シーン 50
改稿済み:2012/08/12
思わぬところで欲しかった物が手に入り、意気揚々と宿へ戻った。
これで各地への移動が楽になる。
何より野宿をする際は外で眠るより遥かに安全だ。
宿に戻ると店主が笑顔で出迎えてくれた。
戻ってくるのは前提だったものの、こうして「お帰りなさい」を言われると肩の荷が降りた気持ちになる。
夕食は外で済まそうと思ったが、ルームサービスで済ませる事にした。
「…そうだ、さっき貰った鞭はどうするの?」
夕食を食べながらサフラが聞いてきた。
ちなみに、今晩のメニューはミディアムレアで焼いた極厚のステーキ、スープ、サラダ、それにバゲットの食べ放題が付いている。
バゲットは宿の厨房で焼いたものらしく、割ってみると微かに湯気が立った。
温かい料理が嬉しいのはもちろんだが、肉料理は食べるだけで幸せな気持ちになる。
大きく切り分けた肉を頬張り、彼女の質問の答えを考えた。
「あぁ、エキドナが使ってた鞭だったな。何でもエルフが使ってた物を奪ったとか」
「じゃあ、凄い武器なの?」
「そっか、サフラは見てなかったんだよな。コイツ、生き物みたいに動くんだよ。どんな仕組みかわからないけど、同時じゃなかったら銃弾を一発弾く能力を持ってる。多分、剣撃でも防ぐと思うぞ」
丸くして腰のベルトに掛けておいた鞭を手に取る。
鞭はミスリル銀で出来ているため、光沢が眩しい。
よく見ると、一センチ角ほどの部品を繋ぎ合わせて作られている。
部品を繋ぐ芯の部分には、銀色のワイヤーがグリップから先端まで続いていた。
長さは二メートル近くあり、革が巻かれたグリップは三十センチほどある。
どういった仕組みで生き物のように操るかはわからないが、使い方次第では強力な武器になるだろう。
ミスリル銀はテイタンと同様に、強靭で比較的軽い金属なので、鋼鉄を使った武器よりもアドバンテージがある。
鞭は使い方次第で不規則な攻撃が可能になるため、使い手によっては手に負えない強さを発揮するだろう。
「そうなの?」
「あぁ、戦って苦戦したからな」
目を閉じればエキドナとの死闘が呼び起こされた。
そもそも、この鞭があったおかげで苦戦したのだ。
正直、エキドナの部下たちは、それぞれの能力がゴブリン並みの力量だ。
それなのに、この鞭を手にしていたエキドナは別格に強かった。
これまで、まともに銃が通じない相手と戦った事がなかったため、少なからず動揺もあった。
サフラに当時の状況を説明すると驚いた様子だった。
彼女自身、僕の事を神か何かと勘違いしている節があるため、苦戦を強いられる状況は想像できないらしい。
思えば、これまでで一番悩まされた相手でもある。
これまでの戦いは、引き金を引くだけの簡単な仕事だったが、この鞭に関してはその常識が通じなかった。
しかし、戦ってわかったのは、一度に複数の攻撃を防げないと言う事だ。
これは偶然発見した弱点だが、それでも一対一の戦闘では脅威になる。
「まあ、これを使うにしても、いきなり実戦は厳しいからな。まずは使い方を覚えるのが先だ」
「それと馬車も手には入ったよね。どうするの?」
「前から欲しいと思ってたから、売らずに引き取るつもりだ。ただ、馬を管理する場所が必要だよな。家を買うにしても、馬を管理できる納屋付きじゃないと」
荷馬はギルドの管理下の元、一般の事業主が経営する厩舎に預けられている。
現時点では、僕へ正式に譲渡が完了したわけではないので、引き渡される僅かな間はギルド側が費用を負担してくれるようだ。
それでも、一度引き取れば所有権が僕に移るため、餌代や体調管理など生き物相手の飼育が待っている。
貴族や豪商にでもなれば、世話を金で解決できるため、信頼できる預け先を見つけて管理するようだ。
反対に、金銭に余裕がなければ自分で世話をするしかない。
「問題は管理に必要な経費だよな。自分でやるにしても時間を取られるし、出来ればどこかに預けたい」
「一度、今預けてる所で聞いてみる必要があるね。そうすれば、預けた時の費用もわかるんじゃないかな」
翌朝。
宿の追加料金を支払い、身支度を済ませて馬の様子を見に行った。
厩舎のある施設は想像していたよりも広く、馬場も含めるとサッカーグラウンドで二つ分ほどの面積がある。
預かる馬も貴族や豪商の所有物がほとんどで、どれも毛艶がよく馬体も大きい。
それでも、競馬に出場するサラブレッドのように全身が筋肉質と言うわけではなく、あくまでも荷台を引くのに必要な筋肉しかついていなかった。
「すみません、受付はどちらですか?」
近くを歩いていた職員の男性に声を掛け受付に向かった。
「ここです。では、私はこれにて」
去っていく男性と代わるように、受付に座る中年の女性が声を掛けてきた。
歳は僕の母親と同じくらいだろうか。
年齢を隠すメイクが上手な印象を受けた。
首に巻いた水色のスカーフは、フライトアテンダントを思わせる。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「馬を預けたいのですが、費用について教えてください」
「失礼ですが、お客様の所有される馬は“騎馬”と“荷馬”どちらでしょうか」
「荷馬です」
話によれば、騎馬と荷馬では料金体系が違うようだ。
ちなみに、騎馬の管理は荷馬に比べて倍近くの費用がかかる。
特別な施設が必要になるのと、専門に管理する厩務員を付ける必要があるからだ。
騎馬は直接人を乗せるため、体調管理がシビアで、長距離の移動を可能にするために体力維持にも神経を使う。
競馬の競走馬とまではいかないが、早く長く走るためのトレーニングも行われる。
「さようですか。でしたら、お預かりする期間により費用は異なりますが、十日では銀貨二枚程度です」
「預ける期間は最長どれくらいまで可能ですか?」
「基本的に期間はございません。ただ、あえて期間を設けるとすれば、預かっている馬の寿命まです」
「なるほど」
「ご用命でしたら是非、当方にお任せください」
簡単に説明を聞いただけだが概ね納得した。
僕としては、選ぶならこの厩舎だろうと決めている。
ハンターギルドも御用達だし、何より働いている人たちが生き生きとしていた。
探せば他にもいい場所が見つかるかもしれないが、現時点で不満が見つからないので敢えて苦労をする必要はない。
「説明、今のでよかったの?」
宿に戻りながらサフラが心配そうにしていた。
後ろで黙って話を聞いていただけだったから、状況がうまく飲み込めなかったようだ。
「一応な。他のところも探せばあるんだろうけど、第一印象も良かったし、あそこに決めようと思う」
「お金は大丈夫?」
「確か、十日で銀貨二枚だったよな。一年預けると金貨七枚くらい必要みたいだけど、ずっと預け続けるわけじゃないし、思ったより出費にはならないと思う」
実際、丸々一年預けているわけではない。
馬を引き取っている間はカウントされないため、その分は費用の負担も軽くなる。
帝都を拠点にするとは言っても、世界を見て回りたい僕としては、ずっと町に引きこもっているつもりはない。
何より、念願の馬車を手放したくはないため、多少の費用は覚悟の上だ。
宿に戻り、今後の事を話し合うことにした。
まず、当面の目標である家を買う事を確認する。
それには、ギルドの依頼をこなして貢献度を稼ぐしかない。
それでも、グリフォンの討伐でわかったように、時間が掛かると言う問題が浮上してきた。
これについては、説明を受けた時点でわかっていた事だが、実際に始めてみると思っていたより大変だ。
「サフラ、俺…武術大会に出場してみようと思うんだ」
「え?どうしたの、急に」
サフラが驚くのはもっともだ。
これは彼女に相談をせず決めた事なので、当然と言えば当然だった。
「今回のグリフォン討伐をやってみて思ったんだ。やっぱり時間が掛かりすぎるんだよ。だったら、一か八かでもいいから大会に出場して、身分証が受けられるところまで勝ち進めればと思ってる」
幸い大会へは武器の持ち込み制限は無い。
そうなれば、予選で負けると言う可能性は低いだろう。
相手が人間なので殺さないよう神経を使うが、それは相手も同じなので考えても仕方がない。
極力、急所を外して降伏させればいいだろう。
それでも、この世界に存在しない銃が世間の目に触れる事はあまり好ましくない。
ケルベロスの一件でもそうだが、銃を狙って怖いお兄さんやお姉さんが近寄ってこないとも限らないのだから。
リスクを挙げれば切はないが、一年に一度しかないチャンスを逃せば、来年まで参加する事ができない。
「レイジの覚悟が本物なら、私が止める理由は無いよ。でも、本当に大丈夫なの?」
「俺もバカじゃないよ。それなりに作戦を立てて挑むつもりさ。そのためにはまず、コイツの使い方をマスターしないとな」
腰に掛けてあった鞭に手をやった。
エキドナが使えていたのだから、僕も同じように使える可能性はある。
必死で練習すれば、大会が始まる前までには使いこなせるだろう。
万が一、使いこなせないとわかれば、別の方法を考えるだけだ。
早速、宿に戻り鞭と向き合った。
エルフが作った道具は、使用者の意思に呼応する仕組みだ。
ちょうど、烈火石を使うのと同じ感覚なので、この鞭もそのように使う可能性が高い。
「サフラ、危ないから少し離れてろよ」
狭い室内なので危険があってはいけない。
サフラは僕の後ろに移動して事の成り行きを見守った。
「動けッ!」
命令するように鞭に呼びかけると僅かに動いた。
しかし、これでは文字通り動いただけなので、武器としての用途は果たせない。
「動いたね」
「あぁ、だけどこれじゃダメだ。エキドナはコイツを手足のように使ってたからな」
「うーん、呼びかけて動くのはわかったけど、具体的にどんな風に動くのか指示してあげたらいいんじゃないかな?」
「指示か。じゃあ、試しにやってみよう」
鞭に指示をすると言う発想はなかったため、試してみる価値はある。
動きを指示するには想像力が必要になるので、イメージするところから始めた。
まずは手足のように動かすところからだ。
「机の上のグラスを取れ!」
イメージを言葉にしながら鞭に命令した。
すると、鞭はゆっくりと伸びてグラスに巻き付き、そのまま僕のほうへ運んできた。
しかし、力が入りすぎていたのか、グラスを途中で砕いてしまった。
「割れちゃったね…」
「あぁ…こりゃ弁償だな…」
グラスは宿の備品なのであとで弁償するしかない。
しかし、驚くところはそこではない。
鞭が意思を持って動き出し、机の上のグラスを持ち上げた事実には間違いはなかった。
だとすれば、サフラの言った仮定が正しいと言う事になる。
あとは細かな制御ができるように練習が必要が必要だ。
「レイジ、それ私にも貸して」
「ん?あぁ、気をつけるんだぞ」
「えっと、呼びかけるように使うんだよね。じゃあ、試してみるね」
サフラは鞭のグリップを片手で持って前に差し出した。
次の瞬間、鞭が新体操のリボンのようにしなやかに動き、グルグルと螺旋状を描いて回った。
「なッ!?」
「すご~い、この子、思ったように動くよ?」
「お、俺が扱うより、お前の方が向いてるみたいだな…」
一説によれば、女性は想像力が豊かだと聞いた事がある。
今回の事だけを見ればその可能性は大きそうだ。
ケルベロスでリーダー格だったテューポンではなく、エキドナが使っていたところを見ると、やはりそうなのだろう。
そういえば、主人公がギルドに引き渡した三人についての事が書かれていませんでしたね。近いうちに出てくると思うので、そちらで補足します。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。