シーン 59
改稿済み:2012/08/21
次の試合はいよいよ準決勝だ。
つまり、勝った者が決勝でアルマハウドと戦う事になる。
しかし、僕としてはどちらも戦いたくはない。
氷漬けにされるか、大剣で切り裂かれるかの違いしかないのだから。
僕の気持ちとは無関係に時間は過ぎていった。
移動をしながら両手に武器を持ち、指定された位置について試合の開始を待った。
向かい側に立ったニーナの表情は硬く引き締まっている。
彼女はすでに覚悟ができているのだろう。
元々、戦うためにここに居るのだから当然と言えば当然だ。
下手をすれば命を落とすかもしれないため、僕も手を抜くつもりはない。
それが彼女に対する礼儀でもある。
「それでは、始めッ!」
お馴染みになったかけ声と銅鑼の音が鳴り響いた。
ニーナは短期決戦を希望しているらしい。
会場の空気が張り詰め、剣から冷気が伝わってくる。
青色に光る可視光線が剣を包んでいる。
迂闊に近づけばピュレーのように氷漬けになるだろう。
「レイジ、これは遊びではない。覚悟しろ」
カミソリのように鋭い視線を向けられた。
ニーナが放つ殺気で周囲の空気が震えている。
その姿には、先ほどのツンデレはどこにも見当たらない。
彼女は元から綺麗な顔立ちだが、今の表情は冷たく、恐ろしささえ覚えた。
僕は短く息を吐くと、左手で鞭を持ち、右手にショットガンを構えた。
効果的にショットガンを使えば即死は免れないだろう。
例え鎧を着ていたとしても、至近距離なら破壊するだけの威力がある。
しかし、油断はできない。
冷気を纏った剣に触れれば、そこから氷漬けになってしまう。
もちろん、冷気を飛ばす事もできるため、出来る限り距離を取った方がいいだろう。
まずは距離を保つために、使い慣れた拳銃に持ち替えた方がよさそうだ。
拳銃であれば、ショットガンよりも正確な射撃ができるため、遠距離からの牽制に向いている。
拳銃のイメージを思い描くと、銃は光り輝いて形を変えた
「…厄介な物だ。それに、前には見せなかった能力だな。状況に応じて姿を変えるのか?」
「さっき知ったんだ。便利だろ?」
短く言葉を交わして銃口を向けた。
お互いの距離は数メートルほど離れている。
歩幅にして六歩程度だろうか。
この距離なら発砲音が聞こえた時にはすでに弾が当たっている事になる。
もちろん、弓矢よりも速いため、さすがのニーナでも避けられないだろう。
試しに彼女に当たらないよう引き金を引いた。
弾は彼女の顔の横数センチを通り過ぎ、後方の壁にめり込んだ。
「今の、見えたか?」
「見えたか…だと?勘違いしているようだからハッキリ言おう、私を舐めるな!」
これまでの経験から、ニーナは人一倍プライドが高い事は知っていた。
一人で生きてきた彼女にとって、日々の生活そのものが戦いで、相手よりも優位に立ちたいと言う気持ちが言葉や雰囲気にも出ている。
そのため、いくら気心の知れた相手でも、自分が下に見られるのは癪に障るはずだ。
そこを突くのが今回の作戦だった。
どれだけ相手が強くても、感情的になれば冷静な判断は難しくなる。
彼女の持ち味である勘の良さもいくらか鈍くなるだろう。
「無理だ、お前は俺に近付くことすらできないさ。今のが見えていないのなら尚更だ」
「本当にそう思っているのか?」
ニーナが不敵な笑みを浮かべた。
しかし、それはおそらくハッタリだ。
銃弾の速さは飛んでくる矢とはまるで違う。
剣の能力を使うにしても、ギリギリまで接近しなければいけないため、地の利も勝っている。
「強がるなよ。大人しく降参するんだな」
「降参?笑わせるな」
ニーナの持っていた剣が青白く輝いた。
次の瞬間、左手に痛みを感じ、鞭を持っていられなくなり手放してしまった。
左手を見ると、薄い氷に覆われている。
混乱した頭を何とか落ち着かせ、状況の分析を試みた。
まず、剣が輝いたと同時に氷が現われ、左手に痛みが走った。
それを証拠に、左手には季節はずれの氷に覆われ、満足に動かす事ができない。
しかし、ニーナは一歩も動いていなかった。
どうやら近付かなくても能力が使えるらしい。
予想しなかったわけではないが、実際にそうだとわかると歯痒い気持ちになる。
「そんなに驚くことはないだろう?近付かずに攻撃できるのはキミだけはないんだよ」
「そんな位置から能力が使えたのか…」
「驚きついでに教えておこう。その氷は空気中の水分だよ」
「水分…?その剣、他にも何か秘密がありそうだな…」
「なるほど…キミはそこらの馬鹿どもとは違って賢いな。そこに目を付けたヤツはこれまでにほとんど居なかったよ。まあ、手の内を明かすつもりはないけどね」
左手に力を入れて、表面の氷を取り除いた。
握力も先ほどまでとほとんど変わりはない。
どうやら、表面だけを凍結させたらしく、身体の中までは凍らせる事ができない。
彼女の言う通り、凍らせたものが空気中の水分と言うは本当らしい。
「武器を取れ。続きだ」
「いいのか?後悔する事になるぞ」
「構わんよ。全力のキミを倒さなければ意味がない」
「…お前もクオルと似たもの同士だな」
再び鞭を構えて対峙した。
できれば彼女を傷付けず気絶をさせたいところだが、思うようにはいかないらしい。
そうなれば、まずは動きを封じるしかないだろう。
足を狙って機動力を奪えば彼女の持ち味の半分が失われる。
女性に手をあげるのはこれで二度目だ。
ただし、今回はエキドナと戦った時とは少し気持ちが違う。
正直なところ、気心の知れた相手に危害を加えるのは気が重かった。
後ろめたい気持ちを押さえ込んで銃口を向けた。
こんな恐ろしいことは今回で終わりにしよう。
今頃サフラも心配しているだろう。
こんな試合は早く終わらせてしまいたい。
「…いくぞ」
精一杯の殺気を込めて睨みつけた。
「いい顔だ。結婚したいくらいだよ。そうだ、大会が終わったら式をあげないか?」
「そう言うのを…死亡フラグって言うんだよ!」
絶叫しながら彼女の太ももに照準を合わせ、素早く引き金を引いた。
しかし、発砲音は聞こえない。
それ以前に、右手の感覚がなくなっているのに気が付いた。
「右手が…」
「気付かれずに凍らせるのはなかなか難しくてね。ゆっくり時間をかける必要があったんだ」
言葉の通り、今度は右手が凍りついていた。
しかし、不思議と冷たさは感じない。
よく見ると、右手と銃は完全に密着して固まっていた。
「どういう事だ!?」
「言葉の通りさ。ゆっくりと気付かれないように凍らせた。あぁ、言うのを忘れていたよ。氷の温度は自由に変えられるんだ。その氷はちょうどキミの体温と同じくらいだよ。だから温度の変化で悟られる事もない」
「温度を操る…だと?」
「仕組みまでは聞かないでくれよ?元々エルフが使っていた武器なんだ。知りたければ作った本人に聞いてくれ。まあ、聞ければの話だが」
エルフの作った武器は炎や氷、それに鞭を意のままに操れると言う事は、この目で確かめて理解している。
そのため、仮に温度が自由に変えられるとしても不思議ではない。
相手に気付かれず、任意の場所を凍らせて動きを封じれば、ニーナは思い通りに戦える。
「全力の俺を相手にしたいんじゃなかったのか?」
「まあ、全力なんてものは自己申告だからね。キミが負けたあとにそれを認めてくれればいいのさ」
「随分都合がいいんだな…」
「喋っている暇はないよ。ほら、足元を見てごらん」
言われて足元に目を向けた。
靴と地面が凍りで接着されている。
こちらも不思議と冷たさは感じなかった。
「これでキミの動きは封じたよ。そろそろ終わりにしよう」
ニーナにとって都合のいい状況を作り出せたらしい。
僕にしてみれば最悪の状況だ。
頼みの銃は凍って使えず、足は地面に拘束されている。
これでは“なぶり殺しにしてください”と言っているようなものだ。
ニーナは素早く駆け出して距離を詰めた。
すぐに切っ先が届く間合に入り込むと、冷気を帯びた刀身を真横に振り抜いた。
胴に向けて放たれた一撃に対し、身体を“くの字”にしてギリギリでかわす。
苦し紛れの回避行動だが、これが以外にも功を奏した。
数センチ打ち込みが深ければ身体が真っ二つになっていただろう。
「器用だな。峰打ちのつもりだったが…」
「嘘をつけ。刃がこちらを向いていたぞ」
「細かいことは気にするな。あぁ、先ほど言った結婚の話、あれも冗談だ」
「わかってるよ、そんな事!」
ヘラヘラと笑うニーナに鞭を振るった。
蛇のようにうねる鞭は、軌道を予測して避けるのが難しい。
少し使い方に慣れれば手首を捻り、相手が避けた方向へ追撃をする事も可能だ。
それでも、ニーナはギリギリでこれをかわして距離を取った。
「うーん、鞭とは厄介なものだな。見切るのが難しい」
「そんな事を言って、涼しい顔をしてたのはどこのどいつだ」
「顔には出さないが必死なんだよ。まあ、涼しい顔に見えていたのなら、私の思惑通りと言う事さ」
どこまで本気かわからないが、並みの攻撃では彼女を捉えるのは難しそうだ。
その間に鞭に命令をして凍った手足の氷を砕いた。
「ふむ。便利なものだな。持ち主を傷付けずに氷を割ったのか」
「今なら手足のように使う事だってできるぞ。修行の成果ってヤツだ」
「なるほど…大会に向けて努力をしてきたと言う事とか」
試合が始まってどれくらいの時間が経っただろうか。
特に見せ場らしい動きはないが、開始から何時間も戦っていたように感じた。
おそらく、最初から緊張が続いていたのが原因だろう。
しかし、僕から伸びる影の長さから判断するに、実際の時間はまだ数分ほどだ。
「そろそろ決着をつけよう。さすがに次の試合に疲れを残したくはないからな」
「キミはせっかちなのか?早い男は嫌われるぞ」
ニーナは声をあげて笑った。
試合中だと言うのに不謹慎だと思ったのは、おそらく僕だけではないだろう。
ただし、そんな間でも警戒を解いていたわけではない。
油断をしているように見えて隙は見当たらなかった。
「生憎、マジメな時に冗談を言うのは嫌いでね。悪いが終わらせてもらおう」
危険とは承知で思い切り駆け出した。
走りながら銃で足を狙うのは簡単な事ではない。
しかし、それが今出来る最善の方法だと信じ、右手に意識を集中した。
ニーナは、銃口を向けられた瞬間に移動をして的を絞らせないようにしている。
これなら弾が見えなくても避けられると考えたらしい。
僕としては、動く的を狙うのは得意ではないため、今まで以上に集中力が必要だ。
仮に銃がダメなら、近付いて倒すしかない。
幸いな事に、ニーナの持っている剣よりも鞭のリーチの方が長い。
一瞬の隙を突いて、間合に入ったところを鞭で一閃した。
しかし、僅かに距離が足りず、鞭は空を切った。
「危ない危ない。今のはさすがに危なかったな…」
「今のをかわすのか…お前も十分化け物だよ」
「化け物とは失礼だな…。お姉さんだって傷つく事はあるんだぞ?」
「試合中なんだから、いちいち気にしている暇はないだろ。それにお前、さっきより少し息があがってるじゃないか」
よく見るとニーナは肩で息をしていた。
顔色までは悪くなっていないが、先ほどよりも余裕がないらしい。
「それは気のせいだろう。私はいつもこの調子さ」
「…剣に精神力を食われすぎた、というヤツか」
「…!?」
「図星か」
「だ、黙れッ」
声をあげたニーナは明らかに動揺していた。
先ほどからずっと剣が青く輝いているところを見ると、徐々に精神をすり減らしていたらしい。
おそらく、任意の場所を凍らせる技は、通常よりも疲弊するスピードが速いのだろう。
次の試合の事を考えれば、短期決戦を希望していたのも頷けた。
「まあいい、今すぐ終わらせてやるよ」
銃で牽制しながら距離を詰めていく。
あまり近付きすぎないよう、ギリギリまで我慢しながら鞭を放った。
今回も鞭をかわされたが、先ほどよりも動きにキレがない。
どうやら、精神の疲労が身体にまで影響しているようだ。
これなら戦える、そう確信した。
「宣言しよう。あと三回、その攻撃で終わらせてやる」
「三回…ね。では、それを全てかわし、四回目で私が勝たせてもらうよ」
宣言はしたものの、何か秘策があるわけではない。
しかし、三回と宣言したからには、何としても成し遂げたいと思った。
自分でも何故こんな大見得を切ったのかわからないが、やれない事はないだろう。
僕は駆け出しながら鞭に命令した。
ニーナの足に絡みつけと念じ、彼女の真横を駆け抜けた。
鞭は蛇のように一直線に伸び、彼女の足に襲い掛かった
しかし、ニーナは高く飛びあがり、鞭をかわした。
「今だ!」
僕はポシェットの中から火薬玉を取り出し、彼女の着地点に向けて投げつけた。
ニーナは、爆音と共にバランスを崩し、尻餅をついた。
その隙を見逃さず、後ろへ回り込んで銃口を後頭部に押し付けた。
「これで三回目だ。どうする、続けるか?」
「…いや、降参だ。まさか本当に三回目で背後を取られるとは思わなかったよ」
ニーナが降参の意を示して両手を挙げた。
「勝者、レイジ!」
運営委員長がそれを確認して試合の終了を告げた。
会場は静まり返っていたが、後ろから遅れて拍手が聞こえてきた。
顔は見なくても、それが誰なのかすぐに察しはついた。
さしずめ、彼女は勝利の女神と言ったところか。
サフラに勝利のブイサインを送り、へたり込んだままのニーナに手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「すまない…実はかなり限界なんだ…」
よく見ると、ニーナの手が震えていた。
よほど精神をすり減らしてしまったのだろう。
試合中は気丈に振舞っていたが、戦いが終わって張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったらしい。
僕は足元のおぼつかないニーナに肩を貸し、二人で会場を後にした。
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