シーン 37
改稿済み:2012/07/30
街道を道なりに進むと、前方に建物が見えてきた。
どうやら目指していた町のようだ。
遠目に見ても町の規模は大きく見える。
きっと、市町村の単位なら、限りなく市に近い町と言ったところか。
高い建物もあり、中には塔のようなものも見える。
サフラによれば、町の中心部にある大聖堂の一部らしい。
馬車は町の門をくぐり、メインストリートと思われる幅の広い道路を北上する。
通りの左右には高級品を扱ったブティックや武具を扱う鍛冶屋、それに間口の大きな雑貨屋といい香りを漂わせるパン屋が見えた。
これだけ揃っているだけでも、規模の大きな町だとわかる。
特に、高級品を扱う店ともなれば、身分の高い富裕層も存在するのだろう。
それを証拠に、身なりのいい紳士や貴婦人が優雅に買い物をする姿も見えた。
僕らは町の西側にあるハンターギルドを目指した。
建物は基本的に同じ造りになっているので、場所さえわかれば見つける事は難しくない。
甲冑姿の屈強な男たちの姿も目印になる。
僕は馬車を降り、ギルドの受付に向かった。
室内の様子も前に訪れた支部と変わりはない。
違いがあるとすれば、知らない顔ばかりと言うくらいだ。
「いらっしゃい。何の用かね?」
受付に座っていた老齢の男性が声をかけてきた。
見た目の様子から、現役を引退して裏方を務めている印象だ。
どうやらこの世界に定年退職と言うシステムは存在しないらしい。
働けるうちは働くという事なのだろう。
それ以前に、社会保障についての法整備が行き届いていないようだ。
「昨日、傭兵団オルトロスを名乗る一団に襲われ、その主犯格の二人と部下の男一名を逮捕しました。彼らを引き取ってはもらえないだろうか?」
「オルトロス…だと?アンタ、よく無事だったな」
「いや、一度命を落としかけました。手強い相手だったので苦労はしましたが、何とかと言ったところです」
「そうかい。それじゃあ、すぐに担当の者を呼ぼう」
男性は事務員の女性に声を掛けると、奥に居る担当者を呼びに言った。
現れたのは、ラグビーの選手かと思うような肩幅の広い男性で、見事な逆三角形の体型をしている。
身長も僕より高く、見下げられる感じは威圧感たっぷりだ。
年齢は僕よりも上だろう。
実年齢はわからないが、見たところ三十代前半と言ったところか。
「私が担当官のジェイズ。この支部で対盗賊部隊のリーダーを努めている」
「俺は令二。旅の途中でオルトロスの連中に襲われました。まあ、返り討ちにしたんですが…」
「もしや、たった一人のか?」
「そうですね」
ジェイズはそれを聞いて驚いた顔をした。
「信じられんな…。オルトロスと言えば、ここら一帯を牛耳る有名な盗賊団だ。傭兵を自称しているが、悪行の数々から殺人集団として手配書も出回っている」
「なるほど…それはかなりの凶悪犯だったようですね」
ジェイズに経緯を説明して馬車に案内した。
縛られたままの三人は彼の姿を見つけると恐ろしいモノを見るような目をした。
反抗しても敵わないと理解しているのか不穏な動きはない。
「なるほど。手配書の特徴通りだ。しかし、他にも仲間が居ただろう?」
「あぁ、それなら残らず殺しましたよ。一応、正当防衛にはなりますよね?」
「…殺したって、コイツらは総勢で三十を超える大盗賊団だぞ?それを一人でか?」
「えぇ、そうです。ここより一つ西の小さな村に遺体が転がっていますよ。嘘だと思うなら、確認した方が早いと思います」
正当性を認めさせるため、わざわざ連行してきた事を告げると再び驚いた顔をされた。
ジェイズによれば生け捕りにするのは手間が掛かるため、通常このような事はしないそうだ。
死人に口無しという言葉の通り、仮に加害者であろうと自分に優位な説明をする。
だから、相手を生かしておく事は不利な証言に繋がる可能性もあるので敬遠するのが通例になっているようだ。
「俺は人殺しをしたいわけじゃないんですよ。それに、彼らはこのまま殺すより、正当な罰を受けるべきだと考えています。この国にもそう言ったルールはありますよね?」
「そうだな。刑の判決は皇帝陛下直々に下される。まあ、コイツらの悪事を考えれば、極刑以外には考えられないがな」
ジェイズによれば刑の種類は主に三つあるようだ。
一つは、身分を奴隷に落とし、強制労働をさせるケース。
奴隷には人権が一切認められず物として扱われる。
刑期は様々だが、過酷な労働が待っているため、生き残れる可能性はそれほど高くない。
二つ目は、東の地にある強制収容所に収監するケース。
こちらは光と音を遮断した“無限牢”と呼ばれる独房に入れられ、僅かな食事と水しか与えられない。
刑の重さによっては、両手両足を縛られ自由が奪われる。
こちらは、多くの受刑者が数日で錯乱状態に陥り、刑期の終了を待たずに絶命すると言われている。
一度入れば出られず無限の孤独を味わうという事からこのような名前が付いた。
三つ目は極刑、つまり死刑の執行だ。
殺し方はいくつかあり、最もポピュラーな方法は、ギロチン台を用いた“斬首”で、公開処刑という形で行われる。
この他にも、生きたまま火にかける“火焙り”、馬の尻尾にロープを巻き付けて引きずられる“馬引き”など、どれも残酷な刑になっている。
特に、馬引きは五体がバラバラに引き裂かれるので、死ぬ間際まで苦痛に襲われる痛ましい殺し方だ。
刑の内容を聞くだけでも背筋が寒くなる。
悪いことをすれば罰せられるのは当たり前だが、できれば僕の知らないところでやってもらいたい。
良く考えれば、彼らに下される刑が極刑と決まっているようなので、僕が直接手を下さなくても死が待っている
彼らもそれを理解しているのか、表情は絶望の色に染まっていた。
「そういえば、手配書が出ていると言っていましたね。報酬が貰えたりするんですか?」
「それについては後日になる。まずは現場に行き、証言通りなのかを確かめる必要があるからな」
「そうですか。では、俺たちはしばらく町に滞在しています。後日また顔を出しますよ」
身柄の引き渡しが終わり、僕らは宿を取る事にした。
この町にも宿はいくつかあり、高級店から安宿まで種類は豊富だ。
出来れば水浴びのできる設備が整った場所を選びたい。
「サフラはこの町にも来たことがあるんだよな?」
「うん。帝都に向かうときはいつもここに宿を取ってたから」
「じゃあ、オススメの場所とか知らないか?探して歩くよりもその方が早いだろ。なるべく早く落ち着きたいからさ」
「それなら、コッチだよ」
サフラを先頭に後を追った。
ちなみに、馬車はハンターギルドに引き取ってもらった。
元はテューポンの持ち物だが、指名手配犯として捕らえられたら罪人の所有物は、ハンターギルドが管理する決まりになっている。
この先、旅をするにも馬車は便利な代物なので、機会があれば自分の物を手に入れたいところだ。
賑わう繁華街を通り、ハンターギルドとは反対側の区画へやってきた。
この地域は、旅行者に向けた施設が充実しており、すぐ近くに何件も宿が並んでいる。
他にも旅に必要な携行品を売る店や装備の類を扱う雑貨店もあり、わざわざ繁華街で買い物をしなくても済むらしい。
そんな一画でサフラが足を止めた。
どうやらここがオススメの宿らしい。
概観から受ける印象は、決して豪華とは言えないものの、今まで泊まってきた宿と比べても遜色がない佇まいだ。
サフラによれば、旅人が泊まる宿としては少し上等な場所らしい。
「いらっしゃいませ。お泊りをご希望でしょうか?」
受付で若い男に声を掛けられた。
旅人風の男女が荷物を持って赴いているのだから、宿泊以外に用はないと思うのだが。
「部屋を取りたい。一部屋でいいんだが空いていないか?」
「ダブルルームでよろしければ、すぐにご用意ができます。いかかでしょうか?」
ダブルルームといえば、ダブルベッドが一つ置かれた二人部屋だ。
ちなみに、今まではシングルベッドが二つ置かれたツインルームだった。
だからと言うわけではないが、ダブルルームとなればサフラと同じベッドで寝るという事になる。
僕は平気だが、サフラはどう思うだろうか。
チラリと横を見て様子を伺ったが、特に気にした様子はなかった。
ここはデリケートな問題なので、今のうちに聞いておく必要がある。
「サフラ、ダブルルームって言ってるんだが、どうする?」
「私は平気だよ?」
「ベッドが一つだが…いいのか?」
「お兄ちゃんはベッドが二つあった方がいい?」
「いや、取り立てては…」
「じゃあ、このお部屋にしようよ」
鶴の一声で本日の宿が決まった。
部屋は説明通り、壁際にダブルベッドが置かれている。
他にもクローゼットや水浴びをする浴室など、希望通りの設備も整っていた。
「ふう…やっと落ち着けたな」
「そうだね。昨日は…いろいろあったもんね」
「あぁ、あんな事は二度とゴメンだけどな」
思い返すと、昨日の襲撃が思い起こされた。
いや、一方的な蹂躙とでも言うべきか。
銃を使えば、人であろうが亜人であろうが簡単に命を奪い取る。
これはテューポンも言っていた事だが、僅かな力で引き金を引けば弾が発射させる仕組みだ。
殺す側の僕にしてみれば、労力が少なくて済む反面、殺される側からすればたまったものではないだろう。
「…お兄ちゃん、昨日は全然眠れてないんでしょ?」
「お前…知ってたのか?」
「一度だけ、お兄ちゃんが眠ってる時に目が醒めたの。その時、うなされてたみたいだったから…」
「そっか…。でも、お前はどうなんだ?よく眠ってるように見えたけど、無理はしてないか?」
「私は大丈夫。それより、やっぱりお兄ちゃんの身体が心配かな」
「今日はもう出かける予定もないし、ゆっくり休めると思うから心配しなくていいさ」
ここでまだ昼食がまだだった事を思い出した。
今朝もパンを一欠けら口にしただけなので、いつも以上に腹のムシが鳴いている。
こうして二人で食事を摂っている間は、とても穏やかな時間が流れていく。
昨日とは正反対に、平穏を実感する瞬間だ。
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