シーン 46
改稿済み:2012/08/06
僕は一体何を迷っているのだろうか。
心の奥で小さな火種がくすぶっている。
今はまだ小さい光、でも消える事のない炎の欠片。
気にすれば気にした分だけ炎が大きくなるよう感覚に襲われる。
それが無性に気になって仕方がない。
言い知れない不安が心を少しずつ侵食し、まるで僕が僕でなくなっていくようだ。
「…レイジ、大丈夫?」
「あ、あぁ…悪い、何だっけ?」
「何だっけ、じゃないよ?買い物、まだ途中だよ?」
言われて我に返った。
僕らはあれからギルドを出てそのまま町へ買い物に出かけたのだ。
買い物と言っても、日用品を買うわけではない。
野宿をする際に必要な厚手のマントと亜人除けの香炉を探している最中だ。
マントは毛布の代わりになる丈の長いものを探し、露店から路面店に至までくまなく歩いて、ようやくコレという商品を見つけ出しところ。
その最中、僕は呆けて上の空になっていた。
「悪い悪い、次は香炉だよな」
「何か考え事?うーん、どちらかと言うと、心配事かな?」
「え?」
何故か動揺する僕がいた。
心を見透かされているとまでは言わないが、雰囲気からそう察したのだろう。
考え事をしている最中に変な事を口走っていなければいいが。
出来ればサフラには無用な心配はかけたくない。
「上の空だったもん。アレ、いつも考え事をしてる時の顔だったから」
「あ、あぁ、悪い。大した事じゃないから心配しなくていいさ」
「ホントに?」
「あぁ。それに、何かあればちゃんと相談するからさ」
特に嘘は言っていない。
何か決めるべき事があれば、僕一人で先走る事はせず、二人でよく話し合ってからと決めている。
それに、今感じた違和感を言葉で伝えるのは難しい。
どちらかと言えば、言葉で感情を伝えるより、オノマトペを使って雰囲気を伝える方が得意だ。
もちろん、それで相手に伝わっているかと問われれば、感性と言う問題があるので、どうしても自己満足の域を出ないのだが。
気を取り直して、買い物を再開した。
探しているのは、亜人が嫌う臭いを発生させる特殊な香木とそれを焚く磁器の香炉。
この香りを嗅いだ亜人は気分が悪くなり、その場に居られなくなるらしい。
ちょうど、カメムシを刺激して後悔する感覚に似ている。
ただし、この臭いは人間には効果がないため、ただ焦げ臭いとしか感じない。
どちらかと言えば、カメムシよりも夏場によく使う蚊取り線香のような物だろうか。
「なあ、香炉が必要って聞いたけど、そのままじゃダメなのか?」
「一応、臭いが出れば大丈夫かな。でも、それだと直ぐに燃えちゃったり、効果にムラが出来るんだって」
「つまり、あった方が無難と」
「専門のお店があるから探して見ようよ」
専門と言っても、それだけを売っているわけではない。
野宿をする際に必要な物を一手に扱うと言う意味での専門店だ。
ちょうど、キャンプや登山などアウトドア用品を扱う店と言えばわかりやすいかもしれない。
店の中には、専門の道具が数多く陳列してある。
店自体もあまり大きくないため、一度に客が五人も入れば身動きが取り辛くなる程度の広さだった。
幸い中に客はおらず、商品を探すだけなら問題ない。
商品棚に目をやると、目的の商品が集められたらコーナーがあった。
「これか?」
「そうそう。えっと、トロール用だよね」
「いくつか種類があるのか。何が何だかよくわからないな」
「覚えてる?バレルゴブリンと戦った時にダイドさんが使ってた道具」
「あぁ、確かミント系の香りがする匂い袋だっけ?」
「あれがゴブリン用。で、こっちがトロール用」
手にしているのは、何かの枝を串状に加工した細長い棒だ。
長さは割り箸ほどある。
鼻に近づけても臭いを嗅いでみたが、よくわからなかった。
香木と言うからには、燃えなければ臭いは出ないらしい。
「これ、いくつ買うんだ?」
「どれくらいだろう?お店の人に聞いて見るね」
サフラは店員を呼んで説明を求めた。
店員によれば、一晩くらいなら一握り分、つまり十五本程度あれば足りるだろうとの事だ。
一本あたり概ね三十分程度持続するらしい。
「香炉はこちらになります」
香炉と言っても、見た目は磁器で出来た大きめのビールジョッキーだ。
下の方に空気を取り入れる小さな穴が空いている。
使い方は、火のついた香木を上から中に入れるだけ。
そうすれば勝手に燃えていくので、燃え尽きるまでは特に手を加える必要も無い。
ただし、これでは三十分置きに新しい香木を足さなければならず、一目で手間だとわかる。
「これだと燃え尽きる度に新しい物を入れる手間があるな」
「さようでございますね。こちらはトロールの徘徊する原野で少しの間だけ休息を取るように工夫されたものになります。一晩中使うには勝手が悪いですな」
「一晩中使えるものがあるんですか?」
「それでしたらコチラになります」
そう言って、棚に置いてあった小瓶を手にした。
中には油のような少し粘度のある液体が入っている。
店員によれば、香木を蒸留して作ったオイルとの事だ。
瓶からは微かに柑橘系の香りがする
「これはどう使うんだ?」
「こちらにろ紙がありますので、瓶の蓋をあけてこちらを中に浸してください。ろ紙の一部は瓶の外に出るよう調整して、蓋で抑えるようにします。こうすれば、ろ紙から少しずつオイルが蒸発して効果を発揮します」
「なるほど。これは一晩中保つのか?」
「えぇ、気象状況にもよりますが、この量でしたら二、三日は使えるでしょう」
「そうか、ではこれを貰おう」
他にもゴブリンとオーク用のオイルも見せてもらい、それぞれ購入して店を出た。
「他のも買ってたけど、どうして?」
大通りを歩きながらサフラが僕の顔を見てきた。
「一応、念の為だ。それに、万が一って事もあるからな」
「そっか。でも、話に聞いてた香炉とはずいぶん違ったね」
「まあ、これだと、当初探してた香炉ですらないよな。でも、小瓶は割高だったし、コストパフォーマンスなら香炉って事なんだろ?」
僕としては、安物を買うより高価でも価値のあるものに投資するタイプだ。
その方が長く使えるし、何より今回は利便性が大きく違う。
少しでも眠って身体を休めるため、余計な手間は省きたい。
とりあえず、これで必要な物は揃った事になる。
あとは出発前に食料を買い込めばいい。
出発は明日の朝に決め、今日は早めに休む事にした。
翌朝。
日の出と共に行動を開始した。
戻って来た時にすぐに休めるよう、二日分の宿代を支払い、部屋をキープしておく。
万が一、僕らに不幸があって戻らない事もあるので、その時は部屋を片付けておくようにとも付け加えておいた。
目覚めたばかりの町は、徐々に活気を見せ始めている。
特にパン屋の朝は早い。
夜明け前には生地を窯に入れ、常に出来立てを提供するようにしているようだ。
僕らは焼き上がったパンを購入し、歩きながら朝食を食べた。
出来ればどこかに腰を据えてといきたいところだが、少しでも早く依頼を終わらせるためには仕方がない。
「いよいよだね」
「あぁ、旅立ちにはイイ朝日だ」
「えっと、南の岩場までは軍の補給路を通るだったよね」
「そうだったな。一応、受付で聞いた話だとこの先になるんだよな」
視線の先には南へ続く馬車道が続いている。
これが軍の補給路になるらしい。
街道とは違い、石畳は敷かれていなかった。
途中に村や町もないので、休憩は全て亜人や獣が徘徊する原野と言う事になる。
無理は禁物なので、こまめに休む事にした。
徒歩で約一日かかる岩場は、実際に歩いてみると思っていたよりも遠く感じる。
たまに出没する亜人との戦闘は、赤子の手を捻るよりも簡単だが、何度もとなれば話は別で、徐々に疲労が溜まっていく感じがした。
こまめに休みを取りながら歩き続け、気が付くと辺りが薄暗くなっていた。
完全に真っ暗になる前に本日のキャンプ地を決めなければいけない。
遅くなればそれだけ危険度も増すので、闇の中を移動するのは得策とは言えないからだ。
辺りを見渡すと、背の低い木々が立ち並ぶ林が見えた。
「今日はココで休もう。念のため、すぐに武器を取り出せるようにしておくんだ」
林で集めてきた薪に火をつけ焚き火を起こす。
動物は炎を嫌うので、一晩中火を絶やさなければ安全だろう。
それと同時に、炎は亜人を引き寄せてしまう。
その亜人を寄せ付けないために、昨日買った小瓶が役に立つと言うわけだ。
「疲れただろ?火の番をしておくから、サフラは先に休んでくれ」
「レイジは?」
「俺は少しずつ時間を見つけて眠るよ」
「じゃあ、私が少し休んだら、火の番を代わってあげる」
「いいよ、今日はたくさん歩いて疲れたろ?」
「平気。思ったより疲れてないから」
結局、サフラが引いてくれなかったので僕が折れる事になった。
先に休んだサフラは、僕の肩に首を預け、寄り添うように眠っている。
焚き火の炎で照らされた顔は天使のようだ。
僕は炎を絶やさないように、拾ってきた薪をくべながら、何気なく銃を手にした。
何発撃っても弾切れを起こさない不思議な銃。
同時に、これを持っている時は何故か心が落ち着く事に気が付いた。
人は何かに依存をする生き物だと、中学の時に担任だった教師が言っていたのを思い出した。
そんな担任は、僕が高校へ進学した頃に重度のアルコール依存症が原因で入院、そのまま教職を辞したと言う噂を母親から聞いた。
いい機会なので、僕にとって銃とは何なのか、今一度考えてみる事にした。
銃は僕にとって命綱と言っても過言ではない。
今、こうして生きていられるのも銃のおかげだ。
これで亜人を倒し、得た報酬で毎日生活しているのだから。
では、この銃がなければ僕はどうなってしまうだろうか。
なかったらなかったで、それなりに何か別の手段を考えるかもしれない。
身体は常人の数倍は体力があり、本気になれば棒切れでもゴブリンくらいなら倒せるだろう。
剣術の基礎を学んで剣士になれば、それなりに戦える自信がある。
しかし、今は銃があるため、そんな必要はないだろう。
引き金を引いて、相手を撃ち倒す。
これがシンプルで安全な方法なのだから。
不意に背後で動物の気配を感じた。
炎を警戒しているため、近付いてくる様子はないが、油断はできないだろう。
暗闇の中では、相手がどんな姿をしているのかわからないため、突然飛び掛ってこないとも限らない。
眠っているサフラには悪いが、警戒のために危険を知らせておく必要があった。
「サフラ、起きろ。獣が近くにいる」
「…えッ?」
肩を揺するとすぐに目を覚ました。
グッスリ眠っているように見えたが、思ったより眠りが浅かったようだ。
僕が火の番をしているとはいえ、慣れない場所で眠るのは容易な事ではない。
「気配が二つ。背後からだ」
「うん…足音、近付いてきてるね」
背後には林がある。
木々の背は低いが、獣が姿を隠すにはちょうどいい場所だ。
僕らは武器を手に、気配がする方向に注意を向けた。
まだ姿は見えないが、聞こえてくる足音から推測するに、四足の動物である事は間違いなさそうだ。
「ん?」
「あれ…?」
暗闇の奥から現われたのは小型犬ほどの狼だった。
家犬よりも目つきは鋭いが、子どものためか、怖いと言う印象はまったくなく、どちらかと言えば可愛らしい。
狼は僕らと目があって怯えた様子だった。
「親とはぐれたのか?」
「ダメだよ、獣に優しくしたら。情が移っちゃう」
「だ、だって可愛いものは可愛いだろ…?」
「そうだけど…」
この時の僕には、サフラの言っている言葉の意味がよくわかっていなかった。
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