シーン 6
2012/04/10 改稿。
僕らは宿に荷物を置き、買い出しの続きに向かった。
次に揃えるのは旅に必要な携行品だ。
徒歩で旅をする関係上、あまり多くの荷物を持ち運ぶのは得策ではないため、旅をするなら「コレは必ず!」といったものだけを買う。
商品を物色している間に、“あれば便利かな?”という物には極力手を出さないことを決めた。
初めに立ち寄ったのは革製を扱う露店だ。
ここではリュックを買おうと思っている。
現在、僕が使っているリュックは、厚手の綿で出来た比較的容量の小さな物。
一般的によく使われる物だが、持ち運べる量が制限される反面、あまり動作を邪魔しない特徴がある。
特に咄嗟の動作が必要なハンターなどには向いている品だが、長旅をする上では少し物足りなさを感じる。
今でもすでに全体の八割近くを道具たちが占領しているため、残りのスペースには限りがある。
実際に試したことはないが、長さ約三十センチのバゲットに換算すれば、二本も収めれば限界だろう。
仮に限界まで物を収納するとなれば、ちょっとした弾みで中身が潰れてしまう。
食事のマナーではないが、何事も腹八分目が好ましい。
そうなると、このリュックはすでに腹八分目になっている。
今後増えるサフラの荷物を考えれば、ここでもう一つ買っておいても損は無いだろう。
店を見回すと、牛革と思われる茶色の革材を使ったリュックを見つけた。
リュックと言っても、登山で使うようなテントや食材をまとめて運ぶ大型のバックパックだ。
手に取ってみると革は分厚く、手入れに注意をすれば一生物だろうと店主が教えてくれた。
実際、この手のリュックは一つ持っておいても損はないと思う。
荷物が入ればそれだけ水や食料を持ち歩けるし、着替えも数日分は詰め込んでも余裕で収めることができる。
ただし、大きい故に、何も入れていない状態でも相応の重さがあり、この中へ荷物を詰め込んだ後の事を考えると、背負っている間はある程度の行動制限が起きるだろう。
旅行に使うキャリーケースのように、リュック自体に車輪がついていれば別だが、現実的に考えて扱いに困るかもしれない。
別の商品はないのかと探して見たものの、ある程度の容量を確保できて丈夫そうな代物は、最初のバックパックの他には見つからなかった。
大は小を兼ねるとも言うので、収納に困ることはない。
僕の身体能力が向上しているのを考えれば、多少の重さは瑣末な問題だろう。
思案した結果、損にはならないと判断した。
「主人、これを貰おう」
「おッ、お客さん、お目が高い。毎度あり~」
気さくな笑みを浮かべる店主に代金を渡し、引き換えに商品を受け取って店を離れた。
「凄くおっきいね。これだと、私が中に入れるくらいかな?」
「小さくなれば入れるだろうな。まぁ、そんなことはしないけど。それより、サフラには俺が今まで使っていたリュックをやるよ。自分の着替えとか小さな荷物を管理するんだ」
「うん、分かった。あ、それと、旅をするなら外套があった方が便利かも?急な雨や砂埃から守ってくれるの。フード付きの物がいいね」
つまりマントやポンチョのような、上着の上に羽織る物と言うことらしい。
突然の雨風をやり過ごす雨具の役割も果たすようだ。
サフラのアドバイスを受けて専門店を探すと、こちらもすぐに見つけることができた。
一言で外套と言ってもいろいろな種類があり、膝丈ほどあるロングコートから、生地に首を出す穴を開けただけのポンチョまで多様な品揃えだ。
特に気になったのはカーキ色のミリタリー風のコートで、膝丈ほどありフードも付いている。
素材について聞いてみると、南方に棲む水辺の草食動物の革らしい。
店主もよく分かっていないため、彼の話すニュアンスから想像すると、カバやサイのような大型の草食獣だろう。
生地には軽い雨を撥水する油を塗り込んだ加工が施されている。
羽織ってみると見た目より軽く、伸縮性もあって動きをあまり邪魔しない。
それでいて革独特の強度もあるので、ある程度の対衝撃性も確保できるそうだ。
不意に暴漢に襲われたとしても、打撃を和らげてくれそうな安心感がある。
これに手入れ用の油とブラシも合わせて購入した。
サフラはと言うと頭から被るポンチョに目を奪われているらしく、大きめのサイズでフード付きの物を探しているようだ。
ただし、相変わらずセール品の山を重点的に捜索しているため、思った物が見付からないらしい。
別に値段を気にしなくてもと思うものの、長年身に付いた価値観はなかなか変えられないのだろう。
逆に高価なブランド物ばかりねだられても困ってしまうのだが。
なかなか決まらない様子なので、先ほどと同様にアドバイスをしてみることにした。
「コレなんて可愛くていいんじゃないか?縫い目もシッカリしてるし、安物には見えないだろ」
「うん。実はこのデザインが可愛いなって思ったんだけど、やっぱりお値段が…」
値札を見るとセール品よりは割高だ。
ただし、破格な値段というわけではない。
僕が購入を決めたコートよりも安いため、この程度なら十分に許容範囲だ。
「なるほどな。じゃあ、なかなか決まらないならこの二つから選んで見ろよ。色違いだから好きな方を選べばいい。あと、値段は気にするなよ?」
壁に掛けてあった色違いを手に取り、左右の手に持って二者択一で選ばせることにした。
これは先ほど着替えを選ぶ時に気が付いたことだが、サフラは買い物となると少し優柔不断な一面がある。
だから、彼女が納得する理由を添えて選択肢を絞れば、案外すぐに答えを決められるタイプだと分かった。
ちなみに手にしているのはカーキとグレーの二色。
どちらも地道な色だが、町中でもあまり目立たず、多少汚れても気にならないという実用面も兼ねている。
さらに理由を挙げるなら、内側に赤を基調にしたチェック柄の刺繍があり、いかにも女の子が好きそうなデザインを取り入れていた。
このギャップは女の子なら気に入るのではと思っている。
サフラも内側の刺繍を見て気に入ったらしく、どちらの色を選ぶかを真剣に悩み始めた。
強いて言えば僕のオススメはカーキのポンチョだ。
だから、グレーのポンチョを手前に引き、カーキを前に突き出した。
サフラのこの意図に気付いたらしく、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「じゃあ、お兄ちゃんと同じカーキにするね」
「おう。似合うと思うぞ」
「ありがと、お兄ちゃん」
礼を言われて照れくさくなったが、決して悪い気はしない。
サフラが喜んでくれるなら、何でもしてやりたいと感じるのは、いつの間にか“親バカ”になっていたからだろう。
まだ出会って間もないが、昔からずっと一緒に居たような、そんな不思議な感覚を覚えた。
買い物はまだ続く。
今度は保存食と薬草の調達だ。
リュックにまだ干し肉が残っているものの、肝心の主食となるパンがない。
町の中を散策すると、イイ匂いのするパン屋を見つけた。
販売しているのはバゲットがほとんどだが、バゲットを一口大に切って砂糖をまぶしたラスクも売っている。
こちらは菓子だが日保ちがするため、バゲットと合わせて購入した。
「いい匂い。甘くて美味しそうだね」
「ん?ラスク、食ったことないのか?」
「うん。初めて見たよ。お砂糖って高価だし、普通はあまり食べられるものじゃないから」
「そう言うことか。じゃあ、物は試しだ。一つ食べてみな」
「いいの?」
「あぁ、俺も一つ貰う」
そう告げ、サフラが抱える紙袋の中からラスクを取り出して口へ運んだ。
久しぶりに食べたが、前世と変わらないクオリティーで満足だ。
程よい甘さが疲れた時にはたまらなく嬉しい。
ちなみにこの世界では調味料が高価で、特に“コショウ”や“砂糖”はなかなか手に入らないようだ。
加えて“塩”は内陸部ほど手には入りにくい。
塩の場合は単に流通量の問題だが、魔物が徘徊する街道を通って、物資を運ぶのはリスクが伴う。
そのため海から距離が離れるほど値上がる仕組みだ。
ハンターの中には副業で塩の輸送をする者もいるらしく、なかなかの稼ぎが得られるのだとか。
サフラも僕が食べたのを見届けてからラスクを口にした。
「…何コレ、美味しい!」
「だろ?でも、あんまり食べ過ぎるなよ。一応、保存食として買ったんだからな」
「は~い」
甘い物を食べて上機嫌になったサフラは、それから終始笑顔だった。
何かあれば“スイーツでご機嫌取り”というベタな手は今後使えそうだ。
他にも何か珍しい物はないかと散策していると、蜂蜜とチーズを売る露店をそれぞれ見つけたので、迷わず二つを購入した。
サフラの話しではどちらの商品も少し割高らしい。
理由は蜂蜜がウエストランドから、チーズはイーストランドからそれぞれ運ばれてきた物だからだ。
塩と同様、輸送距離が延びればコストがかさむため、その分販売価格に上乗せされる。
また、どちらも需要が高いため、供給量の関係からどうしても標準価格より値段が高くなるらしい。
こういった情報は一人ではなかなか気付かないので、サフラの助言には助かっている。
ただ、どちらも必要だと判断したため、値段への不満はない。
ちなみに使い道はパンのトッピングだ。
今のように干し肉を挟んでサンドイッチを作るのも悪くないが、同じ味だけでは飽きてしまう。
何か工夫ができないかと思っていたところで、ちょうど良い物を見つけられた。
「最後は薬草だな。えっと、傷薬に鎮痛剤、念のために腹痛の薬があればいいだろう」
「薬屋さんだね。うーん、確か今通ってきた道にあったと思うよ?」
「そうか。じゃあ、戻って買いに行こう」
サフラの言う通り、通りを戻った先で薬局を見つけ、すぐに目的の物を揃えることができた。
これで希望していたものが全て揃い、それらを背負っていたバックパックに収納する。
見立て通りバックパックにはまだ余裕があり、宿に置いてきた荷物を入れても十分収まりそうだ。
気が付くと辺りが薄暗くなっていた。
時間にして夕方から夜へと移り変わる頃だ。
地域によって時差があるため、今が何時間かという問題は些細なことだが、もはや時間という概念は形式的なものだ。
大雑把な時間の把握は腹の虫に聞けばいい。
町中をたくさん歩き歩き回ったため、そろそろ腹のムシも鳴き出すタイミングを図っているだろう。
酒場などの飲食店も店を開け始める頃なので、タイミングとしても最適だ。
このまま店に入ろうと思ったが、その前に買ったばかりの荷物を宿に置いた方が動きやすい。
はやる気持ちを抑え、サフラの手を引いて一度宿に戻った。
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