シーン 90 / 登場人物紹介 10
【登場人物紹介】
ケルド
不干渉領域に設置された前線基地を統括する軍人の男。
国の中でも相応の知名度を持っているが、コルグスほどではない。
人間の年齢に直せば三十代前半と推測される。
仲間の兵を助けられたことで、レイジに対する警戒を解き、コルグスに会わせる事を約束した。
ヨルムント
大臣の男。同時に国王の世話役でもある。
気難しい外見をしているが、かなり融通が利く性格をしている。
コルグスとは血縁関係にある。ちなみに、ヨルムントの方が年下である。
国王
ドワーフ族の王。ドワーフ族は法治国家のため、国王とは言え行使できる権力には限りがある。国の象徴という位置づけが強い。
ドワーフ族で重要な三名の紹介でした。
国王はまだ出てきていませんが、イメージとしては日本の天皇のような存在です。
シーオでの休憩が終わり再び歩き始めた。
ドボォイの中は景色が変わらないため単調な移動が続く。
地上であれば亜人や魔物に遭遇することもあるが、この場所で出会うのはない。
手綱を握るニーナは眠たそうにあくびをした。
いつもなら周囲に警戒をするため緊張の連続だが、今回ばかりは気が抜けているらしい。
気持ちは分からなくはないが、少し気を抜き過ぎているような気もする。
先ほど休憩からどれくらい歩いただろうか。
腹時計が正確なら二時間くらい歩いたはずだ。
前方からたくさんの気配を感じた。
セシルもそれを感じたのか、カーテンの隙間から実際に目で確かめている。
「いよいよだな」
「安心しろ、万が一襲われたら皆殺しにしてやる」
セシルは瞳の奥を光らせた。
冗談ではない雰囲気はすぐに伝わってくるが、今回はこちらから手を出せば負けだ。
ドワーフたちに極力不信感を与えないように心掛ける必要がある。
出来れば武器の携帯も禁止しておくべきだろう。
「いいか、二度とは言わないからな。絶対こちらから手を出すな。万が一の際も正当防衛以外は認めない!いいな?」
念を押すとニーナ以外の面々は頷き、御者台からは短い返事が返ってきた。
「そろそろ都だ。心の準備をしておけ」
ケルドが注意を飛ばすと、前方にシーオとは違う巨大な空間が見えてきた。
まだ入口の段階だが、先ほどとは比べものにならないほど広そうだ。
入口を抜けると開いた口が塞がらなくなった。
それもそのはずで、目の前には想像以上の巨大な都市が広がっていた。
実際の広さまでは分からないが、少なく見積もっても野球のグラウンド換算で十個分以上はあるだろうか。
地上なら土地を贅沢に使用できるが、ここはドボォイの中だ。
これだけの空間を作るにも相当の労力が必要になったはずだ。
それこそ一朝一夕で出来るものではない。
ドーム状になった天井までの高さは二十メートル近くあるだろうか。
町の中は二階立ての建物が目立った。
ここに暮らすドワーフの数は帝都ほどではないが、町の広さに対する人口密度を考えれば都会と言うにふさわしいだろう。
ケルドの案内で大通りを抜け、目的地である王宮を目指した。
時より、僕らを見たドワーフたちが驚きの声をあげ、武器を手にした者までいたが、その都度ケルドの仲裁をして事なきを得た。
彼の影響力はそれなりだが、それ以上にコルグスの名前を出したのが利いているようだ。
暴漢でさえも彼の名前を聞いただけで戦意を失った。
「ケルド、一つ聞きたいんだが、コルグスは何者何だ?」
その質問にケルドは少し呆れたように答えた。
「まさか、何も知らずにコルグス様を訪ねるつもりか…?」
「まぁ、以前は込み入った話まではしなかったからな」
「そうか…ならば、王宮で不備がないよう教えておこう」
ケルドの話が正しければ、コルグスは“国家上級薬師”という役職に就いているらしい。
話に聞く限り“薬師”と言うより“医者”というニュアンスの方が強いだろう。
特に肩書きの中にある“上級”は、限られた者にしか与えられない称号で、彼を入れても三人しか居ないそうだ。
特に彼は三人の中でも別格で、直接国王の診療ができる唯一の担当医でもある。
「…国王の専門医?」
「あぁ、コルグス様のお立場は士官ではないが、国の中でも五本の指に入る有名人だ。知らぬ者など居ないよ」
「そう…だったのか。じゃあ、俺は凄いヤツと知り合いになったもんだな」
「凄いなんてものじゃない。運が良かったなどというどころの話ではないぞ」
説明をするケルドは半ば呆れ気味だ。
国家の中でも“超”が付くほどの有名人に、これからアポ無しで会おうとしているのだから無理もない。
彼からペンダントを受け取っていなければここまで来ることさえ出来なかっただろう。
「あれが王宮だ」
ケルドは前方の大きな建物を指差した。
岩盤を削りだして作られているらしく、一部は壁と密着していた。
硬い岩盤をそのまま利用しているため頑丈に出来ているようだ。
城門の前には屈強そうなドワーフの衛兵が待機していた。
衛兵たちは顔色を変えて槍を向けてきたが、この場もケルドの説得で事なきを得た。
実際、彼のような案内役がいなければここまで順調にやって来る事はできなかっただろう。
血の気の多いセシルのことだから、こちらからケンカを吹っかけて死傷事件でも起こしていたに違いない。
「大臣に話をつけてくる。キミたちはここで待っていてくれ」
馬車を厩舎に預け、大広間に案内されたところでそう告げられた。
しばらくすると、仕立てのいい服を着た男が現われた。
隣にケルドが居るところを見ると、彼が大臣なのだろう。
「ふむ…本当に人間がこんなところまで来てしまうとはな。正直、驚いて言葉も無い」
「アナタが大臣で?」
「如何にも。私はヨルムント。国王の世話役でもある」
「私はレイジ。使者として皇帝より遣わされました」
「話はケルドから聞いている。そなたらは我が兵を助けてくれたそうだな。その節、感謝する」
「いえ、当然の事をしたまでのこと。困っている者を助けるのは当たり前です」
「当たり前…か。やはり、そなたらは我々の知る人間像とは違うらしい。わかった、そなたらの希望通りコルグスに会わせよう、ついてまいれ」
ヨルムントの案内で王宮の東にある塔へと案内された。
石造りで堅牢な建物だが、細部に細工が施されている。
「ここじゃ。中に入って待たれよ」
そういってヨルムントは戻っていった。
「レイジ、どう思う?」
「何がだ?」
「あの大臣という男だ。ケルドの説明だけで我々を敵ではないと判断したと思うか?」
「どうだろうな。まぁ、もし、俺たちをどうこうしようって言うのなら、すでに兵隊に囲まれているんじゃないか?」
周囲の気配を探ってみたが近くに敵意を持った者はいなかった。
それを聞いてセシルも少し複雑な顔をした。
「確かに…それは一理あるが…」
「お前たちの常識では、これは異常なことなんだろう?だけど、実際はそうじゃなかった。これは俺が感じていた違和感でもあったんだよ」
「違和感か…。確かに、我々はドワーフというモノを敵として認識していたが…」
「目に見えるものだけを信じるな。まぁ、これは俺の持論だけどな」
人間は目で見た情報を信じやすい傾向がある。
ただ、それが全てではないということも事実だ。
今回の件もその一例だと言える。
真実だと思っていたことが間違っていたという話は珍しいことではない。
現在は間違いとされる天動説も、最初は思い込みで「そうだろう」と主張されてきた。
ただし、全てを疑えということでもない。
疑心は争いの火種になることもあるため「全て悪だ!」という偏った考え方は控えた方がいいだろう。
何事も行き過ぎは誤解を生じさせるため、慎重にかつ大胆に物事を進めるというのが、僕の考え方の基本にもなっている。
「…ここまで黙っていたが、やはりレイジの見立て通りのようだな。結果はまだ出ていないがな」
沈黙を守っていたアルマハウドが口を開いた。
彼はここに来てから警戒心を解き、自然体を心がけていた。
敵意というのは意識していなくても相手に伝わるものだ。
それを解くことでこちら側から歩み寄る姿勢を見せることに繋がる。
サフラもそれに習ってか、昨日一件以来緊張した様子は無い。
「無用な敵意は疑心を生む。セシル、お前も警戒を解け」
「あ、アルマハウド!お前まで…」
“郷に入っては郷に従え”ということわざがあるが、ちょうど今のような事を指しているのだろう。
その土地のルールに従っていれば、余計な波風が立つことはない。
「ニーナ、お前もだぞ?緊張しているのは分かるが、少し肩の力を抜け」
「あ、あぁ…すまん。慣れていないから、ついな」
「慣れていないのはお前だけじゃないさ。俺だって少し緊張している」
「そうか?お前ほど自然体なヤツも珍しいと思うぞ」
「それ、褒めてるのか?」
「どう取ってもらっても構わないよ。それでだ、交渉については何か考えがあるのか?」
「考えか。特に決めてはいないが、交渉のテーブルに着けたら気持ちを偽らずに話そうとは思っている程度だ」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫かは、交渉次第だろ?」
「まぁ…確かにそうだが」
「初めから弱気になってどうする。やれる事をやってダメだな、またやり方を考えればいい。みんなも、俺が交渉するから、極力口出しはしないで欲しい」
廊下で人の気配を感じた。
人数は一人。
敵意はなく自然体のようだ。
「お邪魔するよ」
ノックをして部屋に入ってきたのは、久しぶりに会うコルグスだった。
「やあ、久しぶりだな」
「やはりお前か。ペンダントを返しに来たと聞いたが…そればかりではあるまい」
最初に会った時とは違い、医者を思わせる白衣を纏っている
よく似合っているところを見ると、こちらが普段着なのだろう。
「お察しの通り。話し合いに来た」
「ほぉ…わざわざ危険を冒してこんなところまでやってくるとは。まったく、頭がどうかしているな」
「そう邪険にしないでくれ。性分なんでね」
「で、こんな世間話をしにきたんじゃないんだろう?」
コルグスの目が怪しく光った。
敵意や不信感を表すものではないが、僕の真意を見透かしたような目だ。
「まぁ、まずはコレを返して置こう。大切なものなんだろ?」
ポケットからペンダントを取り出しコルグスに手渡してやった。
「あぁ…確かに、私の物だな。思ったより律儀なヤツだな、お前は」
「いいじゃないか。それに、手土産も持ってきた。馬車に乗ってるよ」
それを聞いてコルグスは急に笑い出してしまった。
「何がおかしいんだよ?」
「い、いや、気を悪くしないでくれ。あまりにも我々が持つ人間のイメージとかけ離れていたから、ついな」
「だからって笑うことはないだろ?」
何気なく隣を見ると、アルマハウドとセシルは目を丸くしていた。
二人には知り合いとだけ伝えてあったが、これほど気さくに話し合える仲だとは思っていなかったらし。
僕も一度会っただけなので、多少の不安はあったが、彼の顔を見てそんな気持ちもいつの間にか晴れていた。
「し、信じられんな…」
「ん?」
「いや、お前たちの関係だ。正直、驚いて言葉にならん」
「ここまで来れたのも奇跡みたいなもんなんだ、気にしたら負けだぞ」
それを聞いてアルマハウドは何とか現実を受け止めることができたらしい。
実際、彼もドワーフという存在に疑問を持っていた一人だ。
そして、気さくに話す僕らの関係を見れば驚いて当然だろう。
セシルも同じ気持ちで居るのか、ただ驚くばかりで言葉には出さなかった。
「土産と言ったな。野暮な事を聞いて悪いが、何を持ってきたんだ?」
「あぁ、ラベンディアの種とコショウと塩だ。それぞれ麻袋に詰めて二十キロ運んできた。結構大変だったんだぞ?」
「ラベンディアの種…だと?それに、我々の世界では貴重なコショウと塩まで…」
「やっぱりな。地下暮らしだから香辛料は貴重だろうと思ったんだよ。塩も西の海で取れた海塩だぞ?」
「まったく…お前という男は…どこまで我々の常識を覆せば気が済むんだ?」
「よせよ。少し考えたら分かることだ。別に大したことはしてないよ」
どうやら“土産でビックリ作戦”は成功したらしい。
同時に連れて来た仲間も驚かすことができた。
ラベンディアのことを考えればそれなりに出費もあったが、結果オーライと言ったところだろう。
気が付けば書き始めて今日で90日目。最初は、何日か置きの投稿ペースだと思っていたら、連日のように投稿していました。
可能な限りこのペースを続けて行きたいと思うので、引き続きよろしくお願いします。
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