あっ、すみません。お礼が先ですよね。助けていただいてありがとうございます」
すると目の前の魔女は特に、特別な事はしていないと言う。
謙遜でもなんでもないと。
「君を助けたのは、たまたまだ」
そう言うと魔女は、帽子を取り、テーブルの角へ帽子を置いた。
日本人と何処かの国のハーフ、いや、もしかしたら、クォーターかもしれない相貌が露になる。
日本人女性にしては顔の堀が深く、髪の色は金、目の色は鴉羽色、そしてモノクルが知的なイメージを与える女性だ。
「森で寝ているのがいる。面白そうだから連れて来ただけさ」
ああいうのをアルカイックスマイルと呼ぶのだろう。品と優美さが揃って初めて出来るのだと聞いたことがある。
「あの、すみません。再度聞く事になるのですが、ここは何処ですか?」
不思議な事を聞くのだな。とでも言いたげな表情を浮かべて、台所へと足を向ける。
飲み物はコーヒーでいいかい? と言葉を添えて。それに俺はこくりと頷く。
「ここは、魔女の森さ」
「魔女?」
そんなものが本当に存在するのかと本来なら否定する所だろう。でも、目の前の魔女は何も無いところから火を出し、フラスコに火をかけている。
それこそ、ただの手品だと言えばそこで終わりだ。でも、そうじゃない。説明は出来ないけど、これはそういうモノじゃないと感じざるをえない。
「そう。人間界での客人は久しぶりでね。ほら、コーヒーが入ったよ」
カップを置く小さな音が部屋に届くと、漂う湯気は次第に部屋をコーヒーの香ばし香りへと変えていく。
「あっ、どうも。いただきます」
コーヒーの良し悪しを良く知らないけど、これは美味しいと素直に感じる。
暫く口にしていないとか、そういうの抜きにしてこのコーヒーは美味しい。
温かい飲み物に安心のしたのか、今度はお腹が講義の声を上げる。
「あっははは。すまない。君にはまず、食事の方が先だったかな」
「ホント、すみません」
「いやいや、謝る必要は無い。私の気まぐれだからね。お風呂に入ってくるといい。その
間に食事の用意をしよう。そしたら、ゆっくりと話でもしようか。君が何故、森に倒れていたのかも気になるしな」
うんと頷き部屋の奥を指差す。
「ゆっくりと湯に浸かってくるといい。お風呂はあの奥だ。使い方はあえて言わないでおこうか」
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」
訳ありの顔で見送られる俺は風呂場に着くと、なんだこれ? とは思わずにはいられない。
まず、シャワーはノズルだけ。どう見てもおかしい。なのだけど、水を止めるボタンを押すと塞き止められていた水が溢れ出てくるかのように水が出始める。
驚きは勿論する。が、魔女のお風呂場であれやこれやと驚いていても埒が明かない。
適応しつつある自分に思わず笑いが出る。
「ほんと、家出のたどり着いた先が魔女の家だなんてな」
湯船に浸かり、一人ごちる。
まともな風呂なんて一体いつぶりだろうか……
家出の理由。まだ、帰るわけにはいかない。それが、子供の屁理屈だとしても。
思い出すのは家を出たあの時の事。
『俺はオマエのためを思って』
嘘だ。形だけの、上辺だけの、薄っぺらくて、いい加減に聞こえる言葉。
『違うね。アンタは俺のためと言いながら、言う事を聞かせて喜んでるんだ』
『違う。俺はオマエの将来を考えて!』
『何も違わないね。気にするのはいつも回りの事、自分の体面の事だろ。オマエが、オマエで胸を張っていたいから、それを押し付けたんだろ』
そうだ。そうに決まってる。人のためと謳い、いつも自分や周りを気にしている。
俺のためだと言っているのに、俺の気持ちが優先されないのは何でだ。答えは俺を人形くらいにしか思っていないからだ。ふざけるな。
『結局は、自分の理想を押し付けて自己満足に浸りたいだけだろ! 偽善もいい加減にしろ!』
そういって家を飛び出したのが夏休み、八月の頭だ。
家出して、勿論いくてなんかも無い。何度かは友達の家になんかも泊まった。でも、いくら友達といっても限度がある。他所の家に迷惑はかけれない。
最初はお年玉もある。それまでに何とか出来るはずだと思ってた。
そう思ってただけで、家出はそう長く続けられるはずがなかったんだ。
結局は、無力な学生が駄々をこねたに過ぎないのだから。
自由だ。だなんて思っていたのは最初だけで、俺がいかに守られていたかがわかる。
まず何をするにしても、お金だ。
住む場所、食べるもの。全てにお金がかかる。当たり前すぎて、考えもしなかったんだ。
今思えば、ここまで逃げていられたのも、誰かに頼った。
一人じゃ何も出来ないなんてな。こんな事なら泣きついて謝ればよかったのかね?
返事なんて返ってくる訳がない。それはそうだ……
頭の思考を止める。無意味だから。そうだ。このまま寝てしまえばいいんだ。
そうだ、そうしよう。そうすればきっと、目を覚ました時には、暖かいベッドでの上で寝ている。
止めた思考は、ありえるはずも無い事を願い始めている。幸、眠気が何も考えさてはくれない。
そのまま意識を閉じよう。
「そんなバカな事をして、このざまか……」
◆
お風呂から上がると早くもこの体は食べ物を催促している。湯船に浸かったからといって、腹が膨れるわけでもない。
暫く水しか口にしていないこの体は久しぶりの美味しそうな食べ物の匂いで過剰にまで匂いを嗅いでしまう。
「上がったね。どうだっかい? お風呂は」
「なんですかあのお風呂」
こうなる事が予想できたのだろう。俺の言葉を聞くなり笑い始める。
子供が純粋に笑うような感じで、不思議と嫌な感じはしない。
「すまない。キミはいやな顔一つしないんだな」
「いえ、なんか、怒るのも変かなって」
「本当にキミはおもしろいな。うん。それじゃあ、食べようか」
「はい、いただきます」
食事の片手間に魔女は口を開く。
「余程お腹がすいていたんだね。食べながらでいい。手は止めなくてもいいよ。勿論、言葉にする時くらいは止めて欲しいけどね。強制はしない」
俺の食べっぷりに目を丸くしながら見ている。直ぐに頬をほころばせると、こう言った。
「君はどうして森にいたんだい?」
それは気になっていた。俺が入ったのは森ではなく林。少し広いけど、迷う事ないはずの大きさだ。地図を見ても、せいぜい5000平方メートルくらいでしかないだろう。
「俺にも分からないです。森ではなく少し大きめの林だと思っていましたから」
ふむふむと手を顎にあて、頷き始める。
「面白いものもあるものだな。つまりは迷い込んだのか。それは面白い」
「と、言うと?」
「君はこの森の事を知らないで迷い込んだ。迷子の人というわけさ」
物知り顔で答える魔女はやっぱり楽しそうに頬ほころばせながら答えを出した。
「えっと、変な事なんですか?」
「ああ、面白い。この森はね。正しい手順を踏むか、魔女でなければ、入れないんだよ。君が私に会ったのは全て偶然。きっとそういう導きだったのだと思うよ。だから面白い」
ああそうだ。と何かを思いついたように目の前の魔女はポンと手を打つ。
「偶然ついでに、君は私の助手になるつもりは無いかい? 魔女は縁を大事にする生き物だ。占星術というものがあるだろ? ああいうものは昔から信じられているものでね」
おっと、話しすぎてしまったね。君の意見も聞かずにと、食後の紅茶を注いでくれる。
紅茶を一口。不思議と、気分が軽い。なんだか落ち着く。
「魔女って何をするんですか?」
「ふむ、確かに仕事内容も聞かないうちは決められないな。魔女の主な仕事は、手紙を配るのと、死んではいけない、もしくは死んでしまうと人類が損害を受ける者に手を差し伸べる事」
更に紅茶で口を湿らせると、魔女はマイペースに話を続ける。
「真に損害となりえる人間は魔女が助ける。この世界のシステムはそうなっているのさ。勿論、我々も万能ではないし、困っている人間全てを助けられるわけではない。だから、君を助けたのは奇妙な縁なんだよ。助手を横に置く事も珍しいのさ」
話を聞く限り、何処まで信じていいのか判らない。すべて与太話に聞こえてしまうし、この科学社会に魔法なんてものがあったら、常識がひっくり返りかねない事もあるかもしれない。
でも、そんな事は些細な事だ。俺にはそんな事を考える必要もないほどに。
あの家から出れるのであれば……
「助手の件、お願いします」
勤め先と言っていいか判らない。しかも、魔女だと目の前の女性は言う。お風呂場やコーヒーの事を考えてもまだ信じられない事だらけだ。でも、そんなのは関係ない。
一人でやっていけるかもしれない場所を見つけた。願ってもないチャンスじゃないか。
「うん、誓約成立だ。あっ、誤解しないで貰いたいのは、誓約といったけど君自身に制限が掛かるようなことは一切ない。これは魔女が勝手に言っているだけさ」
よろしく頼むよ。と手を出される。こういうのは何処も変わらないってわけか。
「えーっと、そういえば私はまだ君の名前を聞いていなかったな」
「凪です」
「このご時世に苗字がないのは変じゃないのか?」
「家を」
「あー、いや、いい」
手を前に出して振っている。
「君にも事情があるのだろう。気が向いたらで構わないよ。私はこう見えて一応日本人なんだ」
謙虚さが日本人の売りだろう? とあのアルカイックスマイルを浮かべる。
「まぁ、でも私の本名は普通の名前でね。名乗る時は魔女としての名前を名乗るようにしているんだ」
大胆に、大袈裟にかしこまって見せ、一礼。
「私は、アレセイア。アレセイア クローリィー」
その日一番柔らかい笑顔を俺に向けて握手を交わす。
「よろしく頼むよ。助手の凪君」
読んでいただいて、ありがとうございます




