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エリック・ドルフィー、酒場

第二部です。いつか続きがかけたらなあと…まあ載せたほうが逼迫して書き始めるかもしれないしということでアップしますわ…。

 

 高射砲の森


  琥珀の花 第二部   




   琥珀の花 11 エリック・ドルフィー、酒場



 エリック・ドルフィーはベラム共和国陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊に所属する軍人である。と、同時に、会社員でもある。その所属する会社というのは、勿論〈特別任務〉と称される仕事を統括している会社である。

 その会社の名は〈22=カンパニー〉というが、単に〈カンパニー〉や〈22〉等と言われている。

 勿論、この名前は彼が所属し、すべての人員が共謀関係にあるこのベラム共和国陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊の部隊ナンバーから取られているというのは言うまでもないだろう。

 しかしながら、彼らの部隊のすべての人員がこの〈特別任務〉に関与しているからといって、そのすべての関係者がこの〈22=カンパニー〉の会社員という訳ではない。

 実際の会社それ自体に所属している者は、各爆撃機運用班につき一〜二名といった程度である。基本的に、ベラム国陸軍第二十二爆撃飛行隊と22カンパニーはまったく別物の組織である。あくまで、民間の22カンパニーが受注した仕事をベラム国陸軍第二十二爆撃飛行隊が下請けするという構造になっている。

 故に、この戦争時における異様なサボタージュ行為とあからさまな商売行為の実権はベラム国陸軍第二十二爆撃飛行隊の司令官であるマセロ大佐ではなく、〈22=カンパニー〉そのものにある。この会社は一応の肩書きはあるものの、特に会長や社長や役員といった者が存在せず、ただ単に商取引のための法的に必要とされる要件を満たすための便宜上の者に過ぎない。会社問よりは協会や組合に近いものだ。

 その構成員は様々で、発案者であるマセロ大佐が統括する部隊員はもちろん、ベラム共和国において古くから郵送、運送をほぼ独占しているベラム郵便運送サービスの構成員や、素性のよくわからない酒保商人など多種多様な人員で構成されている。その中には、各国の間者もいると言われているがそれが事実かどうかは定かではない。

 しかしながら、発案者であるマセロ大佐とグランツ大佐の手を離れ独立し肥大化していったこの会社は戦争以上に混沌で複雑でしかしながら単純でもある奇妙な存在と言えるだろう。

 地中海に展開している連合軍の中にも、この部隊と同じような行動をとっている部隊があるらしいとエリックはチャールスから聞いていた。きっと自分の部隊と同じくその様態は混沌極まりないのだろうとエリックは会合の際にそう思いながら聞いていた。

 しかしながら、それよりもエリックが気になったのは、チャールスが提案した二つの案件ーーー〈高射砲の森上空を輸送ルートとして開拓すること〉と〈物資輸送業務だけでなく、人員移送業務も加えてはどうか?〉という二つの提案であった。


   ◆


 俺は軍人としてではなく、会社員として会合に出席していた。軍人としては非番の日ではあるのだが、会社員としては出勤日のようなものだ。ベラム共和国陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊の軍人と22=カンパニーの会社員という二足のわらじを履く俺はとんでもなく忙しい。基地にいる奴らに仕事を下請けさせるために会社の会合にでて仕事を受注しなければならない。

 中にはチャールスのように軍務を完全に免除されて、会社の仕事に専念している者もいるが、そういった奴らは営業担当だ。常に大陸中を飛び回って仕事を取ってくる。俺の業務は奴ら営業が取ってきた仕事を基地の奴らに仲介する仕事が主な仕事だ。営業と比べると大して激務といったわけではないので、俺の軍務は免除されにくい。

 とはいえ、たまには軍務を抜けさせてもらうこともあるが稀である。大概は軍の仕事が非番の時に会合が行われる事が多いので休日が少ないことに不満を持っている。まあそのぶん稼がせてもらってはいるのだからトントンではあるんだが………まあそんな不満を持ちつつも、戦前からこうした仲介業を生業としていた俺としては俺の所属する班の中では一番こうした仕事に適性があるだろうし、まあ仕方のない事なのだろう。特にセロニアスになんか任せてられないしな。

 そんなことを思いながら俺は会合に出席しチャールスの提案を聞いていた。


   ………


「………以上、二つの提案を致します。何か意見は?」

 チャールスがそう言い放った途端に様々な意見が飛び交った。

 喧々囂々ああだこうだと会合は荒れに荒れた。俺は面倒臭かったので何も言わなかったが、やはり高射砲の森上空を輸送ルートとして開拓することには不安を感じずにはいられなかった。

 あのへんはこの国に住む者なら誰もが知っている気味の悪い場所だ。ある種、話題に出すことさえ禁忌とされる地域もあるくらいの場所だ。異界だ。宵闇の世界だ。俺のかつての仕事だった仲介業でもその辺の地域での商売についての話は出ては来るものの、結局は頓挫するといった有様だ。地元住民の森に対する畏怖感や、国全体に広まっている噂が悪印象をもたらしているのでにっちもさっちもいかない。

 そんな場所を商売の地域に組み入れようとしているのだ。そりゃあ誰もが反対するのは当たり前だ。しかし、これはチャールスの話術であったことを後に理解した。チャールスが本当に推し進めたかったのは〈人員移送を商売に組み込む〉ことであり、〈高射砲の森森上空を輸送ルートとして開拓すること〉は最初に無理難題を提案することで、もう一つの意見を通りやすくするための話術であったのだ。

 結局、会合の結果はチャールスが期待していた通りの結果となった。高射砲の森云々は却下され、人員移送を試験的にやってみるとうことで会合は終わった。その際に、何故かチャールスは最初の人員移送の仕事を俺にやってほしいと頼んできた。

「チャールス。何故俺に?別に特別懇意にしているわけでもねえじゃんよ?」

 俺がそう聞くとチャールスは、少しぼっとした顔をした後、

「実は既に人員移送の第一依頼者が決まっているんだよね。その依頼人直々の頼みなんだよ。どうしてもテイラー大尉の班ーーーつまり君の班だねーーーにお願いしたいとのことなんだ」と答えた。

 話を聞く所によると、そのチャールスとその依頼人は既に仮契約を結んでおり、既に前金までもらっているとのことだ。呆れた話だ。

会社の業務として未だ人員移送業務をすることが決定していない状況で既に契約を進めているとは………俺も大概お調子者というか小賢しい部類の人間だと自負してはいるが、チャールスの小賢しさはそれを越えている。まあとはいえその前金の半分をチャールスから受け取ってしまった以上文句は言えない。所詮俺もその程度の人間なのだ。それにこの戦争でこんな前代未聞でぶっ飛んだことをしているこの会社と俺の部隊の状況からしたら大した事でもないだろう。若干、常識の感覚が麻痺している気もしたが、煙草を吸ったらそんなことも大して気にならなくなった。

 まあ、そんなもんだ。大したことじゃあないさ。

 俺はそう判断してチャールスの頼みを聞き入れた。それに気になることをチャールスが言っていたのも頼みを聞き入れた理由でもある。

 ーーー依頼人はかなりの美人のお嬢さんとのことだ。

 まあ、女好きの俺としてはそれはとても気になる情報だった。なので、実際に彼女を輸送する前にどこかで彼女に俺を紹介してもらうということを条件に、俺はチャールスからの頼みを聞きいれたのだった。スケこましのドルフィーさんを舐めんなよ!


   ◆


 エリックとの取引から数日前、チャールスは基地の近くにある町の酒場で依頼人の彼女と会った。確かこの酒場はテイラー大尉が贔屓にしている酒場だったような気がするとチャールスは思いながら酒場の前にジープで乗り付け酒場に入っていった。

 酒場といっても今は昼である。昼間の間、この酒場は食堂として営業している。約束の時間までにはまだ少し時間がある。チャールスはテーブルに着いてとりあえずコーヒーを注文した。

 しばらくするとチャールスが立ち上がった。依頼人が入り口に来たのが見えたようだ。

 チャールスと依頼人はお互いに視線をゆらゆらと錯綜させながらお互いが本当に約束を取り付けた取引相手同士で合っているのかどうか探っていた。

 するとチャールスが、

「ごきげんよう。お嬢さん。22=カンパニーの営業担当のチャールスです。件の依頼人ですよね?人違いでしたらすみませんが………」と会話の端緒を開いた。

「こんにちはチャールスさん。大丈夫です。今回取引をさせて頂くアルカ・ミカミです。お会いできて光栄です」

 依頼人の彼女/アルカは、ニッコリと微笑みながらそう答えた。チャールスが手を差し出し二人は握手をし、同じテーブルの席についた。

 アルカの歳の頃は十八から二十歳といったところだろうか?思っていたより若い依頼人であるなとチャールスは思った。依頼人が女性であることは仲介人から聞いてはいたが、ここまで若い女性とは思わなかった。なんとなく、今まで取引してきた相手ーーー夫が徴兵されてなかなか収入口がない中年女性の依頼人(副業としてだろう)ーーーというケースが多かったということもある。

 少し、拍子抜けしたチャールスはコーヒーをすすりながら果たしてこのうら若き女性と新しくとりかかることになるであろう事業の話ができるのだろうかと不安にかられたものの、そんな心配はすぐに吹き飛んだ。思った以上にしっかりとした女性で話はトントン拍子に進んでいった。

 「今回、22=カンパニー様に依頼したいのは貴社がメインの事業とされている物資の輸送だけでなく人員移送をもお願いしたくこうして話の場を持たせて頂きました。まずはそのことに感謝を致します。」

 アルカの丁寧な言葉を受け取り、チャールスは営業担当としての勘で信頼に足る人物である可能性が高いと値踏みした。勿論、丁寧な物言いだけで判断したわけではない。なんというか、その人物がまとう意思というかオーラ/真摯な気迫といったものを感じたからだ。

 この戦争の大混乱の中で営業担当として様々な人物   そのほとんどは香具師めいた怪しい酒保商人であるーーーと接してきたチャールスは自分の人を見る能力に自負を持っていた。少し緊張の溶けたチャールスは返答をした。

 「いえいえこちらこそ。こちらとしても新事業として人員移送をも考えていたので渡りに船といったところの依頼ですよ。ところで、子細を伺いたいのですが?」

 「はい。具体的には物資の輸送について、その物資と共に同行し、配達先に届くまで見届けるということを許可して頂くために人員移送という事業展開を提案させていただいた次第です。現在、貴社は物資の輸送においてそれを受領から配達まで監視するーーー監視と表現するのは失礼かとは思いますがーーー者の搭乗を認めていませんよね?そのことが多少なりとも貴社の信頼度に関わると思い提案させて頂いています。」

 現在、22=カンパニーでは物資の輸送について基本的には正式な保険や保証といったものを設けていない。物資の配達については、多くの場合、着陸せずに爆撃機の格納庫に収納した資材搬入コンテナーーーそれは爆弾のケースが用いられることもあるーーーを低空飛行状態から投下する現在主流としている配達方法では投下時の衝撃による商品の損害についてはクレームを受け付けないことにしているものの、その取引条項があるにしても、商品の損害についてのクレームが多いことも事実だ。

 また、着陸し、直接引き渡す場合においても、依頼した商品の数が足りないなどとのクレームが来ている。考えたくはないが、会社内あるいは下請けである爆撃機部隊員が横領している可能性も否めない。かといって、その存在自体が混沌としてベラム国陸軍第二十二航空部爆撃飛行隊をその生みの親とするこの会社の出自上、あまりおおっぴらに保証関係の書類は切ることができない。そのことによって、ある種秘密裏に戦争の混乱に乗じて行なっているこの事業が公にバレてしまうことが懸念されるからだ。

「………確かに、我々の会社における輸送物資の保証関係において依頼人、受領人との信頼関係にいささか問題があるのは事実ですね。しかし、それと人員移送の件はどうつながるのでしょうか?」

「人員移送と私は言いましたがそれはまだまだ先のお話として考えてもらえばよろしいかと思います。私どもとしては、あなた方の物資輸送において保証人として同乗することで商品の保証度を高めるという事業提携を提案したいのです。」

「つまるところ、我々以外の人間を爆撃機に乗せることを許可して頂きたいということですね。うーん………」

 チャールスは悩んだ。この会社がどんどん大きくなっていき、いつかコントロールできなくなるのもそう遠くはないというのも事実だ。その要因はこの会社に様々な思惑と背景を持った第三者が参加しているというのがある。これ以上、部隊員以外の関係者を増やすことには抵抗があった。

「そちらの困惑については勿論理解しているつもりです。失礼ながらそもそも貴社は色々な後ろ暗い背景があるのは噂として伝え聞いておりますし………でもそれ故に、この限りなくグレーな事業形態を戦後においてクリーンなものとして存続させるということを考えていただければ、人員移送を事業に組み込んで積極的に戦後に向けたクリーンな業態に移行させるための前段階として輸送物資の監視人、保証人を登場させて頂きたいというのがこちらの意向です。」

「確かに。我々の会社の現状はこの戦争という特殊状態に於いてのみ成立するものであることはわかっています。戦後の存続を見据えた上での人員移送事業への参入………確かに悪い話では無いですね」

「ええ。特にその前段階として保証人、監視人を我々に任せてもらいたいというのがこちらの提案です。勿論、最初は信用してもらえないかと思いますので、こちらからそちらに人員輸送料金を払わせてもらいます。故に事業提携ではなく提携人員移送という形で。」

 そう言ってアルカは封筒に入った札束をテーブルの上に置いた。

 結構な額だ。厚みでわかる。

「勿論、これはイロを付けさせてもらっています。チャールスさん個人に対する依頼料でもあります。」

 アルカはそう言うと、チャールスの出方を待った。チャールスといえば眉をしかめ唸りながら考えているようだ。

「………我社では未だ人員移送ーーーつまりこれ以上顧客といえども必要以上に関係者を増やすことはあまり芳しくないと考えております。それ故、私個人としてはあなたの依頼、事業提案を受け入れたいのですが………」

 そう言ってチャールスは封筒に入った札束を半分だけ抜き取ってアルカに返した。

「とりあえず、前金として半額だけ頂いておきます。事業拡大を本社に説得できるかどうかは未だわかりませんので。なるべく実現させるために努力はしてみますよ。」

「わかりました。それで結構です。事業拡大が決定の際には全額そちらに差し上げたいと思います。」アルカはそう言って幾分語気を強めてこう続けた。「で、その保証人としての最初の搭乗に関しては私自身を乗せて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

 ん?とチャールスは一瞬要求の意図がいまいち汲み取れなかったが、「ええ、勿論。今実際にお話させて頂いて人柄が知れているあなたの方がこちらとしても信用に足りますし」ととっさに答えた。

 今思えば何故彼女が最初に自分自身を乗せることを約束させたのかは彼女の真の目的(といってもチャールスにとっては断片的なものとしかわからなかったが)を遂行するための重要な要件だった。

 そんなことはつゆ知らず、チャールスは戦後の身の振り方を見据えた上でアルカの依頼を受けることにしたのだ。

 話がまとまり、しばらく歓談した後、チャールスが高射砲の森について触れた。高射砲の森上空を輸送ルートにしたいとの考えを持っているということを話した。その〈高射砲の森〉という単語にアルカは反応したのだが、チャールスは気づかなかった。そして、その話はおそらくは大反対を受け採用されないと思うので、人員移送の件を美味く通すために最初に難題として投げかけてみるとの考えをアルカに話した。

 やがて、アルカの迎えの車が来て本日の会談はお開きとなった。ーーー別れ際、アルカはこう言って去っていった。

「煙草。やめたほうがいいですよ。特にその銘柄は。何もかも気に留めたくないのなら別ですけど。」

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