シーン 57
改稿済み:2012/08/19
この時点で、残りは五人に絞られた。
同時に、身分証の獲得に必要な条件を満たしため、予定通りと言える。
しかし、これで目的は達成したものの、このまま辞退するわけにもいない。
先ほどから対戦を待ちわびるクオルが僕をずっと睨んでいた。
ちなみに、参加者が五名になったため、再度組み合わせの抽選が行われる。
その中で残った一名がシードになる。
できれば不戦勝で次に進みたいところだ。
抽選の準備が整ったところで集まるように声が掛かった。
「これより再抽選を行います。先ほどと同様、一斉に行いますので不正のないようお願いします。では、どうぞ」
シード権の獲得を祈りつつ棒を引き抜いた。
棒には“二”と書かれている。
つまり、一番を引いた参加者と戦う事が決まった。
世の中そんなに甘くはない。
チラリと周りに視線を送ると、一番を引いた参加者を見つけた。
それはローブの男、ホリンズだ。
得体の知れない相手だけに、できれば戦いたくなかった相手だった。
「それでは確認いたします」
シード権はニーナが獲得した。
つまり、クオルとアルマハウドが対戦する事になる。
この時見たクオルの驚いた顔が印象的だった。
試合が始まるまでの僅かな時間は緊張感があり、普段より長く感じられる。
そんな時、背後で気配を感じた。
衣擦れの音から、その相手が誰なのか察しがついた。
「…ホリンズ、だったな」
名前を呼ぶと何故だか嬉しそうに笑った。
これから戦うと言うのに緊張している様子はない。
「覚えていてくれて嬉しいよ。何、そんなに警戒しなくていい。話をしにきただけだからね」
「これから殺し合う相手に何の用だ?」
「興味があった、と言えばいいのかな?」
「興味?悪いが俺はお前に興味なんてないぞ」
何を考えているのか全くわからない。
できれば友達になりたくないタイプだ。
薄ら笑いを浮かべられ気分もあまりよくはなかった。
「そう邪険にしないでくれよ。キミ、転生者だろ?」
「えッ…?」
言葉を失った。
同時に心を強く揺さぶられ動揺が隠せない。
額には嫌な汗が浮かんでいる。
「驚かなくてもいいよ。“狭山令二”なんて名前はこの世界に存在しないからね。すぐに気が付くさ」
「…お前も転生者なのか?」
「そうだよ。ホリンズは本当の名前じゃない。本当の名前は堀伊集だ。あッ、ても、この世界ではホリンズと呼んでくれよ。もう何年もそう呼ばれているからね」
「なるほど…お前から感じていた違和感の正体はこれか。同じ境遇を持った者同士…そう言う事か」
「そうだね。ん?何か聞きたそうな顔をしているね。いいよ、何でも答えてあげよう。もちろん、知っている事しか答えられないけどね」
「知ってる事だけ…か。わかった、教えてくれ。俺たちの他にも転生者は居るのか?」
これはすぐに思い付いた疑問だ。
彼が目の前に居ると言う事は、他にも同じ境遇の者が居ても不思議ではない。
「そうだね。僕の知る限り、何人か居るよ。ただ、人間に生まれ変わった者はごく僅かさ」
「人間以外…?」
「あぁ、ドワーフやエルフ、ウェアウルフになった者がほとんどだよ」
「…それって…」
「ん?思い当たるヤツでも居るのかな?」
すぐに思い当たる人物は二名いる。
一人はドワーフのコルグス。
もう一人はウェアウルフのビルだ。
ただし、これはあくまで可能性であり、彼らがそうであると決まったわけではない。
どちらも自分が転生者と言う事を口にはしていないのだから。
「一つ質問だ。転生者は全員、前世の記憶を引き継いでいるのか?」
「いや、全員ではないよ。キミはババアに記憶を残すよう言ったんだろう?」
「ババア?」
「ロリ声の死神を名乗る女だよ」
ホリンズによれば、僕が幼女と呼ぶ死神の事をそう呼んでいるらしい。
理由は彼女の年齢にあるそうだ。
彼の話が本当なら、人間の年齢に換算すると約十万年近く生きているらしい。
人類の歴史に照らし合わせれば、十万年前と言えば石器時代になる。
もちろん、それを聞いたからと言って、僕は彼女の事をババアと呼ぶ気はない。
「つまり、死神に記憶を残すよう言わなかった者も居る。そう言う事か」
「そうなるね。もちろん僕は残して貰った側だから、残さなかった連中の気持ちはまではわからないけどね」
「それで…お前はそれを俺に伝えに来ただけなのか?」
ホリンズは子どものような笑みを浮かべた。
今なら彼が持つ異質さがよくわかる。
同時に、同じ境遇を持っている事も理解できた。
しかし、それだけで僕に接触してきたとは思えない。
先ほどから首筋の辺りが疼いて気持ちが落ち着かなかった。
「ふふッ、端的に言うよ。キミ、僕の仲間にならないか?」
「…断る」
少し間をおいて申し出を断った。
直感的にこの男は危険だと判断した。
僕の勘はよく当たるため、今回が特別と言うわけではない。
それを聞いてホリンズは不思議そうな顔をした。
しかし、決して驚いた様子はない。
「ふむ…さすがにすぐ断られるとは思わなかったよ。理由を聞かせてもらえないかな?」
「特に理由はない。強いて言えば気分だ」
「気分…ね。そう言えばキミ、女の子を連れていたよね。彼女が原因かな?」
言われて再び動揺してしまった。
ホリンズがサフラを見かけるとすれば、昨日受付をした僅かな時間だけだ。
ちなみに、今朝の集合では僕が会場入りをしてから合流したため、この時に見た可能性は極めて低い。
つまり、昨日から僕らを意識的していた事になる。
「…アイツは関係ない」
「へえ、じゃあ、ますますわからないな。断る理由は何だい?」
「見ず知らずの相手は信用しない質なんだ」
「なるほど…もっともな意見だね。うーん、やはり話し合いでは無理か」
ホリンズの瞳が怪しく光った。
まるで何か恐ろしいモノに睨まれている気分だ
しかし、動揺が伝われば相手のペースにのまれてしまうため、できる限り平静を保った。
「話は終わったろ。そろそろ試合が始まる」
「実を言うと、試合には興味がないんだ。キミが話を聞いてくれるなら、わざと負けてあげてもいいよ?」
「…俺をナメると痛い目を見るぞ」
「へえ、そいつは面白い。わかった、手を抜くかどうから戦ってから決めるとしよう」
ホリンズは終始笑顔だった。
それだけ実力に自信があるのだろう。
僕としても、低く見られるのは気分が悪い。
相手が油断をしているなら痛い目にあわせてやろう、そう思った。
「長らくお待たせいたしました。それでは次の試合を開始します。両者、前へ!」
呼び出されて会場へと向かった。
僕は先ほどの戦いと同様、鞭と短剣を構えて開始の合図を待った。
対するホリンズは、武器も持たずにぼんやりと立っているだけだ。
「始めッ!」
ついに試合が始まった。
まずは相手の出方を伺わなければならない。
ホリンズは相変わらず武器も持たず立ち尽くしたままだ。
マリオンと戦った時と同様、向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はない。
そうなれば、こちらから攻めるしかないだろう。
僕は素早く駆け出して、ホリンズに鞭を振るった。
「思ったより早いな。さすがだよ」
ホリンズは攻撃をかわして距離を取った。
「逃げてばかりでは勝てないぞ!」
「そうだね。わかった、僕も武器で戦うよ」
ローブの中から取り出したのは、何の変哲もないショートソードだった。
刃渡りは六十センチほどで、見たところ素材はミスリルでもテイタンでもない。
鞭のリーチを考えれば、それ自体は脅威ではなく、仮に間合に入られたとしてもマインゴーシュで対応可能だ。
「行くよ」
ホリンズは剣を手に駆け出してきた。
ウェアウルフと変わらない速度とは言え、見切れない速さではない。
タイミングを合わせてマインゴーシュで受け流し、すぐさま鞭を振って反撃を仕掛けた。
しかし、タイミングが合わずホリンズを捉えきれなかった。
「うーん…その短剣、邪魔だね。よし、折っちゃおうか」
そう言ってローブの中から別の武器を取り出した。
見たところ、片刃の短剣だが、背と呼ばれる刃が付いていない部分には、特徴的な櫛状の細工が施してあった。
ちょうど、マインゴーシュのモノに似ているが、厳密に言えば別物だろう。
二刀流になったホリンズは、俊敏性を生かして駆け寄ってきた。
僕は、咄嗟に鞭に命令すると、ショートソードの動きを封じるように念じた。
鞭は、蛇が獲物に巻き付くように、剣の動きを止めた。
しかし、彼は気にせず左手に持った短剣で斬りつけてきた。
鞭で受け流そうにも、ショートソードに絡み付いているため、すぐに反応する事はできない。
仕方なく左手の短剣で迎え撃つ事にした。
「甘い!」
「それはどうかな?」
短剣同士が接触した瞬間、左手に衝撃が走ると、マインゴーシュが真ん中から真っ二つに折れてしまった。
よく見ると、ホリンズの持つ短剣についた櫛状の突起が鈍く光っている。
「驚いたかい?この剣は“ソードブレイカー”。名前の通り、剣を破壊する武器だよ」
「…驚いたな。まさか本当に折られるとは…」
「驚くことはないよ。これはそう言う物だからね。さあ、どうするんだい?」
「どうって…こうするんだよ!」
僕は咄嗟に銃を取り出した。
本当なら切り札なので、できる限り使いたくはなかったが、今回ばかりは仕方がない。
いくらホリンズとは言え、この距離なら避けられないだろう。
慣れない左手で銃を連射した。
弾は腹部に向けて放ったため、撃ち抜かれたローブは穴だらけになっている。
「…酷いなぁ。いきなり銃を使う何て聞いてないよ。あーあ…お気に入りのローブが台無しだ。高かったのに…」
「…お前!?」
「ふふッ、内側に鎧を着ておいて正解だったよ。それにしても、キミは僕の思った通りの男だね。恐ろしく冷静で勘も利く。ますます仲間にしたくなったよ」
「ちッ」
思わず舌打ちが出た。
頼みの綱である銃が通用せず、奇襲は失敗に終わった。
この至近距離であれば倒せると思ったが、そう簡単に勝たせてはくれないらしい。
「よく見れば、それはオリハルコンか。珍しいな。でも、どうやら使い方がわかっていないみたいだね」
「何だと?」
「やっぱりね。あのババアは何も教えなかったらしい。わかった、珍しい物を見せてくれたお礼に教えてあげるよ」
ホリンズはオリハルコンの特性について説明を始めた。
オリハルコンは持ち主の精神に同調する性質を持っている。
そのため、持ち主が“望んだ形”や“特性”を持たせる事が可能らしい。
やり方は烈火石で火を灯すのと同じだと付け加えた。
つまり、念じるだけでいい。
「…そんな話が信じられるとでも?」
「信じる信じないはキミの勝手さ。ただ、僕はキミが気に入ったから教えたまでだよ。何なら今試して見るといい」
言われて銃に願いを込めてみた。
希望するのはもっと強い銃だ。
ホリンズの着ている鎧すら撃ち抜く威力が欲しい。
すると、銃は無数の光の粒になり、再び寄り集まって形を変えた。
現れたのは、イメージした通りのショットガンだった。
よく見ると、銃身は扱い易いよう短く切り詰められている。
これは“ソードオフショットガン”という種類の銃だ。
主に建物へ強行突入する際、扉のカギを破壊したり、建物内での近接戦闘で使われる事もある。
銃身が短いため、発射した直後に弾が広範囲に広がる仕組みだ。
しかし、相手との距離がある場合は、目標に到達する散弾が少なく、殺傷力は低下してしまう短所もある。
「へえ…キミ、才能あるよ。さすがに驚いた」
「後悔しても遅い!」
腹に銃口を向け、片手でショットガンを放った。
拳銃の時と同様に、撃った直後の反動はない。
重さも拳銃の時と変わらず、基本的な仕様は引き継がれているようだ。
何発弾を撃とうと弾は減らないし、リロードや面倒なポンプアクションも必要としない。
単純に引き金を引けば弾が飛び出すため、咄嗟の戦闘では恐ろしい兵器に変わる。
「…くッ、さすがに予想外だ。仕方ない…今回は引かせてもらうよ」
ホリンズは口から僅かに血を吐いて距離を取った。
どうやら着ていた鎧を貫通したらしい。
しかし、余裕を見せているところを見ると、彼もまた身代わりのコインを持っているのだろう。
彼は突然指笛を高らかに鳴らした。
「何の真似だ!」
「帰るのさ。直に迎えが来る」
すると、突然空が暗くなった。
しかし、太陽が雲に覆われたわけではなく、地面に巨大な影が映っている。
見上げると、翼の生えた巨大な爬虫類が急降下し、こちらへ迫っていた。
「な、何だアイツは…」
空から現れたのは、ドラゴンの亜種で“ワイバーン”と呼ばれる怪物だった。
大きさは防災ヘリコプターほどあるだろうか。
尻尾の先には猛毒の針があり、種類によっては口から炎を吐くタイプもいる。
同じく空を飛べるグリフォンと比べても、その強さは言うに及ばない。
「カッコイイだろ?僕のペットさ」
「ホリンズ!逃げるのか!!」
「そうだよ。今日は十分楽しめたからね。そうだ、僕に興味が湧いたら南のフォレストメイズへおいで。歓迎するよ。じゃあね」
ホリンズは、ワイバーンの背に飛び乗ると、一気に空へ舞い上がっていった。
残された僕は、ただ黙って見ている事しかできず、思わず唇を噛んだ。
同時に、会場はどよめきと悲鳴が広がり、パニック状態になっている。
ワイバーンは、この世界に生息する生命の中でも、上から数えた方が早いほど強力な魔物だ。
ドラゴンを専門に狩るアルマハウド男爵なら話は別だが、並みの実力を持ったハンターが数名集まっても退治する事は難しい。
相手が空を飛ぶため、こちらもそれに対応できるだけの武器や能力が必要になるからだ。
それだけに、人々はドラゴンの恐ろしさをよく知っている。
「…ほ、ホリンズ選手は失格とみなし、レイジ選手の勝利といたします。会場の皆様、どうか慌てませんよう、席で待機してください」
突然現れたワイバーンの影響で、会場は完全にパニック状態に陥った。
しかし、この混乱を治めたのは意外な人物だった。
「皆の者、落ち着くのだ!脅威は去った。ここには精鋭の騎士団も駐在している。もはや危険はない!」
皇帝自らが立ち上がり、来賓席の一番高いところから大声で呼びかけた。
皇帝がこうした行動を取るのは異例の事だ。
国の中でも一番影響力のある人物が呼びかけた事で、会場を覆っていた負の感情はすぐに取り除かれた。
それだけ信頼されていると言う証でもある。
僕は空を見上げたまま少しの間放心状態になり、何も考えられなくなった。
うーん、ホリンズの正体、分かりやすすぎましたかね?当初からいつか登場させようと思っていましたが、シーン57でようやく登場しました。
他にも、銃のと言うよりは素材であるオリハルコンの能力が明らかになりましたね。使っている人の精神に同調して形を変えることができます。
今回は拳銃からショットガンに姿を変えましたが、元に戻すことも可能なので主人公は今後その場に応じた銃で戦うことになります。(たぶん)
本当ならどちらももっと前に描いておきたかったところですが、ようやくやりたかった事がかないました。
この二つはセットだったので、今回で戦い方の幅が一気に広がったと思います。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。