シーン 47
改稿済み:2012/08/11
「おいで~」
パン屑を投げて子犬の警戒心を解いてやる事にした。
サフラは少し呆れた様子で僕を見ている。
「サフラ、かわいいぞ、お前もやってみないか?」
「い、いいよ…」
「お前も仲良くしたいんだろ?遠慮するなって」
半ば強引にパンを渡して背中を押した。
初めは遠慮をしていたサフラも子犬の人なつっこさに負けたようだ。
「か、かわいい…」
「だろ?」
思えばこうやって安らげる時間は久しぶりだ。
アニマルセラピーではないが、動物と接していると心が温かくなる気がする。
そんな時だった。
林の奥で別の足音と気配を感じた。
今度は子犬ではなく、二足歩行の“何か”だ。
気配は明らかに殺気が満ち、それらは僕らに向けられている。
「…また何か来る。今度は穏やかなヤツじゃなさそうだ」
「あッ、逃げちゃった…」
サフラと戯れていた子犬たちは気配のする林の中に戻っていった。
そしてすぐに子犬の鳴き声が聞こえてきた。
どうやら林の中にいた何者かと接触したらしい。
鳴き声はすぐに止み、殺意は強さを増し、すぐそこまで迫っていた。
「…コイツは!」
「ウェアウルフ!?」
闇の中から現れたのは二足歩行をする狼の亜人だった。
力はオークほどではないが、俊敏性は飛んでくる石弓を避けるほど素早いとされる。
動体視力に優れているため、剣で捉えるのが難しい難敵だ。
「…まさか、さっきの子犬たち親?」
「たぶん…大きくなると二足歩行になるって聞いたことがあるの」
「コイツは火を恐れないのか?」
「無理みたい…」
「来るぞ、注意しろ」
僕は銃とマインゴーシュを抜き、サフラもスティレットを構えて距離を取った。
このウェアウルフがさっきの子犬たちの親だとすれば、殺すのに少し躊躇してしまう。
コイツが死ねばあの二匹はどうなるだろうか。
親がいなくなればどこかで野垂れ死ぬに違いない。
亜人の徘徊する原野で生き残れるほど世間は優しくないのだから。
考え事をしながら距離を取っていると、ウェアウルフは僕に狙いを定めて距離を詰めてきた。
全身がバネのようなしなやかな筋肉で出来ているため、地面を一蹴りすれば数メートル先まで移動する事ができ。
たった三歩で僕の前に到達すると、鋭い爪で切り裂くような攻撃を仕掛けてきた。
「…早い!」
避ける事が出来ず、慌ててマインゴーシュを差し出して受け流した。
思えばこれが初めて短剣で身を守った瞬間だ。
元々、防御用に開発されたものだけあり、攻撃を受け流すのに向いているのが功を奏した。
使い方を熟知すれば経験次第で心強い武器だ。
場合によっては攻撃にも転じられるため、下手に盾を使うよりも効率がいいだろう。
「レイジ!」
「大丈夫だ。気をつけろ、早いぞ」
ウェアウルフも一撃を避けられて警戒しているらしく、剣戟の届かない間合いを取った。
しかし、視認できる範囲が銃の間合なので、不利になったのはウェアウルフの方だ。
それに、剣が届かないなら動きを封じてしまえばいい。
手っ取り早く機動力を奪うには足を撃ち抜くに限る。
銃口を向けると、ウェアウルフは警戒して身を強張らせた。
次の瞬間、銃で右の太ももを撃ち抜くと、ウェアウルフは膝をついて風穴の開いた足を押さえた。
しかし、殺すつもりはないため、弾は太い血管や腱を避けて貫通している。
すぐに処置をすれば助からない傷ではない。
「これで素早い動きはできないだろう。もし、人の言葉がわかるならココから立ち去れ」
「…ニンゲンガ、ナサケヲカケルツモリカ」
ウェアウルフは突然カタコトの人語を操った。
言葉に抑揚がなく聞き取りづらいが、言っていることはわかる。
ちょうど、日本を覚えたばかりの外国人と会話をする感覚だろうか。
「人の言葉がわかるのか?なら、話は早い。俺たちはお前を殺すつもりはない。命が惜しければ立ち去れ」
「カワッタニンゲンダ…イヤ、ヒトデハナイノカ?」
「残念ながら俺は人間だ。一つ聞きたい、何故人語が話せる?」
「…オモシロイコトヲイウ。オマエタチダケガ“コトバ”ヲアヤツレルト、ホンキデオモッテイルノカ?」
「では…そうでないと?」
「スクナクトモ、ワレワレモ“コトバ”ヲツカウ」
「そう言うことか。まあいい、話してくれたという事は、敵意はないと見ていいのか?」
雰囲気がどことなくドワーフのコルグスに通じるものがある。
彼もまた望んで戦っている様子ではなかった。
どちらかと言えば必要に迫られて牙を剥いた印象だ。
「オマエカラ“テキイ”ヲカンジナイ。ダカラ、ワタシモ“ケイカイ”ヲトイタ」
「そうか。では、コレで止血しろ。あと、痛み止めだ。使え」
ポシェットから止血用の布と鎮痛剤の入った革袋を投げてやった。
「レイジ!?」
「いいんだ。言葉がわかるなら、いつかわかり合える日がくると思うから」
「ヤハリ、カワッタニンゲンダナ。オマエカラハ、ニンゲンデハナイ“ニオイ”ヲカンジル」
「匂い?おかしいな、水浴びは毎日してるんだが…」
少し冗談のつもりで言うと、ウェアウルフは声を上げて笑った。
その顔には先ほどまでの険しさはない。
顔こそ狼のそれだが、不思議と恐ろしさは感じなかった。
「オモシロイコトヲイウ。オマエ、“レイジ”トイウノダナ」
「そうだ。お前の名前も聞いておこうか」
「ワタシハ“ビル”ダ」
「ビルか。覚えておくよ」
ビルと名乗ったウェアウルフは、布と革袋を手にすると闇の中に消えていった。
隣でドサッという物音が聞こえ、慌てて振り返るとサフラがヘタリ込んでいた。
緊張の糸が切れたらしく、腰を抜かしたらしい。
「大丈夫か?」
「な、何とか…。ちょっと…ビックリしただけだから…」
「確かに驚いたよな。アイツ、人語がわかるんだぜ?」
それを聞いてサフラは目を丸くした。
何かおかしな事を言っただろうか。
実際に名前まで聞いたのだから会話は成立していたし、サフラもそれを見ていたのだが。
「レイジは…やっぱり会話してたんだね」
「え?」
「…私には、あのウェアウルフが何を言っていたのかわからなかったの」
「わからなかったって…どう言う…」
「言葉の通りだよ…」
サフラは一つ深呼吸をしてゆっくりと立ち上がった。
その顔には少し疲れた様子が伺える。
気になるのは、彼女の言った言葉だ。
確かに、カタコトの言語は聞き取り辛いが、決して意味不明な言葉ではなかった。
それを聞いて少し動揺してしまった。
「…そうか。まあいい、危険は去ったんだ。これで安心して眠れるだろ」
「う…うん」
再び先ほどの場所に腰を下ろして焚き火を眺めた。
まだ燃え尽きたわけではないが、そろそろ次の薪をくべなければならない。
薪を火にくべると、パチパチと火の粉を上げて燃えた。
翌朝。
何度か眠る機会はあったが、あまり疲れが取れていない。
どちらかと言えば徹夜明けの気分だ。
少し気持ちがハイになっているものの、冷静な判断が出来ないわけではない。
どちらから言えば頭が冴えすぎて恐いくらいだ。
「おはよう、サフラ」
「おはよう…あれ?私、朝まで…」
「あぁ、グッスリ寝てたよ。快眠だったみたいだな」
「レ、レイジは?一晩中寝て…なかったよね」
「少し寝たがら大丈夫だ。意識はハッキリしてるよ」
「ごめんなさい…」
「何で謝るんだよ?」
「火の番代わるって言っておいて…」
「いいんだよ。町に戻ってゆっくり休めばいいさ」
昨晩は火の番をしつつ、自分と向き合う時間に使った。
まず、自分自身が異質な存在である事を再認識しつつ、幼女の神様に授けられた特異な能力について向き合った。
飛び抜けて高い身体能力、過去の記憶を引き継いでいる事、異種族との言語共有などがそれに当たる。
特に、最後の言語共有という能力は、この世界の常識を根底から覆す事にはならないだろうか。
ドワーフやエルフと敵対関係にあるのも、お互いに理解し合えないから戦争が続いているのだろう。
もし、両者の間に仲介者が居れば、円滑な関係が築けるのではないかとも。
ただ、それは口で言うよりずっと難しい。
誰か一人を説得するにも理解には時間がかかるのだから、それが異種族となれば気の遠くなる作業だ。
それこそ、世代を超えて何年も必要とするかもしれない。
僕はこの世界で自分の存在証明になるものを探している。
これまでは、穏やかに暮らせればいいと思ったが、やはり何かを成して死にたいと思ったから。
それが、世界を巻き込む壮大な計画なら、挑戦する価値はあるだろう。
目標に向かって着実に前へ進んでいけば、そのうちこの世界を理解できるはずだ。
キャンプ地を離れ、目的地の岩山を目指した。
現地までは時間にして一時間ほどの距離だ。
しばらく進むと目的地が見えてきた。
一見すれば、巨大な一枚岩で出来た小高い丘だ。
周囲を見渡してみたが、この辺りを縄張りにしているトロールの姿は見えなかった。
情報によれば、グリフォンが巣を作っているのは岩山の頂上だ。
遠くから岩山を見ると、木の枝で組まれた巨大な鳥の巣が見える。
どうやらグリフォンの巣のようだ。
しかし、そこに動く者の姿は見つからなかった。
「居ないね?」
「あぁ、狩りにでかけているのかもしれない。しばらく様子を見てみよう」
いつグリフォンが現われてもいいように待ち構えていると、西の空から巨大な飛行物体が近付いてくるのが見えた。
大きさは小型乗用車ほどだろうか。
「来たぞ。思ったよりデカイな」
「そうだね…こうして近くで見ると怖い…」
「まずはヤツを巣から引き離そう。この時期は繁殖期らしいから、巣に近づいただけで攻撃を仕掛けてくるはずだ」
「そうだね。無理をしないよう慎重に」
僕らは身を屈め、ゆっくりと岩山に近付く事にした。
グリフォンは空から襲ってくるので、極力物陰に身を隠しつつ距離を詰めていく。
こうすれば、真上から攻撃が仕掛けにくくなるので、こちらも立ち回りやすくなる。
ギリギリまで近付いた状態で武器を構えた。
今回の相手はグリフォンと言う事もあり、近接武器での対処は難しい。
つまり、遠距離攻撃が可能な銃が頼りになる。
これまでに何度も銃を使っているので、今回だけが特別と言う事もないが。
「よし、この辺りで作戦決行だ。手はず通りならすぐに終わるだろう」
僕らは事前に作戦を考えていた。
まず、グリフォンの機動力を奪うために翼の付け根を狙って弾を撃ち込む。
翼は揚力を得るために筋肉が発達しているため、翼を攻撃するのは有効だ。
次に、動きが鈍くなったところへ急所である頭を攻撃して仕留める作戦だ。
注意を引くために空に向けて弾を放つと、グリフォンは巣を離れて上空を旋回した。
そして、僕らを見つけると、一気に急降下をしながら攻撃を仕掛けてきた。
実際、胴がライオンで顔が鷲という化け物は、それだけで迫力がある。
身体も大きいため、威圧感は想像以上だった。
それでも、恐怖心を振り払って翼に向けて弾を放った。
「やったか!?」
「まだだよ、嘴と鍵爪に注意して!」
急所を外したのか、グリフォンは構わず僕らに向かって突進をしてきた。
それをギリギリのところでかわすと、翼が巻き起こす強烈な暴風に襲われた。
ちょうど、大型トラックが真横を全速力で駆け抜けていったような感覚だ。
バランスを崩そうになりながら、背を向けたグリフォンに向けて追撃を放つ。
すると、グリフォンは空中でバランスを崩してきりもみ状態になり、そのまま地面に落ちてきた。
こうなってしまえば空から襲われる心配はなくなる。
地面に落ちた衝撃も相まって、盛大な砂埃があがった。
痛みでのた打ち回っているグリフォンの額に照準を合わせ、止めの一撃を放った。
乾いた発砲音の後、頭を撃ち抜かれたグリフォンは断末魔の叫びを上げてそのまま絶命した。
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