シーン 61
改稿済み:2012/08/24
死闘を演じた大会から早いもので三日が経った。
今は帝都の宿で、午後のゆっくりとした時間を過ごして居るところだ。
あの日、アルマハウドを倒して優勝が決まると、会場から僕の名前を連呼するスタンディングオベーションが巻き起こり、ちょっとした騒動になった。
観覧席にいたサフラや観客たちが僕を祝福してくれたのは記憶に新しい。
大会の優勝者には様々な特典と副賞が授与される。
まずは、皇帝直属の精鋭騎士団“フランベルク”への加入権だ。
ただし、これは強制ではないため、丁重にお断りをした。
次に爵位が授与され、貴族の仲間入りを果たした。
階級は男爵で、アルマハウドと同等の権限だ。
また、貴族になれば納税の免除と選挙への参加が認められ、一般市民よりも帝都の出入りが自由に行える。
納税は収穫期に合わせて毎年秋に行われるが、今後は気にする事なく生活できそうだ。
選挙の参加は立候補と投票権が行使できる。
こちらはあまり魅力を感じないため、アルマハウドと同じように不参加になる予定だ。
最後に優勝賞金として金貨五百枚を受け取った。
ちなみに、本来の目的であった身分証は優勝しなくとも手には入ったため、管轄する大臣から試合後に証書を手渡された。
これで念願の家を買う事ができる。
一体どれくらいの予算になるか見当はつかないが、今回の優勝賞金とこれまでの討伐で得た報奨金で購入できる範囲の買い物をするつもりだ。
「レイジ、準備できた?」
「あぁ、出かけようか」
「はーい」
これから僕らは家を探しに行く。
今回は身分証があるため、ちゃんと取り合ってもらえるだろう。
身分証とは別に、皇帝から直接もらった男爵の勲章を胸に付けておく。
決して権力を振りかざしたいわけではないが、今は利用できるものは何でも使うつもりでいる。
そのため、普段から常に身に付けておくわけではない。
賑わう通りを抜け、東の居住区画へと移動する。
途中、胸につけた勲章を見て驚く通行が何人かいたが、全て無視しておいた。
一人一人相手をするのは時間がかかってしまう。
誰か一人を相手にして、“後は知りません!”ではいけないため、心を鬼にして突き進む。
東の区画に入れると通行量は少なくなり、煌びやかな衣装を着た富裕層や役人の姿が目立つようになる。
以前、一度訪れた赤レンガの建物はすぐに見付かった。
「すみません、家を買いたいんですが」
受付で声を掛けたのは、以前応対したメガネの女性だ。
何度見ても規則にうるさそうな顔をしているが、今はそんな事を気にする必要はない。
「あら…アナタは確か以前相談された方でしたね」
「覚えてくれていましたか。それなら話が早い。早速なんですが、身分証が手には入りました。これで条件通りですよね」
受付に証書を提出した。
「確かに。そう言えば胸の勲章…アナタがそうでしたか。お噂は聞いていますよ。武術大会を優勝されたそうで、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「では早速物件のご案内をさせていただきます」
大会の事は特に聞かれなかった。
興味がないと言うより、仕事に徹している感じだ。
女性は物件の情報をまとめたファイルを取り出した。
厚みは三センチほどあるだろうか。
紙は高価な代物だけに、これだけでも物凄い価値がある。
物件自体も高価なため、売れた差額から費用を賄っているのだろう。
一軒ずつ見て回ると思っていたが、一度に情報収集できるのはありがたい。
「ご希望はいかが致しましょう?」
「なるべく新しい所がいいですね。できれば築五年以内でお願いします」
条件を出すといくつか候補が挙がった。
その中から気になったモノを絞っていく。
「なるほど…家具付きの物件もあるんですね」
「はい。私どもとしましても、家具付きの物件はオススメしております」
「確かに一つ一つ揃えるのは大変だしな…。じゃあ、この中から家具付きの物件に絞ってもらえますか?」
「かしこまりました」
女性は慣れた手つきで書類を仕分けると、四つの候補に絞られた。
「こちらになります」
提示されたのは大小様々な物件だ。
まずは小さいところから見ていく。
写真やイラストなどはなく、案内は全て細かい文字で説明されている。
それを一つ一つ読み取って、頭の中でイメージを膨らませるようだ。
一軒目は、小さいと言っても二階建ての建物で、田舎の町長や村長の家が住む規模らしい。
イメージは最初に訪れたロヌールの町長の家と言ったところだろうか。
次の物件は三階建てだった。
こちらも田舎の宿屋ほどあるだろうか。
ただし、部屋数は全部で五つとなっている。
よく見ると、三回のフロアは一間になっているため、主な用途は物置として使うらしい。
「なるほど…。これは一度見ておく必要がありますね。案内してもらえますか?」
「かしこまりました。それでは担当の者を呼びますのでお待ち下さい」
しばらくすると奥から若い男が現れた。
歳は僕と同じか少し上だろうか。
好青年だが、この歳で案内役を任されているところを見ると、やり手の役人と言ったところだろうか。
「お待ちいたしました男爵様」
「いや、レイジでいいよ。歳は近そうだし、気にしないでくれ」
「そうでございますか?では、レイジ様とお呼びいたします」
「いや、だからレイジでいいよ。堅苦しいのは苦手なんだ」
「さようですか。では、レイジさんと呼ばせてください。レイジさんはお客様ですので」
「わかった」
案内してくれる男性の名はマルスと言うらしい。
マルスの案内で一軒目の物件に向かった。
居住区画の中でも南に位置する立地で、比較的人の出入りが多い地域でもある。
建物は昨年できたばかりと言う事で、真っ白の外壁は清潔感があった。
「こちらです」
「確か、一番小さな物件でしたね」
「はい。ご覧の通り二階建てとなっております。室内もご案内いたします」
建物の中に入ると、総石造りの内装はひんやりとして空気が冷たい。
概観と同様、室内は白で統一されていて清潔感があった。
日本家屋のように、木をふんだんに使った建物とは違い、どちらかと言えば病院のような印象だ。
二階に案内してもらうと、ウォークインクローゼットと寝室があった。
寝室にはキングサイズのベッドが置かれ、他にも二人掛けソファーが備え付けられている。
部屋の間取りは八畳ほどだろうか。
「なかなか大きな部屋ですね」
「いえいえ、こちらの物件はこれからご案内するもののなかで一番小さなものになります。こちらの寝室も残りの三軒と比べれば小さい方ですよ」
「そうなんですか?」
説明によればこれでも小さい方だと言う。
しかし、これまでに宿泊してきた宿の部屋と比べても遜色のない広さで、生活するには不便はないだろう。
あまりに部屋が広いと落ち着かないと言う事もある。
何事もほどほどが肝心だ。
「なるほど。そういえば、浴室が見当たりませんね」
「浴室でごさいますか。さようですね。こちらの物件にはついておりません。浴室のある物件をご希望でしょうか?」
「そうですね。できればお湯に浸かれる風呂がいいです。そんな物件はありませんか?」
マルスの話によれば、風呂のついた物件は数が少ないらしい。
特に、家具付きの物件で風呂がついているタイプは人気があり、すぐに買い手が決まってしまうようだ。
そのため、家具は付いていても風呂を我慢と言うのはよくあるらしい。
また、温かい風呂に入りたければ、居住区画の東にある公共浴場を利用するのが一般的のようだ。
「えぇ…端的申しまして、これから案内する物件の中で、レイジさんのご希望する物件は一軒だけございます。こちらは湯船の備えた本格的な浴室がご利用できますよ」
「そうなんですか。では、そちらを見せてもらって構いませんか?」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
再び移動して居住区画を北へ向かう。
たどり着いたのは、先ほど案内された物件の倍ほどある建物だった。
四階建てで、ちょっとした田舎の宿よりも立派な造りになっている。
一階は大通りに面しており、店を構えて商売ができるような造りのため、店舗兼住宅としても利用できるらしい。
もちろん、一階を誰かに貸して家賃収入を得る事も可能だ。
「こちらでございます」
「大きい建物ですね。さすがに想像以上でした」
「うん、こんな建物、私の住んでた村にはなかったよ」
サフラも驚いているようだ。
総石造りの建物は重厚感があり、外敵から身を守る要塞のようにも見える。
二階から上が住居になり、希望していた浴室は一階の裏庭に面した場所にバスルームが設けてあった。
中庭に面しているのは、水を引き入れる井戸の位置が関係しているためで、風呂に水を張る際は、桶で水を一杯ずつ運ばなくてはならない。
また、お湯を沸かす際は、専用の釜戸があるため、薪をくべて適温にするそうだ。
「思ったよりデカイですね」
「こちらはフマフ様が所有していた建物になります」
「フマフ?確か、居住区画を管轄する貴族の方でしたね。所有していたと言う事は、何か難でもあるんですか?」
「いえ、建物については問題ございません。ただ…」
マルスの様子から、あまり大声ではいえない事情があるようだ。
その事情と言うのは、上司であるフマフ自身に問題があるらしい。
しかし、このままこの物件を買おうにも、理由くらいは聞いておきたい。
買った後で“実は問題があります!”と言われても遅いのだから。
「他に口外はしないので教えてくれませんか?できれば、この物件を買いたいと思っているので、少しでも不安要素があれば教えて欲しいです」
「そうですか…。わかりました、では、陰でお話をしましょう」
マルスによれば、フマフは女癖の悪い貴族のようだ。
そのため、この屋敷は愛人のために作ったのだが、それが奥さんにバレてしまい、泣く泣く手放す事にしたらしい。
ちなみに、愛人とは今も関係が続いているようだとマルスは教えてくれた。
この事を知っているのは一部の貴族だけなので、富裕層の住民たちには伝わっていないようだ。
そのため、住民たちに白い目で見られる事もないらしい。
「なるほど…どこの世界でも似たような話はあるんですね」
「どうか口外なさいませんようお願いします」
「わかりました。率直な意見ですが、見たところこの物件はいいですね。気に入りました」
「さようでございますか。さすがはレイジさん、お目が高い」
「さっそくですが、この物件の価格を教えていただきたいのですが、どれくらいするんですか?」
マルスは物件の詳細が書かれた書類を確認しながら、そこに書かれていた数字を読み上げた。
「えぇ、こちらの物件は金貨七百枚になります」
「え、七百枚?それは安いんじゃないんですか?」
「そうですね。最初にご案内した建物で金貨六百枚になります。こちらの規模でしたら倍近い金額になるのが普通です」
「普通って…これはいくらなんでも安すぎると思うんですが」
「先ほども申し上げた通り、こちらは少々“いわくつき”になっております。それと、先ほど私が申し上げた“問題”について口外しない事が条件となっております」
「なるほど…」
黙っているだけで物件が安く手に入るなら悪い話ではない。
むしろ、この町で顔見知りなど居ないため、誰かに口外する可能性は今のところ皆無だ。
これから仲が良くなった相手だろうと、わざわざ理由について説明する事もないだろう。
僕にとっては好条件の商談内容だ。
「サフラはこの家どう思う?」
先ほどから興味深げに家を見るサフラに意見を聞いてみた。
目を輝かせているところ見ると、気に入っている様子だ。
「うん。とっても素敵なお家だよね」
「だよな。ここに決めようと思うんだけど、どうだ?」
「私はレイジがいいと思えば決めてもいいんじゃないかなって。私としては、こんなお家に住めるなんて夢みたいだよ」
サフラは特に不満はないようだ。
むしろ、この家に住む自分の姿を勝手に想像して楽しんでいた。
僕としても、他にもまだ物件はあるとは言え、これ以上の物件は見つからないだろうと考えている。
今このチャンスを逃せば、この程度の物件には二度とめぐり合えない可能性が高い。
問題がないと判断して、即決で購入を決めた。
「マルスさん、この家を買いたいんですが、どうすればいいですか?」
「お買い上げと言う事ですね。かしこまりました。それでは一度、事務所に戻って商談といたしましょう」
事務所に戻ると、建物の奥にある商談室へ案内された。
一見すれば小さな会議室だが、外から中の様子が伺えないよう、高い位置に明り取りの小さな窓がある。
悪く言えば留置所のような部屋だが、これなら秘密の会話をしていても周りに気を使う必要はない。
また、白を貴重にした室内は、僅かな外光でも十分に明るかった。
ようやく家を買えるところまできました。ワケ有り物件ということで格安でしたが、黙っているだけで大幅が値引きがあるっていうのであれば、こんなラッキーなことはないでしょう。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。