シーン 79
アルマハウドによれば、フランベルクというはただの戦闘集団ではない。
皇帝の警護が活動内容の主だが、必要があれば積極的に帝都の驚異を排除する。
ただし、今回セシルが僕らに同行するのは異例中の異例だ。
フランベルクの中でもリーダーを務める彼女は常日頃から皇帝の側を離れることはない。
彼女自身、普段は執務室に待機して他のメンバーに指示を出すことがほとんどだ。
あまり前線に出る機会のない彼女だが、一度剣を握れば人が変わったように目の前の敵を殲滅する。
二本の剣はそれぞれミスリルとテイタン製の珍しいサーベルで、特に右手で扱うミスリルの剣は雷を操ることができる。
また、剣が発する雷を利用して身体能力を飛躍的に向上させることもできるらしい。
特に雷によって強化された脚部は跳躍力が大幅に上昇し、人間離れをした戦い方ができるようだ。
そのため、雷を扱う公爵=“雷公”という異名も持っている。
聞くところによれば今のところ国中どこを探しても彼女に勝る戦士はいないらしい。
つまり彼女はアルマハウドより強いのだ。
戦い方こそ違うが、アルマハウドが“剛の戦士”なら、セシルは“柔の戦士”と言うことになる。
アルマハウド自身、皇帝の命令で彼女と模擬戦を行った経験を持つが、まるで“雲”を相手にするようで、掴みどころがなく、剣がかすりもしなかったそうだ。
しかし、これほど強い彼女だが、武術大会で優勝をしてフランベルクに入団したわけではない。
きっかけは以前リーダーを務めていた人物と関係がある。
当時、彼女はまだ駆け出しのバウンティーハンターだったそうだ。
そんな中、彼女は無謀にも前リーダーの男に一騎打ちを申し込み、見事勝利すれば彼女が新しいリーダーになるという約束を皇帝と交わしたらしい。
結果は周囲の予想を反しセシルの圧勝。
その戦いで前リーダーは瀕死の傷を負い、二度と戦うことができなくなったそうだ。
以来、彼女に挑戦する者は少なからず現れるが、誰一人として彼女に傷を負わせた者はいないらしい。
「…アンタ、化け物か?」
静かに昔話を聞いていたセシルを見て思わずため息が漏れる。
アルマハウドでも相当化け物じみた実力の持ち主だが、それ以上の人物が居るとは信じられなかった。
ただ、先ほどの戦いやアルマハウドの話からも冗談ではないようだ。
「キミは女性に対して失礼なことを言うんだな」
「そうだぞ、レイジ。まったく…。それにセシル公爵が強いのは同業者の中では有名な話だ。そして私の憧れだ」
女性陣から冷たい視線が送られてくる。
どちらも美人だから僕に注目をしてくれるのはありがたいが、出来れば笑顔を向けて欲しいところだ。
アルマハウドはこの手のやり取りが苦手らしく、自分が標的にならないよう視線を逸らしている。
「気に障ったなら謝る。それでだ、フランベルクのリーダー自ら俺たちの旅に参加して大事なのか?」
「それについては問題ない。陛下自らがご決断されたんだ」
「裏切るようなら殺せって命令も受けてるんだよな…。まぁ、そんなつもりは毛頭ないが」
「陛下はああ見えて大胆なお人なのさ」
アルマハウドによれば彼女一人で約五百人の歩兵に相当する実力があるらしい。
コロッセオに現れたワイバーン程度なら一人でも平気のようだ。
人間の上位捕食者を涼しい顔で狩る様子は、彼女が本当に人間なのか疑問に思うほど。
ちなみに彼女は二刀流の使い手だが、左手の剣は主に防御を担っている。
硬質なテイタン製のサーベルは、彼女が扱えば身体のほとんどを覆い隠すカイトシールドの防御力を上回るようだ。
もちろん攻撃に転じれば目の覚めるような剣戟で対象は沈黙してしまう。
「雷を扱うミスリルの剣か。どことなくニーナやクオルが使う剣と似てるよな」
「ルーツを辿れば私の剣とセシル公爵の剣は兄弟さ。それよりレイジ、火と氷と雷ではどれが一番強いと思う?」
ニーナは笑みを浮かべながら質問をしてきた。
彼女の性格を考えれば自分の持っている氷と言わせたいのだろう。
ただ、それを裏付ける理由は思い付かなかった。
「氷か?」
「いいや、実はどれでもない。それぞれの能力で大きな優劣の違いはないんだよ」
「じゃあ、何が言いたいんだよ」
「何と言われると困るが…つまり使い手次第で能力に差が生まれるわけだ。まぁ、私は雷が一番優れていると思うがね」
ニーナは自信たっぷりに言った。
「いやいや、ニーナの持っている剣も素晴らしいよ。氷が扱える魔具は貴重だからな」
ミスリルを用い魔力を帯びた魔具の製造法はエルフにしか行えない。
それは、ミスリルそのものに秘密があるらしいが、それを詳しく知る者は人間の中には少ない。
ミスリルはサウスフォレストの限られた地域でしか採掘することが出来ず、ヒューマンもドワーフも手に入れるのは非常に難しい。
今、市場に出回っているミスリル製品は、全てエルフの討伐で得た戦利品になる。
ただ、中には魔力を帯びていないミスリルもあり、貴重さを除けばヒューマンが製造できるテイタンと硬度や密度はほぼ変わらない。
つまり、無理をしてミスリル製の高級品の装備を身に付けるよりも、強さが同じで入手が比較的簡単なテイタンがよく利用される。
アルマハウドの装備を見ても分かるが、破損時の修理技術も確立しているテイタンの方が扱いやすい。
つまり、能力の持たないミスリル製品は美術品や収集品の価値しか残らないそうだ。
だから、セシルは左手に持つ剣をミスリルで統一せず、テイタン製のモノを使っている。
「そう言えば出発の時から気になっていたのだが、この大量の物資は何だ?食料というわけではないのだろう?」
アルマハウドは馬車に積まれている麻袋を見た。
袋は全部で三種類ある。
その中身を知るのは今のところ僕とペオだけだ。
「仲良くなりに行くのに手ぶらってわけにはいかないだろ?」
「つまり…土産と?」
「あぁ、中には塩、コショウ、ラベンディアの種がそれぞれ入っている。一袋の重さは大体二十キロくらいだ」
中身を聞いて僕以外の三人は目を丸くした。
その理由はおおよそ予想がつく。
この中で一つだけ非常に高価な物が含まれているからだ。
「…ラベンディアの種を二十キロだと?お前、正気か」
アルマハウドはため息を漏らした。
彼がそう思うのも無理はない。
ラベンディアは希少性と薬効の高さから、末端価格では同じ重さの銀と交換されるほど。
軽く見積もっても袋一つで馬車が二台は平気で買える価値がある。
馬車一台が軽自動車ほどの価値があるため、三人が驚くのも無理はない。
もう少し色を足せば僕が買った家が買えてしまう。
「そうか、二人には俺が会ったコルグスの話はしていなかったな。ニーナはあの場に居たから分かると思うが、コルグスは危険を冒してまでミッドランドにラベンディアの採集に来ていたんだ。たぶん、ノースフィールドにはラベンディアそのものが無いか、あっても数が少ないんだろうな」
ラベンディアが高価な理由に繁殖力の問題がある。
一本のラベンディアから取れる種は多いもので数グラムほど。
中には実を結ばないものもある。
二人にもラベンディアがドワーフにとって貴重な品と言うことが伝わったらしい。
他にも地底生活をするドワーフには、なかなか手に入らないと思われる塩とコショウの選択も三人には妙案と受け取られたようだ。
「塩もコショウも安いものではないからな、土産としては上出来だろ?」
「あぁ、キミはそこまで考えていたのか。揃えるのに苦労したろ」
セシルは特に感心しきりだ。
「ウチに優秀な使用人が居てな。どうやって集めたのかは分からないが、キッチリ仕事をしてくれたよ」
「ほう…それはさぞかしやり手の使用人なのだろうな」
「全くだ。あの少年が十三歳とは到底思えないな」
「俺も驚くことばかりさ。本当なら連れてきてやりたかったが、ペオには別の仕事を任せてある。さすがに今回ばかりは戦えない者を連れて行くわけにはいかないからな」
まだサフラとニーナにはペオに頼んでおいた仕事のことは話ていない。
今さら蒸し返してしまえば、せっかく二人を驚かせようと計画した思惑が流れてしまう。
ニーナの気持ちを逸らせる意味で別の話題を振った。
「ニーナ、不干渉領域まではあとどれくらいだ?」
「そうだな…あと半日くらいだろうな」
ニーナは用意していた地図に目を落とした。
現代の地図とは違い縮尺や精度に大きな誤差があるが、旅の目安くらいには役に立つ。
横から地図を眺めたが、北へ延びる補給が途切れた場所より先が不干渉領域のようだ。
「レイジ、あれを見て!」
御者台のサフラが声を上げた。
急いで前に向かうと巨大な化け物の姿が目に入った。
以前、僕らが退治したバレルゴブリンと体型がよく似た巨大な亜人がこちらに向かっている。
「アイツは…バレルトロール!?」
遅れてきたニーナは驚愕の声をあげた。
バレルトロールはバレルゴブリンと同様に狡猾で長生きしたトロールが成長した姿だ。
しかし、バレルと呼ばれる化け物に成長するためには多くの餌を口にしなければならない。
もちろんヤツにとっては人間も餌扱いだ。
身長が三メートルを超える巨躯は、孤島の悪魔と呼ばれる巨人族“ジャイアント”と見間違えるほど。
妊婦のように膨らんだ下腹は犠牲になった動物や人間の多さを物語る。
「ほう…バレルトロールか。これは珍しいヤツにあったな。ヤツなら討伐難易度はBランク相当だろうさ」
ニーナに続いてセシルも前に移動してきた。
ニーナとは違い落ち着いているところを見ると、彼女はバレルトロールを脅威とは思っていないのだろう。
やはり化け物だと口にしようとしたところを飲み込み、ホルダーから銃を取り出した。
バレルゴブリンで経験した巨大な相手との戦い方を実戦で生かせるチャンスだ。
「俺がやる。三人は馬車を守ってくれ」
「ちょ…」
ニーナが僕を止めようとしたが構わず外に飛び出した。
近くで対峙するとその大きさがよくわかる。
文字通り樽のような体格をしたトロールだ。
身体が巨大化した反動からか、並みのトロールよりも動きが緩慢だった。
僕は銃に念を込めて“M500”を呼び出す。
アルマハウドの鎧を撃ち抜いたこの銃なら、いかに相手が巨大でも致命傷になるはすだ。
まず、動きを止めるために“足のすね”に弾を放つ。
“弁慶の泣きどころ”と呼ばれるほど痛みを感じやすい部位なのだから効果のほどには期待が持てる。
発砲音のあと、バレルトロールの足には親指大の風穴が空いた。
弾は完全に貫通している。
「醜い顔だ」
痛みに顔を歪めるバレルトロールは見るに耐えないほど醜悪な表情になっている。
同時に痛みに堪えかねて膝をついた。
頭の位置が低くなり、これなら頭を撃ち抜ける位置だ。
僕は地面を強く蹴って高く飛び上がった。
浮き上がった身体は地上から三メートル以上は離れている。
そのまま後頭部をめがけて弾を連射すると、そのうちの一発が頭を貫通し、バレルトロールは動かなくなった。
「…信じられん。バレルトロールを一蹴とは」
「ふぅ…案外呆気なかったな」
想像していた通りに倒せて満足だった。
いくら相手が巨大でも急所を攻撃すれば倒すことができる。
特に頭はどんな生物でも破壊すれば一撃必殺だろう。
問題は動きを封じてこちらの主導権を握れるかどうかだ。
その方が闇雲に攻撃を加えるより効率がいい。
危険な地域を通る前から戦闘がシーン続いています。普段、あまり人間が近付く地域ではないため、積極的に狩られていない魔物や亜人が我が物顔で歩き回っているのが大きな理由です。
エンカウント率の高い地域はゲームであればレベルアップのチャンスになります。
彼らも目に見えない経験値のポイントを稼いで成長していくことでしょう。
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