シーン 40
改稿済み:2012/08/01
目が覚めたのは正午を過ぎた頃だった。
あの後、サフラは安心して眠ってしまい、僕はそれを見て密かに彼女を守ろうと改めて決意した。
それから眠ったのが日の出頃だったため、昼まで眠れば十分に睡眠時間を確保出来た事になる。
目覚めると身体が軽くなっていた。
昨日までの倦怠感が嘘のようだ。
今回の事で、働き過ぎは身体に良くないという教訓が記憶に刻まれた。
サフラは眠たそうにあくびをして目を覚ました。
布団から起き上がった彼女はしっかりと服を着ていた。
どうやら僕が気付かない間に着替えを済ませていたらしい。
さすがに昨晩の裸姿では僕の精神衛生上好ましくないため、配慮してくれたのだろう。
僕も、彼女が朝の身支度をする僅かな時間に着替えを済ませた。
やはり服を着ていた方が落ち着く。
中には、裸じゃないと眠れないと言う者も居るが、僕はそちら側の人間ではないようだ。
「レイジ、今日はギルドに顔を出すんだよね?」
「あぁ、少し時間が空いたけど、手続きは終わってる頃だからな」
サフラは自然と僕の名前を呼んだ。
僕としても、名前で呼ばれた方が気楽でいい。
時間は昼を過ぎていたので、朝昼兼用の簡単な食事を済ませると宿を出た。
ハンターギルドはいつものように変わらぬ佇まいで、屈強な男たちが出入りする様子が見える。
中に入ると、何故か男たちの視線を集めてしまった。
注目されるのは得意ではないが、相手にすると面倒なので気付かない振りをした。
受付には以前と同じ男性が座っている。
「おや、アンタかい。昨日来なかったから心配したよ」
「少し体調を崩していたもので、宿で休んでいたんですよ」
「そうかい。あぁ、例の件で来たんだろう?準備は出来てるよ」
そう言って、書類と報奨金の入った皮袋を差し出してきた。
書類にはいつものように詳細が書かれている。
ただし、今回は亜人の討伐ではないので、書かれている内容も少し異なっていた。
まず、一番の違いは名前が書かれていること。
亜人に名前があるのか定かではないが、人間相手なら少し調べればわかる事だ。
特に、指名手配犯ともなれば悪名が通っているので、調べるのは難しくない。
種類の項目に目を落とすと、傭兵団オルトロスについて詳細に記載されていた。
まず、リーダー格であるテューポンについての記述を見ると、名前、年齢、出生地、前科などが続き、手配金として金貨三枚と記されている。
次の段には、もう一人のリーダー格であるエキドナの項目があった。
しかし、記載されていたのはエキドナではなく、本名と思われる名前だった。
どうやら偽名を使っていたらしい。
他にも知らない名前がずらりと並び、その数は四十を超えていた。
同時に、僕が殺害した数も明らかになった。
こうして実際に数字を目にすると、自然と罪の意識が芽生えてきた。
僕の言い分としては正当防衛だが、テューポンの言う通り、過剰防衛だったように思う。
「しかし凄い数だな…。これを一人で殺ったとは…アンタ、何者だい?」
「ただの旅人ですよ。ここではない遠い国から来ました」
「遠い国…アンタまさか、バレルゴブリンを倒したっていう仲間の一人かい?」
「何故それを?」
「昨日、そんな情報が入ってきたんだ。止めを刺したのはバウンティーハンターの若い女のだと聞いているが、それをサポートしたのは若い旅の男だったとね。何でも見たことも無い武器を使うとか」
どうやらハンターギルドは独自の情報網を持っているらしい。
そもそも、ギルドの威信に関わる大きな事件だったのだから、末端の彼が知っていても不思議ではない。
詳しく話さなくても僕の事をある程度知っているようだ。
「彼らもなかなか手強かったですが、バレルゴブリンは別格でしたね。そう思えば彼らはかわいいものですよ」
「なるほど。確かにバレルゴブリンは剣の一振りで馬車すら両断する怪力の持ち主だったと聞いている。それに比べればいくら人間が束になろうと話にならないと言うわけか」
「そう言う事です」
「まあいい、ワシは一介のギルド職員に過ぎないからな。踏み込んだ話はこれで止めておくよ。あぁ、最後に、これはウチの支部長からだ。受け取っておけ」
そう言って、見覚えのある紋章が描かれた鉄の板を渡された。
聞けば、実力を認められた一般の旅人やバウンティーハンターに渡されるものらしい。
これを持っていれば、自身の実力が並みのハンター以上だと証明する事ができる。
厳密に言えば違うのかもしれないが、ライセンスのようなものだろう。
「これは持っているだけでいいんですか?」
「そうだな。基本的には、提示を求められた時にすぐ取り出せるといいだろう。これからもギルドに顔を出す機会があれば、それを提示すれば余計な説明を省けるだろう」
「なるほど。それは助かります」
「話は以上だ。また何かあったら顔を出しな」
要件を済ませてギルドを後にした。
この後の予定はすでに決めている。
それは保存食の調達だ。
まずは主食になるパンを買わなければならない。
バゲットは日持ちがするため、一度に数日分購入すれば頻繁に買い足す事は無い。
いつもは先々を見越して二、三日分購入している。
「臨時収入も入ったし、食料の調達だ。まずはパン屋に行く」
「パン屋さんは大通りにあったよね。いい匂いがしてたよ」
「あぁ、他に欲しいものがあったら言うんだぞ?」
「そうだね~。じゃあ、ジャムを買おうよ。パンに付けたら美味しいと思うよ」
「ジャムか。よし、パンを買ったら探しに行こう」
パン屋はどの町でもほぼ共通した商品を取り揃えている。
前世のように、菓子パンや惣菜パンと言ったバリエーションはないが、バゲットの味や形はどこの店で買ってもほとんど違いはない。
値段も、よほど原材料が高騰しない限り一律の料金体系だ。
僕らはバゲットを購入し、サフラが希望したジャムを探しに行く事にした。
ジャムと一口に言っても、種類が豊富なので選ぶ楽しみがある。
ジャムが売られているのは、一部の雑貨店とジャムだけを専門に扱う店の二種類があり、専門店の方が希望したものを手に入れやすいそうだ。
「サフラはどんなジャムがいいんだ?」
「えっと、イチゴとかオレンジを使った甘いジャムがいいかな。レイジは?」
「そうだな…俺もジャムって言えばイチゴのイメージが強いかもしれない」
「じゃあ、イチゴのジャムを探そうよ。専門店だと試食もできるし、気に入った物が見つかると思うよ」
店に向かう道中、サフラは上機嫌になって僕の手を取った。
繋いだ手からは、彼女の温もりがダイレクトに伝わってくる。
昨晩の事もあり、妙に意識してしまうのは仕方の無い事だ。
彼女はと言えば、頭の中がすでにジャム色に染まっているらしく、特に意識した様子はなかった。
専門店は大通りの中にあった。
近くに、セレブ御用達と思われる高級店が多く立ち並び、ジャムを売る店の概観もどこか格式の高い印象を漂わせている。
そう思わせるのは、大理石と思われる石材をふんだんに使った入口が原因だろう。
中に入ると、燕尾服で正装をした店員らしき男性を見つけた。
この世界にも燕尾服と言うものがあるらしい。
男性は僕らを見つけると、無駄のない足運びで歩み寄り、深々とお辞儀をしてきた。
「いらっしゃいませ。当店へはどのようなご用件でお越しでしょうか」
「えっと、イチゴを使ったジャムを見せてもらいたいのですが…」
「イチゴのジャムでございますね。それでは商品をお持ちしますので、あちらに掛けてお待ちください」
あちらと示された方向には、商談用に設けられたブースが見えた。
丸テーブルと椅子が置いてあり、二人で並んで席に着いた。
「な、何だろう…少し緊張しちゃうね」
「ここ…ジャム屋だよな?」
「うん…そうだと思う」
看板を見て店に入っているので間違いはないだろう。
店員にもジャムを要望して、待つように言われているで、そのはずだ。
ただし、その不安を煽るのはやはり店の雰囲気だろうか。
店内も大理石と思われる石材をふんだんに使い、入口から店内に真っ直ぐ伸びた赤絨毯も敷かれている。
何より、出迎えてくれた店員の所作は、今まで入ったどの店の店員に比べても、別格の品格を持っていた。
店の調度品も高級品ばかりで揃えられている。
普段とは違う環境の中で、居心地が悪さをかみ締めていると、ようやく店員が戻ってきた。
手には何種類かのジャムが乗ったトレーを持っている。
「お待たせいたしました。こちらがこの店で扱っているジャムでございます」
「たくさんありますね。どれも少しずつ色が違うみたいですが、説明してもらえますか?」
「かしこまりました」
店員は運んできたジャムをテーブルの上に並べ説明を始めた。
一口にイチゴジャムと言っても種類があり、使われているイチゴの種類や製造法によって大別されるらしい。
中には、店が独自に製造するオリジナル商品もあり、話を聞いているだけも目移りをしてしまう。
結局、店員のオススメという商品に目が留まり、サフラにも確認したところ了承を得た。
「じゃあ、コレを」
「承知しました。では、こちらは銀貨七枚になります」
「では、こちらが御代です」
「確かに。本日はご足労いただきありがとうございました。今後ともご贔屓によろしくお願いいたします」
店を出る時には、店員から最敬礼をされ見送られた。
実際に、ジャム一瓶が銀貨七枚と言うのは、金額はかなりの高級品だ。
ただ、説明の最中に味見をしてみたが、他のものとは一線を画す品質で、値段に見合うだけの価値を持っていると判断した。
買い物をする際は、必ず気に入った物を買おうと決めているので、少し高くても満足のいくものであれば惜しむ必要はない。
むしろ、毎日使ったとしても二人で半月程度は使えそうなので、それを考えれば法外に高い買い物だったとも思えなかった。
「ジャム、美味しかったね」
「あぁ、あんなジャムは初めてだ。さすがに高いだけの事はあるな」
「そうだね。でも、さすがにビックリしちゃった。だって、銀貨七枚だもん」
「確かにな。まあ、店の雰囲気からしても、あれくらいが相場なんじゃないか?店員の接客も良かったし、商品と雰囲気とサービスの値段みたいなものだろ」
「そうかも。あ~早くパンに付けて食べてみたいな~」
サフラの頭の中は完全にジャム色に染まっていた。
こんな姿を見ると歳相応の女の子に見える。
いつもはシッカリした面が目に付きやすいため、普段とのギャップがあり新鮮に見えた。
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