シーン 54
改稿済み:2012/08/18
銅鑼の音と共に予選が終了した。
本選へ勝ち進んだのは僕を含めて十名。
予想通りクオルとニーナの姿もある。
残った参加者の中には懐かしい顔もあった。
初めて訪れた町のロヌールで出会ったハンターのマリオンだ。
マリオンは僕の顔を見つけると、律儀に頭を下げてきた。
言葉は交わさなかったが、あれから変わりないらしい。
他にも前日に気になった四名も含まれている。
「これより本選の組み合わせ抽選会を行います。では、こちらへお集まりください」
抽選は番号の書かれた棒を箱から引く方法が採用された。
公平性を保つため、僕らの周りを運営委員が取り囲んでいる。
「では、一斉に引いて下さい。どうぞ」
運営委員長の合図で棒を引いた。
「それではこちらで確認いたします。他の方と番号を交換しないようにして下さい。もし不正が見付かれば失格とします」
運営委員長は、一人一人の番号を確認すると、組み合わせボードに数字を書き込んでいった。
ちなみに僕が引いた数字は三番なので、対戦相手は四番を引いた人物になる。
確認作業が終わり、全員の番号と名前がボードに書き込まれた。
初戦の組み合わせはニーナとピュレーで、いきなり女同士の戦いだ。
ピュレーは“ダブルバンド”という見慣れない弓を使う。
先ほどの予選では戦っている姿を見ていないため、どのような戦術を取るのかとても興味がある。
次の対戦は僕とガウエスで、奇術師を自称する四刀流の男だ。
改めて顔を見ると、整った顔立ちで、鼻が高く彫りが深い。
髪は肩まで伸びた茶髪で、ほどよく筋肉がついた身体はスポーツ選手のようだ。
しかし、外見から受ける印象とは裏腹に、どうやら内面まではイケメンではないらしい。
先ほどから対戦相手の僕を見下している感がある。
見下されているのは癪だが、慢心と油断を突けば戦いを有利に進められるだろう。
三戦目はクオルとバリージェイ。
ハンターとバウンティーハンターによる対戦だ。
バリージェイは、“バトルアックス”と呼ばれる巨大な斧の使いで、腕力には相当の自信を持っているらしい。
過去の大会でも優勝こそないものの、本選へ出場する常連だ。
熊のような大柄の身体と斧の組み合わせは、彼を人間なのかと疑いたくなる。
クオルと身長を比べても頭一つ以上違うため、存在感は圧倒的だ。
四回戦はホリンズとマリオン。
ホリンズはローブを纏った小柄の男だ。
予選では乱戦に乗じてハチマキの横取りに成功し、本選の出場を決めたため、実力のほどはよくわかっていない。
対するマリオンは、先端が三つ叉になった“トライデント”と呼ばれる特殊な槍を使う。
最後はアルマハウド男爵とグラウドン。
優勝候補の対戦相手は、ハンターギルドでも有名な怪力自慢の大男だ。
ちなみに、三回戦目に登場するバリージェンとは兄弟で、こちらが弟になる。
また、彼は“モーニングスター”と呼ばれる巨大な鉄球を武器にしている。
鎖の先端にスイカほどある鉄球が繋がっているため、どうやら振り回して使うらしい。
“竜殺し”の異名を持つアルマハウド男爵に対し、挑戦者がどのような戦いするのか、参加者からも熱い視線が注がれるのは間違いない。
「以上が組み合わせになります。それでは一回戦を行います。両者は準備を済ませ入場してください」
ニーナは落ち着いた様子で準備を済ませ会場へ向かっていった。
対するピュレーも弓と矢筒を肩に担ぎ、腰には剣を差している。
両者は会場の声援に迎えられ、互いに武器を構えて開始の合図を待った。
「それでは、一回戦…始めッ!」
運営委員長の合図と共に銅鑼の音が鳴り響いた。
沸きあがるような歓声の中、先に仕掛けたのは弓を構えるピュレーだ。
手元を見ると、二本並列に張られた弦にそれぞれ矢が継がれている。
彼女の弓は弦が二本張られた特殊な弓なので、一度に二本の矢を放つことができる優れものだ。
ピュレーは狙いを澄ませ一気に二本の矢を放った。
「甘い!」
ニーナは飛んでくる矢を剣で薙払った。
ニーナには飛んでくる矢が見えているらしい。
正確に真ん中を切り落とし、涼しい顔をしている。
これを見る限り、何本矢を射かけてもピュレーに勝ち目はないだろう。
「やはり噂に違わぬ実力のようね。安心なさい、ひと思いに殺してあげるわ」
急にピュレーの雰囲気が変わった。
無表情な顔は一変し、顔には青筋が浮かんでいる。
ちょうど、日本の神話に登場する醜女を思わせる顔つきだ。
鬼のように顔を赤らめて興奮する姿はまるで別人で、見ているこちらも嫌悪したくなる。
元が美人だっただけに、この変貌ぶりは少し驚いた。
しかし、ニーナは至って冷静に剣を構え、左手を腰のポシェットの中に滑り込ませている。
「命乞いをしたければ今のうちよ。私はこう見えて慈悲深いのだから」
「酷い面をしてよく言えたものだな。その言葉がはったりでないならさっさと矢を射かけて来い!」
神経を逆撫でするように、挑発的な口調でピュレーを焚き付けた。
元々プライドが高い性格だったのか、醜いと言われて逆上したのか、彼女の顔がさらに赤くなっていった。
怒りに我を忘れ、冷静さを欠いているピュレーは、一本の矢に二本の弦を継ぎ、思い切り引き絞って放った。
どうやら二本の弦を使って反発力を増幅させるのが目的らしい。
放たれた矢は先ほどの倍近い速さで空を切っていく。
「はあああぁッ!」
ニーナは雄叫びをあげると、飛んでくる矢を片手で切り落とした。
空中で真っ二つになった矢はそのまま地面に落ち、ピュレーは唖然としている。
ニーナはその一瞬の隙を見逃さず、ポシェットの中から投擲ナイフを取り出して投げつけた。
ピュレーは思わぬ反撃に体勢を崩しながらも紙一重でかわし、数歩下がって距離を取った。
「ば、バカな…避けるならまだしも、叩き落としただと!?」
「確かに速いが見切れない速さではない。相手が悪かったな」
「ならば…斬り伏せるのみ!」
ピュレーは弓を捨て、代わりに剣を抜いた。
剣は“レイピア”と呼ばれる先の尖った突き刺し用の武器だ。
この剣の特徴は、斬ることよりも、リーチを生かした素早い突き攻撃に優れている。
形状がフェイシングに使う剣に似ているが、競技用のものとは違い殺傷力は比べ物にならない。
「苦し紛れに剣を使うとは…ダブルバンドの名が嘆いているぞ?」
ニーナは少し呆れ気味だ。
もはや勝負はついたと思っているのだろう。
実際、いくら素早い突きが繰り出せると言っても、先ほど放たれた弓の速さを超える事はない。
しかし、彼女は剣の扱いに自信があるのか、聞く耳を持とうとはしなかった。
「期待はずれかどうか…その身に刻んでくれる!」
彼女は剣を構えたまま一直線に駆け出すと、一気に距離を詰めた。
対するニーナは、避ける素振りは見せず、剣を握り直して迎え撃つらしい。
直後、剣と剣が交わると、金属音が会場にこだました。
「…やはりこの程度か。アンタの舞台はここで幕引きだよ!」
ニーナは交差した剣を力強く振るうと、その勢いでピュレーは剣を弾き飛ばし、切っ先を喉元に突きつけた。
「さて、これでおしまいだ」
「くッ…私は…負けるわけには…」
「往生際が悪いねぇ。まあ、そう言うところ嫌いじゃないけれど、相手が悪すぎたんだよ」
ニーナは一瞬だけ目を瞑ると、刀身が青い光に包まれた。
そして、そのまま空を斬るように剣を振ると、青い光がピュレーを襲った。
「な…ッ」
「命までは取らないよ。強くなって出直しな」
青い光は波となって襲いかかり、直後、ピュレーの身体を凍結させた。
光が奔った瞬間、会場を包む空気が少し冷たく感じた。
どうやら光に見えたモノは冷気だったらしい。
おそらく、クオルの使う魔具と対照的な能力を扱えるのだろう。
ピュレーは冷気に包まれると、全身が氷漬けになって動かなくなった。
季節はずれの氷像になったピュレーを見て、ニーナは剣を鞘に収めた。
「そこまで!勝者、ニーナ」
決着を告げるアナウンスと共に銅鑼の音が鳴り響いた。
試合内容は危なげない一方的な展開。
涼しい顔をしているところを見ると、まだ実力を出し切っていないようだ。
飛んでくる矢を切り落とす技術も凄いが、手にしている剣の能力は凄まじいものがある。
一瞬で氷漬けされては逃れようがなく、そのまま氷を砕けば五体をバラバラにできるに違いない。
観客の大声援を受けながらニーナは会場を後にした。
「続けて二回戦を行います。両者、前へ!」
ついに僕の出番がやってきた。
相手は奇術師を自称する剣の使い手で、気になるのは奇術と言う通名だ。
前世の言葉に直すなら、奇術は手品やマジックと言う意味を持っている。
どんな攻撃を仕掛けてくるのかわからないため、最初は相手の出方を伺う必要があった。
僕とガウエスはお互いに視線を合わさず、無言のまま会場へと向かい、それぞれ指定された位置に立った。
「これより二回戦を執り行う。それでは…両者、始めッ!」
運営委員長の合図と共に試合が始まった。
まだ先ほどの試合の余韻が残る会場は、次にどんな戦いが繰り広げられるのか興味津々と言った様子だ。
会場の雰囲気に呑まれれば調子が狂ってしまうため、努めて冷静さを失わないよう心がけた。
まずは相手の出方を見る。
ガウエスは腰に下げていた四本のうち、二本を地面に突き立て残りの二本を手にした。
剣は何の変哲もないサーベルで、どうやら四本の剣は同時に使わないらしい。
「キミ、運がいいよ。この僕に負けるんだからね」
「…悪いがそのつもりはない。奇術だか何だか知らないが、お前も気絶してもらうぞ」
「気絶か。ふッ、虚勢を張るのも今のうちだ!」
言葉遣いや仕草からナルシストな一面を感じる。
こういうタイプは自尊心を逆撫でして冷静さを失わせればいい。
腕に自信があり、僕を見下しているのなら隙も多いはずだ。
「死ねッ!」
ガウエスは二本のサーベルを手に、型通りの剣を振るった。
片手で降られる剣は、速さもなく、少し身体を捻る程度でも十分かわす事ができる。
続けて、もう一本のサーベルはマインゴーシュで受け止めた。
マインゴーシュには柄から数センチのところに“返し”と呼ばれる特殊な鍔がある。
この“返し”は、サーベルやレイピアなど細身の剣を破壊するためのモノで、挟み込むようにして手首を捻って使う。
「まずは一本」
左手に意識を集中して力を込める。
握力は生前の数倍に強化されているため、少し力を込めれば左手でも化け物じみた力を発揮してしまう。
ガウエスのサーベルは“返し”についた櫛状の突起に挟まり、身動きが取れないまま真っ二つに折れた。
どうやら鉄製のサーベルくらいなら破壊する事は可能らしい。
もちろん、僕の腕力があっての事なので、他人が真似できる芸当ではないだろう。
「き、貴様!」
「これで四刀流は使えなくなったな」
「よくも僕の美しい剣を…許さない。貴様は八つ裂きだ!」
ガウエスは頭に血がのぼったのか、残った一本で襲いかかってきた。
しかし、太刀筋はムチャクチャで、闇雲に振られる剣は軌道を読みやすい。
目で追える速さなので、マインゴーシュで捌く必要もなかった。
「醜いな。美しさの欠片もない。そんな剣ではいつまで経っても当たらないぞ?」
「バカにしやがって…いいだろう。遊びは終わりだ!貴様に本当の奇術を見せてやる」
ガウエスは一旦距離を置き、地面に突き刺していたサーベルの一本を手にした。
これでまた二刀流だ。
ガウエスの行動を見る限り、一度に使える剣は二本までらしい。
剣を地面に突き立てているのは、直ぐに交換できる工夫のようだ。
そもそも、同時に使わない剣を腰に差しておくのは効率が悪いため、彼なりに考えた結果だろう。
「今から貴様の動きを封じてやる!ほら、貴様の手足は鉛のように重くなっていくぞ」
ガウエスは二本のサーベルを頭上に掲げ、奇妙な事を言い始めた。
しかし、何を言われたところで身体に変調が起こるはずはない。
ただのはったりだ。
「ついに頭までおかしくなったのか?救えないな」
「直にわかる。僕の恐ろしさがね!」
減らず口を叩きながらもガウエスは距離を取ったままだ。
見たところ、向こうから仕掛けてくる気配はない。
このまま無駄に時間を過ごすより、ひと思いに気絶させてやろう。
僕は鞭を構えたまま体勢を低くして間合いを詰めた。
たった二歩の移動で、マインゴーシュが届く範囲にまで詰め寄った直後、急に身体から力が抜け眩暈がした。
ちょうど、貧血を起こして立ちくらみがしたような感覚だ。
その直後に襲ってきたのは、車酔いをしたような目眩と吐き気だった。
「ちッ…驚かせやがって」
「何を…した…」
視界がグルグルと回って方向感覚が完全に狂っている。
気持ちでは負けていないつもりだが、まともに立っているのも辛い状況だ。
しかし、ガウエスが何かをした様子はなかった。
それでも、眩暈がする前に「手足が鉛…」などと言っていたため、彼によるものとしか考えられなかった。
「ようやく薬が効いたらしい。馬を一瞬で麻痺される強力な薬だが、まだ立っているとは…。さすがの僕も少し驚いたよ」
「…薬!?」
「あぁ、冥土の土産に教えてやるよ。南に棲む毒蜂から採った神経性の麻痺毒だ。普通の人間なら致死量だが…貴様は化け物か?」
方向感覚が掴めなくなり、ガウエスの声が八方から聞こえる。
何とか立っているものの、反撃できる状況ではなく、言葉を返すのがやっとだ。
「…これが奇術の正体か。なるほど…雑魚が考えそうな、実に卑怯な戦法だな」
「減らず口を…。まあいい、何とほざこうと貴様はここで死ぬのだから。僕の素晴らしい奇術でね!」
頬に当たる風の感覚から、ガウエスのいるおおよその場所がわかった。
そして、彼は風上に立っている。
どうやら気体か粉末状の毒を撒かれ、それを吸引してしまったらしい。
即効性の毒のようだが、眩暈と頭痛がする以外に目立った症状は見られなかった。
しかし、この状況ではまともに動き回る事ができない。
攻撃を仕掛けるにも、相手をこちらへ接近させる必要があった。
幸い、ガウエスからは隠しようのない殺気が漏れているから、目が見えなくても気配で位置を掴む事もできる。
「死ねッ!」
叫び声と共に、剣が振り下ろされるのがわかった。
空気を切り裂きながら凶刃が僕に迫っている。
僕は咄嗟に鞭に命令を下した。
鞭は目が見えない僕に代わり、思い描いた命令の通り、振り下ろされた剣を払うと、すぐさまガウエスの首に巻きついた。
グリップを引くと、しっかりとした手応えがある。
「き…貴様…!」
「残念だったな。後少しだった。いや、実に惜しい。雑魚にしてはよくやった方だ。まあ、所詮はこんなものだろう」
「こ…こんなもの…」
彼は苦し紛れに、巻き付いている鞭をサーベルで斬り落とそうとした。
しかし、鉄製の武器ではミスリル銀に傷一つ付かない。
また、グリップを引けば引くほど引き締まっていくため、このまま酸欠になるのも時間の問題だろう。
普段は温和な僕でも、今回ばかりはドS心に火がついた。
毒でここまで苦しめられたのもあって、少し気が立っている。
今後、僕に反抗的な態度を取らせないためにも、ここで完膚なきまでに痛めつけておいて損はないだろう。
もちろん、途中で降参されても許す気は無い。
「奇術師、最後に言い残すことはあるか?」
「た…すけ…て…くれ…」
「そうか。では大人しく気絶でもしてろ」
「!?」
もはや言葉も出なくなったガウエスの身体を、首に巻き付いた鞭で無理やり吊し上げた。
同時に、口からは泡を吐き、顔色が悪くなっている。
鞭を通して身体の震えを感じ取った。
どうやら痙攣がはじまったらしい。
ちょうど、こちらも状況が改善しつつある。
先ほどより目眩も晴れ、視力も回復してきた。
少し見えるようになった目でガウエスを見ると、ズボンにシミができていた。
身体が弛緩して我慢できなかったらしい。
見るに耐えない状況だとわかり、そのまま身体を投げ捨てて試合を終わらせた。
主人公はいつの間にか短剣の使い方もマスターしていましたね。良く考えたら“鞭”も“銃”に匹敵するチート武器のような気がしてきました。(汗)
もちろん、使用者によって左右されると思うので、これをサフラが使えば面白くなりそうですね。(たぶん)
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