シーン 45
改稿済み:2012/08/06
クオルの一件以来、寝ても醒めても頭にあるのは、自分の中にいる“もう一人の自分”の事だ。
今までを振り返ってみれば、自ら望んで戦ってきたわけではなく、その場の状況に半ば流されていた。
そのため、僕が率先して戦っているわけではなく、あくまで正当防衛という前提がある。
しかし、そうだとしても、僕は逃げずに戦う事を選んでいるのも事実だ。
中には逃れられない場面もいくつかあったが、一つ一つ取り上げていけば、そうだとは言い切れない。
結果として、僕は戦いの中で笑みを浮かべるほど、戦いを好む性質を持っていると認めざるを得ない。
一度銃を取れば、誰かが傷つく事は明らかで、それが例え亜人であっても変わりはない。
亜人の存在を擁護するつもりはないが、それでも無闇に命を奪っていい理由はないと思っている。
ベッドから起きて辺りを見渡した。
今居るのは、すっかり見慣れてしまった宿の一室だ。
クオルとの一件から数えて、実に三日目の朝になる。
当初の予定なら、今頃は持ち家を手配して、新しい生活に胸を躍らせている頃だ。
それなのに、今も宿暮らしを抜け出せないまま。
今日は、これからハンターギルドに向かい、目新しい依頼がないか確認に行く予定だ。
ちなみに、この二日間は受けてみようと思う依頼が見つからず足踏み状態だった。
幸いな事に、依頼は定期的に更新されているので、足を運ぶたびに内容が変わっている。
この二日間で考えたのは、簡単な依頼を少しずつ消化する作戦だった。
ただし、難易度の低い依頼は危険度も少ないため、挑戦する者も多い。
反対に、難易度の高い依頼は危険度が高く不人気だったりする。
難易度が高ければ貰える貢献度も多くなる反面、リスクを考えるとなかなか踏ん切りがつかなった。
そんな時間を過ごし、二人で相談をしてようやく前へ踏み出そうと決めたところだ。
ハンターギルドで依頼を確認する方法は二つある。
一つは、壁に張り出された指名手配犯の似顔絵がついたポスターを閲覧する事。
ポスターには、この他に討伐対象の特徴や危険度など細かく記載されている。
もう一つは、受付で直接情報収集する方法だ。
こちらは、手配犯に関連した資料を元に丁寧な説明を受ける事ができる。
傾向として、ポスターに張り出される依頼は難易度が高く、事件解決を早期に希望するものが多い。
僕は、今まで受付で説明を聞いていたので、今回はポスターを中心に閲覧するつもりだ。
ギルドは朝早くから人の出入りがある。
出入りしているのはギルドに所属するハンターやバウンティーハンターたちがほとんどだが、中には私服の一般人や貴族の姿もある。
彼らはギルドに依頼する側の人間だ。
込み合う室内を移動し、ポスターが並ぶ壁の前に立った。
壁には整然とポスターが並んでいるものの、一部空白のところもある。
これはすでに解決された依頼で、新しい依頼が入れば埋められてしまう。
そのため、並んでいるポスターは、登録された日付がバラバラに配置されている。
「…さて、どれにするかだな」
「出来れば、危なくない依頼がいいよね。えっと、コレなんてどうかな?」
指差した先には、ポスターの中で一番難易度の低い依頼だった。
しかし、そこに描かれている犯人の姿は、亜人でもなければエルフやドワーフでもない。
説明よれば、骸骨の化け物スケルトンの討伐依頼だ。
スケルトンはゾンビと並び不死者と呼ばれる怪物で、ファンタジーの世界ではポピュラーなモンスターだ。
ただし、この世界ではその印象も少し違い、自然発生的に生まれる不死者は居ないとされる。
不死者は、エルフ族が操る魔術と呼ばれる異端の術式を用いて、死体に特別な呪いが掛けられる事で生まれる。
こうして不死者になったものは、術者の奴隷となり、敵対するヒューマンやドワーフの元に兵士として送り込まれる。
不死者の能力は、生前の能力がそのまま引き継がれる事が多く、使われる素体も戦死したヒューマン、ドワーフ、亜人と多岐に渡る。
「なぁサフラ、スケルトンって書いてあるんだが、お前ってお化けは平気なのか?」
「…え?」
何気なく質問すると、サフラの思考が急に停止した。
同時に顔が青ざめ、手をわなわなと震わせている。
女の子に限った話ではないが、お化けを怖がるのは世界共通だろう。
僕もその例外ではなく、出来る事なら出遭いたくない相手だ。
遊園地にある作り物のお化けですらビックリするのに、実物となればその恐怖は計り知れない。
それに、難易度が他に比べて低い割には挑戦者が居ないところを見ると、総じて不死者の討伐は敬遠される傾向にあるらしい。
「じゃあ、コレはどうだ?」
気を取り直して別のポスターに目を移す。
こちらは爬虫類の似顔絵が描かれている。
よく見れば、恐竜のような顔付きで、説明によれば翼を持った竜と添えられていた。
名前にワイバーンとあるので、ドラゴンと言う事になる。
「なあ…この世界にドラゴンなんて居るのか?」
「居るよ?数は物凄く少ないけど、たまに人里を襲うからこうやって依頼が入るの」
「居るのか…。まあ、亜人がいればいてもおかしくはない…か」
「どういう意味?」
「いや、こっちの話だ。それより、このワイバーンってヤツは気になるな。依頼の難度も上から二番目か」
「レイジ…それを受けるの?」
隣を見るとサフラが青い顔をしていた。
先ほどのスケルトンで見せた顔色よりもいくらか表情が引きつっている。
「まあ、興味があるって程度だ。実際に受けようとは思ってないよ」
「良かった…。ドラゴンは物凄く危険な相手なの。いくらレイジが強くても殺されちゃうよ」
「そんなにヤバいのか…?」
「えっと…口から火を噴いたり、毒を撒き散らすドラゴンも居るんだって。あと、“赤い竜”って言うのが一番有名かも」
「赤い竜?」
「世界を終わりに導く不吉な竜なんだって。昔、神様がまだ地上に居た時代に、この大地のどこかに封印されたらしいよ?」
「じゃあ、そいつはまだどこかに居るってことなのか?」
「うんん。それを見た人も知ってる人も居ないはず。でも、おとぎ話に登場するから、ほとんどの人は知ってると思うけどね」
よく宗教において終末論という題材が扱われる。
狭義では、歴史には終わりがあり、それ自体が目的であると言う考え方だったと記憶している。
物事には終わりがあるから、救われたければ神の存在を信じろと言うような布教の手段としても使われる。
しかし、僕が暮らしていた世界には、そもそもドラゴンや亜人と言った生物は、フィクションの中でのみ存在が許されていた。
それでも、それらを題材にしたコンテンツは多岐に渡り、特にファンタジーの世界ではメインテーマに据えられる事も少なくない。
「居るのか居ないのかわからないんじゃ、宇宙人と変わらないな」
「うちゅうじん?」
「うーん…この世界じゃない別の世界の住人ってところか?」
「別の世界の…?よくわからないけど、レイジは何でも知ってるんだね」
「いや、俺が住んでいたところでは、常識みたいなものだったけどな。だけど、ホントに居るのか怪しいところだよ」
サフラに説明した宇宙人の説明をそのまま僕に照らし合わせれば、僕自身も宇宙人のようなものだ。
元々、この世界の人間ではないし、使っている銃も科学技術の進歩によって生み出された物なのだから。
僕が想像する宇宙人像は、人類よりも遥かに進んだ文明を持ち、友好的ないしは敵対的な存在として認知している。
どちらにしても、僕がこの世界の人間ではないと言う時点で、宇宙人のようなものだろう。
「えっと、じゃあこの依頼はどうかな?これならそんなに難しくないかも」
「グリフォンの討伐…?」
ポスターには、雄々しく猛る鷲の頭を持った怪物が描かれている。
胴体は毛足の短い猫科の動物で、背中からは鷲を思わせる巨大な翼が生えている。
僕の持てるファンタジーの知識を総動員すれば、グリフォンは牛を攫って巣に持ち帰り、子どもに与えると言う恐ろしい怪物だ。
牛を咥えて空を飛べるほど巨大な身体を持ち、個体によっては小型のセスナ機ほどの身体を持っている。
そんなモノが空を飛んでいるのだから、危険なのは間違いない。
「大丈夫だよ。ハンターギルドでも定期的に討伐してる相手だから」
「いや…待てよ、グリフォンってムチャクチャ大きい怪物だろ?そんなヤツ相手にして大丈夫なのか?」
「ん?えっと、レイジはグリフォンって見た事ある?」
「いや…ないけど。嘴で牛を攫う化け物…だよな?」
「違う違う。グリフォンは確かに大きいけど、そんなに大きくないよ。そんなに大きかったらドラゴンより強いかもね」
「違う…のか。じゃあどれくらいなんだ?」
「えっと、ここに書いてあるよ。二メートルくらいだって」
「そ、そうか…何か想像と違うな」
「そう?」
サフラに不思議そうな顔をされてしまった。
確かに、小型セスナ機ほどある化け物であれば、人間が束になっても勝てるかどうか…と言うところだろう。
仮に、そんな相手だったとすれば、剣や槍だけで倒せるとは思えない。
ただし、説明にある二メートルと言う体長も冷静に考えれば大きい。
よく知る鷲でさえ、体長は大きいもので一メートル程度はある。
それが翼を広げた場合なら最大で二メートルを超える大きさだ。
グリフォンの情報を頭の中で整理してシミュレーションをした結果、翼を広げた大きさは四メートル近くになるだろうか。
背中に生えた翼も、鳥類のように最適化されてはいないはずなので、身体を支えるには相応の大きさになるだろう。
「サフラはグリフォンを見た事はあるのか?」
「うーん、私は空を飛んでるところを下から見た事はあるよ。ちょっと大きくてビックリしちゃったけど、たぶんレイジなら大丈夫だと思う」
「何を基準に大丈夫なのかわからないけど…一度コイツについて話を聞いてみるか。決めるのはその後でもいいだろ」
「そうだね。私、順番取って来る」
受付には数人の人が並んでいた。
ちょうど、コンビニのレジ渋滞のようになっている。
三人目以降は、近くに置かれている帳面に名前を書き、順番になれば呼ばれるという仕組みだ。
しばらく待っていると僕の名前が呼ばれた。
「おや、アンタ、今日も来たのかい。熱心だねぇ」
受付の男性は、何度も来ていたおかげで顔を覚えていた。
「今日は、あそこの壁にあったグリフォンの討伐について話を聞こうと思いまして」
「なるほど。それで、何を聞くんだい?」
「まずは、具体的な特徴と場所、注意する事があれば何でも教えてください」
「そうかい。特徴と言っても、壁に書かれている事がほとんどだ。強いて補足する事も無いだろう。注意する事と言えば、グリフォンが巣を作っている場所だな。ここから南の小高い岩山に巣を構えている。あそこ近くにトロールのコロニーもあるから、一筋縄でいく依頼ではないだろうな」
男性は他にも、岩山までの道筋と行程を教えてくれた。
南には軍隊が遠征するために使う補給路がある。
その反面、商人や旅人が使う街道とは違うので、近くに村や町はない。
移動には馬車で半日ほど掛かるので、徒歩の場合なら歩き詰めで一日程度だろうとの事だ。
つまり、亜人が出没する原野で野宿をする必要がある。
未だに野宿の経験がない僕らにすれば、グリフォンの討伐よりもこちらの方が危険に思えた。
いつ襲われるのかわからない状況の中では、身体が休まる事は無いだろう。
常に警戒しておく必要があるので、眠る時はどちらかが見張りと火の番をしなければならない。
しかし、焚き火を絶やさなければ動物は寄ってこないため、出来れば焚き火の燃料を確保できる場所にキャンプを設営するようアドバイスをされた。
「大体わかりました。それじゃあこの依頼、受けさせてもらいます」
「まあ、気を付けな。そういえば、貢献度についての説明は終わっているんだろう?」
「えぇ、済んでますよ」
「そうかい。じゃあ、話はこれでおしまいだ。無事に戻って来るんだぞ」
男性に別れを告げて僕らはギルドを後にした。
亜人が居ればドラゴンなどのモンスターも居ます。ただ、今後はモンスターを狩る某人気ゲームみたいにはならない…はずです。(たぶん)
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