シーン 41
改稿済み:2012/08/01
僕らは再び帝都へ向けて歩み始めた。
町を出る際にキャラバンの利用を考えたが、やはりあの事件の記憶が新しいうちは敬遠したい。
二人で話し合った結果、徒歩で向かう事になった。
サフラの話しでは、あと一日で帝都に到着する予定だ。
ちなみに、前の町を出てから半日ほどが経った。
旅の道中で話題に上ったのは、今朝食べたイチゴジャムについてだ。
貴族の間では、紅茶の口直しにスプーンで少しずつ食べたり、砂糖代わりに紅茶へ入れるらしい。
そもそも、ジャムは貴族や富裕層に向けた贅沢品と言う事がわかった。
そんな高価な物を惜しげもなくパンにたっぷり乗せる様は、贅沢以外の何者でもない。
僕としては、サフラの喜ぶ顔が見られたのでまったく気にしていないのだが。
街道は次第に道幅が広くなった。
石畳の細工も凝った造りになっていて、幾何学模様のデザインが施されている。
街道を行き交う馬車や人の数も増えてきた。
「…ん?アレ、城壁だよな?」
視線の先には、高さが十メートルはあろうかという堅牢な城壁が見えた。
城壁は都市を囲むように建造され、一目で難攻不落を思わせる構造だ。
壁の上部には、周囲を警戒する警備兵が配置され、外部からの侵攻に目を光らせていた。
「そうそう。あれが帝都だよ。大きい町でしょ?」
「想像よりもずっとデカい町だな。今までの町なんて比較にならないな」
「中に入ったらもっと驚くよ?」
「そうなのか?それは楽しみだな」
帝都の入口には検問所があり、通行するには身分を証明しなければならなかった。
不審者は門前払いされるか、不穏分子であれば問答無用で投獄される事もあると言う。
セキュリティーの面だけ見れば、居住者に優しく、よそ者には厳しい町と言ったところか。
このようなセキュリティー体制になったのは、敵対するドワーフやエルフが原因で、人に化けて町に入り込むのを未然に防いでいるらしい。
「身分を証明するものを提示せよ」
甲冑を着込み、長槍を手にした衛兵が険しい表情で僕らを見つめた。
威厳たっぷりのこの人物が検査官なのだろう。
身分証になりそうな物は二つ持っている。
一つはロヌールの村長がくれた通行証。
これは今までリュックの奥で眠っていたものだ。
もう一つはハンターギルドで貰った紋章。
こちらは実力を証明するものだが、通行証と合わせて提示しても問題ないだろう。
「ロヌールのアスリムト殿の書状か。こちらはハンターギルドの紋章。なるほど、相応の実力を持った冒険者と言ったところか」
「そんなところです」
「なるほど。それでは通行を許可する。通行証は提示を求められたら時にすぐ取り出せるよう工夫しておくように」
検問を終えて町の中に入った。
入ってすぐに感じるのは人の多さだ。
城壁の内部は、今までに訪れたどの町とは比べ物にならないほど広大で、さまざまな人が行き交っている。
軒を連ねる露店や建物の数もまるでスケールが違った。
この世界の建築技術を考えれば、近代都市の天を穿つような地上数百メートル級の超高層ビルはないものの、石やレンガで出来た四、五階建ての建物が多い印象だ。
町の北部には皇帝の住む宮殿があり、町の入口から真っ直ぐに大通りが続いている。
西洋と日本の城下町では、造りが違うと歴史の授業で教わったのを思い出した。
日本の場合は、あらかじめ攻め込まれにくくするため、城に続く一直線の通りは作らない。
少しでも城への侵攻を遅らせたり、途中で待ち伏せをしたりと言う工夫を凝らしている。
「何て言うか…驚きを通り越して言葉にならないな」
「凄いよね。私も初めて来たときはビックリしちゃった」
「これだけ人が居れば、いろんな物や情報が集まりやすいだろうな」
「お店もいっぱいあるし、珍しい物もたくさん売ってるよ」
「改めて思うけど、この町なら家を買っても良さそうだな」
何をするにも、まずは拠点になる宿を探さなければいけない。
落ち着ける場所を確保するのは大切だ。
旅行者が利用する宿は、町の西部に集中しているため、近くに行けば見付けることは難しくなかった。
「この辺りが宿屋街か」
「手前に見えるのが料金の安いところで、奥に行けば豪華になるの」
「外観も違うし、予算に合わせて選びやすくなってるわけか」
「どんなところがいいか希望はある?」
「なるべく背の高い建物の宿がいいな。部屋から町を一望してみたいし。あとは部屋も広い方がいい。料金は二の次だ」
「それなら見付けるのは簡単かも」
二人で宿を探しながら歩いていると、他よりも背の高い建物を見つけた。
他の建物が四、五階建てなのに対して、見つけた宿は七階建てだ。
店構えも他と比べて少し立派だった。
「ここなんてどうだ?」
「私は平気。あとはお部屋が空いてるかどうかだね」
「とりあえず中に入って聞いてみよう」
中に入ると、絨毯が敷かれた室内は清潔感と気品に溢れていた。
どうやら中流から上流階級の旅行者に向けた宿らしい。
カウンターを見ると、男女の受付係が並んで立っていたので、女性の方に声をかけた。
「すみません、部屋は空いていませんか?」
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。ご案内出来るお部屋はございます。どのような部屋をご希望でしょうか」
「見晴らしがいい部屋がいいです。あとはお任せで」
「かしこまりました。それではこちらが六階のお部屋の鍵になります。ごゆっくりおくつろぎください」
そう言って部屋番号の付いた鍵を渡された。
宿の最上階はスイートルームになっている事が多い。
つまり、七階建てのうち六階と言うのは、一般客が泊まれる一番上の階だ。
ただし、この世界にはエレベーターがないため、目的の階まで階段を登るのは正直骨が折れる。
実際、高層階はそう言った理由からあまり人気がない。
部屋が空いていた理由も頷けた。
ドアを開けるとダブルベッドが目に飛び込んできた。
どうやらダブルルームのようだ。
特に要望はしていなかったが、受付の女性が気を利かせてくれたのだろう。
もちろん、気を利かせ過ぎと言わざるを得ない。
一見したところ、部屋の間取りは十二畳くらいだろうか。
「ふう…何とかたどり着いたな」
「思ったより広いね」
「あぁ、見晴らしもいいし、苦労して階段をのぼった甲斐があったな」
窓からは、望み通りの眺望が広がっていた。
よく見ると、町は大きくわけて四区画にわかれている。
北は皇族や関係者が住むエリア。
東は居住エリア。
南は商業エリア。
そして、僕らの居る西のエリアだ。
この町で自宅を構える場合、は必然的に東の居住エリアに住む事になる。
窓の外には、他にも興味を引く建物が見える。
見つけたのはドーム状の巨大な建物だ。
ここからでは判断がつかないが、宗教に関連した施設かコンサート会場のようなものだろう。
大きな町なのだから巨大な娯楽施設という線も否定できない。
どちらにしても、この町に住むと決まればそのうち何の施設かわかるだろう。
「サフラ、そろそろ腹減らないか?」
「うん、ちょっと減ってきたかも」
「じゃあ、外へ食べに行こうぜ。そろそろ店も開いてる頃だろ」
「は~い。今日は何にする?」
「まあ、行ってからのお楽しみだな」
僕らは宿を出て町へと繰り出した。
外は夕闇が迫ろうという時間帯だ。
薄暗くはなってきているが、町のあちこちに篝火が用意され、それが街灯の役目を果たしている。
それぞれの篝火には、炎を専門的に管理する人員が配置され、夜間は絶えず明かりを照らしているようだ。
人口の多い町だから、夜の安全を確保するのに一役買っているらしい。
飲食店が立ち並ぶエリアは町の南側に集中しているようだ。
僕らが検問を受けた場所も南側だったので、何件か店の前を通り過ぎている。
二人で並んで歩きながら、興味を引かれる店を探して歩いた。
基本的には、どの店も酒樽が看板代わりなので、居酒屋やバーと言った雰囲気の店が多い。
この国では、食事の際に飲酒をする習慣が定着しているので、酒類を扱わない飲食店は皆無と言っていい。
扱われる酒は主にワインで、一部ではビール系飲料もある。
ビール系と言う定義になっているのは、原材料である麦芽の量やアルコール度数による明確な基準がないからだ。
そのため、麦を原料にした炭酸入りのアルコール飲料を総じてビール類と呼んでいる。
店ではビールと注文すると、店が独自にビールと解釈するビール系飲料がテーブルに運ばれてくるというわけだ。
「ここなんてどうだ?」
「いいと思うよ」
「じゃあ、今晩はここに決まりだ」
適当に見つけた店の概観が気に入り、今晩の食事場所が決まった。
中は旅人や行商人、衛兵やハンターなど様々な職業の人が集まっている。
僕らは空いていた席に陣取り、メニューを見ながら適当に注文を済ませた。
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