シーン 5
2012/04/08 改稿済み。
「終わったぞ。怖がったか?」
「…うん。それ以上にビックリしちゃった。それ、不思議な武器だね?」
「不思議…だな。俺にもどういう仕組みなのか分からないが、こういう物だと認識してる」
「そうなんだ。うん、怖がったけど、もう平気」
そう言って裾から手を離し、笑みを浮かべた。
この笑顔を見ていると許された気持ちになるのは何故だろうか。
気が付くと太陽は少し西の空に傾いていた。
いつもなら昼食を食べている時間だが、昼食を食べる習慣のない彼女はどう思っているだろうか。
「なぁサフラ、お前って昼にお腹空かないか?」
「え?どうして?」
案の定不思議そうな顔をされてしまった。
やはり僕はこの世界では異質な存在らしい。
朝からこの町を目指して、ひたすら歩いて来たのだからそれなりにカロリーを消費している。
そうなれば当然腹が減るので、いつものように昼食を食べたいと思うのは前の世界では当たり前だった。
こういった感覚の違いは、今後の誤解を生まないよう、早いうちに共有しておいて損はないだろう。
「サフラ、日本って国ではな、朝昼夜と飯を食うんだ。だから俺は物凄く腹を空かせている」
「そうなの?」
「あぁ。お前は腹減ってないのか?」
「うーん…減ってるには減ってるけど、我慢できないほどじゃないよ?それに、毎日三食食べるのは皇帝陛下か貴族くらいかも?」
「でも、腹減ってるんだよな?だったら食べればいい。リュックの中にバゲットがある。朝みたいに干し肉を挟んで食べようぜ」
近くを見渡して座れる場所を探すと、町の一画に公園らしき広場を見つけた。
公園らしきという表現になったのは遊具や砂場など子どもが遊ぶ設備が設けられていないからだ。
丸太で作った簡単なベンチの他には何もなく、公園と言うより学校の校庭のような場所だった。
そんな場所でサンドイッチを作り、二人で頬張った。
気分は妹とのピクニックだが、実際に妹が生きていたならサフラくらい大きくなっていたかもしれない。
そう思うと不思議な気持ちになる。
「食い終わったら買い物に行こう。旅の装備を整えたり、服も買わないと。あと、今日の宿も見つけないとな」
「お買い物?うん、行こう行こう。そうと決まれば急がなくっちゃね」
サフラは目の色を変え、手にしていたバゲットの残りを一気に口に放り込んだ。
「ちょ…お前、慌てて食べると…」
言い終える前にサフラは胸を叩いて苦しんでいる。
思った通りパンを喉に詰まらせたらしい。
期待を裏切らないところは可愛らしいが、当の本人はそれどころではないらしい。
水筒を手渡すと喉に詰まったパンは流れていったようだ。
「…お前なぁ。楽しみなのは分かるけど、そんなに急ぐことはないだろ?店は逃げたりしないぞ」
「…ごめんなさい」
「落ち込むなって。次から気をつければいい。さて…そろそろ店を見に行こうか」
「は~い」
元気よく返事をしたサフラと手を繋ぎ、露店商が軒を連ねる大通りを目指した。
露店には各地から集まってくる様々な工芸品が並び、食材から日用品、旅に必要な携行品までいろいろ取り揃えられている。
サフラは一店ずつ見て回り目当ての物がないか、値踏みも含めて目を輝かせた。
ちなみにサフラが欲しがっているのは着替えの下着とワンピースだ。
基本的にこの世界では女の子はドレスがワンピースを着るのが普通らしい。
中にはパンツルックにTシャツのような軽装をしている子もいるようだが、そう言った子たちは多くの場合は下級市民たちで、男女の隔たりがなく単純に労働力として扱われる。
言わば奴隷のようなものだが、最低限の人権は認められているので、厳密に言えば奴隷とは違う。
つまり、女の子らしい格好をしていなければ周りから下級市民と見られてしまうので、滅多なことがない限り平民の女の子はワンピースを着るのが一般的だ。
ちなみにドレスは上流階級、つまり皇族や貴族、一部の富裕層が着る服という認識らしい。
それらを踏まえた上で、自分の体型にあった物を探すのだが、素材やデザイン、縫製や刺繍の細かさなどの条件を挙げていくと、なかなか好みの物が見つからないようだ。
難しい顔をしながらの品定めが続き、僕は黙って後ろで見ているという時間が続いた。
身体にあった物が見つかりづらいのは、立体裁断されたワンピースが無いからだ。
市場に出回る衣類はほぼ全て、型紙の上で寸法に基づき加工する平面裁断が主流で、オーダーメイドでもない限り満足のいく物を見つけるのは難しい。
それに、先ほどからサフラは山積みにされた安価なセール品ばかりを見ているため、品質の悪い物ばかりしか見つからない。
確かにセール品はどれでも銅貨五枚以下という安さだが、せっかく身に着けるのだから少しくらい贅沢をしていいと思う。
だから僕は品定めをするサフラに口出しをしてみることにした。
「サフラ、アレなんてどうだ?」
「どれどれ?」
「そこの壁に掛けてあるヤツだ」
指差した先には薄い水色のワンピースが見える。
一つずつハンガーに掛けて展示されているので、山積みになったセール品に比べて仕立てがいい。
立体裁断ではないが、セール品に使われるブロード地の薄手なものではなく、チノクロス風の肌触りと厚みのある生地が使われている。
店主に聞いたところ素材までは把握していないようだが、長く着るならばオススメだと言われた。
値段も銀貨二枚と破格に高くはない。
今は懐具合もいいので買えるときに揃えておいて損はないだろう。
次にいつ買い物が出来るのかも分からないので、安物よりも長持ちする服は助かる。
「コレ、きっと似合うと思うぞ。ちょっと後ろを向いてみな」
サフラを後ろ向きに立たせて背中にワンピースを合わせてみた。
丈は膝より少し下で大きめのようだ。
この世界では厳密にサイズを定めて製作されていないため、平均的な身長から割り出して作る場合がほとんどだ。
極端にサイズが違う場合はオーダーメイドになるが、このワンピースだけ見れば大きすぎるということもないので、適正サイズの内だろう。
ちなみに露店ではブティックのような試着室がないため、服選びは思ったより大変だ。
判断基準は見た目と服の上から合わせてみるしかない。
「サイズはちょうど良さそうだな。色は水色で涼しげだし、これからの時期にもピッタリだろ?」
「でも、これ…お金」
「気にするな。でも、気に入らないなら別のものを探すぞ?無理に買う必要はないからな」
「うんん。初めにコレを見てイイなって思ったの。でも、銀貨二枚はちょっと…って」
申し訳なさそうにするサフラはモジモジとして浮かない顔をしている。
たぶん昨日言った贅沢は出来ないという言葉を気にしているのだろうか。
確かに贅沢は敵だ。
使える金額も湯水のようにあるわけではない。
それに、次にまとまった収入があるのかも決まっているわけではなかった。
それでも、この程度の出費は必要経費と考えてもいいだろう。
二人で始めての買い物は慎重になるより、思い切って記憶に残しておきたい。
「昨日言ったことを気にしてるなら心配しなくていい。俺たちにはさっきもらった報奨金があるだろ。少しくらい贅沢したってバチは当たらないさ」
「本当?」
上目遣いでサフラが見上げてくる。
いつの間にこんな必殺技をいつ覚えたのだろうか。
言うまでもなく僕にクリティカルヒットを与えた。
「止めて、レイジのヒットポイントは真っ黒よッ!」状態というヤツだ。
こんな殺人的な熱視線で見詰められれば、何でも買ってやりたくなるのは僕だけじゃないと思いたい。
言葉にはしなかったが“お兄ちゃんに任せろ”と胸を張り、大きく頷いて答えておいた。
もし、今の状態でサフラがもう一度上目遣いをすれば、完全にヒットポイントはゼロになっていただろう。
戦わずして僕を瀕死に追い込むとは末恐ろしい娘だ。
この勢いで世の中の男どもを手玉に取っていくのだろうか。
本人にそんな気はないだろうが、きっとやろうと思えば出来てしまいそうなところが恐ろしい。
末はサフラ帝国を建国して逆ハーレムを…。
「お兄ちゃん?」
サフラの声で我に返った。
脳内で亜音速まで加速した妄想は、危うく大気圏を突き抜け宇宙空間に飛び出しそうな勢いだった。
サフラは首を傾げて見つめているが、僕が何を考えていたかは分かっていないようだ。
仮に心を読まれて居たとすれば「私、もうお婿に行けない!」状態か。
もちろん婿に行く予定もなく、妻を娶る予定なので関係のない話ではある。
「あ、あぁ。気に入ったなら買ってもいいんだぞ?」
「うん。せっかくお兄ちゃんが勧めてくれたし、コレにするね」
「分かった。店主、コレを貰う」
「毎度あり。今後ともご贔屓に」
代金を支払い、別の露店を覗いた。
今度は下着を買わなければならないが、如何にも男子禁制の雰囲気が漂う女性物の下着店は敬遠したいところだ。
出来れば遠巻きに観察したいところだが、サフラが強引に腕を組んできたので逃げられなくなっていた。
周りから白い眼で見られるのではないかと心配になったが、下着店の女性店主に「彼氏?」などと茶化されてしまった。
周りからもそう見えているのかもしれない。
仲のいいカップルが一緒に買い物をする、そんな風に映っているのだろう。
茶化されたはずのサフラはすでに戦闘態勢で品定めを始めていたので、店主の声は耳に届いていなかった。
少し冷静になれたので、恥を忍んで品定めに付き合うことにした。
ただし、予想していたようなレースやフリルを豪華にあしらった、俗に言うパンティーの類は置いておらず、生地が薄くいブロード地のシンプルなショーツばかり。
デザインもお尻に食い込むような過激な物ではなく、どちらかと言えばホットパンツに似たデザインで統一されている。
違いがあると言えばサイズと色くらいだ。
商品選びは少し大きめの物を選ぶのが普通らしく、ゴムの代わりに通された紐を使って固定する。
かつて男子学生が水泳の授業で履いた経験のある、男児用のスクール水着と言えば分かりやすいかもしれない。
また、ブラジャーは存在せず、代わりにTシャツに似た薄手の上着を羽織っている。
中には胸をサラシのような布で固定する場合があるが、たわわに実った果実のような大きい胸でない限り用いないようだ。
中には女だてらにハンターや賞金稼ぎをする者もいるが、鎧の下に着る緩衝材として着用することもある。
下着選びはワンピースの時に比べて直ぐに終わった。
理由は店主がオススメと言って厳選した二種類から、僕の独断と偏見で一方を選んだから。
本人もこの選択には満足したらしく、異論はなかったのでホッと胸を撫で下ろすことができた。
「次はお兄ちゃんの服を選ぼうね」
「じゃあ、あの店を覗いてみよう」
「は~い」
サフラは自分の買い物を終えて上機嫌だった。
二人で覗いたのは紳士服を扱う露店だ。
店に並ぶのはこの世界では標準的なデザインの服ばかりを販売しており、女性物にくらべてデザイン性よりも動きやすさなどの機能面に重きが置かれている。
ズボンはデニム地の丈夫なタイプが主流で、値段が安くなるほど生地が薄くなる。
種類もデザインはほぼ同じで、色合いだけが違うといった具合だ。
前世でも普段着でデニムを履くことがあったので、ズボンについては違和感はなかった。
問題は上着だ。
中世のヨーロッパを舞台にした映画に登場する、奇抜な民族衣装と言うべきだろうか。
胸元がY字に大きく開き、肩から腕の部分がないノースリーブ状になった上着が売られている。
作りはとても簡単で、一枚布の中央に頭を出す穴を作り、腕が出る穴を残して左右を縫い合わせただけ。
縫製技術はかなり低いが、ズボン同様にデニム地の物が一番高価らしい。
これだけでは寂しいので内側に着る長袖のシャツを選び、一回分の着替えを含めた六点の会計を済ませた。
ちなみにこれだけ買っても銀貨一枚という価格は非常に安い買い物だと思う。
続けて下着を選びに別の店へ移り、ボクサーパンツ風の下着を購入した。
売っていた商品がゴワゴワとした麻布製だが、今使っているモノをずっと使用するわけにはいかず、他に選択肢はなかった。
「これで俺の買い物も終わりだ。旅に必要な荷物は宿を取ってからにしよう」
「それがいいね。私、いい宿知ってるの。こっちこっち」
サフラに手を引かれてたどり着いのは三階建ての宿屋だった。
昨日泊まっていた宿よりは贅沢な佇まいだが、ロヌールの宿よりランクは下だろう。
受付で部屋をとって二階の角部屋に入った。
ご感想、誤字脱字等がありましたらよろしくお願いします。