シーン 74 / 登場人物紹介 8
【登場人物紹介】
ペオブレム=ウィルズ
突然主人公の元に現われた“押しかけ使用人”。年齢は13歳と若いものの、世の中を渡るために必要なノウハウは主人公を凌ぐほど。
戦闘への参加経験はないが、必要があれば持ち前の素早さを生かして亜人から逃げ切れるだけの身体能力を持つ。
使用人という立場から主人を立てるために必死だが、その度に主人公から注意を受けて徐々にかけがえのない“家族”になっていく。
特徴:金髪、美形、身長160センチより少し低いくらい
これから家事全般は彼が行います。一人で何でもできるため、彼が家に一人居れば至れり尽くせりでしょう。
まだ夜が明けて間もない時間。
二階のリビングで微かに物音が聞こえた。
転生してから鋭敏になった感覚は、漁船に登載される高性能な魚群探知機のように周囲の状況を捉える。
ただ、詳細な状況まで分かるわけではなく、一部はぼんやりとしているため、必要があれば実際に目で見て確かめなければならない。
二階では“押しかけ使用人”のペオが寝ている。
本来なら彼に専用の部屋を貸与するべきなのだが、三階は僕とサフラの寝室があり、四階の広い一間はニーナが独占している。
つまり、空いている部屋が二階のリビングしかないため、これは暫定的な処置だ。
この問題については僕も考えがあるため、今日にもそれを実行しようと思う。
サフラを起こさないようベッドを抜け出して二階へ下りた。
まだ薄暗い部屋の中で何かが動いている。
「…ペオ、何やってるんだ?」
「あ、レイジ様、おはようございます。今、床の拭き掃除をしていました」
よく見ると濡れた雑巾を手にしている。
近くにはバケツもあり、作業は先ほど始まったばかりのようだ。
「掃除って…まだ朝じゃないか」
「はい。ですから皆さんが起きて来られる前に済ましておこうと思いまして」
朝だと言うのにペオの瞳は輝いていた。
僕ならこの時間に目が覚めれば二度寝を決め込むだろう。
間違っても起きてすぐに掃除とは想像もしたくない
ペオはそれを自主的に行っていた。
「…それも前の職場の習慣か?」
「そうです。前のお屋敷はこちらより小さかったのでもう少し遅くから始めていました」
「それでこの時間か。ペオ、そこまで張り切る必要はないぞ。お前、寝てないだろ?」
ペオが眠ったのは深夜一時を過ぎた頃だ。
僕はペオが眠るまで起きていたから間違いはない。
それから三時間ほど睡眠を取り、こうして活動を始めている。
「平気です。二日間くらいなら徹夜もできますよ?」
平然と言って笑った。
「…まぁ、お前がそれでいいなら好きにすればいいさ。ただし、無理はするなよ?」
「ありがとうございます。では、拭き掃除を片付けてしまいますね」
「あぁ…俺はもう一眠りする…おやすみ」
いつも目覚める時間まで眠れば長くて二時間くらいは眠れるだろう。
ベッドに入るとすぐに意識が遠くなった。
しばらくしてカーテンの隙間から差し込む朝日がまぶしくて目が覚めた。
同時に鼻をつく朝食の匂いがする。
二階ではせわしなく動き回る小さな気配がするため、ペオが自主的に活動をしているらしい。
二度寝から醒めるとゆっくり身体を起こして二階へ下りる。
キッチンではペオがエプロン姿で朝食を作っていた。
エプロンはどうやら昨日の買い物で調達したらしい。
先々まで見越して行動した結果だろう。
すでに使用人としての基本が出来上がっているため、必要な物は頭に入っているようだ。
ここまで考えて行動出来るからこその、いつも自信たっぷりで居られるのだろう。
「おはようございます、レイジ様」
「おはよう。朝食まで作ったのか?」
「はい。簡単なモノしかご用意できませんが、そろそろ出来上がります」
食卓にはすでに出来上がった料理が並んでいた。
最後にスープが運ばれ準備が整った。
「いい匂い」
「おはようございます、サフラさん」
「おはよう。これ、ペオが作ったの?」
「はい。ご用意させていただきました」
「美味しそう。私、ニーナさんを起こしてくるね」
全員が揃ったところで朝食が始まった。
しかし、ペオは席にも着かず離れたところでこちらを見ている。
「ペオ、そんなところに居ないで席に着けよ」
「いえ、使用人の僕がご一緒するなんて恐れ多いです」
どうやらこれも以前の習慣らしい。
主従関係がはっきりしているのは立派だが、これは僕の望むところではない。
この際だから我が家のルールを教えておくことにしよう。
「ペオ、お前が使用人でも家族だと思ってる。家族は一緒に飯を食うものだ。これは命令じゃない、約束だぞ?」
「レイジ様…」
「おいで、ペオ」
「サフラさん…」
「私も大勢で食べるのは嫌いじゃない。少年が一人増えても問題はないさ」
「ニーナ様…」
ペオは一人一人に礼を言って席についた。
この時ばかりはいつも見せる自信はどこにもなく、借りてきた猫のように大人しい。
「…ペオ、泣いてるのか?」
よく見るとペオの瞳に光るものが見えた。
忘れがちだがペオはまだ十三歳の少年だ。
しっかりしているように見えて、心はまだ大人になりきれて居ない。
そんな純粋さと誠実さが彼の持つ一番のセールスポイントとも言える。
「はい…こんなに良くしていただいたのは生まれて初めてです」
「そうか、お前も苦労したな…」
ペオの涙が印象的な朝食になった。
食事が終わり今日の予定を実行に移す。
これからペオが暮らす部屋を考えなければならない。
現実的なのは今ある部屋を工夫する方法だ。
それが無理なら部屋を増設するか庭に新しく小屋を建てる必要がある。
ペオに聞いたところ待遇の改善は主の仕事ということで、僕に一任されてしまった。
出来ればペオの意見を取り入れようと思っていたので、諦めて一人で考えることになった。
そこへこれからサフラの指導に向かうニーナが現われ目があった。
「…何だ、レイジ?」
「あぁ、ペオの部屋をどうしようかと思ってな」
「少年の部屋か。確かにこのままリビングでというのも問題があるからな」
「なぁ、一つ考えがあるんだ。まぁ、この家の主は俺だからお前には従ってもらうがな」
現時点で一番効率的で理想的な方法はただ一つ。
ニーナが使っている四階の一間に壁を増設して二部屋にする方法だ。
これなら小屋を建てるよりも費用も掛からないだろうし工期も早く済む。
ニーナに相談すると少し嫌そうな顔をしたが、居候の身なので逆らうことはなかった。
「…仕方がない。部屋が狭くなるのは残念だが、これが一番得策か」
「そうなるな。まぁ、いつの間にか居ついたお前だが、この提案は呑んでもらうぞ」
「分かった、それでいこう」
話がまとまったところで早速工事業者を探しに出かけた。
まず訪れたのは居住区画の管理事務所だ。
ここの役人なら業者との繋がりもあるだろう。
話を聞いてみると腕のいい大工を紹介してくれた。
管理事務所で貰った案内状を元に大工を尋ねると、浅黒く日焼けした男性が出迎えてくれた。
「管理事務所から紹介できました」
「アンタ、男爵様かい?これは恐れ入った、まさかこんなにお若い方とは」
男性は胸の勲章を見てすぐに僕が男爵と分かったらしい。
普通、貴族はあまり町の中を出歩かないそうだ。
貴族に接触する機会が極端に少ない貧困層では“貴族に会えるのは貴族だけ”という都市伝説のような変わった噂もあるらしい。
男性は僕をじっくりと眺め、一つ大きく頷いた。
「いや、これは失礼。珍しいものでつい…」
「気にしてはいない。それで、今日は仕事を頼みに来た。話を聞いてはくれないか?」
相手が僕を敬っているのだから少し貴族らしい態度をとってみようと思う。
特に意味はないが、自分が男爵であるという自覚を持つためにも、たまには必要なことだ。
「えぇ、私に出来ることであれば何なりと」
男性は僕を商談室へ案内した。
部屋の中は小さなテーブルが一つと、向かい合うようにそれぞれ椅子が一脚ずつ置かれている。
準備が終わって早速商談に入った。
まず、こちらの状況を説明していくと、男性は驚いたように口を開いた。
どうやら今暮らしている家は彼が作ったらしい。
そのため内部の状況にも詳しく、四階に部屋を増設したと告げたら快く応じてくれた。
「なるほど。分かりました。それではすぐに契約書類をご用意いたします」
「よろしく頼む」
男性は目の前で書類を書き上げ、施工者の証明となるサインを記入した。
僕はその書類に目を通し、不備がないことを確認して契約が完了した。
「それでは早速工事に取り掛かりましょう。男爵様のご準備がよろしければ、今から工事に取り掛かって、夕方には終えられそうです」
「そうか。こちらとしても出来るだけ早いほうがいい。部屋は片付けておくから今日中にお願いしたい」
「分かりました」
僕は一足先に家に戻り、みんなに呼びかけて四人で四階の片付けを開始する。
片付けると言っても、ほとんど荷物がないため、ものの数分で作業が完了した。
これで後は業者を待つだけだ。
しばらくすると、部下の大工を伴った先ほどの男性が現われた。
工事はほとんどお任せという形になっている。
こちらの要望は一部屋を二つに分割することなので、基本的には壁を設置するだけだ。
問題は防音などプライバシーを機能の充実だろう。
それについては壁と壁の間に細工をすれば問題はないらしい。
「ではすぐに工事を始めます。出来上がったら声を掛けますので」
そういって業者は四階へと上がっていった。
元々自分たちで立てた家ということもあり、室内の状況はよく理解しているようだ。
図面も彼らが作成しているため、今回の増設工事はリフォームの部類だろう。
半日ほど経って工事の音が止んだ。
「男爵様、工事が完了いたしました」
「思ったより早かったな。さすが、この家を立ててくれた大工だ」
「ありがとうございます。では、ご説明しますので一度、現場へお越しください」
四階につくと部屋を二つに仕切る壁と、それぞれの部屋へ出入りする扉が設けられている。
部屋を仕切る壁は要望通り防音仕様で、扉には鍵も付いていた。
ニーナにしてみれば部屋が狭くなってしまったが、おかげでペオは大喜びだった。
話を聞いてみると、前の屋敷では数人の使用人と同室だったため、プライベートは一切なかったらしい。
僕も前世では初めて自分の部屋をあてがってもらい喜んだ記憶がある。
“自分のモノ”という言葉には言葉以上の魅力があるように思う。
「レイジ様…ありがとうございます」
「おいおい、また泣いてるのか?ペオは泣き虫だな」
「す、すみません…」
「いいよ。泣くほど喜んでくれたんだろ?そう思ってくれるなら俺も嬉しいぞ」
「はい。この恩に報いるよう、誠心誠意お仕えいたします!」
ペオは力強い誓いを立てた。
そして再び涙を流した。
今まで努力してきたから今がある。
そのことを肌身で感じているのだろう。
ペオが僕を頼って危険を犯し、ここまでたどり着いた努力には意味があったのだと、改めて感謝され頭を下げた。
僕も泣かれるほど喜ばれたのなら努力した甲斐があったというものだ。
ペオとは主従関係で結ばれているが、今日の出来事でそれ以上に深い絆が作れたように思う。
今回のテーマは“家族”でしょうか。実際、家政婦だとか使用人というのは立場が弱いものですが、主人公はそういう扱いをするのが苦手です。
主人公的にはロリコン属性なので、もし、ペオが女の子だったらかなりテンションが上がっていたでしょう。だが男だ!!(笑)
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。