シーン 91
談笑が終わり本題に入った。
コルグスによればドワーフたちが抱く人間のイメージは、ハッキリ言って最悪のようだ。
理由もなく一方的に戦争を仕掛けられ、争いたくもないのに無駄な血が流れた過去がある。
彼はそれを取り除くのは不可能に近いだろうと言った。
僕がいくら気を張って正当性を主張しても理解してもらうのは難しいだろう。
一度植え付けられたら怒りや悲しみが簡単に消えないように、この問題は思った以上に根が深かった。
「…それで、どうすれば和解できると思う?」
「和解か。お前が考えているより容易くはないぞ。我が兵の中にも人間に虐げられ、仲間を失った者も多くいる。それらの気持ちを考えると、私にはどうすることも出来ない」
それは、国王に違い立場にある彼の思いだった。
だが、それで「はい、分かりました」と引き下がるわけにもいかない。
何か解決の糸口を見つけなければ、永遠に争い続けることになる。
そのためには、この戦争が起きたきっかけを詳しく知っておく必要があるだろう。
「元々、この問題は何故起こったのか、コルグス、お前には分かるか?」
「面白いことを言うな。一方的に戦争を仕掛けてきたのはお前たちの方だぞ?」
「いや、それは違う。我々の解釈では、理解のないドワーフが悪だと、陛下は仰っている」
黙って話を聞いていたアルマハウドが口を挟んだ。
彼は皇帝の旧友という立場から、考え方に共感し、誰よりも国を愛している一人だ。
そんな彼は、崇拝すらする皇帝の意志が“間違っている”と認めたくないのか、硬い表情でコルグスを見つめている。
「…ほう。では、そちらにはそちらの正義があると、そう言いたいのか?」
「我々は神の正当な子孫。そのトップである皇帝の考えは神の意志そのものだ」
それを聞いてコルグスの顔が曇った。
「神の子孫だと?笑わせるな。お前たち人間は神の子孫であるはずがない。神と呼ばれるものがまだ存命だった頃、人間たちの名前はどこにもなかったのだよ。数百年を生きるエルフの王もそれを知っている」
コルグスは世界の起源について知っていることを話してくれた。
まず、“神”とよばれる者たちが生きていたとされる“創神期”は、人間が解釈している時期と大きな違いがあるらしい。
それらの証明はノースフィールドの地層から出土する遺構や遺産によって、およその事が明らかになっている。
また、エルフが扱う魔具は神々が残した技術を元に、彼らが独自の解釈と利便性を追求して生まれたものらしい。
そもそも、話を聞く限りでは、神々は“高度に発達した文明を築いた古代人”だと、彼は断言した。
「神が…古代人?」
「そうだ。彼らの容姿はエルフに近しい存在だ。壁画にも描かれている。断じて人間には似ていないのだよ」
「それは妙だな…我々が知り得ている情報とはまるで違う」
コルグスの話を黙って聞いていたアルマハウドは眉間に皺を寄せた。
「お前たちの解釈は何を元にしているのか私は知らない。そこに問題があるのだろうな」
それを聞いてアルマハウドは自分が知っている限りの話をした。
そのどれもが皇帝の話していた“創神期”や“創聖期”にまつわる話だ。
さらに話は続き、“ドワーフはエルフの亜種”と言ったところでコルグスは不満を露にした。
「我々がエルフの亜種?お前たちは何を勘違いしているのだ。そんなわけがあるはずもない。誰がそんな嘘を…」
「違うのか?」
「当たり前だ。我々はエルフと成り立ちが違うのだからな」
「だ、そうだが?」
僕はアルマハウドに追い討ちをかけるように告げると、今度は彼の顔が曇った。
今まで信じていたものが間違っていたと分かり、ショックだったようだ。
「まず、お前たちが信じている神の教えに間違いがあるのだよ」
「ま、まさか…そんなはずはない!」
いつもあまり感情を表に出さないアルマハウドが大きな声を上げた。
それだけ衝撃的な事実だったのだろう。
信じていたものが間違いだと分かれば、僕も彼のように感情的になるはずだ。
「では、こうしよう。お前たちを国王に引き合わせる。そこで自分たちの間違いを改めるんだな」
コルグスは部屋を出て“王座の間”へ案内してくれた。
王座の間は王宮の一番奥にあり、いくつかの門をくぐらなければならない。
検問所のような部屋を通り、携帯している武器は全て取り上げられた。
コルグスは僕らをある程度信用しているが、万が一に備えてと付け加えた。
「ここだ。しばらく待て。王に話をつけてくる」
王座の間に通じる廊下で待つように言われた。
しばらくすると、扉の向こうに気配がした。
どうやらコルグスが戻ってきたようだ。
「入れ。王が待っている」
入口から王座に青色の絨毯が続いていた。
青色の心理効果は集中力を高めたり、興奮を抑えるなどの効果がある。
ドワーフたちは色が持つ心理的な効果を理解しているのだろう。
「ほぉ…人間が五人も。よくここまでたどり着いたものだ。コルグスから話は聞いている。マーナガルムに襲われていた我が兵を助けてくれたそうだな。礼を言う」
国王と言っても警戒をしていたが、威厳を振りかざすタイプではなさそうだ。
強面の顔をしているが、明確な敵意は感じられなかった。
どちらかと言えば珍しいものを見る目で僕らを眺めている。
「私はレイジ。お招きいただきありがとうございます」
「何、コルグスたっての願いだ。気にすることはない。そなたらは私に聞きたいことがあるそうじゃな」
「はい。知っている限りで結構です。この世界の成り立ち、人間とドワーフが争うきっかけ、双方の考え方の違いを教えていただきたい」
「ほぉ?そなたはなかなか聡明な顔つきをしているな。なるほど…私が思うに、この遠征、そなたの入れ知恵かな?」
「さすがは王様。お察しの通りです」
それを聞いて国王は笑みを浮かべた。
どうやら人を見る目は人一倍肥えているらしい。
心を見透かされているようで、決して気持ちのいいものではないが、下手な嘘は通用しないだろう。
元より嘘をつくつもりはない。
ありのままを話、お互いの理解を深めるのが目的なのだから。
「わかった。そなたがそれで納得するのであれば話をしよう。兵を助けてもらった礼も兼ねてな」
「ありがとうございます」
国王はコルグスよりも詳しい知識を持っていた。
まず、人間たちが“神=エルル”と呼んでいる創神期の支配者たちは、人間の世界で用いられる宗教に登場する “巨人族”ではないらしい。
ちょうどドワーフとエルフの中間といった容姿をしていたようだ。
特徴的なのはやはり尖った耳で、肌の色は白かったらしい。
背格好も大して違いはなかったと付け加えた。
名前もエルルではなく、“アニマ”と名乗っていたようだ。
アニマはラテン語で“光”を表す言語だ。
この知識は、生前、大学の講義で心理学を履修していた時に覚えたもの。
そして、光というキーワードで思い当たるのは、僕をこの世界に放り込んだ張本人、幼女の声をした死神だ。
転生以来、あの幼女はどこで何をしているのか分からないが、無限を生きる彼女は今もどこかで生きているだろう。
また、国王はこうも告げてきた。
人間はアニマによって“作られた者”だと。
この作られたという言葉には含みがあり、同時にアニマの血を引くという意味ではないことを意味している。
実際、アニマの血を受け継ぐという意味においては、エルフ族がそれを色濃く残しているらしい。
元々、アニマは身体能力が低く、環境への適応力が極めて低かった。
それを補うため、彼らは考えうる限りの技術を用い、地上を支配するに至った。
さらに、文明の後期には “不老不死”の研究を始めたようだ。
しかし、“肉体はいずれ滅びる”という、概念を覆すことができなかったと記録が残っている。
そして彼らは悩んだ末に“イド=自我”という答えを導き出した。
つまり、肉体を保存するのではなく、“イド=精神”を残すという考え方だ。
しかし、精神の入れ物である肉体が失われた場合、保存する方法が見つからなかった。
それでも、彼らは研究を重ね、一つの答えにたどり着く。
精神を光の粒“光子”に変換し、それらを寄せ集めることにより “意識体”という不変の入れ物を作り出すことに成功した。
現在、その技術は文明の崩壊と共に失われてしまったが、国王自身はアニマたちがまだどこかで生きているだろうと考えているようだ。
「意識体…神…アニマ…」
僕は教えられた単語から幼女の声が連想され、脳裏で浮かんでは消えて行った。
「そんなもの、信用できるはずがない!」
黙って話を聞いていたセシルが声を上げた。
実際、転生者として幼女の記憶を持つ僕になら、国王の言っていた言葉の意味が分かるような気がした。
反対に、彼女のような“この世界の考え方”に依存している人間ならば、簡単に信じられなくて当然だ。
「信じられぬ…か。よかろう、コルグス、例のモノを彼らに見せてやれ。それで納得するだろう」
「良いのですか?」
「構わんよ。それに、口で説明するより早いだろう」
「分かりました。仰せのままに」
隣で控えていたコルグスが最敬礼をして跪いた。
彼のこの行動を見て分かる通り、国王に対する忠誠心は人並みならぬものを感じる。
彼らの関係は客観的に見て、王と医者という構図だが、それ以上に深いモノで繋がっているようだ。
案内すると言ってコルグスは王座の間から別の場所に移動を始めた。
移動中、疑問に思っていた二人の関係を聞くと、妙に納得する答えが返ってきた。
彼らは兄弟だった。
そして、兄が国王を継ぎ、弟が医者になったようだ。
また、初めて町の中を歩いた際、不思議に感じていたことがある。
町の中を歩く女性のドワーフの割合がとても少なかった事を思い出した。
コルグスの話によると、女性のドワーフの出生率は全体の二割ほど。
つまり、男性ばかりが生まれ、女性は希少な存在だということ。
そして、表向きは法治国家という体裁をとっているものの、妻を娶れないドワーフの男性は、ある一定の年齢に達すると、労働力として国の管理下におかれる。
主な仕事は、延々と続くドボォイの拡張工事、食糧の生産、商工業の従事、自衛組織の兵力だ。
そのため、ドワーフの社会は三つの階級に分かれている。
一つは国家の運営を行う“国家上流階級=ウェラ”。
これには国王やコルグスなど、大まかに言って王宮で暮らす者たちを指す。
二つ目は、“国家中流階級=チェラ”で、これは単純に市民と言う位置づけ。
三つ目は、通称“働き蜂”と呼ばれる“国家下流階級=ゲェラ”だ。
その名の通り、もはや人権はなく、奴隷に近い存在とも言える。
しかし、国家に逆らわない限り、安定して生活が約束されるため、不満を漏らすものは少ない。
また、仮に“チェラ”であろうと、男性が罪を犯せば“ゲェラ”に落とされてしまう。
一見穏やかに見えるドワーフの社会も、蓋を開けてみれば効率を考えた独自のルールが存在している。
何が幸せで何が不幸という明確な線引きは難しいが、彼らはこのルールに従って生きているということがよく分かった。
これも、実際に聞いてみないと分からなかったことだ。
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詳しい補足は次回に続きます。
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