表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マッチ売りの少女

作者: ゆきこ

 ここは幸せの街。多くの裕福な人達が暮らす、幸福な街。

 今夜は雪降る聖なる夜。街は人々の幸せな笑顔と、暖かな家庭の光に包まれています。しかし、そんな一年で最も幸福なその日に1人、薄幸の少女の姿がありました。

「マッチはいりませんか? マッチいかがですか?」

 人々が行き交う中を素足の少女が1人、マッチを売ろうと必死に声を枯らしていました、けれども、先ほどからマッチは少しも売れません。幸せな聖夜の夜、人々はマッチ売りの少女に目もくれず、暖かい家庭へと家路を急ぐばかりです。

「ねぇパパ? ちゃんとサンタさん来るかな?」

「あぁとも。お前がいい子にしていれば、サンタさんはきっと来てくれるよ」

 小さな女の子とその父親が、笑顔のまま少女の前を通り過ぎます。幼い頃に両親を失ったマッチ売りの少女には、その光景はとても眩しいものでした。

 ここは裕福な幸せの街、誰ももうマッチなど必要としていないのです。寒さと人々の幸せそうな笑顔に耐えられなくなった少女は、誰もいない路地裏へ、トボトボと歩いていきました。

「寒いわ…、このままじゃ凍えてしまう…」

 少女の吐く白い息、幸せな街を彩る白い雪。その白に今にも、身体の芯まで白く覆いつくされてしまいそうでした。

「……なんで私は独りなの」

 冷たく孤独な路地裏で思い出すのは、悲しい過去ばかり。早くに両親を失った少女には、たった1人のおばあさんがいました。


「孫娘や…。私の可愛い孫娘や」

「なぁに? おばあさん」

「私はもう長くは生きられない。もしお前1人になってしまったら、このマッチを売って暮らしなさい…」

「そんな! そんなの嫌よ。私はおばあさんとずっと一緒にいるの! そんな事言わないで」


「おばあさん…」

 マッチ売りの少女は、おばあさんの残したマッチを見つめ涙を一粒零します。おばあさんを亡くした少女はもう、この街で独りぼっちなのでした。

「…そうだ、このマッチを使えば」

 一本だけ。そう自分に言い聞かせ、おばあさんのマッチを擦りました。

‐シュ

 摩擦音の後にマッチの先端は燃え上がり、小さな炎が灯りました。

「…暖かい。これで立派な暖炉があればもっと暖かいのに」

 そう少女が言うとどうでしょう。炎の光の輪の中から、火に燃える暖炉が浮かんできました。

「まぁ、暖炉だわ! なんて暖かいの…」

 しかし手を伸ばそうとしたその時、炎は燃え尽きてしまいました。

「あ…!」

 不思議な事に、炎が消えるとそこにあったはずの暖炉は消え、また凍える風が吹きすさび始めました。

 もう1本だけ…、少女はそう呟きマッチの入った籠に手を伸ばしました。

―シュ

 再び灯される不思議な炎。その炎の光彩の中には立派なお屋敷が浮かび上がりました。裕福な家族が暮す、幸せそうな家。幸せだった頃の家を思いだし、少女の頬をまた雫が伝います。

「あぁ…。お父さん、お母さん…」

 しかしやはり炎が消えてしまえば、また幻の様に消えてしまうのでした。幻が消えてしまえば残るのは喪失感と孤独だけ。少女は一気に数本のマッチを掴むと、全てに火を灯しました。

―シュ!

 燃え盛る炎が浮かべるのは、温かな食卓。聖なる夜を家族全員で祝おうと、たくさんのご馳走が並んでいます。温かな湯気と香ばしい香りに、腹ペコの少女は思わず手を伸ばしてしまいそうになるのです。

「なんて美味しそうなの…」

 されど、今にも幸せな夕食が始まろうとするその景色でさえも、炎が消えれば跡形もなく無くなってしまうのでした。

―シュ!!

 次に少女が灯した炎は、楽しそうな家族の姿を燃やします。娘へのプレゼントを抱えた父親、優しい母親。そして両親と一緒に何不自由なく暮す小さな娘。マッチ売りの少女がなくしてしまった幸せな日々を映し、炎は尚も燃え続けます。

 温かな暖炉も、暖かいな食卓も、暖かな家庭も。マッチは次々と明りの中でその姿を照らし、少女に魅せては消えていきました。

「どうして、どうしてみんな無くなってしまうの…!」

 マッチ売りの少女は籠からひと束の不思議なマッチを掴むと、次から次へ火を灯していきました。大通りを早足で進む人々の喧騒さえも押し退けて、家を、富を、家族を。なくした幸福に炎を放ち、マッチ売りの少女は歩きます。

「そうだわ! 持っている全てのマッチを点ければ…!」

 マッチ売りの少女が残った全てのマッチに火を灯せば、街を舐め取る炎は燃え盛り、更なる幻想を映します。少女は、永久に続く幸せな光景に、また涙を浮かべていました。



 翌朝。家も家畜も人さえも、墨と灰へ化した幸福の街。

 マッチ売りの少女はただ独り、灰色の街の真ん中で、幸せそうな表情を浮かべ眠っていたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 落ち。(『オチ』とひとこと書いたらエラーになってしまいました) [一言] 惜しいことに、『墨』は文字や絵をかくための顔料およびそれを水に懸濁させた液体を指します。 火災の焼け跡にできるのは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ