シーン 92
コルグスの案内で地下に続く階段室に入った。
ここにも光苔が自生しているため、ある程度先まで見通すことが出来る。
どうやら螺旋階段が数十メートル先まで続いているようだ。
階段室は音がよく反響する。
しばらく無言で歩き続けたが、まだ終わりは見えてこない。
まだ閉鎖空間に慣れていないため、どれくらい移動したのか、どれだけ時間が経ったのか、どちらの感覚も曖昧になっていく。
コルグスはそんな僕らの事には気にも止めず、分厚い扉の前で立ち止まった。
「ここだ。暗いから足元に気を付けろ」
ここはどこなのか、中に何が待ち受けているのかなど詳しい説明は一切ない。
分かるのは重厚な鉄の扉があるだけ。
この奥に重要なモノが隠されているのだろうか。
「ここは何なんだ?」
「我々は“ミュージアム”と呼んでいる。アニマたちが残した遺構の一つだ」
「ミュージアム?」
「入れば分かる」
コルグスが壁の窪みにペンダントをかざすと、巨大な歯車がかみ合う音が聞こえ、鉄の扉がゆっくりと開いた。
どうやらペンダントが“鍵”になっているらしい。
大切な物だろうと思っていたが、やはりただの首飾りではかなったようだ。
「な…何だ、ここは!」
思わずニーナが声をあげた。
僕も目の前に広がる光景に言葉を失い、ただ呆然と眺めてしまった。
「ここがミュージアム。アニマたちが見てきた記憶の断片が収められた場所だ」
目の前にはスペースシャトルの管制室に似た空間が広がっている。
室内にはコンピューターのような機器やディスプレイが並び、中世の町並みが広がるブレイターナの世界とはまるで別物だ。
むしろ、僕が生きていた生前の文明とよく似ている。
「待っていろ、今動力を入れる」
コルグスは電源を制御する計器にペンダントをかざすと、停止していた機械が動き始めた。
「こんなものが地下に眠っていたのか…」
「驚くのも無理はない。我々も初めて目にしたときは言葉を失ったよ」
「確かに…言葉で言われるより目で見た方が早いな」
「驚きついでに見せてやる。そこに立っていろ」
コルグスが機器を操作すると、正面に巨大なスクリーンが現われた。
どんな仕組みなのかは分からないが、何もない空間に画面が浮かんでいる。
すると、画面に映像が流れ始めた。
カラー映像だが音声はなく、無声映画のようだ。
どうやらアニマたちの生活を記録したビデオらしく、エルフに似た人々と映画の中でしか見たことのない超近代都市が映し出されている。
特に目を引いたのは自動車と思われる乗り物が空を飛ぶ姿だったり、宇宙船を使って星の外へ旅行に出掛けるシーンだった。
これだけ見ても、前世の世界とは比べものにならないほど文明が発達している事が分かる。
「…これは凄いな。こんなヤツらがこの地上に暮らしていたのか」
「この映像を見る限り、我々の常識を遥かに超えた存在だった」
コルグスはそれ以上語らず、黙って映像に見入っている。
映像はやがて平穏な日常から戦争のシーンへと変わっていった。
そこに映し出された映像は、まさにSF映画の世界で、レーザー光線を放つ光学兵器や人が搭乗する大型の二足歩行型機動兵器が登場し、凄惨な殺し合いと破壊が繰り広げられた。
「あれが巨人か…」
アルマハウドは機動兵器を見てそう言葉を漏らした。
実際、SF映画やロボットアニメの知識がなければ、巨人だと勘違いしてしまうだろう。
「これがお前たちの言う“終末戦争”だ。これを期にアニマたちは肉体を捨て、“意識体”へと姿を変えた。そして、地上から姿を消したのだ」
「確かに…我々が知る歴史とはまるで違う。一体何故…」
アルマハウドは頭を抱えた。
「宗教と言ったな。きっと、当時の支配者が人心を掌握するため、都合のいい解釈をしたのだろう。そもそも、人間がアニマの子孫という時点で無理があるのだよ」
画面に映っていたアニマの姿は、コルグスや国王が説明した通り、エルフ族の特徴にそっくりだった。
また、身体が弱いという特徴も類似している。
記録によれば彼らは病気にさえかからなければ五百年近く生きられたらしい。
「我々が間違っていたのか…」
「だから言っただろう。…ついでだ、これも見せてやろう」
コルグスは再び機器を操作すると、画面には研究所のような施設の映像が表示された。
すぐに場面が切り替わり、スクリーンには巨大なフラスコが映し出され、水溶液の中で有機物が培養されている。
「これは何だ?」
「見ていればわかる」
映像は時系列で編集され、フラスコの有機物が変化する様子を紹介していた。
先ほどの画像と同様に音声はなく、淡々と画面が切り替わっていく。
「見ろ、これがお前たち人間という種族の生い立ちだ」
フラスコの中で育っていく有機物はやがて人の形に変わっていった。
それを見て僕とコルグスを除いた全員が驚きを隠せなかった。
「う、嘘だ!我々は神の正当な子孫…断じてこのような…」
「現実を客観的に受け止めるんだな。お前たちが何と言おうと、ここに残っている事実は変わらないのだから」
そう告げられアルマハウドは言葉を失った。
それを黙って見て女性陣も浮かない顔をしている。
ただ、僕だけは違っていた。
むしろ、妙に納得をしている。
もちろん、多少の疑問は残るが、その疑問はこの事実に比べれば瑣末なものだ。
コルグスは別の映像も表示した。
こちらはドワーフ族の生い立ちだ。
彼らも人間と同じようにフラスコで培養され作られた存在のようだ。
「ドワーフ族もアニマに作られた存在だったのか」
「そうだ。我々もこの事実を知った時はこの世の終わりが来たと思う程だったよ。今はさすがに慣れたがな」
「なぁ、何故アニマたちは人間やドワーフを作ったんだ?」
「映像による記録しか残っていないが、おそらく“不老不死”の研究の一環だな。自分たちの身体に代わる新しい入れ物として作ったのだろう。さぁ、これで分かっただろう。お前たちは断じてアニマの子孫などではない」
コルグスの話によれば、亜人や魔物もそれらの研究による副産物だろうと言った。
特に人間は繁殖力と適応力に優れていたため、増え過ぎるのを抑制するために作られたとも考えられる。
この話をどこまで信用できるか分からないが、個人的にはかなり信憑性の高い情報だろう。
「教えてくれ。ここはアニマが残した遺構の一つだと言ったな。他にもまだあるのか?」
「あるにはあるが、このようなに形で残っている場所は他に例がない。おそらく、終末戦争の際にほとんどが破壊されてしまったのだろう。ここは地中の深い場所だ。当時の姿を残しているのは運が良かったのかも知れんな」
コルグスの話では他にもまだ遺構や遺物が見つかっているため、可能性は十分に考えられると言った。
ただ、実際に機能する施設が残っている可能性は極めて低いだろう。
残っていたとしても、この場所のように地中の奥深くや海の底など、戦火にさらされなかった場所に限定されるはずだ。
先ほどの映像で流れた終末戦争を見ていれば分かるが、地上のあらゆる物は破壊し尽くされていた
実際、この施設は完全に機能を残しておらず、僅かな動力で映像を映し出すだけに止まっている。
コルグスによれば、そもそも何のために作られた施設なのかも分からないそうだ。
僕が思うにシェルターのような場所ではないかと推測している。
ただ、それを証明するものは何もないため、推測の域を出る事はない。
「これで満足か?」
コルグスの問いに、僕以外の面々は黙り込み意気消沈していた。
特にアルマハウドの落ち込み方が激しい。
「分かった。貴重なものを見せてもらい、礼を言う」
「やはりお前は変わっているな。他の者は死んだ魚の目をしているぞ?」
「驚いていないわけじゃない。ただ、妙に納得しただけさ」
「これを見て理解したというのか?だとすれば、やはり変わり者だ」
「まぁ…そうだな」
転生者という立場は極めて異質だ。
元々この世界には存在していなかったのだから。
そんな立場だからこそ、他人事のような気持ちで話を聞くことが出来たと思う。
ただ、これを知ったからと言って全てが解決したわけではない。
むしろ、“教え”そのものが間違っていた事実を皇帝にどうやって報告するべきか、新しい問題が浮上してきた。
人々に植え付けられたら嘘を取り除く事が本当に出来るのだろうか。
しばらくこの悩みは続くだろう。
「とりあえず戻ろう。あまり長居をする場所ではないからな」
最後にもう一度だけ景色を目に焼き付け、ミュージアムを後にした。
「とりあえず、王を交えて話の続きをしよう。土産の礼も兼ねてな」
今度は広々とした会議室に案内された。
今まで見た部屋の中では一番大きな部屋だ。
しばらく待っていると、国王が付き人を従えてやってきた。
「…浮かない顔だな。まぁ、アレを見ては仕方がないことだがな」
「コルグス、先ほどの話の続きだ。人間とドワーフは何故争っている?」
「言った通りだ。初めに戦争を仕掛けてきたのはお前たちだ」
「本当か、アルマハウド?」
「概ね間違いではない。我々の教義には、理解できない者を殺しても構わないという考え方があるからな」
「ふむ…野蛮な人間の考えそうな事だ。我々は以前“預言者”を名乗る風変わりな男に会ったことがある。彼は近々人間が戦争を仕掛けてくると教えてくれた」
「風変わりな男?」
「あぁ、確か名前を“ホリイ”と名乗ったはずだ」
それを聞いて僕は動揺した。
その名前が確かなら、ホリンズの事を指している可能性が高い。
「その男の特徴を教えてください」
「特徴か。ローブを纏った若い男だ。ニホンから来たと言っていた」
「…間違いない。アイツだ!」
「そなたは預言者を知っているのか?」
「その特徴が間違いではなければ、ですが。今は堀井ではなく、ホリンズと名乗っていますよ」
国王の話では、ホリンズと会ったのは今から六十年ほど前のこと。
それなのに、話を聞く限りでは容姿や特徴が今とは変わっていなかった。
おそらく幼女から貰ったボーナス一つなのだろう。
「その話、詳しく聞かせてください」
ドワーフは長い者で三百年近く生きられるらしい。
エルフに至っては千年近くにもなるという。
国王は当時の事を思い出しながら昔話をしてくれた。
話によれば、六十年前までは今ほど戦争が激化していなかったそうだ。
小規模な私闘があった程度で、国と国で争うほど巨大なものではないらしい。
そして、それから数年後、人間たちは軍隊を率いて戦争を仕掛けてきたそうだ。
当時の国王は預言者の言葉通りになり酷く心を痛めたらしい。
この事実はアルマハウドも知っていた。
歴史上では“第一次北方戦役”と呼ばれる戦争で、集結までには半年近くの時間を要したようだ。
それからは中・小規模な部隊での戦争が主流となり、現在まで続いている。
「アルマハウド、何故戦争が起きたんだ?」
「当時、私は生まれていなかったが、真意のほどは分からない。だが、理由があるとすれば先代の皇帝に考えがあっての事だろう」
「つまり、陛下に直接聞いた方が早そうだな」
どういった経緯で戦争を選んだのか、そこが分かれば解決の糸口に繋がるかもしれない。
「どちらにせよ、国民の代表である私の立場からすれば、和解などと言うものは幻想だと言わざるを得ない。わざわざご足労をいただいたが、結果は何一つ変わらないのだよ」
国王は自分の立場を表明した。
現時点では僕がいくら気を張っても和解は不可能と言っていい。
その前に、間違って伝わっている常識を正す方が先決だった。
「最後に一つ。王はこの争いが終わるとお考えですか?」
「国王の立場で言えば不可能だな。ただ、一個人の考えで言えば無理ではないかもしれん。それには、そなたの働きが鍵になるだろうと私は思っている」
「私もそう思う。こうしてお前たちがたどり着いたのだ。今までの常識では考えられなかった。その意味で、お前の持つ未知の可能性には期待をしているよ」
コルグスも自分の考えを話してくれた。
初めは小さな一歩でも、これから一つ一つ解決していけば、いずれ大きな変化に繋がると僕は信じている。
その意味で、ここで得た成果は小さくても価値のあるものだと思う。
気付けば桜が満開の季節ですね。
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