シーン 55
改稿済み:2012/08/18
「そ、そこまで!勝者、レイジ!」
動かなくなったガウエスの元に救護班が駆け寄っていく。
気絶はしているが命に別状はないらしい。
しかし、ガウエスにしてみれば、死ぬよりも惨めな結果になってしまった。
本当ならすぐに気絶させて終わらせるつもりだったが、つい熱くなってしまったところは、少し反省して今後の課題としておく。
手にはまだ締め付けていた鞭の感覚が残っている。
試合の一部始終を見届けた観客たちも微妙な反応だった。
結果だけ見れば一方的な展開だったのに加え、相手に同情するような倒し方をしたのだから、当然と言えば当然だ。
しかし、気にしても仕方がないため、口から泡を吐いて倒れているガウエスに一瞥して会場を後にした。
会場を出ると、ニーナが口を開けて唖然としていた。
マヌケな顔になっているため、美人が台無しだ。
「ニーナ、口、開いてるぞ?」
「あ…あぁ、レイジ…キミはいつの間にかあんな事が出来るようになったんだ?」
「さあな。それよりまだ少し眩暈がする…」
先ほどより症状は改善されたものの、少し二日酔いのような状態が残っている。
「眩暈?そう言えば試合中、突然頭を抱えていたが、何があった?」
「毒を盛られた…いや、散布された毒を吸ったらしい。少し頭痛もした」
「頭痛…まさか麻痺性の毒か?」
「あぁ、ヤツの話だと、南の毒蜂らしい」
「…信じられん。ソイツは一刺しで大人数人分の致死量にもなる危険な毒虫だ。直接刺されたワケではないにしろ、並みの人間なら昏睡状態になってもおかしくないぞ。急いで解毒した方がいい」
ニーナは解毒薬作用がある薬草を手渡してくれた。
普段、各地を一人で歩き回る彼女にとって、こうした薬草は欠かせない。
ありがたく受け取り、水と一緒に喉の奥へ流し込んだ。
「…うん。助かった」
「まったく…キミと言うヤツは、本当に人間なのか疑いたくなるぞ?」
「さすがに命の危険は感じたさ。まあ、アイツの詰めが甘かったから助かったんだけどな」
完璧ではないが、この身体は毒物への抵抗力が高いらしい。
もちろん、耐えられる量まではわからないため、過信は禁物なのだが。
これも転生時に受けたボーナスのようだ。
「見ろ、次の試合が始まるぞ」
ニーナに言われて会場に視線を移した。
三戦目はクオルが出場する試合だ。
相手はバウンティーハンターで、見るからに威圧感のある巨大な斧の使い手。
一目で重量感を感じる斧は、直撃すれば鎧を着ていても致命傷になるだろう。
大きさは長さが二メートル前後はあるだろうか。
対するクオルは、冷静に相手を見つめ、薄ら笑みを浮かべている。
根っからの戦闘狂なのは知っているが、観衆に囲まれても普段と変わらないらしい。
「それでは三回戦を開始する。…始めッ!」
合図と共に試合が始まった。
先に仕掛けたのはクオルだ。
解き放った矢のように、低い姿勢のまま間合いを詰めていく。
それに対し、バリージェイも斧を構えた。
重量級の斧は、振った直後の初速こそ遅いものの、勢いがつけば想像以上の威力を発揮する。
バリージェイは、振り上げた斧を迫ってくるクオルに向け放った。
「食らえッ!」
「…遅いな」
クオルは表情一つ変えず斧をかわした。
彼ほどの実力なら、斧の軌道さえ把握すれば避けるのは難しくない。
目標を見失った斧は地面に激突し、地形が大きく抉られている。
直撃をすれば身体が真っ二つになっていただろう。
それを見て、クオルは笑みを浮かべると、斧の届かない間合いにまで下がった。
どうやら、相手の実力を見るためにわざと間合を取ったようだ。
攻撃を避けた直後に反撃しなかったところを見ると、単純に戦いを楽しんでいるようにも見える。
「さすが噂通りの怪力だ。そこらのトロールなんかとは比べモノにならないな」
「ほざけ若造。貴様はこの斧の錆びになる運命。さもなくば大人しく降参するんだな」
「ほう…ただの筋肉バカかと思えば、降参なんて難しい言葉も知ってるんだな。一応使える頭はついているらしい」
「貴様…俺を侮辱するとはいい度胸だ。生きて帰れると思うなよ!」
「お喋りいいから、さっさと打ち込んで来いよ、この腰抜けが」
どうやら、クオルも相手を逆上させて隙を突く戦法らしい。
この戦法は、相手が言葉の通じる人間だからできる芸当だ。
つまり、言葉が通じない亜人や魔物相手には通用しないが、人間心理を突いた頭脳的な作戦だ。
逆上して顔を赤くするバリージェイは、一呼吸置いて斧を右の肩に担いだ。
自分でも冷静さを失っているのに気が付いたのだろう。
相手のペースに呑まれれば実力を発揮するのは難しい。
今度は両手で斧の柄を持ち、ハンマー投げの要領で回転を始めた。
遠心力で加速した斧は、先ほど振り下ろした時よりも遥かに早く回っている。
生半可に攻撃を受けようものなら、剣をへし折れるか、身体ごと吹き飛ばされるだろう。
どちらにしても無事では済まない大技だ。
「回転して威力を高めたか。面白い、乗ってやろうじゃないか」
クオルは笑みを浮かべつつ剣を構えて目を閉じた。
すると炎が刀身を包んだ。
しかし、以前のゴブリンを灰にした炎とは違い熱量が小さい。
彼は、炎を纏った剣で真正面から斧に向かっていった。
その行動は、誰が見ても自殺行為にしか見えないが、隣で戦況を見守っていたニーナだけは至って冷静で、どちらかと言えば安心した様子でいる。
「…バカ正直なのは変わらないな」
ニーナは少しほくそ笑んだ。
「アイツ、大丈夫なのか?」
「キミは一体、誰の心配をしているのかわかっているのか?あんな男に負けるはずはないだろう。しかし、あの男、本当に運がないな」
どうやらニーナには試合の結末が見えているらしい。
試合を続けるクオルからも、無理をしている様子は感じられない。
どちらかと言えば、この状況を楽しんでいるようだ。
次の瞬間、会場では剣と斧が激しく交錯し、火花が飛び散った。
同時に、激しく回転していた斧が剣に止められている。
驚いたのは、攻撃を止めた本人とニーナを除いた全員だ。
特に驚いていたのは、斧を振っていたバリージェイで、開いた口が塞がらず呆然としている。
「何だ、大したことないな。この程度か?」
「き、貴様…俺の斧を止めた…だと?」
「何の勝算もなく飛び込むバカは居ないだろ?この程度の攻撃なら止める事は容易い。どうした?動きが止まってるぞ」
「ぐぬぬぬ…う…動かぬ…」
交錯したままの剣を力で押し切ろうとしているが、クオルは涼しい顔をして微動だにしない。
そんな様子を見てバリージェイは顔を青くした。
おそらく、クオルの底知れない力の片鱗を知ってしまったのだろう。
実力がある者こそ、相手の力量が自分より上だと知れば萎縮してしまう。
逆を言えば、無知な者ほどそれに気が付かない。
その点において、彼は優秀な戦士といえる。
ただ、ここで試合が終わってしまえば、観客以上に落胆するのはクオルの方だ。
相手を斬り伏せていないのに戦いが終わっては不完全燃焼になってしまう。
その事は本人が一番よく知っているため、バリージェイを焚き付けるように言葉責めを始めた。
「お前、バウンティーハンターやめた方がいいぜ。あと、怪力自慢の肩書きも下ろした方がいいな。この先の人生は負け犬として暮らすのをオススメするぜ」
「…俺が、負け犬…だと!貴様に何がわかる!!」
「何もわからないさ。負け犬の気持ちなら尚更だ。そう呼ばれたくないなら、どうにかして俺を斬り伏せるんだな。まあ、できればの話だが」
「やってやる…やってやるやってやるやってやる…」
自らを鼓舞するようにブツブツと呟くと、斧を握る手に力をこめた。
それを見てクオルも満足したのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あの男、可哀想に…」
「ん?」
「見ていればすぐにわかる。見ろ、出るぞ」
ニーナは、バリージェイの事を哀れそうに眺めている。
その言葉の意味は、この直後に理解した。
クオルは、先ほどよりも激しい炎を刀身に宿し、バリージェイに斬りかかっていく。
それを受け止めた斧は、真っ赤に発熱して白煙を上げた。
煙の正体は、斧を握っていた手から蒸発した水蒸気だ。
「ぐあああぁッ、手、手があああぁ」
よく見ると、斧は高熱で変形し、握っていた手は焼けただれている。
ちょうど、高温の炉の中に鉄を放り込み、焼き入れを行ったような状態だ。
それを素手で触れば、火傷どころでは済むはずがない。
下手をすれば二度と斧は握れない、そう思った。
「相手が悪かったな。それではもう武器は握れないだろ?」
「…こ、降参だ。こ、殺さないでくれ…」
「ふん、まあ、楽しかったぜ」
バリージェイは両手を挙げて降伏すると、クオルは剣を鞘に収めた。
「勝者、クオル!」
バリージェイはすぐさま救護所に駆け込んでいった。
処置が早ければ火傷の進行も抑えられる。
ニーナの言った通り、相手は運が悪かった。
実力に差がありすぎたため、勝負になっていない。
ニーナとピュレーが戦った一回戦以上に一方的な展開で幕を閉じた。
会場は、怪力自慢のバリージェイを圧倒したクオルに賞賛の声が上がっている。
「お疲れさん。あの大男を瞬殺とは、さすが私の見込んだ男だよ」
「ふん…今日こそはお前を倒し、俺が上だと群衆の前で証明してやる。そんな態度でいられるのも今のうちだ」
「今日こそは…か。相変わらず血の気の多い男だ。少しはレイジを見習うんだな」
「うるさい、首を洗って待ってろ!」
クオルは不機嫌そうな顔をして隅の方へはけていった。
「なあ、“今日こそは”って何なんだ?」
「気になるか?」
特に気になると言う事もないが、聞いておいて損はないだろう。
むしろ、二人の間に横たわる因縁は根深いもののように感じた。
そのため、話すつもりがあるのなら聞いてみたい気持ちが強かった。
「まあな。言いたくないなら別に構わないけどさ」
「いや、取り立てて隠す必要もないさ。ただ、私たちの業界ではよくある、さして珍しくもない話さ」
ニーナは思い出話を始めた。
彼女とクオルの出会いは今から二年ほど前になる。
ちょうど、この大会で対戦したのがきっかけだ。
二人ともまだ駆け出しの新米で、お互いに無名のハンターとバウンティーハンターだった。
そんな二人が本気で戦い、勝ったのがニーナと言うわけだ。
以来、二人は大会での再戦を誓い、それまで別々の場所で活動をしていた。
しかし、ニーナはその次の年に行われた大会へは出場しなかった。
彼女はハンターギルドの依頼が原因で、大会の当日に間に合わなかったらしい。
それから音信不通だった二人は、今から半年ほど前に偶然再会を果たした。
クオルは、その場で再戦を申し込んだが、“大会で”と約束を交わしていたため、今日までお互いに戦わずにいた。
ちなみに、バレルゴブリン討伐の際は、強力な仲間を求めていたニーナが、彼を脅して強引に誘っていたらしい。
“協力しなければ再戦はなしだ!”と言われ、クオルは断りきれなかったようだ。
当時のギクシャクとした雰囲気はこのためだった。
「まあ、これが私たちの因縁さ。特に面白くはなかったろ?」
「それで以前とは態度が違ったわけか。あの様子だと、他にも何か約束があるんじゃないのか?」
再び戦うだけなら、あそこまで感情的には話さないだろう。
だとすれば、何かあると考えるのが普通だ。
「キミはなかなか勘が鋭いようだな。その通りだよ。この大会で主従関係をハッキリさせようと言う話になっている。つまり、負けた方が子分になるってわけさ」
「そう言う事か。それだと、プライドの高いクオルにしてみれば死活問題だろうな。腹を立てたくなる気持ちもわかるよ」
「仕方ないさ、これが再戦の条件でもある。私としては、今のままの関係で構わないんだがね。勝負となれば、何か条件を付けた方が面白いと思ったのさ」
話ぶりから察するに、提案者はニーナのようだ。
回りくどい話が嫌いなクオルでは、考えにも及ばないだろう。
おそらくその通りだろうと理解して、妙に納得してしまった。
この大会を見る限り、バレルゴブリンってどれだけ強かったんでしょうね?(笑)まぁ、あの時は集団戦だったので、チームを組んだ方が効率的だったということでしょう。ニーナも当時は武器が違っていましたからね。
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