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世界を知らない少年の新しい始まり


小さな丘の上、広い青空の下に赤髪の少年が佇んでいる。目の前には、二つの墓と、添えられたばかりの花がある。片方の墓にはリト、享年12歳、もう片方にはマリア、享年31とかかれてあった。少年はその前でしゃがみ、長い間目を伏せていたが、しばらくして立ち上がった。



「今日から親父のところで働くことになった。…ここにはしばらく戻らない。」



二つの墓に、少年が言う。綺麗な緑眼に、曇りはない。まるでその声に応えるかのような、静かな風が吹いた。強い意思のある瞳で少年は続ける。



「リトの手紙を届ける為に…、違う世界を周ろうと思う。…、だから、いってきます」



また風が吹いて、少年は傍にあった荷物を持って歩きはじめた。振り返ることはなかった。しっかりとした足取りで、見送るような追い風を受けながら丘をおりて行った。





親父に言われたとおり、中央駅9番ホームへおり、黒い横のラインが入っている、赤い循環機関車に乗った。中はもうちらほら客が乗っていたが、その数は少なかった。四両ほどの小ささから見てわかるように、あまり利用されないらしい。一番前の車両にいき、適当な席の上に荷物を乗せ座席に座った。


しばらくして発車のベルが鳴り、何人かが駆け込むとドアが閉まった。


窓の反射に小綺麗な格好をした自分がうつる。今日から俺は、新しい場所で暮らすことになる。もともとは家族3人で暮らしていたが、弟が亡くなって、親父が家をでて、1人この世界で旅をしていた。ちょうど1年ほどだ。世界を周りつくし、旅は最近終わった。それがきっかけで家を出ていた親父からこちらに来ないかと誘われ、今は親父のいるギルドへ向かうところだ。この機関車は世界を渡るための特別な機関車で、俺は初めて生まれ育った世界を出る。



世界はバラバラに別れている。その世界の狭間には虚無といわれる暗闇が広がり、そこからは魔物が生まれ、世界に入り込んだり虚無の中を彷徨っている。だから一般人は世界と世界を渡る時、この機関車を利用する。



走り出した機関車は駅を抜け、そのまま世界の外、レールもなにもない暗闇を駆ける。世界と世界を繋ぐ唯一の機関車、レパラトゥーア。この暗闇を管理するハザマ機関が運営している、魔法で動く特別な機関車である。暗闇から見ると、この機関車は魔法により光り輝いていて、強い光が苦手な魔物は近づくことはない。一般の人間が安心して違う世界に行けるたったひとつの手段である。



「お客様、切符を拝見させていただきます」



機関車とおなじ真っ赤な車掌さんに切符を渡す。パチンと切符が切られて、車掌さんは少し眉を潜めた。



「…お客様、失礼ですが、切符のお買い間違いではありませんか?」



切符を返されるとそう言われた。行き先はインフィニティという小さな世界だ。親父から送られてきたものだから、間違っていることはない。小さく首を振ると、車掌さんはなんだか腑に落ちないようで、失礼しましたと次の乗車客のところへいってしまった。


…、なにか変だったか。



レパトゥーアの常識はよくわからない。乗り慣れた人間なんてそういないだろう。…ここからインフィニティまではまる1日かかるらしい。明かりの強い中では眠りづらいが、この椅子はふかふかしていて寝心地はいい。特にすることもない…。瞳を閉じて窓側に寄りかかった。 かしゃんかしゃんと静かな車輪の廻る音に耳を澄ませるうちに、微睡みのなかへとおちていった。




「あ、起きたかな? おはよう、少年。相席失礼させてもらってるよ」


「……」


「ふふ。まだ目、覚めてないみたいだね。お水飲むかい?」



目の前に顔の見えない知らない人が、水の入った瓶を差し出す。ぼんやりとした頭でそれを受け取り、飲み干すと、目の前の人は「ほんとに飲むんだね」と笑った。意味がわからない。というか、この人は一体なんだ…。周りを見渡すと先ほどよりも人が増えていた。席が埋まるほど。人が増えれば相席することも増えて当然だ。つまりこの人は俺の寝顔をみていたのか…。ようやく頭が冴えてきた。「…すみません」と、空の瓶を返す。



「謝ることはないよ。だけど…、君、そんなに不用心で大丈夫?」


「…?」


「いくら寝起きだからって、ふつう知らない人の差し出した液体を飲み干さないよ。…それに、上に荷物をあげたまま寝るなんて、とってくださいって言ってるようなものだし…。そもそも君みたいな子が無防備に寝てたら危ないでしょ」


「…」


「ああ、ごめんね! 説教してるわけじゃないんだよ? ただのお節介だから…」


「…あ、いや…」



確かにこの人の言うその通りだ。初めてのことで余裕がなくなってたのか、…情けない。そのうえ見ず知らずの人に心配までされるなんて…。



「で、でもさ、まだ君は子供だし! この機関車に1人で乗るだけで精一杯だったんだよね? しょうがないさ!」


「…俺、もうすぐ二十歳、です」


「え、ええ!? そうなの? 15、6歳にしか見えな…っいや、でも慣れないことは仕方ないよ!」



…たしかに俺は平均より背は小さいし、顔は父親譲りの童顔だ。それは認める、が、それにしても失礼な人だ…。さっきはぼんやりしていてわからなかったが、この人なかなか怪しい。魔女の被るようなとんがり帽子に、黒いマフラー、腰までのマント、竜の鱗がついたようなロングブーツ。傍らには不思議な装飾の棒。…俺はこんな人から差し出された水を飲んだのか。たしかに不用心だった。



「ところで少年は1人でどこに向かってるのかな? やっぱりマリンピアとかに仕事探してー、とか?」


「…いや、インフィニティ…ってところに…」


「へえ、そうなんだ…。まさか観光じゃないよね? 市街地に引っ越し?」


「…いや、ギルドに…」


「誰の紹介かな? 」


「…質問がおおくないですか」



こう質問攻めされると気味が悪い。分かりづらかったけどこいつ今、インフィニティって単語に反応した。穏やかな口調ではあるけど、探られてるような感じがするし、さっきまでの雰囲気とは全然違う。…怪しい。



「…ふふ、すこし賢くなったね。やっぱりさっきは寝ぼけてたのかな」


「なんなんだ、あんた」


「そう警戒しないで。実はインフィニティのギルドとは関わりがあってさ…。僕はワイズ。…君の名前を聞いてもいいかな」




ワイズ…、変な人だ。コロコロ雰囲気が変わって、掴み所がない。例えるなら風みたいだ。きっと、でも、悪い人ではない気がする。




「…ロスト。ギルドにはダランの紹介で来た」



そういった次の瞬間、後方の車両から大きな破壊音が聞こえ、機関車が大きく傾いた。

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