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奇跡


「ロスト!!!」


遠くでワイズが俺の名前を叫ぶ。魔物のほうなんて見ていられない。一直線に夫婦めがけて走り、飛びついた。



「…ッ!!!」



そのまま地面に倒れこむ。目を開くとどうやら夫婦も無事のようだ。女の人は気絶しているみたいだが。立ち上がり唖然とする男に女の人をちゃんと見てるようにいう。



「…娘さんは、俺がなんとかする」


「…ッ馬鹿にしているのか!? お前は魔法使いでもなんでもないだろう!!」




魔物がつぎの攻撃を仕掛けてくるが、ワイズが足止めをしてくれて、魔物の注意はそれた。…なにか感じ取ってくれたんだろう。



「…たしかに、俺は魔法使いでもなんでもない」


「…ッこっちはお遊びじゃな」


「でも助けたいんだろ…!」



俺はまだ子供だし、魔法使いでもなければ剣術に優れてるわけでもない。頭脳がいいわけでもない。力のない、ただの人間だ。だけど。


大切な人を失う怖さと、助けられない歯がゆさは、…痛いほど知ってる。




『それがどんなに無謀でも、滑稽でも、もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。諦めない心は無駄にはならないの。奇跡を生む為の大切なこと。…あなたはそれを忘れちゃだめよ、ロスト』





「…なにも出来ないかもしれない。無意味で無駄になるかもしれない。それでも俺は、あんたの娘を助けたい…」



強く拳を握り締める。男の怒りがすっと引いていくのを感じた。代わりに涙を流し、両手を組んで…神様に祈るような声を絞り出した。



「…大切な、大切な娘なんだ…!! どうか…、どうか…ッ!!」



この少年に、奇跡を。


男はそう呟いた。遠くからワイズが「用事は済んだね、ならひとつお願いだ」と男に言う。



「先頭車両にいる頭の硬い車掌さんに、第四車両の連結を外すようにいってくれ。頼むよ」



男はうなづくと女の人を座席の影に隠し、傷ついた体で先頭車両のほうへ走り出した。それを逃がさんとする魔物の影を食い止め、俺に四両目にいくよう叫んだワイズも魔物の攻撃を器用によけながら四両目にわたった。



「俺の作戦の意味はわかるね、ロスト。君に与えられた時間はあと少しだ。…なにか策があるんだろう?」



出来る限り協力しよう、ワイズが笑って見せた。コクリと頷いて、腰のショルダーからひとつの小さな瓶を取り出し、それを左手にかけた。なかの液体は手に落ちると、床にこぼれることなく手に浸透していった。



「…聖水か、珍しいもの持ってるね」


「…親父が護身用にくれた」


「それで、どうするの?」



目を細めて形だけは笑っているが、こわい。肯定しようにも出来ず、無言でいるとガシッと頭を掴まれた。



「…まさか魔物のなかに手でも突っ込むつもりじゃ…、ないよね?」


「…ああ」


「それ本気でいってるの!? 馬鹿なの!? 君まで魔物にのまれるのは勘弁してほしいんだけど…!」


「それでもやるしかない」



「……君って本当に肝が座ってるよ」ため息混じりにワイズがそういう。それは褒め言葉として受け取って、四両目に乗り込んできた魔物に目をむける。あのなかに女の子がいる、とするなら狙うは胴体部分だろうか。今は聖水がかかってあつく、きらきらと輝いている左手。だが、時間がたてばその効果も消えてしまう。



「……しかたない、やるだけやってみよう。僕があいつの気を引く。君は僕が合図したら、出来るだけ後ろから狙うんだ。いいね」


「ああ」



ズズズっと黒い影が床に伸びてくる。「後ろにいて」と引っ張られた瞬間、床の影がまるで刃のようになって空に突き出し屈折すると俺らに向かって伸びてきた。ワイズが俺を持ち上げそれをよける。と、また影がおってくる。するとワイズは待ってましたと言わんばかりにその影を杖受け止め、俺を魔物へと放り投げた。



「そのままいけ!」



投げられてるんだからいくしかないだろ。急なことで頭がついていくのに精一杯だ。でも、これなら。魔物の中心へ手を伸ばす。すると勢いのまま手はどぷっ魔物の中へ入っていく。まとわりつくような感覚が気持ち悪い。魔物は流石に聖水につけた手が効いたようで形容し難い唸り声のようなものをあげた。魔物の影がかかる、でもいま、何か、魔物の中にーー!



「離れろロストッ!!」


「っぐ…ッ!!」



魔物の中で何かが、人のほおののようなものに触れたと同時に斜め上からの攻撃。間一髪急所はよけたが、逃げ遅れた。なぎ払われ脇のの座席に打ち付けられた。右半身がガンガン打ち付けてくるような痛みをうったえてくる。折れてはいない、はずだ。立ち上がろうと左手をつくと、聖水の効果が切れかかっているらしい。光は鈍くなっていた。…手を伸ばすのはあと一回が限界だろう。



「生きてるか!」


「っ、ああ…、ワイズもう一回…」



魔物を引きつけてくれ。そう言おうとしたとき、放送が流れた。



『胡散臭い魔法使いに継ぐ。あと30秒で四両目の連結をとく。それまでにカタをつけろ』



「…だってさ。次がラストチャンスだよ、ロスト」


「ああ」



カウントダウンが始まった。ワイズがまた魔物を引きつける。その間に俺は魔物に近づくも、さっきのが警戒されているのか魔物はぐるんとこちらを向いた。「援護する、君はとにかく魔物に近づけ!」とワイズが杖を弓にして叫ぶ。もとより近づくことしか頭にない。魔物からの攻撃が視界に入ってもお構いなしに走って、さっき感触のあったところへ手を伸ばす。



20. 19. 18...



でも、その手は魔物に届かなかった。勝手に身体が持ち上がり、目の前には縦に長い身体の、新しい、魔物がいた。目の前の新しい魔物から細長い手のようなものが伸びてくる。力いっぱいそれを振り払うと、なんとか逃れ地に落ちた。…かわりに、左手の光は消えていた。



「っロスト…!!」



ワイズが言いたいことはわかる。でもあと10秒ある。あと10秒、もしかしたら女の子の命が助かるかもしれない。奇跡がおこるかもしれない。



続けての攻撃をよけ、それからは背を向けて少女のいる魔物のほうへ走る。…あと少し、もう一歩のところ。そこには魔物ではなく、帽子のつばで顔色の見えないワイズがいた。放送はあと5秒前だった。


「なん、」


「…ごめんね、ロスト」



君を死なせるわけにはいかないんだ。ワイズはそういうと俺を担いで通行口へ走る。何も言えない。…あそこに、まだ女の子がいる。その子に触れたのに、助けられないのか。


ーー不意に、魔物と目が合った。じっと見つめなにか、なにか言いたげにみえた。いや、たしかに聞こえた。あの魔物から、女の子の声が「いかないで」と。



「…お前がこい!!!」



俺はワイズから乗り出し手を伸ばして叫んだ。すると魔物は走り出す、否、魔物の中の少女が走り出した。放送があと三秒だと告げる。三両目にわたったのはあと残り一秒のとき。かしゃんと連結の取れる音がした。…少女を乗せた列車が離れていく。もう少し。俺はワイズの肩を蹴って車両を飛び出す。



「手を…ッ!!!」



伸ばせ。そう叫ぶと魔物から、今は黒く尖った手が伸びる。




『兄さんは奇跡をつくるんだよ!』




懐かしい元気な声が聞こえた気がした。


俺は魔物の中の少女の手をしっかりと掴んだ。


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