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ヤンデレさんの世界 アルストロメリア

 彼女の存在を認識したのはいつだったか。

 この世界では滅多にお目にかかれない稀有な色である黒髪と黒曜石の目を持つ彼女。

 ああ、こんな所に僕の番≪つがい≫がいたのか。

 無意識のうちに手を伸ばし、触れたと思ったそれは波紋となって広がり、あっと呟いた時には全身が冷たいそれに包まれる。ばしゃんと大きな音を立てて湖に沈んだ僕は軽く絶望した。

 なんてことだ。僕の番≪つがい≫は異世界人だったのか。


 彼女の住まう無機質で機械ばかりな世界とは違い、科学よりも魔術が発展した緑豊かな世界、スウェンティオール。

 彼女の世界にある、車輪が四つある四角い箱はないし、住処だってこちらは天まで届くような建築物はない。技術の発展具合からすると、彼女の世界とは大分遅れているのだろう。

 僕が住まう世界はなんとも不安定な世界で、よく他の世界と繋がってしまう。

 こちらの世界とあちらの世界。三千世界という言葉があるけれど、つまりあれだ。世界はひとつだけではないっていう見方。

 しかし、そうか。異世界か。

 ごぽごぽと湖の底に沈みながら手を伸ばす。もう彼女は見えない。次にこちらとあちらの歪みが重なるのはいつだろうか。

 ようやく見つけた僕の番≪つがい≫。僕だけの番≪つがい≫。待っていて。絶対に捕まえるから。


 彼女を見つけたのは真っ白な季節。それから僕はずっと湖の前に居座り続けた。

 三千を超えた辺りで自身の年を数えるのをやめてしまった僕にとっては、季節が何回か回ったくらい、なんてことのない時間だった。

 ただこの時ばかりは自身が龍族だということに感謝した。

 休眠期に入らなければ眠る必要なんてない。食事も、周囲の木々や草花から生気を分けてもらえば良い。  

 ずっとずっと、僕だけの番≪つがい≫が僕の世界と繋がるその時をじっと、見逃さないように待ち続ける。

 初めは、一つの季節が終わるまでに一度彼女の姿が見られたら良い方だった。

 彼女の世界とこちらが繋がる度に魔力を流し込んで亀裂を大きくしていく。

 その作業を何度か繰り返していくうちに軸が固定されたのか、彼女の世界がよく映るようになった。

 あとは彼女を座標に出来るようにずっと魔力を送り続けてマーキングするだけ。

 一つの季節に両手で数えられる程には彼女の姿が見られるようになった。

 もっともっと魔力を送りこむ。

 どんどん広がっていく亀裂に、心が躍った。


「アルストロメリアさん。ねえ、アルストロメリアさん」

「なんだい。おや、僕らが崇めし尊き龍族の王じゃないか。で、僕の首でも取りに来た? 残念。少し前ならあげても良かったけど今はもう駄目だよ」

「なんだ。私が来た理由が分かるなら、ご自身がしでかしている事を理解しているんですね。というか王って言いながら全然こっち振り向いてくれないじゃないですか。なんです? その湖になにかあるんですか?」

「僕の番≪つがい≫がいるんだよ。困った事に世界が違ったみたいでね。でももうすぐ会えるんだ」


 隣に座ったのだろう。

 ふわりと風に揺れる漆黒の長髪が視界の端に映るけど、視線は動かさない。

 たとえ王であるからと言っても、今の僕にとっては視線を動かす理由にはならない。

 違う方向を向いている間に彼女が現れたら? 僕が彼女に向けるべきだった視線を他へ向けるの? そんなの考えられない。


「ここ、最初はかなり緑豊かで湖の周りには沢山の花が咲いてたと思うんですよねー、七年前までは。今どんな場所にアルストロメリアさんが腰かけていらっしゃるか理解してますか?」

「さあ、興味ないね。けれど多くの命を奪ったっていう自覚はあるよ。仕方ないでしょう? ここを離れてしまっている間に彼女と繋がってしまうかもしれない。そんな事態は許されない事だよ」

「今は雪だけの……真っ白な砂漠みたいですよ。樹も草も花も何もかもアルストロメリアさんが生気を奪い取り続けたせいで枯れてしまいました。湖の周りに住んでいた動物達は人里近くに避難するしか出来なくて狩られてしまう子が沢山出ましたし、オークやゴブリンなんかも人里近くにまで非難しちゃったものですから、人の世ではちょっとした問題になってますよ」

「そうかい。それは申し訳ない事をしてるね」

「このまま残りの命が尽きるまで、そうして番≪つがい≫の方を眺めているんですか? 龍族の方々は感覚で番≪つがい≫を決められる。しかも一度惚れた人が最初で最後だというのだから……頭が下がります」

「ああ、王は根っからの龍族ではなかったんだっけね。どちらかと言うと龍族に見染められて捕まっちゃった方か」

「私のことは良いんですよ。で、どうするんです」

「もちろん連れてくるよ。だって彼女は僕の番≪つがい≫だ。僕の側にいるのが当然でしょう?」


 話している間に空気の流れが変わって、ゆらりと風が吹いたわけではないのに水面が揺れる。

 そうして映し出されるのは、黒髪黒目の僕の番≪つがい≫。美しい、というよりも可愛らしいという表現がぴったりの人。

 じっと彼女を眺めながら手を握り締める。

 握りしめた手から生温かい液体が流れるのを感じながらも視線は動かさない。

 もう、繰り返し見続けて変化のなくなった無表情の彼女。最後に泣いたのはいつだったか。ああ、笑った顔を見た事がないな。早く、早くその時になれば良いのに。そうすればうんと甘やかして、君だけの箱庭で優しい真綿でくるんであげるのに。


「アルストロメリアさん」

「何。王だって僕達の習性は理解しているでしょう? 僕は番≪つがい≫を見つけはしても蜜月期は終えていないんだ。王でなければ殺しているよ?」

「本当は理由によってはしかるべき処罰をしようと思ってたんですけど……あれは許せませんね。彼女、ご両親とか……守る人はいないんですか?」

「僕以外にいないよ。彼女を産んでくれた恩は感じるけれどそれだけだね」

「そうですか」


 水面が揺れて、ただの湖になる。

 それと同時にそっと手を添えられていた頬に力が込められ、無理やり上を向かされる。

 ごきり、と首から音が聞こえた気がしたけど、手の平のじくじくする痛みにかき消されてあまり気にならなかった。

 彼女よりは長く生きているはずなのに、外見はそう変わらない。

 彼女もこれくらいに掴んでしまえば折れてしまいそうな腕をしている。

 ああ、何故僕に触れているのが彼女ではないんだろう。

 早く会いたい。触れたい。僕以外を移すその目をくり抜いてしまいたい。


「アルストロメリアさーん。帰ってきてくださいね。大丈夫。本当はこういうのってしては駄目な事なんですけど少しだけお手伝いしますね。引きこもる前のアルストロメリアさんには沢山お世話になりましたから。そのお礼です」

「その時は王とも呼べないくらい脆弱な存在だったのにね」


 じくじくと痛む手のひらから、自分の物ではない魔力が流れ込んでくる。

 どくり、と心臓が鳴って一気に体温が上がった気がした。

 これは流石に貰い過ぎじゃないかな、とも思ったけれど多ければ多いにこしたことはないから黙って受け入れて、受け入れた先から亀裂に流し込む。

 あと少しで彼女が通り抜けられるくらいの大きさになる世界と世界を繋ぐ穴。ああ早く。彼女が映らないだろうか。


「その人の幸せはその人が決める物ですから、他人の幸せを押しつけてはいけないんですけど……あの子はもう駄目ですね。アルストロメリアさんに壊されたとしたらそれは目覚めが悪いけど、うん。きっと大丈夫ですよね」


 黙って水面を見つめ続けていたら、一筋の風が吹いて王の気配が完全に消える。

 ああ、そうだな。流石に彼女に初めて見せる景色がこの何もない湖じゃ可哀そうだ。

 でも僕はここから動けない。彼女をこっちに連れて来て、まずは散歩に出かけよう。それから、二人の家を作らないといけない。彼女はどんなモノを好むだろうか。彼女の意見を聞くまで家具とか揃えるのはやめた方が良いのかな。

 そんなとりとめのない事をぐるぐると考えながらひたすら魔力を注ぐ。

 日が昇ってまた沈む。それを何度も繰り返し、また雪が降る季節になった満月の日。

 ついに、捕まえた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 世界の亀裂。

 時空のはざま。

 迷うことなく腕を突っ込み、軋んで少しずつ潰れていく腕を無視して残りの魔力を流し込み、亀裂を固定し道を作る。

 痛みなんて感じなかった。

 ただ、最初に彼女に触れるのが血だらけの腕なのが嫌だなっていう思いだけ。

 腕を伸ばすだけじゃ捕まえられず、上半身を突っ込む。ああ! やっと捕まえた! 僕の番≪つがい≫!

 驚いた表情の君。そんな顔も出来たんだね。驚かせてごめん。すぐに終わるから。

 初めて聞く彼女の声は小さな悲鳴で、それだけで体が熱くなる。

 壊さないように細心の注意で腕を掴み、こちらの世界に引き寄せる!

 リサ、と彼女を呼ぶ男の声。そうか。リサという名前なのか。僕の番≪つがい≫を呼ぶ男が憎らしくて殺してしまいたいけれど、リサを優先しなければ!

 ただ、やっぱり殺してしまおうと視線を彼女から外した瞬間、気が高ぶったのか魔力が暴走し固定したはずの道が大きく揺らいだ。


「リサ!」


 目が合ったリサの顔は、今までにないくらいに恐怖に引き攣っている。何をそんなに怖がるの? 僕は君を助けようとしているだけだよ?

 リサの口から洩れる言葉を聞きたくなくて、強引に引き寄せようとするとぱんっと、弾けた。

それは一瞬の事。

 弾けた先から世界の強制力が働き、リサの世界にとって異物である僕がはじき出される。


「リサ! ぐ、う、あああああああああああああああああああああああああああああ!」


 血だらけになってしまった半身を引き抜き、リサを探す。

 目視出来る範囲にはいない。けれど感じるリサの気配! リサは僕の世界にいる!


「は、はは。あははは。待っていてねリサ。風邪をひいてしまったら大変だ。すぐに迎えに行くよ」


 リサが僕と同じ世界にいる!

 やっと僕が君を癒してあげられる! 救ってあげられる!

 まずは温かく迎え入れよう。そうそう、君を取り巻いていた少し前までの世界はもういらないよね? だってこれからの全ては僕と一緒にいる世界になるんだから。

 リサにあんな顔をさせる世界なんて、リサから消してしまえば良い。

 リサの種族は人間だ。僕より遥か下の下等種族。それならどうとでもなる。僕と同じになる前に真っ白にしてしまおう。

 

 そして雪の中で眠るリサを僕が保護するのは、あと数刻後の事。

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