シーン 43
改稿済み:2012/08/02
物件探しは情報収集から。
この世界には不動産屋がないので、所有者を紹介してもらい、一軒ずつ見て回らなければならない。
それには、町の事情に詳しい人物を見つける事が先決だ。
まずは、身近な町の人と言う事で宿の主に話を聞いてみる事にした。
主によれば、東の居住区画を管理しているのは、フマフと言う上流貴族らしい。
また、フマフの従える下級貴族、町を直接管理する高官、区画管理を担当する役人と言う縦割りの組織構造だ。
直接フマフに話を通せれば言う事はないが、貴族と言う性質上、面識もなしに面会はできない。
その部下である下級貴族と接触するにも、フマフ程ではないが難しい。
現実的なところで言えば、区画管理を担当する役人に事情を説明して、上司にお伺いを立てると言うのが近道だろう。
役人は居住区画にある管理事務所にいる。。
区画内で揉め事があれば彼らが仲裁に入るため、治安維持の抑止力としても機能しているようだ。
「…アレ?起きるの早いね」
いつも時間に目覚めたサフラが身体を起こした。
少し寝癖のある髪が愛らしい。
まだ眠たいのか、目を擦りながら大きく伸びをした。
「あぁ、宿の主人に話を聞いてきたんだ。居住区画に区画管理の仕事をしてる役人がいるらしい。そこから上司に話を付けてもらった方がいいみたいだ」
「そうなの?その人にはいつでも会えるのかな」
「時間については指定がなかったから、たぶん大丈夫だろうさ。ダメでも町の中なんだから、何回か足を運べばいいよ」
朝食と身支度を済ませると、早速町の東にある居住区画に向かった。
東の地区は、西や南とは違い、旅行者や行商人の姿はほとんど見られない。
代わりに煌びやかな衣装を身に着けた貴族や富裕層の姿が目立った。
旅人特有の服装をしている僕らは、嫌でも彼らの視線を集めてしまった。
「何か、場違いな気がしてきたな」
「うん…白い目で見られてる…よね?」
そんな独特な雰囲気の中を抜け、目的の役人が居る建物を目指した。
建物は赤レンガ造りの二階建てで、間口が広い造りになっている。
外観は、一見すれば警察の駐在所の様に見えた。
「すみません、こちらで区画管理を担当していると伺ったのですが?」
「えぇ、そうですが。アナタは?」
対応してくれたのは、銀縁メガネを掛けた中年の女性だった。
気難しそうに見えるのは、役人という職業柄からだ。
僕は役人という立場の人に対して、あまり良い印象を持っていない。
一応、この世界で役人と話すのはこれが初めてなので、この偏見は前世のものなのだが。
「実は、この町に家を買いたいと思いまして、相談に来ました」
「そうですか。では、身分を証明できる物をご提示ください」
僕はリュックの中から通行証とハンターギルドの紋章を差し出した。
「失礼ですが、身分を証明できる物はこの他にございませんか?」
「えぇ…何か足りませんか?」
女性はメガネの縁を右手の中指で押し上げ、少し眉間にシワを寄せた。
おそらく無意識の癖なのだが、見慣れていない僕らにすれば感じが悪く見えてしまう。
気難しい雰囲気をさらに強調する結果となった。
女性は、一呼吸おいて家を買うための手順を教えてくれた。
「帝都に居を構えるには、身分証となる証書が必要になります。ご提出いただいたのは通行証になるので、こちらで受理する事は出来ません」
「その身分証と言うのは、どうすれば申請出来ますか?」
「方法はいくつかあります。一つは一定の税金を三年間以上収める事です。税の徴収は所定の機関が定期的に行っていますが、身分証を発行するための金額は、概ね金貨二枚程度と定められています。それを三年間続けなければなりません」
「それは今から一括でお支払いして、三年分免除してもらう事はできませんか?」
「出来ません。中にはアナタのように申請を希望される方もいらっしゃいますが、これは申請者の収入や信用を精査するために設けられています」
話を整理すると、納税の義務によって毎年金貨を二枚ずつ納めなければならない。
つまり、一朝一夕では申請が出来ない仕組みのようだ。
それに、金貨二枚という額は、一般庶民から見た場合、決して安い金額ではない。
地方の村や町でなら、一年程度人並みの生活ができる金額だ。
先ほど見た居住区画の雰囲気からわかるように、ある程度の資産と仕事をしていなければ、身分証を取得できないシステムだ。
おそらく、旅人や浮浪者をふるいにかけるため、制限を設けているのだろう。
そうなると、この手段での身分証の取得は現実的ではない。
「他にはどのようなものがありますか?」
「この他ですと、すでに身分証を取得された方と婚約をして、身分証を分与する方法があります」
「婚約…」
「他にも、二つの方法があります。一つは帝都へ貢献する方法です。貢献と言うのは、ハンターギルドに依頼のあった対象の退治です。こちらは貢献度と言うポイントが加算されるため、実力のある冒険者やハンターが好んで利用します。もう一つは、年に一度開かれる武術大会を勝ち進み、準々決勝にまで進出すれば自動的に獲得する事ができます」
「なるほど…」
「これらが身分証を獲得するための条件になります。帝都で住居を得るには、いずれかの条件を満たす必要があります。条件が整い、身分証が交付された時点で再びお越し下さい」
説明を聞き終えて区画管理の事務所を後にした。
ここへ来て、クオルの言っていた意味がよくわかった気がする。
僕らには、今から納税をする時間も、身分証を持った誰かと婚約する事もできない。
そうなれば、残る手段は二つしかない。
貢献度を稼ぐか、武術大会で勝ち残る場合のどちらかだ。
「…レイジ、落ち込んでる?」
「まあ、少しな。家を買うって思ったより難しいんだな。金さえあればって思ってたけど、やっぱり信用か」
「商人だったお父さんがね、信用は大事だってよく言ってたよ」
「仕方ない、ルールがあるなら従うまでさ。とりあえずハンターギルドに行って貢献度について聞いてみよう。話はそれからだ」
ハンターギルドに着くと、ロビーの待合席にクオルが座っていた。
僕を見つけて笑みを浮かべたので、待ち伏せをしていたらしい。
ここへ来る事はお見通しだったようだ。
「そろそろ来る頃だと思ったぞ。その顔だと、東の管理事務所に行ったようだな」
「まあ、そう言う事だ。お前がここに居ると言う事は、こうなる事を予想していたんだろう?」
「そうなるな。それで、ここへ来たと言う事は、大会へ参加する気になったのか?」
「そのつもりはないと前にも言っただろ。今回は貢献度について説明を受けに来たんだ」
「なるほど…お前らしいと言えばお前らしいが、あまり過度な期待はしない事だ」
「何故だ?」
「説明を聞けばわかる。まあ、俺はここに居るから、気が済むまで説明を聞いてくるといいさ」
クオルは僕に興味を無くしたの、かそっぽを向いて右手をパタパタと振り、受付に行くように促してきた。
こちらとしても、あまり関わりたくない相手なので、指示に従う事にした。
貢献度の担当しているカウンターは、専門のブースが用意され、担当官と思われる中年の品のいい女性が座っていた。
「あの、こちらで貢献度について説明をしてもらえると伺ってきました」
「いらっしゃいませ。貢献度についてはどの程度ご理解していますか?」
「いえ、ほとんど何も。出来る限り詳しくお願いしたいです」
「そうですか。では、説明は専門の者がお教えしますので、奥の部屋でお待ちください」
女性の案内で奥にある小さな部屋へ案内された。
長机と椅子、それと黒板のような黒いボードが壁に掛けられた簡素な部屋だ。
会議室というより、打合せ室のような場所だろうか。
しばらくすると、受付の女性よりも若い女性が現れた。
手には資料のような用紙を持っている。
「お待たせしました。私は担当官のスピカと言います」
「どうも。俺はレイジ、こっちはサフラといいます。早速ですが、貢献度についてご説明いただいてよろしいですか?」
「わかりました。では、こちらが資料になりますので、合わせて目を通してください。まず、貢献度についてですが、当方のハンターギルドが指定する任務をこなしていただく必要があります。また、危険度に応じて与えられるポイントが異なる事をご理解ください。貢献度は依頼の達成に応じて加算されていきます。一定数、つまり百ポイントに達した場合、自動的に町への定住権である身分証が授与されます」
「百ポイントというのは、具体的にどの程度の難易度でしょうか?」
「レイジさんはハンターから報酬を受けたことがおありでしょうか?」
「えぇ、何度か。調べてもらえばわかると思います」
「そうですか。その際、報酬と共に受け取る書類に記載された難易度、つまりランクがポイントに直結します。例えば、クローラーを討伐した場合、難易度が最低の魔物になりますので、こちらは一ポイントとなります」
「じゃあ、ランクに応じてというのは…仮にCランクなら三ポイントと言う事でしょうか?」
「その通りです。ちなみに、我々人間と敵対関係にあるドワーフやエルフを倒した場合に限り、得られるポイントが倍になります。ただし、こちらの依頼は非常に危険性が高いため、好んで参加される方はあまり多くありません」
説明によると、依頼を達成した場合、同時にポイントが得られるという仕組みらしい。
特に、ドワーフやエルフの場合、通常よりも多くのポイントが貰えるが、リスクも高くなっているようだ。
時間を短縮するためには、あえて危険な相手と戦う方法もあるが、リスクを考えればあまり得策とは言えないだろう。
それよりも、確実にポイントを稼げる難易度の低い相手と戦った方が効率的のように思う。
どちらにしても、貢献度を稼ぐには実力が必要になる。
「つまり、依頼の達成が条件と言うわけですか」
「そうです。ただし、これらの条件には、仲間と協力して行ってならないと言う決まりはありません。お一人で難しい相手であれば、仲間を募って挑む事も必要になるでしょう」
「なるほど…」
「ご理解いただけたのであれば、貢献度システムへ登録されてみてはいかがでしょう。登録料は掛かりませんので、名前だけという方も大勢いらっしゃいますよ」
「そうですね。それでは、登録をお願いします」
女性は、持って来た登録用の証書にサインを求めてきた。
何だか街中で署名を求められた気分だが、気にせず二人の名前を書き込んでおいた。
「それでは、これにて説明および登録を完了いたします。ご用命の際は、受付にて別途ご案内いたしますので、お気軽にお越しください」
説明を終え、少し複雑な気持ちだった。
納税の件といい、婚約による身分証の分与といい、どれも簡単にできるものではない。
特に、この貢献度というシステムは、実力がなければ達成できず、腕に覚えのない旅人や行商人は対象外になる。
万人向けて門戸が開かれているように見えて、実際にその門をくぐれるのは一握りだ
僕らのように、帝都での生活を夢見る者も少なくないだろうが、ルールなので従うしか方法はなかった。
何事も一朝一夕にはいきませんね…。『迷うのが人生」ってことで、遠回りしたっていいじゃないの精神です。
ご意見・ご感想・評価・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




