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第一章―抹消×新生

第一章―抹消×新生


 その日、結希は運動部から受けた助っ人の任務を果たし、幼なじみの防人(さきもり)()(つき)と夕暮れる中を帰宅していた。


「今日も大活躍だったね!」


 まさに自分の事の様に艶のある長い黒髪をツインにリボンで結った菜月が、殺意さえ発する投手から放たれた白球を意図も簡単にバックスクリーンに叩き込んだ結希を褒めたたえている。


「偶然だよ、たまたま運動神経が他の人より良いだけ」

「またまたご謙遜だね。でも、そこが結希の良いところなんだよね」


 背丈が同じくらいの中学三年生の男女が、学園指定の制服に身を包み鬼塚市内の大通りを他の歩行者達に混ざり仲良く歩く。


 神寺(かみでら)(ゆう)()。身長も体重も学力も平均値を少し上回る程度で、容姿もスポーツマンらしく黒髪短髪で爽やかな少年、まさに普遍的な十五歳である。家族構成に至っても父、母、二才下の妹が一人いるごく一般的な家庭であった。 


 ただ、同年の友人達、ひいては全国の十五歳よりも圧倒的に運動神経がずば抜けて良かった事だけが、結希の秀でた特徴であった。


「明日はサッカー部の助っ人だよね? しっかりルール覚えた?」

「フォワードが怪我したって泣きつかれちゃってさ、まぁぼちぼちってとこかな」

「結希なら大丈夫だよ」


 だから今日は野球部の助っ人をし、明日はサッカー部のエースストライカー代行である。


 ちなみに明々後日は陸上部で、週明けからは剣道、柔道、空手と屋内外の部活動をはしごしなければならい。


「僕、由緒正しい帰宅部なのにな~」

「ふふ、取り柄があるって良い事じゃん」


 結希としては運動神経が良く、人から必要とされる事は喜ばしいことなのではあるが、周りの人々が自分の将来を有望視するのが恥ずかしくて堪らなかった。


「百年に一人の逸材。神の子なんだから仕方ないよ」

「止めてくれよその呼び方は……」


 が、彼の日常は、平穏に帰宅部らしく抑揚のない安寧の生活とは行かず、青春らしい華やかな日々であった。


「結希の未来はこれからもっと楽しくなるよ!」


 菜月のその言葉は絶対的な予言と言っても過言ではない。それを証明するのが、これまで爽やかな笑みを浮かべ菜月の話を聞く結希が築いてきた史跡であるのだ。


「そうだなぁ~、ずっとこのまま楽しい日々を送れる事は僕も望むよ」

「そ、そこに、わ、私もずっといれるかな……?」

「え?」


 急に夕焼けに染まる頬をそれ以上に紅く染める菜月が、足を止め不安げな表情をする。


「な、なんでもないよ~だ! ほら、帰ろ!?」

「あ、ちょっと待てよ!」「待たないよ~だ――」


 それに結希が素っ頓狂な顔をして試合中とは裏腹に間抜けな声を出したので、そんな鈍感な結希に淡い気持ちを悟られたくなくなった菜月は茜色に染まる歩道を恥ずかしそうにして駆け出してしまった。


「まったくも~、たまにへんなこと言うんだから菜月は」


 その遠ざかる後ろ姿を見つめ、結希はこれからもこんな日々が続く事を祈り歩行者の影に消えた菜月を追うべく歩みを再開した。


「ん?」


 だが、歩道を収める視界の先に、微量の哀愁を孕んだ茜色の世界を漂う霞んだ靄を発見し、また立ち止まってしまった。


 その靄は段々と色を表し歩道のセンターラインの真上で、くすんだ藤色掛かった靄へと変わり、それに気が付かないで平気で擦り抜ける歩行者達を前に動きを止めた。


「車の排気ガスか? それにしてはハッキリ見えるし、みんな気にしないで通り抜けてる」


 それは車道からゆらゆらと煙りの様に漂ってきたと思えば色素を確定し動きを止め、結希の前方で何かを待伏せていると言わんばかりに不動となり空気中で静止しているのだ。


「……なんだ、この汗? 鳥肌が止まらない」


 そのくすんだ藤色の靄が完全に道幅を覆うと結希の身体に異変が生じた。


「膝まで震えるし足が前に動かない……なんで誰もあれに気がつかないんだ?」


 常識から考えれば、得体も知れぬ靄が街中のしかも歩行者が絶えず多数通行する大通りに出現したら騒ぎになってもおかしくない。


 言うなれば結希の様に訝しぐ人間が出てきても良い事態である。しかし、それにも関わらず、進行方向を塞ぐ靄に誰ひとりとして興味を示さず擦り抜けるだけである。


 唯一、それに脂汗と鳥肌を引き起こし拒絶反応を示すのは結希だけだ。


 ――何かがおかしい。


 震えが膝から顎にまで伝染した結希は、不規則に歯をカタカタと打ち鳴らし視線だけで以前、高さ二メートル程の靄を見つめていた。


「……ひ、ひっ!」


 そしてすれ違う歩行者が情緒不安定な結希を怪訝な表情で見るようになると、くすんだ藤色の靄の上部辺りに半円の紅い物体が画面にフェイドインするかの様に二個浮かび上がった。


 それを合図に不動であった靄が気体らしく揺らめき始め、その中心部がより濃い色に変わり出し何かの形態を映しはじめたのだ。


「あれって……、裂けた口、獣みたいな手脚……か?」


 その得体も知れない靄を纏う様に四肢を持った物体が完全に姿を現す。


 その物体は結希が呟いた通りの容姿をしており、もし後ろ脚で獣が直立した場合に相当する位置にある口は、耳まで大きく裂け狐の様に前方に出っ張っている。それを考慮すると先に浮かび上がった紅い半円は眼と言う事になる。


「……ば、ばけもの……狐の化け物! うわああああああ――」


 人間の骨格には似つかないその物体から伸びる黒ずんだ細い手脚、そこで剥き出しになる長く鋭い爪が夕日で煌めく。


 そうして突如として現れたくすんだ藤色の靄は、肉眼でも明瞭に判断できる形態へと変わり、おおよそ生き物から掛け離れた狐に似た化け物へと姿を一変させた。


 それを一部始終目撃した結希は考える前に発狂して叫んでいた。


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