シーン 78
「アルマハウドが同行してくれる事になった。それともう一名心当たりがあるらしいから、相談してみるそうだ」
夕食の討論会で今日の成果を報告すると、三人の視線が一気に集まった。
印象的だったのはニーナの驚いた顔だ。
ペオは何故かニコニコと笑っている。
サフラは見たところ少し動揺した程度だった。
「まさかヤツに声を掛けるとは思わなかったな」
「案外、波長が合うんだよ、アイツとはな。これで、戦力については目処が立った」
「あ、あぁ、そうだな」
「これを踏まえた上でもう一度確認する。協力してくれるか?」
「私はレイジに着いていくよ。何処へでもね」
最初に声をあげたのはサフラだ。
中立派とはいえ、何があっても僕に着いてくるつもりだろう。
あまり危険な目に遭わせたくはないが、彼女もこの数日で驚くほど強くなっている。
師匠のニーナも目を見張るほどだ。
今なら銃を使わない僕を十分に上回る実力だろう。
いつも模擬戦をしているニーナでも五回に二回ほどは一本を取られている。
サフラは基礎が出来ているため、ニーナも応用を教えるだけでいいようだ。
「僕も行きますよ」
「…分かった。私も全力を尽くす」
サフラに触発されて二人も声をあげた。
ただ、僕にはもう一つ考えがある。
「ありがとう。それと、悪いんだが、ペオは留守番を頼もうと思う」
「え…?」
ペオは電池の切れたおもちゃのように元気がなくなってしまった。
本人としては同行するのが当たり前と思っていたのだろうが、ここはあえて心を鬼にする。
その代わりに彼にしかできない仕事を任せるつもりだ。
だから、近くまで行き耳元で用件を伝えた。
「…ほ、ホントですか?」
「あぁ、お前にしか出来ない仕事だ。必ず成功させてくれよ?」
「分かりました!全力で頑張ります」
「少年、一体何を頼まれたんだ?」
「何だろう?」
二人には耳打ちの内容が聞こえていないらしい。
ペオにアイコンタクトを送ると、意図が伝わったのか笑みを浮かべた。
「すまんな、無事に帰って来ればすぐに分かるさ。な、ペオ?」
「はい。おまかせください」
「気持ちがいいものではないな、男同士で内緒話とは…。まぁいい、楽しみにしておくさ」
「悪いな。とりあえず出発は二週間後だ。それまでに必要なモノを準備する。思い当たるモノをあげてくれないか?」
ミッドランドとノースフィールドでは気候が大きく違う。
まずは防寒対策を徹底しなければならない。
防寒具は別途用意するとして、馬車の寒冷地仕様に作り直す必要がある。
ニーナによれば町の馬具職人に依頼をすれば改修工事をしてくれるらしい。
費用はそれなりだが必要な事なので依頼しようと思う。
次に保存食の確保だ。
今回は長い旅になるため、用意する量も膨大になる。
次に携行品の調達だ。
ノースフィールドは常に氷点下を下回るため、烈火石を多めに持っていた方がいいらしい。
「とりあえずこのくらいか?」
「そうだな。あとは各自必要なモノを用意すればいいだろう」
「そうだな。ペオ、この他に準備してもらいたいものがある。お遣いを頼めるか?」
「分かりました」
後日、ペオには買い出しのリストを書いた紙を渡すと伝えておいた。
これで二日に渡った討論会は終わった。
あとは出発までの間を準備に費やし、英気を養うだけだ。
翌日から総出で準備が始まった。
翌日もその翌日も準備に明け暮れ、ようやく出発の日を迎えた。
「レイジ、いよいよだな」
「あぁ、そろそろアルマハウドが来る時間だ。揃ったらすぐに出発する」
しばらくするとアルマハウドがやってきた。
傍らには見知らぬ女性が立っている。
銀色の鎧を纏い二本の剣を脇に差している。
立ち姿から並みの使い手ではないだろうと察しがついた。
「すまん、遅くなった。連れの準備が手間取ったんだ」
「その人が前に言ってた人か?」
「あぁ、彼女はセシル。フランベルクのリーダーだ」
「せ、セシル公爵殿…」
隣にいたニーナの驚き方が尋常ではなかった。
いつもの冷静さはどこにもない。
以前、フランベルクのリーダーに憧れていると言ってたことを思い出した。
憧れの人物に会って明らかに動揺している。
「ほぅ、私をご存知とは…」
「知るも何も、アナタは私の憧れだ」
「そうか。歳はそう変わらないと思うが、そう思ってもらえるなら私も嬉しいよ」
「俺はレイジ。まさか、アンタほどの人が協力してもらえるとは思わなかった」
「キミのことは知っている。この堅物を負かしたあの試合も実際に見ていたからな」
彼女は普段皇帝の警護をしている。
あの大会でも皇帝のすぐ近くで見ていたのだろう。
「セシルは陛下から直接命令が下っている。お前に不穏な動きがあれば殺せとな」
「…そういうことだ。キミが万が一寝返れば私は容赦しない」
「なるほど…それで選ばれたわけか」
「レイジ、悪く思わないでくれ。これも陛下が苦心された結果だ」
「大丈夫だ、気にしないさ。それに、万が一にも寝返ることなんてない」
「こちらもそう願っているよ」
セシルは不敵な笑みを浮かべた。
装備を見ても分かるが、彼女は二刀流の騎士と見て間違いはない。
どれほどの実力を持っているのかは未知数だが、アルマハウドも一目を置いているところを見ると、相当強いのだろう。
僕らは帝都を出て北を目指した。
北へ続く道は“補給路”と呼ばれる石畳の道が続いている。
しかし、それが続くのは不干渉地域の手前まで。
そこからは道なき道を進むことになる。
ちなみに馬車を引くのは北方原産の野生馬だ。
この馬は皇帝が所有していたもので、とあるルートを通じて借りることが出来た。
それを裏で尽力したのはペオだが、大人顔負けの交渉術が行われたらしい。
「アルマハウド、この先で気をつけておくことはあるか?」
「まずは亜人と魔物の対処だな。私とセシルが前衛を務めさせてもらう」
「分かった。俺は銃で後方支援をする。ニーナ、お前も後衛を頼む」
「了解だ」
しばらく進むとオークが現われた。
アルマハウドは何も言わず馬車から飛び出すと、物凄い勢いで剣を振り、オークの胴体を真っ二つにする。
「相変わらず凄い剣だな」
「ふん、オーク程度では肩慣らしにもならん」
「それは心強い」
馬車の旅は敵に襲われなければ快適そのものだ。
流れていく風景を眺めながらゆっくり昼寝ができれば最高だろう。
ただ、それを邪魔するのはいつも亜人か魔物のどちらかだ。
次に僕らの行く手を遮ったのはトロールの二人組みだった。
「今度はトロールか。私が出よう」
そういって今度はセシルが馬車の外へ飛び出していった。
刹那、たった一歩の跳躍で上空数メートルまで飛び上がり、落下の勢いを使ってトロールの脳天に剣を叩き落した。
トロールの身体は真っ二つになり、残っていた一匹も左手に構えた剣でチーズを切るように首を切り落とした。
「に、ニーナ、見たか今の?」
「あ、あぁ…なんて跳躍力だ」
「あれがセシルの戦い方だ。まぁ、実力の半分も出してはいないがな」
仕事を終えたセシルが馬車に戻ってきた。
「トロールというのは動きが鈍くて狩り易いな。まるで動きが止まっているようだ」
涼しい顔をしているところを見ると準備運動にもならなかったらしい。
トロールは並みのハンターでもそれなりに苦戦をする相手だ。
それを簡単に片付けてしまうところを見ると、心強い仲間だと実感する。
「えっと、キミはニーナと言ったかな?どうだい、次はキミが戦ってみては?」
不意にセシルはニーナに話かけた。
ニーナにしてみれば予想もしていない事態に動揺しているが、これは願ってもないチャンスだろう。
うまくすればセシルとの距離を縮めることができるはずだ。
しばらくすると、今度はコボルトの群れが現われた。
コボルトは昼行性と夜行性のタイプがいる。
ちなみに以前、サフラの村を襲ったコボルトは夜行性型だった。
コボルトは先ほどのトロールより戦闘能力は劣るものの、集団で行動するため連携が取れた動きは注意が必要だ。
「コボルトか。見たところ六匹ほど居るが、加勢しようか?」
「いえ、あの程度なら私一人で十分です」
ニーナはセシルの申し出を断って外へ飛び出した。
馬車の中から確認できる限りではクロスボウを持ったコボルトが一体確認できる。
他のコボルトは短剣と棍棒を持っているため、この一体を対処が鍵だ。
ニーナはポシェットの中から釣り糸のような細長いモノを取り出した。
先端には鋭利な金属の刃が付いている。
隣にいたアルマハウドによれば“錘”と呼ばれる投擲用の武器らしい。
使い方は遠心力を使って先端の刃を操り、対象を攻撃するというもの。
投げつけた錘の先端はクロスボウを持っているコボルトに向かって一直線に向かっていく。
刃には細くて丈夫な糸がついているため、コボルトを捉えた刃は手元の糸を引くと素早く手元に戻っていった。
ほとんど使い捨てになる投げナイフとは違い、手元に引き戻せば何度も再利用可能だ。
「なるほど…彼女は技巧派の戦士というわけか。そういえば、大会で見せた氷の能力も持っていたな」
「彼女はサフラの剣術の師匠も務めているんだ」
「ほぉ…それでは、御者の彼女もそれなりに戦えるのか?」
「あぁ、オークくらいなら余裕だ」
「そうか。それなら自分の身は自分で守れるわけだな」
ニーナの戦いに感心しているセシルを横目に、僕は周囲の気配に集中した。
そんな中、僕は別の気配を感じ取った。
「…何か来る」
「キミも感じたのか?私はかなり前から気付いていたよ」
「お前の悪い癖だ、セシル。気が付いているのならすぐに言え」
「すまない、試すつもりはなかったんだがな。レイジもなかなか感覚が鋭いらしい」
話を聞く限り僕よりも早く別の気配に気が付いていたようだ。
仕方なく外へ飛び出して気配のする方に銃口を向ける。
この気配は以前に感じたことのあるモノだ。
現われたのはフォーモルだった。
相手は一体でこちらにはまだ気が付いていない。
攻撃を仕掛けられる前に眉間を撃ち抜いて、フォーモルは動かなくなった。
振り返るとニーナも戦いを終えていた。
「フォーモルも居たのか。レイジ、助かったよ」
「あぁ、俺よりも先にセシルは気付いていたみたいだったがな」
「ほぉ、さすが公爵様だ」
馬車に戻るとセシルは笑みを浮かべていた。
どうやら僕らの戦いを見て感心しているらしい。
大会で僕らの戦いを見ていると言っていたが、こうした実戦での動きはまた別のものだ。
いかに効率よく戦うかで、戦況は大きく変わることを彼女は誰よりも理解していた。
新しくフランベルクのリーダーが登場しました。裏話をすればここでクオルを出すかセシルを出すか…非常に悩んだ結果、彼女を抜擢しました。(笑)
今後、彼女がどう物語に絡んでいくのか、作者としても見守りたいところです。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。