シーン 52
改稿済み:2012/08/13
丸一日移動してようやく会場となる交易都市に辿りついた。
時刻は夕方だが、日没まではもう少しと言ったところだ。
町に溢れる人の数は大会が近いため、帝都と遜色がないくらい溢れかえっている。
元々、この町は国作りの基礎になった場所で、今から数十年前にはこの場所が帝都とされていた。
ちなみに、現在の場所へ帝都が移ったのは二世代前の皇帝の時代だ。
増え続ける人口対策にと計画が持ち上がり、数年で移動が完了したらしい。
しかし、実のところを言えば、それは表向きの話で、代々続いてきた都市を移転させる事で、皇帝の権力をアピールする狙いがあったようだ。
これほどの事業を成功させれば、死後も構成に名前を残す事が出来る。
感覚としては、時の権力者がピラミッドや古墳を建設したのと同じなのだろう。
この町が交易都市と呼ばれるのは、各地から交易品や特産品が多く集るからだ。
露店の数だけ見れば帝都よりも多い。
しかし、店の形態を見てもわかるように、事業者に向けた問屋が多イメージだ。
業者向けと言っても、一般客も買い物が出来る。
僕らは、すぐに馬車を預けて身軽になると、宿を取って会場となるコロッセオに向かった。
会場は町の中心部にあるため、見つけるのは簡単だった。
会場に向かったのは、エントリーの最終確認と参加者の動向を調べるのが目的だ。
受付の近くには、様々な武器を手にした男女で溢れかえっていた。
大会の参加基準は特に設けられてはおらず、参加の意志さえあれば年齢や性別は問われない。
多くの参加者は、皇帝の元で働きたいと希望する者ばかりで、僕のように身分証を目的としているのは少数派だ。
「たくさん居るね」
「武器を持ってる連中はみんな参加者だろうな。身なりからしてハンターかバウンティーハンターがほとんどか」
「あッ!あれって、ニーナさんじゃない?」
サフラは人混みの中からニーナの姿を見つけた。
どうやらエントリーの確認をしているらしく、こちらにはまだ気付いていないようだ。
特に声を掛ける事もなく視線を送っていると、気配に気が付いたのかニーナがこちらに振り向いた。
「レイジ、サフラちゃん!」
ニーナは手を振りながらこちらに歩いてきた。
お互い物別れになっていたが、今の彼女を見る限り気にしている様子はない。
むしろ、好意的な笑みまで浮かべている。
どちらかと言えば、気にしているのは僕の方かもしれない。
「奇遇だな」
「あぁ、久しぶり…と言うわけではないか」
「こんにちは、ニーナさん」
「こんにちは。相変わらずサフラちゃんは可愛いなぁ。お姉さんのモノにしてしまいたいくらいだ」
ニーナはサフラに抱きつくような素振りを見せたため、慌てて間に入った。
どこまで本気かはわからないが、どちらにしても用心に越した事はない。
「相変わらずだな。受付をしていたところを見ると、お前も参加するんだろう?」
「あぁ、そう言うレイジも参加するんだろう?」
「そうだな。ただ、お前と違って優勝に興味はない。適当に勝って身分証を得られればいいからな」
「ん?身分証目当てとは…君は欲がないのか?」
ニーナに意外そうな顔をされた。
ほとんどの参加者が優勝を目指しているため、当然と言えば当然だ。
「説明を聞いたけど、優勝すれば皇帝直属の部隊へ加入しなきゃいけないんだろう?そんなの、俺の望どころじゃないからな」
「ふむ、確かに副賞として直属部隊への加入権利が得られる。ただ、一つ間違えないでもらいたいのは、権利であって強制ではない。それに、参加者が目の色を変えているのは、皇帝から与えられる“権限”の方だ」
「権限?」
「あぁ、まず爵位が与えられるんだ。爵位持ちになれば貴族として扱われるから、国の中での地位も高くなる」
「だけど、何か制約があるんじゃないのか?」
「いや、希望しなければ肩書きだけと言う事も可能だ。それでも、爵位で得られたら地位や権利は保証されるんだ」
ニーナによれば、爵位を得られれば、庶民と比べて生活が楽になる。
得られる爵位にもよるが、行使できる権限は貴族と変わらないため、納税の免除や選挙権の獲得なども認められるようだ。
選挙権とは、各種大臣や要職を決める選挙の事で、直接選挙の事を指している。
立場としては国会議員のようなものだろうか。
「で、お前は貴族にでもなろうってのか?」
「なれるものならな。まあ、今年は猛者揃いだから優勝は難しいと思うが…」
ニーナが視線を逸らすと、会場にいたある男に向けられた。
それは、背中に幅の広いツーハンデットソードを背負った騎士だった。
ただし、一般的なツーハンデットソードよりも刀身が分厚く、およそ人間が扱えるような代物ではなさそうだ。
チラリと見える刀身は黒色なので、おそらくテイタン製だろう。
「物騒な剣だな。アイツに何かあるのか?」
「彼はアルマハウド男爵。“竜殺し”の異名を持つ化け物のようなヤツだ。ちなみに、前回、前々回の優勝者でもある」
「竜殺しって…。そんな事より、爵位持ちでも参加できるのか?」
「爵位持ちはおろか、その気になれば皇帝でも参加出来るさ。以前、皇帝自ら参加した事があるから間違いはない。まあ、当時は先代が生きていた頃だから、正式な皇帝になる前だったがな」
アルマハウドという男は無類の戦闘狂として、その筋では有名な人物らしい。
自分の身長ほどある大剣を軽々と扱い、一振りでオーク数体を八つ裂きにすると言われる。
実際に、前回の大会では対戦相手のほとんどを瀕死に追い込み、その戦闘能力は比較対象を挙げるのが難しい。
通り名である“竜殺し”は、過去に討伐した飛竜をたった一人で狩ったことからこの名が付いた。
彼は男爵の爵位を持ちながら、その権限をほとんど利用していない事でも知られている。
事実、彼は以前行われた選挙を欠席し、一人でエルフの討伐に出かけていたようだ。
「他にも居るぞ。アイツは“奇術師”を自称するバウンティーハンターで“ガウエス”と言う男だ」
視線を移すと、腰に四本の剣を差した長髪の若い男が居た。
人心を操る技術に長け、“奇術”と呼ばれる方法で相手を殲滅する。
また、変幻自在の剣は、見切るのが不可能とまで言われるらしい。
「そこから視線を右に移してみろ。妙な弓を持った女が居るだろう。ヤツはハンターの“ピュレー”。あの弓は“ダブルバンド”と言うらしい」
ダブルバンドは、弦が二本張ってある弓で、同時に二本の矢を射る事ができる。
弓自体は、和弓のような長大な物ではなく、コンポジェットボウと呼ばれる小型の弓を改良して作ったものだ。
また、二つの弦で一本の矢を射る事もでき、それによって得られる貫通力はプレートアーマーを貫通するとまで言われている。
二本の弦を使えば、飛距離が飛躍的に伸びるため、遠距離からの狙撃は脅威になる。
「じゃあ、アイツは何てヤツだ?おかしなローブを着てるヤツだ」
目に入ったのは、全身をローブで覆った小柄の人物だ。
フードを被っているため、表情まで見る事はできないものの、体格や雰囲気から女性ではなさそうだ。
「アイツは知らない顔だな。大方、田舎からやってきた素人だろう」
「素人…俺にはそんな風に見えないがな。まあ、お前が知らないって事は無名なんだろうな」
「何だ、アイツに興味があるのか?」
「いや、アイツから微かに人並みならぬ殺気を感じるだけだ。ローブで姿を覆っているとは言え、俺が見るに、相当の使い手かもしれないぞ」
「殺気か。確かに微かだが感じる。しかし、脅威というほどの気迫は感じないぞ?」
「能ある鷹はってヤツだろ?まあ、完全に隠しきれていないし、試合前で気持ちが昂ぶっているんだろうな」
気配に意識を集中すれば、そこら中で殺気を感じる事ができる。
どうやら殺気を放って牽制しあっているようだ。
他にも気になる人物がいたが、会場にいる参加者でめぼしいのはこの四人くらいだろうか。
あとは、多めに見積もってもオークかトロール程度の実力の者ばかりだった。
「そうだ。レイジ、身代わりのコインというモノを知っているか?」
「ん?エルフが使うルーンが刻まれたミスリルのコインの事か?」
「知っていたか。あれは便利なものだ。大会への持ち込みも特に禁止されていない。死にたくなかったら一枚持っておくといい」
「この町でも手に入るのか?」
「あぁ、風変わりな商人が露店を開いている。私もそいつら買った。ただし気をつける事だ。模造品も数多く出回っているからな」
「どう見分けるんだ?」
「まずはルーン文字の違いだな。魔力によって刻まれているから、塗料で上から塗ったものとの明らかに違う。あとは、音で調べる方法もある。ミスリル銀は鋼鉄よりも甲高い音が鳴る。まあ、慣れが必要だから、素人には難しいな」
「そう言う事か…」
納得はしたが、解決したわけではない。
直接現物を見て判断するしかなさそうだ。
「それはそうと、珍しいものを持っているな。そういえば、ケルベロスを全滅させた若い男の冒険者の噂を聞いたが…まさかレイジではなよな?」
ニーナは僕の腰に掛けてあった鞭の事を言っているようだ。
特に隠す必要はないため、素直に答える事にした。
「そのまさかだ。これはエキドナが使っていた物だよ」
「なるほど…ギルドでも手を焼いて相手を一人でとは…」
ニーナは感心を通り越して少し呆れていた。
僕の実力は、バレルゴブリンの一件で一応理解していたはずだが、あの時は後方支援に徹していただけなので、言ってみれば全力で戦っていたわけではない。
むしろ、ニーナの引き立て役だった。
「そういうお前も、以前は持っていなかった剣を差しているな」
脇に差しているのは柄に豪華な装飾を施した長剣だった。
柄頭には青色の宝石も埋め込まれている。
「気が付いたか。前に見せたショーテル、あれは本来なら私の武器ではなかったのだよ。ちょうど、コイツを修理にだしていてな。言ってみれば代替品だ」
「ちょっと待て。と言う事は、あれは本気じゃなかったと?」
「そうなるな。まあ、大会に出る関係上、能力については教えられないがな」
「そうかよ。懸命な判断だ」
半月状の刀身を持ったショーテルとは違い、長さが八十センチほどある直刀だ。
刀身は鞘に収まっているため、詳しく確認する事はできないが、幅は一般的なブロードソードと同じくらいだろうか。
「手の内をさらすと足元をすくわれるからね」
「そういう割には嬉しそうだな」
「順当に勝ち残れば君と戦えるんだろう?これを喜ばずして何と言う」
「結局お前も戦いたいだけか」
「おいおい、私をクオルと一緒にしてもらっては困る。ヤツは根っからの戦闘狂だが、私が興味あるのは強い男だけ。ザコには興味ないよ」
「大して変わらないだろ」
「ふふッ。それにしても、クオルの持つ“ブレイズソード”には気をつける事だ。気を抜けば一瞬で灰になるぞ」
クオルの持っている剣は、正式名称を“ブレイズソード”と言うらしい。
ブレイズとは、炎と言う意味なので、直訳すれば炎の剣と言ったところか。
一度使っているところを見ているだけに脅威である事は間違いない。
使用者の力を高める能力もあるため、まともな剣の撃ち合いでは押し負けるだろう。
「お前はどっちの味方なんだ?」
「私か?私は可愛い子の味方だよ。君が負ければサフラちゃんが悲しむからね。そうだろう?」
「大丈夫です、レイジは負けませんよ。私が保証します」
サフラは胸を張って答えた。
「なるほど、サフラちゃんが勝利の女神か。それは適役だな。しかし、大会で対戦するとなれば私も手を抜かない。覚悟するんだな」
「それはお互い様だろう?命を奪う事になっても後で怨まないでくれよ」
「それは恐ろしいな。明日が楽しみだ」
恐ろしいと言うわりには笑みを浮かべている。
何を考えているかわからないのは、出会った頃と変わらないようだ。
彼女自身、“飄々”という言葉がよく似合う。
風の吹くまま気の向くまま、どこへとも知れず、一方的に別れを告げると雑踏の中へ消えていった。
久しぶりに彼女が出てきましたね。神出鬼没なイメージがありますが、案外人恋しい一面もあったりします。それでも気を許した相手限定なので、知らない人から見れば“猫”のように見えるんでしょうね。
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