シーン 44
改稿済み:2012/08/02
「説明、終わったみたいだな」
ロビーに戻るとクオルが椅子に掛けたまま声をかけてきた。
僕らが話を聞いている間、ずっと待っていたようだ。
人付き合いが苦手なタイプではあるが、こう言ったところはマメらしい。
「あぁ、とりあえず話は理解した」
「それで、お前はコツコツ依頼を消化しようって腹か?」
「まあ…そうなるな」
「それは惜しい、実に惜しい…」
「何だよ、言いたい事があればハッキリ言えよ」
回りくどい話はあまり好きではない。
クオルも僕と同じタイプなので、わざわざ話を引き伸ばすような事はしないだろう。
その瞬間、口元がいやらしく歪み、瞳の奥が怪しく光ったのは見間違いではない。
「率直に言う、大会の場でお前と手合わせがしたい。もちろん生死は問わずだ」
怪しく光っていたクオルの視線が鋭くなると、辺りの空気が凍りついた。
肌を刺すような殺気が身体中から漏れている。
一般人なら感じ取れない程度の変化だが、少なくとも戦闘経験のある僕やサフラ、それに、この場にいる連中は気が付いただろう。
それは、肉食獣が獲物を捕らえる時に見せる静かで明確な殺意。
ちょうど、怖いお兄さんに因縁をふっかけられた感覚にも似ている。
クオル自身も、ハンターを名乗らなければ、町のゴロツキたちと変わらないほど気性が荒い。
「…そういうことか。だけど、あえて殺し合う事もないだろ?俺はお前みたいに戦いたくて仕方がない戦闘狂とは違う。何より、平穏に暮らしたいだけさ」
「相変わらず甘いな。お前、自分が戦ってる姿、一体どんな風だと思ってる?口ではそう言ってるが、間違いなくお前はこっち側の人間だよ」
そう言ってクオルは親指を立てて自分の胸の辺りを指した。
「違う、俺は戦いたいなんて思ってない。俺が戦って来たのは、戦わなければいけない状況だったからだ」
「ほお?仕方なくか。なかなか面白い事を言うんだな。まあ、自分の姿を客観的に見るのは難しい。だが、俺は知っているぞ。お前がゴブリンを殺す時、微かに笑みを浮かべている事をな」
「そ、そんな事は…」
「お前…本当にそう思っているのか?だとしたら、お前は二重人格か何かだ。銃を手にしたお前はまるで人が変わったように見えるぞ?」
指摘されて思い出すのは、戦闘中に感じるあの高揚感だ。
笑みを浮かべていると言う指摘も、自覚がないわけではない。
元々、僕はサディストな一面があると自覚しているため、相手を虐げると気持ちが高ぶってしまう。
戦闘中の高揚感はそう言うものだと解釈していたため、クオルの言葉は心に深く突き刺さった
「…レイジ、相手にしちゃダメ」
「サフラ…」
「何だ、女に指図されてみっともない。戦っている時のお前は実に眩しい存在だ。あれこそ俺が求めていた相手だよ」
「違う…俺は戦いたくて戦ってるんじゃ…」
口では否定するものの、心の内では動揺が走っている。
少し脈が早くなって息苦しい。
出来る事なら早くこの場を立ち去りたい気分だ。
「俺はハンターという職業柄、表立って人を殺す事は禁じられている。まあ、相手が悪党なら話は別だがな。だから、お前と戦うには、公に戦闘行為が認められる大会の場をおいて他にないんだよ」
「じゃあ、なおさら大会へは参加する気はない。俺にはお前と戦う理由も私怨もないんだからな」
「理由も私怨も…か。お前はそう言うヤツだったな。わかった、今日は一度引こう。今は何を言ってもムダのようだからな」
クオルは言いたい事を言い終えるとギルドを出て行った。
ロビーにはまだ殺気の余韻が残り。重苦しい雰囲気に包まれている。
不意にサフラが僕の服の裾を掴んだ。
手は小刻みに震え、不安に苛まれている。
僕は何も言わず彼女の肩を抱き寄せた。
小さい肩は、歳相応の女の子と何ら変わらない。
しかし、ひとたび武器を手にすれば、ゴブリンすら簡単に屠れるだけの実力は持っている。
それでも、中身はやはり見た目通りの可愛らしい少女だ。
普段からシッカリとした性格のため忘れがちだが、こう言った状況になると、本当の姿が表に出てくるらしい。
「…少し、落ち着いた」
「そうか。心配掛けたな」
「うんん。レイジは悪くないよ。悪いのは弱い私だから…」
「自分を悪いなんて言うな。お前は十分強いよ」
頭を撫でてやると目を細くして笑みを浮かべた。
笑顔を見ると安心するため、いつもこうやって笑ってくれていればと思わずには居られない。
落ち着きを取り戻したサフラの手を引いてギルドを後にした。
宿へ戻る途中、クオルの言っていた言葉を思い出した。
彼は戦っている時の僕を別人と言っていた。
僕自身、少なからずいつもとは違う変化に気が付いているため、頭ごなしに否定する事はできない。
ここで思うのは、銃を手にした時に起こる感情の変化だ。
銃を持って敵と対峙した時、心の奥がザワザワ沸き立つ感覚がある。
反対に、銃を手にしていない平時にはその感覚はない。
つまり、全ての元凶は銃にあるのではないかと言う仮説にたどり着く。
今まで、銃から距離を置いた事がなかったため、考えもしなかった事だ。
しかし、だからと言って銃を手放すつもりはない。
銃はこの世界で生きていくために必要なものだし、僕が僕たる証明でもあるのだから。
堂々巡りのまま宿に着いた。
考え事をしていたためか、部屋までの階段は苦痛に感じなかった。
部屋に着き、装備を外してそのままベッドへ倒れ込んだ。
サフラも僕の真似をしてベッドに突っ伏せた。
ベッドの上には束の間の平穏がある。
しかし、これは仮初の平穏だろう。
ここは邪魔をされない我が家ではないのだから。
「…レイジ、あまり考えすぎないでね。二人で力を合わせればきっと大丈夫だから」
「すまない…。ホントなら俺がお前を守らなきゃいけないんだけどな。情けない…」
「うんん、レイジは情けなくなんかないよ。カッコイイよ?」
「カッコイイって…ふふ…ありがとな」
「うん、レイジは笑ってた方がずっとカッコイイよ。カッコイイは正義だから」
「正義って…それは大袈裟だろ?」
「うんん、正義は正義だよ。わかった?」
「はいはい、そう言う事にしておくよ」
サフラのペースに乗せられてしまったが、言葉を交わした事で、少し肩の荷が降りた気がした。
一人で悩むより、二人で考えた方が前向きな発想になるような気がする。
僕の悪い癖は、考え込んで立ち止まってしまう事だと自覚している。
だから、その短所を補ってくれるサフラと言う存在は、僕にとって誰よりも大きな存在だ。
サフラが居たから、僕は今まで僕で居られると言ってもいい。
きっと、今もまだ一人でこの世界を彷徨っていたら、自分の存在意義を求め続けるだけの毎日を送っていただろう。
下手をすれば、クオルのように強いものを倒す事で自分を表現していたかもしれない。
僕は無意識にサフラの手を握った。
小さくて温かい手だ。
その先にあるのはサフラの笑顔だった。
この笑顔に何度救われた事だろう。
僕の使命はこの笑顔を絶やさない事だ。
彼女の手を握り、密かに決意を新たにした。
今日は時間がなくて文字数が少な目です。ご了承ください。
今回を境にこれからまた少し物語が動き始めていく…かも?
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