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GunZ&SworD  作者: 聖庵
98/185

シーン 98

味噌汁の一件から十日が経った。

その間に何か変わった事と言えばマオとエールの表情だ。

最初は緊張をして難しい顔をしていたが、最近は慣れてきたおかげで笑顔が見られるようになった。

特に姉のマオは元々明るい性格で人当たりもいいため、彼女から自発的に接しすぐに馴染むことが出来た。

エールも姉を交えながら会話が増え、昨日辺りから笑みもこぼれている。


二人が我が家に来て一番驚いたのは食事だったらしい。

貴族ともなれば日に三食は当たり前だが、使用人は二食が普通だ。

また、奴隷はさらに特別らしく、奴隷の事情に詳しいペオによれば、一日一食で過ごさなければいけないらしい。

もちろん食べられる量も制限され、満足な食事が与えられるのは稀だという。

これは奴隷が平民よりも身分が下になるため、区別するために用いられているようだ。

ただ、僕の方針では家族は全員揃って食卓を囲むように徹底しているため、二人も同様に同じ物を同じ時間に食べている。

慣れない二人はずっと恐縮していたが、最近ではそれにも慣れたようだ。


「マオ、嬉しそうなじゃないか」


裏庭ではペオのサポートで家事に励むマオが楽しそうに笑っていた。

今、手伝っているのは洗濯だ。

六人家族になったため、一人で洗うには時間がかかってしまう。

洗濯機があれば話は別だ、ここは電気も通じていない中世の異世界だ。

それを求めるのは酷というものだった。

むしろ、洗濯をする二人にはそんな物があるという事は夢にも思わないだろう。


「あ、レイジ様。可笑しいんですよ、ペオさんったら」


どうやら彼女のツボにハマるやり取りがあったらしい。

隣では少し不機嫌そうなペオが黙々と洗濯物と格闘している。

この世界には洗濯機はないため、“たらい”に水を張り、入念に手洗いをするしかない。


「何がおもしろいって?」

「レイジ様、見てください。面白いですよ」

「あ…あぁ、そう言う事ね。ふふ、何をしたらそんな…」


よく見るとペオの半身が水浸しになっている。

それこそ、池にでも落ちたのではというほど派手に濡れていた。


「レイジ様、聞いてくださいよ!僕が悪いんじゃないんです。マオが…」


ペオによると、さっきまで二人でそれぞれのたらいで洗濯をしていたようだ。

そんな最中、マオが汚れた水を変えよと立ち上がったところ、たらいに足を引っ掛けてしまい、その弾みでペオに水が掛かってしまったらしい。


「ペオも意地張ってないで着替えてきたらどうだ?そろそろ夏だからって濡れてたら風邪を引くぞ」

「…そうします。マオ、残りをお願い」


ペオはそのまま自室へと戻っていった。


「マオ、まだ笑ってるのかい?」

「す、すみません。お仕事中なのに、私ったら」


マオは正気に戻って表情を硬くしてしまった。

僕としては注意をしたわけではなく、単に疑問に思った事を口にしただけだ。


「いや、そうじゃないんだ。随分楽しそうに笑うんだなって、そう思っただけだから。最初会ったときは表情も硬かったけど、今はよく笑えるようになったね」

「そうですか?」

「あぁ、キミの笑顔は見ているだけで元気がもらえるよ。だから、キミたちが笑って居られるよう僕は毎日頑張るんだけどね」


僕はこの世界の常識が正しいとは思っていない。

むしろ、何が正しくて、何が間違っているかという議論は不毛だと思う。

結局、その答えを持っているのは自分自身しかいないのだから。

だから僕は僕のやり方でこの場所を変えていこうと思う。

その一つが家族や僕に関わる人を大切にする事だ。


「そう言えば、ペオさんから聞きました。レイジ様は前の大会で優勝されて貴族になられたとか。以前はどうしていたんですか?」

「そうか、キミたちにはまだ言っていなかったよね。俺は遠い異国、日本と言うところから来たんだ。実のところ自分の意志とは無関係に、まるっきり偶然なんだけどね」


それを聞いて不思議そうな顔をされた。

自分の意志とは関係なくここへ来たと言われれば当然だろう。

僕もそんな事を言われたら彼女と同じ顔をするはずだ。


「えっと…置き去りにされたのですか?」

「いや、気付いたらこの国にいたんだ。何でだろうね」

「記憶喪失…ではありませんか?」

「うーん…そうなのかな。確かに、どうやって日本に戻るのか分からないよ。まぁ、今は戻れなくてもいいと思えるようになったのだけれど」


詳しく説明したところで理解はしてもらえないだろう。

変に気を使わせるよりは彼女なりに理解してもらった方がいい。

もし、本当の事を話す機会があれば改めて説明しようと思う。


「そうでしたか。帰り道、思い出せるといいですね。でも、そうなったら私たちは…」

「大丈夫だよ。キミたちを見捨てたりしないから。もし、日本に戻る事が出来たとしても、キミたちを連れて行くからさ」

「はい。何処へでもお供します」


午後。

早めの昼食を済ませると六人がリビングに集まった。

今日は食堂出店計画の最終調整だ。

提供するメニューはすでに決定しているため、営業時間や休日など運営に関する内容を決める事が中心になる。


「では、今日の議題は営業時間についてだ。みんなの意見を聞きたい」

「私は夕方からでいいと思うよ?」


まず先にサフラが意見を述べた。

この話し合いは事前に告知してあったため、それぞれ自分の意見を持ってこの場に参加している。

サフラは自分なりに練った意見に自信を持っていた。


「理由は?」

「他のお店も夕方からでしょ?ウチだけ早くするより合わせた方がいいかなって」

「なるほどな。確かに一理ある。ニーナはどうだ?何か意見はあるか?」

「そうだな。ここは貴族や金持ちの住宅街だから、その客に合わせたらどうだ。時間帯は昼から夜だな。それなら朝から仕込みをすれば間に合うだろう」

「それも一理あるな。ペオはどうだ?」

「僕は朝から店を開けた方がいいと思います。具体的には朝食と昼食まではお店を開けて、夕方は少しお休みして、夕食の時間から開けてはどうでしょう」

「おッ、それはお前が一人で考えたのか?」

「はい。効率よくしようと思うとそうなりました」


ペオは自信を持ってそう言った。

ただ、彼の方法では店が中心の生活になってしまう。

そうなると誰が家事をするのかという問題が浮上する。

他にも僕らが家を空けるような時は誰が対応するのか、そこが大きな問題だ。


「それでは誰が家事をするのでしょう?レイジ様にやっていただくわけにもいきませんし…」

「いや、俺は平気だぞ?元々一人でやってきたからな」


そう言ってマオに助け舟を出しておいた。

それを聞いても尚、彼女は不満があるらしい。

理由を聞いてみると、使用人たる者、主人公の手を煩わすのは気が引けるらしい。


「まだそんな事言ってるのか?言ったろ、家族なんだから助け合えばいいって。それに、店が忙しければ俺も手伝うつもりだからな」

「そ、そんな…」

「マオ、諦めなよ。レイジ様がそう言ってるんだから、キミもその通りにすればいいんだよ」

「おッ、ペオも分かってきたじゃないか」

「さすがに慣れました」


ペオは悟りを開いた僧のように眉すら動かさず平然と答えた。

昔の彼なら何か理由をつけて僕に食い下がってきただろう。

それが使用人の務めだという大義名分のような熱い志と共に。


「私も手伝うからみんなで手分けすれば大丈夫だよ。でも、営業時間は様子を見ながら変えていったらどうかな?初めてのお店だし、最初からうまくはいかないと思うから」


サフラの意見は慎重だった。

確かに初めから予定通りにいくとは考えにくい。

それに、最初のうちは手際が悪くなるだろうから、料理の提供にも時間がかかるだろう。

それならば時間を短くして最高のサービスを提供した方がいいと言うわけだ。

人間、長い間集中するのは難しい。

そうした事も考慮に入れての事だった。


「エールはどうだ?さっきから黙ってるけど、お前の意見を聞きたい」


先ほどからエールは黙り込んだままだ。

表情は変わっていないが、彼にも参加してもらい意見を取り入れたいと思っている。


「え、えっと…そうですね。僕は皆さんの意見を参考にして、サフラさんの意見がいいと思います。やっぱり、初めての事なので緊張をしてしまうでしょうし。それで時間を少しずつ変えるなどの対応をしていけば、きっと良い店になるでしょう」

「分かった。では、一度採決を取ろうと思う。みんな、目を閉じてイイと思う意見に手を挙げてくれ」


意思確認の結果、サフラの案の採用が決まった。

ただ、これは暫定的な処置なので、様子を見ながら状況に応じて変えていくつもりだ。

この他に店のディスプレイの方法や値段の設定など、細かな仕様を決めていった。

特に時間を使ったのは“値段”で、他の店の価格を参考にしつつ様々な意見が出た。

僕の方針としては多くの人に日本の味を楽しんでもらいため、あまり高価な値段にはしたくない。

むしろ、庶民でも楽しめるよう、ファミリーレストラン程度の気軽さで利用してもらいたいと思っている。

サフラはその考えに賛同してくれたが、ニーナは何故か否定的だった。

手頃な価格設定では店が忙しくなり、どうしてもペオたちに負担がかかってしまう。

彼女なりにペオやマオ、エールの心配をして対立意見を出したらしい。

ペオとしては、忙しさについては対応策をすでに考えているらしく、そのあたりは抜かりがないようだ。

最終的に僕がまとめ役に徹する事で話し合いは滞りなく終わった。


「じゃあ、以上の内容で決定しようと思う。異論はないか?」

「あぁ、それでやってくれ。必要なら私も手を貸すよ」


反対派のニーナも納得してくれたようだ。


「話し合ったら腹が減ったな。みんな、何が食べたい?」

「そんなの決まってるよね~」


と、これはサフラの意見だ。

それを合図にみんなはアイコンタクトをかわし、一斉に声を上げた。


『チャーハン!』


見事なシンクロだった。

これにより僕以外の全員がみんな同じ意見で一致した。

こんな様子を見ると、まるで今までずっと一緒だった家族のように思う。

短い間ではあったが、確実に心が通っていた。

これでまた一つ、僕が望んだ家族の形に一歩近付けたと思う。

今回、奴隷について少し情報が公開されました。食事は一日一回。食べられる量も制限があるという厳しいものです。

元々、この世界の奴隷は罪人を救済するために設けられた制度なので、身売りから奴隷身分に落ちた人達の事までは考えていなかったようです。

個人的には三食食べないと生きていけないので、万が一にも奴隷になったらやっていけそうにないですねぇ…。(遠い目)




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