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GunZ&SworD  作者: 聖庵
38/185

シーン 38

改稿済み:2012/07/31

昨日はあれからずっと宿で過ごした。

夕食もルームサービスを頼んだので、用を足す以外では部屋を出る事もなかった。

外に出なかったのは特に理由があったわけではない。

そう言う気分だったというだけで、理由を求められても答えに困ってしまう。

まあ、あれだけの事があったのだから、つい最近まで普通の男子学生だった僕には、正直刺激が強過ぎたと言うのが本音だ。

だから、少し現実逃避の感覚で部屋を出たくないと、子どもじみた感情に任せ今に至っている。


サフラはサフラで僕に合わせてくれたのか、部屋で装備の手入れをしたり身体を休めたりしていた。

特に、武器の手入れには余念がなく、乾いた布で念入りに磨き上げ、うっとりする様子は宝石を愛でる少女のそれだ。

丹念に磨かれた刀身は、顔が映り込むほど黒光りしていた。

しかし、実際には命を奪う武器の整備をしているので、狩りの前に爪を研ぐ猫科の肉食獣の姿に見えなくもない。


いつものように目が覚めた僕は、昨日までにはなかった違和感を覚えた。

身体をベッドから起こす事が出来ず、全身が気だるくて手足に力が入らない。

顔は風呂上りかと思うほど火照っていて、目を開けているだけでも辛かった。

頭はボッーとしていて、集中がなくただ無気力だ。

言ってしまえば全てがどうでもいいと思う感覚に陥っていた。


僕はこの症状を知っている。

何の事はない、風邪を引いたのだ。

最後に風邪を引いたのは小学六年生の頃だっただろうか。

当時は、インフルエンザかと思うほどの高熱になり、病院で点滴を受けるほど重度だった。

完治するまでの間、三日間学校を休んだのを覚えている。

それに比べれば、今の症状はそこまで重篤と言う事はない。

おそらく、日頃溜め込んだ疲れと昨日のストレス、それに寝不足が重なったのが原因だ。

幸い食欲はあったので、何か栄養のあるものを口にして安静にしていればすぐに良くなるだろう。


「…お兄ちゃん、顔赤いよ。大丈夫?」

「熱っぽいからな。風邪を引いたみたいだ。大丈夫、少し休めばよくなるさ」

「熱?」


サフラは自分の額を僕の額に押し当てて熱を測った。

本人としては無意識の行為だったのだろうが、僕にしてみれば予想もしていなかった行動なので、変に意識をしてしまった。

少し手を伸ばせばすぐに唇に触れられる距離。

ほんの少しだけ心拍数が高くなるのがわかった。


「うーん…ちょっと熱があるみたいだね。寒気や吐き気はない?」

「あ、あぁ…今のところは平気だ」

「食欲は?何か食べたいものがあったら買ってきてあげる」

「何とか食欲だけはあるけど、今はパンでもかじれば十分だ。心配してくれてありがとな」


何とか平静を取り戻して感謝を伝えた。

我ながら、こう言った色恋沙汰に関して疎いところがある。

自覚はあるものの、一般的な認識と誤差があるのかまったくわからない。

自分自身でそう思っているのだから、かなりズレがあるのだろう。

どちらにしても、こう言う時の対処法がわからなくて困ってしまう。


「うーん…じゃあ、お水もらってきてあげる。お兄ちゃんは安静にしててね!」


サフラはそう言うと、慌ててフロントに走っていった。

そんなに慌てる事はないのにと思いつつ、彼女の思いやりに感謝した。

静かになった部屋の中は少し物悲しい。

見慣れない部屋の景色は、弱っているせいなのか余計に不安を掻き立てた。

右も左も分からない異世界で、僕がひとりぼっちだと実感する瞬間だ。

いや、サフラが居てくれるから、本当の意味では独りではないのだが。


目を閉じると昨日の光景が脳裏に浮かんだ。

ふと思い出したのは、人を銃で撃つ瞬間に覚えた高揚感だ。

あの時、何故笑っていたのだろうか。

あれほど恐ろしい事をしでかして、我ながら正気の沙汰とは思えない。

僕の中にはもう一人の自分、いや、魔物が棲んでいる事に薄々気が付いている。

銃を手にして、相手よりも優位に立った時に現れる“それ”は、醜悪な魔物以外の何者でもない。

ただ本能のままに、目の前の敵を殺すだけ魔物。

相手を虐げて欲望を満たすだけの哀れな化け物だ。


もう一人の僕は、ゴブリンやオークと何が違うだろうか。

本質的には同じか、それよりもタチの悪い存在かもしれない。

存在自体が異質の僕にとって、そのうち生きているだけで害を及ぼす可能性だってある。


これは自覚している事だが、弱っている時はどうもネガティブな思考に陥ってしまう。

こんな時こそ前向きでなければいけないのに。

そしてまた自己嫌悪の繰り返しだ。


負のスパイラルに飲み込まれそうになっていると、サフラがグラスを持って帰って来た。

よほど急いでいたのだろうか、少し息が上がっている。

どうやら階段を駆け上がってきたらしい。


「はい、お水」

「そんなに慌てることはないだろ?息、上がってるぞ」

「こういう事は早い方がいいんだよ?」


呼吸を整えながらサフラは隣に腰を下ろした。


「そんなもんか?まあ、一生懸命になってくれるのは嬉しいけどな」

「今日は私が朝食を作ってあげるね。トッピングは何がいいかな?」


いつにも増して世話を焼いてくれるサフラは、手際よく朝食の準備に取り掛かった。

本来なら二人で行う作業だが、今回ばかりは手出しをさせてくれないらしい。

病人は黙って大人しくしていろと言わんばかりに遮られてしまった。

結局、サフラが一から作ったバゲットサンドを食べて空腹を満たした。


「…病人って不便だよな」

「どうしたの急に?」


突然話を切り出したのは手持ち無沙汰だったから。

本来なら、これから見知らぬ町を散策に出かける頃だ。

しかし、体調を崩したおかげでその予定も全て延期になっている。

ハンターギルドへ顔を出すのも今日は止めておこうと言う結論に至った。


「不自由になって自由の大切さを知るってヤツかな」

「うーん、風邪は誰でも引くから、気にする事は無いんじゃないかな?」

「それはそうだろうけど、さすがに情けなく思ってな」

「まさか、風邪引いちゃって弱気になってる?」


サフラはズイと顔を寄せてきた。

今日のサフラはやたらと僕の近くに寄ってくる。

決して嫌というわけではなく、むしろ嬉しいくらいだ。

弱っている時は人の優しさを何倍にも感じる気がした。

それにしても、普段と違う対応に少なからず動揺する僕がいる。

その度に心拍数が早くなるのを感じた。

むしろ、ここまで距離が近いと異性として意識してしまいそうで、そうなってしまえば今の関係が終わってしまうような気がしている。

今の関係は気に入っているので、壊れてしまうのは望まないところだ。


「そう…なのかもしれない。いや、その通りだ」

「ダメだよ?こんな時こそしっかりしないと!」

「そうだな。お前が居てくれて助かるよ」

「私はただお兄ちゃんを支えたいだけ。命の恩人だし、それに、一番大切な人だから」


サフラの頬が微かに赤くなったような気がした。

気のせいと言う事もあるから、あえて触れないのがエチケットだと思う。

午前中はベッドの上で過ごした。

こんな時、テレビか漫画でもあれば時間が潰せるのだが、この世界にそんなものはあるはずもない。

少なくとも本の類がある事は確認済みだが、高級品なので贅沢を言うわけにもいかなかった。


結局、そんな手持ち無沙汰な時間がゆっくりと流れて昼を迎えた。

暇な気持ちを持て余していたので、昼食を食べるのはとても楽しみだ。

そんな楽しみも、ものの十数分で終わってしまう。


「…暇だな」

「暇だね~」

「俺のことはイイから、お前は遊びに行ってもいいんだぞ?」

「大丈夫だよ。今日は私が一日お兄ちゃんの看病するって決めてるから」

「決めてるって…まあ、それは嬉しいんだけどさ」

「それに、二人でお店を見てまわる方が楽しいでしょ?」

「それもそうだな。わかった、良くなったら一緒に見てまわろうな」

「そのためには身体を休めないとね。眠たくない?」

「まあ…取り立てては?」


何故かジッと目を見つめられてしまった。

今日に限っては、サフラに何でも見透かされた気持ちになってしまう。

別にやましい気持ちがあるわけでもないので、特に気にする必要はないのだが。


「じゃあ、お兄ちゃんが眠れるようにお歌を唄っちゃおうかな?」

「え…?」


予想外のところから球が飛んできたのを、ギリギリのところでキャッチした気分だ。

正直、状況を飲み込むまでに僅かでも時間がかかったのは否めない。


「だから、グッスリ眠れる歌を唄うの」

「あ、あぁ…じゃあ、やってもらおうかな?」

「は~い」


期せずして、サフラの単独リサイタルが始まった。

歌う曲はこの辺りに伝わる子守唄らしい。

ゆっくりとした曲調で童謡を思わせる歌詞は聴いていて何故だか気持ちが落ち着いてしまう。

これなら子どもが眠ってしまうのも納得だ。

ただ、結局眠気には襲われず、サフラの歌を聴くだけになってしまった。


「お兄ちゃん、眠くない?」

「イイ歌だったからな、聞き惚れてたら目が冴えちまった」

「そうなの?」

「あぁ、もう一回頼む」

「は~い」


そして上機嫌で唄い始めるサフラ。

こんなやり取りを繰り返しているうちに夜を迎えた。

夜になっても熱が下がる気配は見られず、まだ春先だというのに心なしか寒気感じている。

この感覚は、これから熱が高くなるサインでもあった。

悪寒の症状がある風邪には身体を温める方が効果的だ。


「お兄ちゃん、顔色悪よ?寒気がするの?」

「あぁ…少しだけな」

「それならすぐに身体を温めないと。宿の人に頼んで冬用のお布団もらってきてあげる」


サフラは今朝と同様にフロントへ駆けていった。

今使っている布団は、春先から夏用の比較的薄くて軽いものだ。

冬用は綿をたっぷり使った厚手のものだから、これと比べれば温かさがまるで違う。

静かな部屋でサフラを待っているうち、次第にまぶたが重くなり、そのまま意識が遠くなった。

季節の変わり目は風邪を引きやすいので注意が必要ですね。




ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。

また、あわせて評価やアドバイスの方も募集しているので、よろしければどうぞ。

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