シーン 53
改稿済み:2012/08/14
宿への帰り道、露店が並ぶ通りの中に、ミスリル製品を扱う店を見つけた。
店の主人は丈の長いローブを羽織り、ジッと道行く人を観察している。
外見から受ける印象はどちらかと言えばインドア派で、悪く言えば陰湿と言うべきだろうか。
並んでいる商品は、どれも使い方がわからないモノばがりで、どれほど価値があるのかまったく想像がつかない。
「おや、お客さん。何をお探しですか?」
店主は僕を客と判断したのか、気さくに声を掛けてきた。
真剣に商品を覗き込んでいたので、冷やかしには見えなかったのだろう。
「身代わりのコインを探している。ここにはないか?」
「身代わりのコインですか。それでしたら一枚だけございます。明日は武術大会がございますので、こちらは人気商品となっております」
「このコイン、本物か?」
偽物を掴まされても困るので、代金を支払う前に疑っておく。
店主は一瞬だけ少し口をへの字に曲げたが、すぐに営業用の笑顔に戻った。
「当店では偽物は一切ございません。必要であればご確認ください」
「ではそうさせてもらおう」
違いを判断するポイントを思い出しながら、コインの表面を凝視する。
偽物であれば塗料を使ってルーン文字が描いているはずだ。
試しに指で表面を擦ってみたが、塗料が剥がれるような事はなかった。
続けてコインを同じミスリル製の鞭に当てて音を確認する。
鋼鉄とは違い甲高い音がした。
「どうですかい?」
「どうやら本物のようだ。では、これを貰おう」
「そちらは金貨四枚になります」
「よ、四枚?さすがにそれは足元を見過ぎだろう…。記憶が確かなら金貨二枚が相場のはずだ」
以前同じモノを買ったときは金貨二枚だった。
他の店で価格を見比べたわけではないが、倍の値段となれば疑いたくもなる。
「明日は大会が行われますので、こちらの商品は価格が高騰しております」
「高騰って…」
「今ごろでしたら他で同じモノを探しても見つかるかどうか…。見つかったとしても価格はこの程度でしょうな」
半分脅されている気分だ。
今、このチャンスを逃せば、次はないと言う意味にも取れる。
店主にしてみれば、このまま商品が売れなくても次の買い手が現れる可能性は高い。
だとすれば、無理に僕が買わなくとも困りはしないはずだ。
どちらかと言えば、不利な立場なのは買い手である僕の方だった。
しかし、幸いな事に資金はまだ潤沢にある。
金貨四枚支払ったところで生活が逼迫する事はない。
思案した結果、命には変えられないと判断して購入を決めた。
「…わかった。金貨四枚だ」
「毎度ありがとうございます。今後ともご贔屓に」
宿への帰り道、サフラは少し浮かない顔をしていた。
微かに思いつめているような雰囲気を感じる。
サフラはあまり不満を口にしないタイプだ。
それだけに、僕が気遣ってやらないとストレスを溜め込んでしまう。
少しでも話せば気が楽になるので、こんな時こそコミュニケーションの大切さを実感する。
あまり不安を煽るのもよくないので、当たり障りのない話題で気を引いてみる事にした。
「どうした?腹でも減ったか」
「えっと…そうじゃなくてね。いよいよ明日なんだなって思ったら、少し不安になっちゃって」
「心配するなって。それにほら、さっき買ったコインもある。少なくとも死ぬ事はないさ」
身代わりのコインは一度その効果を体験している。
致命傷だった一撃をまるで何事もなかったように修復してくれた。
想像はしたくないが、きっと心臓を抉られても死ぬ事はないだろう。
四肢が切断された場合まではわからないが、何らかの形で生き残っていると期待したい。
そう考えれば、金貨四枚と言う出費は負担にはならないだろう。
「無理しちゃダメだからね」
「わかってる。俺だって死にたくはないからな」
明日の目標は死なない事だ。
それと、当初の目的である身分証を獲得できれば言う事はない。
ちなみに、大会参加者は専用の寄宿舎が用意されている。
遠方からの参加者や観覧者が多く押し寄せるため、参加者だけは休めるようにとの配慮らしい。
ただし、強制ではないので希望しなければ普段通り宿に泊まればいい。
僕としては、血気盛んな連中でごった返す寄宿舎では身体が休まらないため、元から利用するつもりはなかった。
宿も町に着いてすぐに運良く部屋を手配できたて助かっている。
この晩、サフラは僕に寄り添うように眠った。
不安で眠れなかったのか、夜遅くまで僕の手を握り続けゆっくり眠りついた。
翌朝。
空を見上げると、目の覚めるような快晴だった。
雲一つない青空で、小鳥が囀りながら優雅に遊んでいる。
ピクニックに行くのであれば絶好の天気だ。
しかし、僕はこれから戦場に赴かなければならない。
下手をすれば無事では済まないだけに、浮かれた気持ちはこの場に捨て置く事にした。
顔を両手で叩き気合を入れる。
「準備はいいか?」
「うん」
「よし、行くか!」
会場に着くと参加者の列が出来ていた。
その先には、コロッセオ内へ案内する係員が点呼確認を始めている。
登録は済んでいるので、中へ入るには係員に名乗るだけでいい。
サフラとはここで別れて列に並んだ。
この場所にいる参加者の数は、軽く目で追っただけでも三十名近くいる。
僕が並んだ後ろにもすでに数人集まっているため、実際にどれだけの参加者がいるのか把握しきれない。
「参加者の皆様、こちらでハチマキをお渡ししますので、今しばらくお待ち下さい」
係員が参加者に向けて声を掛けた。
配られているのは青色の布でできたハチマキだ。
これを予選で使うらしい。
「前室に入られたら必ずハチマキを身に着けてください。兜を着用の方は腕などに巻いても結構です」
言われるままにハチマキを巻いて会場へ続く前室に入った。
ここで最終確認が行われるらしい。
また、予選の方法についても注意があった。
「本日お集まりの皆様、こちらで本大会のルールを説明いたします。一度しか申し上げませんので、お聞き逃しのないよう静粛に願います」
説明に立ったのは、運営委員長を名乗る若い男だった。
纏っている雰囲気は優男のそれだが、言葉使いや振る舞いはしっかりしている。
身分までは明かされていないが、皇族の関係者か貴族と言ったところか。
皇帝が主催する大会なのだから、おそらく皇族の線が濃厚だろう。
運営委員長の説明はこうだ。
予選は集団戦で行われる。
本選へ勝ち進むには、他の参加者からハチマキを五本奪わなければならない。
奪う手段は問わないので、持てる力を発揮して奮闘するようにと付け加えられたら。
なお、ハチマキを五本獲得した参加者は、会場脇の運営本部へ申請するように告げられた。
「以上がルールになります。なお、本選からは一対一の対戦になります。本選の制限時間は特に設けられておりませんが、膠着状態が続く試合はこちらの判断で両者敗退といたします」
説明が終わるのと、会場へ続くゲートが開け放たれた。
大会の開始が告げられると、観衆たちは一気に湧き上がり、コロッセオは異様な雰囲気に包まれた。
予想はしていたが、自らが見世物の対象になるのは気分がいいものではない。
安っぽいプライドが邪魔をして、人前で無様な姿は晒したくはないと考えてしまう。
参加者が各々の場所に陣取ったところで、銅鑼の音が鳴り響いた。
試合開始の合図だ。
参加者は、まるで解き放たれた矢のように、近くにいた相手に襲いかかっていく。
その光景は、亜人が人間を襲う姿と変わらない。
むしろ、明確な殺意と目的があるだけに、こちらの方が厄介だ。
近くでは、すでにハチマキを何本か獲得して雄叫びをあげる者もいる。
長引けはハチマキを獲得できなくなってしまうため、覚悟を決めて鞭と短剣を構えた。
「死ねぇ!」
周りの状況を確認している僕へ、ハンター風の男が駆け寄って来た。
サーベルを振りかざしているが、どう見ても素人の立ち振る舞いだ。
隙が多くて迫力も無い。
おまけに、足もあまり早くはなかった。
僕は、マインゴーシュでサーベルを受け流し、鞭を振るって首筋に一撃を入れた。
すると、男は声もあげずに意識を失った。
これはあくまでも予選通過が目標なので、相手のハチマキを素早く奪い取って次の獲物を探した。
ルールでは、倒した相手が獲得したハチマキも数に入れて構わない。
よく見ると、実力者と思われる数名は積極的に動き回らず、相手のハチマキを横取りしようとしていた。
その方が効率的で体力の温存にもなる。
特に、何度も参加している者は、経験的にそうしているようだ。
気が付けば半数ほどの参加者がリタイアしていた。
負傷者は実行委員の腕章をつけた係員が、担架を使って順に場外へ運び出している。
救護所は凄惨な状況だ。
僕も、あの中へ混じるわけにはいかないので、気を引き締めて周囲へ注意を払った。
運営本部には、すでに五本のハチマキを獲得て本選への進出を決めた参加者もいる。
そして、僕の手元にはハチマキが三本ある。
残り二本集めれば予選通過だ。
残っている参加者は、互いに牽制しあってなかなか攻撃を仕掛けてこない。
どうやら交戦中に横取りされるのを警戒しているのだろう。
ただ、このまま膠着状態が続くのはあまり好ましくない。
長引けば体力を消耗するだけでなく、精神的にも疲弊してしまう。
相手が受け身の姿勢なら、こちらから動く他はない。
ターゲットを絞ると、軽く地面を蹴って一番近くにいた参加者に襲いかかった。
僕の身体は死神のボーナスで強化されているため、月面を飛び跳ねるように動き回る事ができる。
その気になれば、オリンピックで世界新記録を量産できるほどに。
もちろん、素早さに定評のあるウェアウルフほどではないが、それに迫る運動能力はあるだろう。
「は、早い!?」
瞬きをする僅かな時間で間合いに入り込み、すれ違い様に鞭で一閃する。
虚を突いたわけではないが、男が認識した頃にはすでに意識を失っていた。
「ふう…これであと一本か」
ハチマキを奪い取り、次の獲物を探した。
中には、乱戦中のグループもあり、横取りの機会を伺う参加者もいる。
横取りをするには、戦闘に意識を集中してタイミングを計る必要があるため、どうしても背後への注意力が散漫になってしまう。
その中でも特に油断している参加者を見つけ、乱戦をかいくぐって距離を詰めた。
「き、貴様いつの間に!」
「大人しくハチマキをよこせば命までは取らない」
男の背中にマインゴーシュを押し当て降伏を促した。
この状況なら、逃げようとした瞬間に心臓を一突だ。
その気になれば、首筋に打撃を入れて意識を奪う事もできる。
「わ、わかった。殺さないでくれ…」
「利口だな。アンタ、長生きするぜ」
震える手でハチマキを手渡された、男は両手をあげて会場からはけていった。
これで五本目が揃った。
あとは、ハチマキを奪われないように運営本部へ向かい、申請を済ませればいい。
僕の攻勢をきっかけに、周りで乱戦が始まったため、本部へ向かうのは思ったよりも簡単だった。
今回から少し言い回しや表現方法を変えています。具体的には、長ったらしい文章をやめて極力簡潔になるよう心がけていきます。
「ここが変だよ?」とか、「こうしたらイイよ!」ってご意見があれば絶賛受け付けております。
尚、これより以前の話数も内容は変えないで改稿していきます。時間を見つけて徐々に変えていく形になるので完了時期は未定ですが、毎日更新はできる限り継続していきます。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。