シーン 63
改稿済み:2012/09/05
しばらく抱き合っていると、空気を読まない腹の虫が鳴った。
こういったムードをぶち壊す行為は自重したいところだが、生理現象なので抑える事ができないのは非常に悲しい。
「…レイジ、お腹空いちゃった?」
「あ、あぁ…腹ぺこだ」
「じゃあ、すぐに作ろうね。買ってきた物で何ができるだろう?」
「いろいろ買ったから、食材を見て決めようか。そう言えば、サフラって料理できるのか?」
思い付いた質問をぶつけると、不意にサフラが目を逸らした。
それが意味する答えは、深く考えなくてもわかってしまう。
「えっと…出来ないんだな?」
念を押して確認すると、サフラは小さく頭を上下に動かした。
知識も豊富で運動神経抜群の彼女にも苦手なものがあるらしい。
これまで彼女の事を“完璧超人”と羨ましく思っていたが、意外にも料理が苦手だとは思いもよらなかった。
加えて、これまで料理の腕を披露する場がなかったから気付かなくて当然だ。
「じょ、上手になろうと努力はしたんだよ?」
「何だ、かわいいところがあるじゃないか」
顔を赤くするサフラを見て微笑ましく思った。
「か、かわいくなんか…」
サフラの顔がさらに赤くなった。
困っている彼女は普段の十倍増しでかわいいと思う。
もちろん、普段も十分かわいいのは言うまでもないが、こんなギャップは僕にとって大好物だ。
どちらと言えば、ニーナのツンデレも捨てがたいが、今の彼女の方が心に響くものがある。
彼女の頭に手を伸ばし、安心させるよう撫でてやった。
「いいよ、これから覚えていけば」
「れ、レイジは料理できるの?」
「簡単な物ならな。チャーハンとかハンバーグは得意料理だぞ」
「ハンバーグはわかるけど…チャーハンって?」
「そっか、こっちにはないんだな。字にすると炒た飯って書くんだけど、米をフライパンで炒めてコショウと薬味で味付けした料理って言えば伝わるかな?」
「お米…だよね?じゃあ、サラダなの?」
「いや、主食だよ」
こちらではパンが主食に当たるため、米はサラダに使われる事がほとんどだ。
そんな常識から、米を使った料理と聞いてサラダと勘違いしたらしい。
「うーん、じゃあ今日の晩飯はチャーハンにしてみるか?」
「いいの?楽しみ~」
チャーハンを作るにはまず米を炊くところからだ。
そのため、準備には少し時間がかかる。
出来れば冷蔵庫で保存した冷や飯を使いたいところだが、この際贅沢は言っていられない。
むしろ、炊きたてのご飯を使う方が贅沢のような気もするが。
雑貨店でオススメしてもらった調理道具の中から土鍋を見つけた。
蓋がついているため火にかければ米を炊く事ができる。
元々は煮込み料理に使うものだろう。
次にフライパンを取り出す。
中華鍋のように底は深くないが、底が平らなので卵焼きを作るには扱いやすそうだ。
ちなみに、キッチンで火を使うには二種類の方法がある。
一つは炭を使う方法。
雑貨店に行けば木箱に入った炭を売っているため、簡単に手に入れる事ができる。
また、一般的な料理店や家庭でも炭を使うらしい。
しかし、炭の場合は火加減が難しく、慣れが必要だ。
生前、河原でバーベキューをした経験から、何度も食材を焦がした事があり、炭火の難しさを身に染みて知っている。
もう一つは烈火石を使う方法だ。
サフラによれば、こちらの方が炭よりも炎の管理が簡単らしい。
イメージとしては、カセットコンロのようなものだと言えばわかりやすいだろうか。
ただし、炭に比べてコストパフォーマンスは数倍から十数倍必要になる。
なぜなら、ガスボンベを交換する要領で烈火石を消費するからだ。
いろいろ悩んだ結果、後者を選ぶ事にした。
「うーん…火は烈火石を使おう。今度、露店で見付けたらたくさん仕入れないとな」
「料理に使うと寿命が短いからね。私のお母さんは炭を使ってたけど、たまに焦がしちゃう事もあったよ」
炭の場合は、例え普段から料理をする主婦であっても扱いが難しいらしい。
やはり烈火石を選んで正解だった。
準備が終えたところで早速調理に取りかかる。
洗った米を土鍋に入れて火にかけ、最初は強火で一気に炊き、蓋のふちにフツフツと泡が出るのを待つ。
途中で蓋を開けたら美味しいご飯にはならないため、蓋を取ろうとしたサフラにもよく言って聞かせる。
「いいか、ここからが肝心なんだ。米を炊く、それには忍耐力が必要だ。これがウマい飯を炊く鉄則だから覚えておくように」
自動車学校の教官にでもなったつもりで米の炊き方を教える。
その間に泡が立ち始めた。
ここから弱火にして五分ほど我慢する。
五分経てば一応炊き上がってはいるが、ここから火を消して約十分間蒸らす。
「すぐに蓋は取っちゃダメなの?」
「できれば取らない方がいい。炊けたらそのままにして少し蒸らすんだ。そうするとふっくら炊き上がるんだぞ」
「そうなの?何だかいい匂いがしてきたね」
「あぁ、そろそろ完成だ」
十分経過して米が炊けた。
蓋を取ると、視界が真っ白になるほどの湯気が立ち上った。
「うん、いい出来だ」
ちなみに、使った米は日本人好みの“ジャポニカ”ではなく“インディカ”のような形をしていた。
三日月形と言えばわかりやすいだろうか。
できれば日本人好みのジャポニカを使いたいところだが、どうしても見つからなかったため、仕方なくというのが本音だった。
それでも炊き上がったご飯は美味しそうで、よく見ると米が立っている。
「うわ~炊けるとこうなるんだね。初めてみたよ」
「そっか、じゃあ食べた事もないんだよな。一口食べてみるか?」
「いいの?」
「これも勉強だ」
スプーンで一口分だけ掬い手渡してやった。
「…ん!?美味しい」
「だろ?噛めば噛むほど甘くなるぞ」
「本当だ。私、パンよりこっちの方が好きかも」
「日本じゃ主食だからな。気に入ったなら今度から晩飯はご飯にするか」
僕としてもパンは嫌いではないが、ご飯を食べられるならそちらを選びたい派だ。
どちらかと言えば、パンは朝食に留めておき、昼と夜はご飯を選びたい。
これからは自分たちで料理を作るため、好きなモノを食べられるから、いくらでも融通は利く。
「えっと、これからチャーハンを作るんだよね?」
「そうだな。準備するから隣で見てな」
ちなみに、チャーハンの作り方はオリジナルだ。
誰かに習ったと言うより、いろいろ作り方を参考にしていいとこ取りをしている。
しかし、この世界では欲しい食材が必ずしも手には入るとは限らないため、なければ似たもので代用するしかない。
その辺りも考慮して出来上がりを想像しながら調理を開始する。
まずはフライパンを熱して油を敷く。
次にフライパンに卵を入れて大きくひと混ぜする。
卵が半熟より柔らかい状態になったらご飯を投入。
ご飯は事前に器に移して冷ましておいたものを使う。
混ぜながら米の一粒一粒に卵の膜ができるよう手早く炒める。
本来ならここでネギを入れたいところだが、店には売っていなかったため、薬味の代わりにバジルを細かく刻んで代用した。
ただし、バジルは入れすぎると香りを主張しすぎるため少量にしておく。
どちらかと言えば、香り付けと言うより、彩を添える要素が強い。
少し香りが出てきたら塩を振り、豚肉代わりに用意した干し肉、人参、ピーマンを細かく切って入れ炒める。
野菜に火が通ったところで塩とコショウを入れ、アクセントにカレー粉をひとつまみ投入。
本当は醤油を入れたいところだが、代用できそうな調味料が見つからなかったため、今回はカレー粉を選んだ。
出来上がったのはカレー風味のチャーハンで、試食をしてみたが我ながらウマくできたと思う。
もちろん、現時点では自画自賛の域を出ていない。
「完成だ。あとは皿に盛り付けるぞ」
「お皿の準備だね。任せて!」
結局、サフラの出番は食器を並べるだけで終わった。
本格的な料理の勉強はこれからだ。
彼女に盛り付けを任せつつ、後片付けをしながら調理を終えた。
「よし、さっそく食べよう!」
「いただきま~す」
「…どうだ?」
思えば、他人のために作った料理を食べさせるのはこれが始めてだ。
いつもは自分勝手に好きな料理を作り、時には奇抜な創作料理にも挑戦していた。
だから、味覚が他人とズレているのではと少し心配にもなる。
「美味しい!?こんなの初めて」
「それは良かった。おかわりもあるからな」
「は~い」
どうやら美味しかったようだ。
二人ともお腹が空いていた事もあり、皿はすぐに空になった。
久しぶりのチャーハンに満足しつつ、嬉しそうなサフラを見て幸せな時間が過ぎていった。
食事を終えて一息ついた。
そう言えば、何か忘れているような気がする。
何だろうと考えるとようやく思い出した。
そう、風呂の事だ。
まだ浴槽には水も入っていない。
今から準備すれば入れるまでに一時間以上かかるだろう。
「…サフラ、風呂はどうする?」
とりあえずサフラに確認してみる。
彼女が乗り気なら準備しようと思うが、そうでなければ近くの共同浴場を使うのも手だろう。
「外、もう暗いよね」
「だな」
「井戸から水を汲むのも大変だし…」
時間が掛かるのを考えれば悩んで当然だ。
僕もサフラの望みを叶えてやりたいため、ギリギリのところでアドバイスをする事に決めた。
ここで助け舟を出してみた。
「じゃあ、共同浴場にでも行ってみるか?」
「あッ、それがいいかも。大きなお風呂でゆっくりしたいし」
「決まりだな」
意見がまとまったところで僕らは家を出て共同浴場に向かった。
路地には松明が設置され足元を照らしている。
家々から漏れる光もあって迷わず目的地にたどり着いた。
共同浴場は国が管理する公的な場所だ。
利用客のほとんどが居住区画の住人のため、いかにもブルジョアと言った雰囲気の客が多い。
しかし、裸になってしまえば身分を気にする必要はないだろう。
受付を済ませサフラと別れて脱衣場に入った。
まず目についたのは天井のシャンデリアだ。
さすがに金持ちが利用するだけあり内装が豪華な作りになっている。
浴室には円形の浴槽があり、同時に二十人近くが入れるほど巨大な物が設置してあった。
ちょっとした子供用プールのようだ。
浴室を見渡すと、現在利用中の客は僕を除いて六人ほど。
その中で一際大きな背中を見つけた。
背中にはいくつもの切り傷があり、他の客らと比べても異様な印象だ。
その正体はすぐに分かった。
「…やはりアンタだったか、男爵」
「ん?お前は…レイジか。珍しいところで会ったな」
振り向いた男は数日前に死闘を演じたアルマハウドだった。
「あぁ、近くに家を買ったんだ。元々、大会に参加したのは身分証が欲しかったからだしな」
「なるほど…」
アルマハウドは強面の外見をしているものの、意外と人当たりのいい性格をしている。
一見面倒くさそうに応対しているが、こうしたやり取りが嫌いというわけではなさそうだ。
もし本当に苦手なら、無視をするか立ち去るなど行動で示すだろう。
戦った時よりも言葉使いに変化があるのは、戦いの直後にお互いを認め合い握手を交わしたのがきっかけだ。
男同士の友情とまでは言わないが、それに近いものを感じる。
近くにあった桶で掛け湯をして、彼の隣に浸かった。
「男爵はよくここを利用するのか?」
「町に居る時はな。一年の大半は外に出ているから毎日ではないが」
「やはりドラゴンの討伐か?」
「そればかりではない。一応、これでもまだハンターのライセンスは失っていなくてな。依頼があればどこへでも出向くのさ」
アルマハウドは今も積極的にハンターの活動を行っているらしい。
本人の実力もかなり高いことから、ギルドも並みのハンターが太刀打ちできないような強敵を専門に紹介しているのだとか。
その中でも、やはりドラゴンは別格で、年に数回は一人で討伐に赴いているようだ。
「一人でドラゴン退治か…そりゃ凄いな」
「レイジほどの腕があれば一人でも可能だろう。私の鎧に風穴を開けたのだからな」
「あれはたまたまさ。まあ、あの時は無我夢中だったんだけどな」
目を閉じると決勝戦の事が思い起こされた。
あの時は本当に死ぬかと思うほどの緊張の連続で、正直生きた心地がしなかったのをよく覚えている。
今でこそアルマハウドとこうして会話ができているものの、当時の僕には想像も出来ない事だ。
「そういえば、あのホリンズと言う男…ワイバーンを飼い慣らしていたな」
アルマハウドは思い出したようにホリンズの事を口にした。
僕もヤツの事は気になってはいたが、今のところこちらから何か手を講じると言う事はしていない。
「あぁ、ペットだと言っていたよ」
「ペット…か。ドラゴンは人に懐くようなものではないんだがな…」
「だろうな。あんな巨大な生物だ、普通なら人間を餌くらいにしか思っていないだろうさ」
ドラゴンは全ての生物の頂点に君臨する王者だと言っても過言ではない。
あまりに巨大な身体は、一撃で木々を薙ぎ倒し、並みの人間が相対すれば簡単に命を落とす最強最悪の生物、それがドラゴンだ。
つまり、ホリンズはそれを従えるだけの能力を持っていると言う事になる。
「ヤツが逃げる時、レイジに何か言っているようだったが、アレは何だったんだ?」
アルマハウドが思い出したのは、ホリンズが僕に最後に伝えた言葉だった。
会場が騒然となっていたため、近くに居た僕にしか伝わらなかったらしい。
「確か…興味があるならフォレストメイズへ来い…そう言っていたな」
「フォレストメイズだと?」
「知ってるのか?」
「あぁ、我々ヒューマン族とエルフ族の世界を隔てる巨大な森だ。一度入れば抜け出せないことからメイズ、つまり“迷宮”と呼ばれる場所だ」
アルマハウドによれば、フォレストメイズにはウェアウルフや樹木の亜人“エント”が多く生息していると言う。
ウェアウルフはビルのような素早い亜人だが、エントは反対に動きの鈍い亜人のようだ。
アルマハウドによれば、どちらも集団行動を好み、特にエントに囲まれればドラゴンを相手にするよりも厄介だと言う。
「そのエントってヤツはどういう姿をしてるんだ?」
「樹木に顔が付いていると思えばいい。ヤツらは根を地面から切り離し、ゆっくりと移動しているんだ。普段はそこらの木々と変わらないから、よく見ないと見つけるのが難しい。厄介なのは、普通、植物は大地から栄養を吸い上げて成長するが、エントは他の生物を捕食して成長する。つまり、我々も捕まれば餌にされてしまうんだよ」
アルマハウドの説明が確かなら、エントは食人植物と言う事になる。
しかし、捕食対象は人間に限った事ではないため、もっと別の呼び方があるかもしれない。
彼によれば、もしエントに遭遇すれば無理な戦闘は避け、退路の確保を優先するよう教えてくれた。
「ドラゴンより厄介な亜人…か。できれば出遭いたくはないな相手だな」
「私も同感だ。一度ヤツらに襲われ、危うく餌になりかけた事がある。ヤツらには痛覚という概念がないらしくてな。身体を切られたくらいでは動じないんだ」
「そんなヤツどうやって倒すんだ?」
「ヤツらの弱点は“目”だ。人間と同じように二つ目を持っているが、どちらかを潰せば動かなくなる」
「目か。わかった、覚えておくよ」
他にもウェアウルフの対処法を教えてくれた。
ウェアウルフは以前にビルと戦っているから初めての相手ではない。
しかし、それは一対一の場合であって、気を付けなければいけないのは相手が集団の場合だと言う。
「ヤツらは狡猾だ。ただ、それを操っているリーダーが必ずいる。そいつを倒せば集団の統率力が失われて戦いやすくなるんだ」
「なるほどな」
「それよりも…だ。あのホリンズという男だが、私の見立てではいずれ我々に害を及ぼす者だと思っている。始末するなら早いほうがいい」
アルマハウドは目を細めて静かに殺気を放った。
彼も僕と同じくらい勘が働くため、ホリンズが持つ異質さに気付いたようだ。
「あぁ、アイツは普通じゃない。ただ、同時に興味があってな。いずれ決着をつけようと思っている」
「そうか。その時は手を貸してもいいぞ。まあ、お前ほどの実力なら私は必要ないのかもしれないがな」
「いや、助かるよ。その時はお願いする」
すっかり長湯になってしまい、お互いに顔が真っ赤になっていた。
危なくのぼせる一歩手前だったが、貴重な話を聞けてよかったと思っている。
昨日の敵は今日の友と言う言葉が脳裏に浮かび、自然と笑みがこぼれた。
アルマハウドは頼りになる男だ。
今後、今回のように情報交換をする事もあるだろう。
別れを告げ、最後に冷水を身体に浴びて浴室を後にした。
今回は混浴ではありませんでした。楽しみにしていた方(もし居れば)、すみませんでした。(苦笑)
それにしても、作中に出てきたカレーチャーハン、おいしそうじゃないですか?
自分でもたまにチャーハンを作るので、いつも使う“味の素”の代わりに「カレー粉を入れてみたら美味しいんじゃない?」って案をそのまま描いてみました。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。