シーン 34
改稿済み:2012/07/29
闇夜に虚しく銃声が響く。
そのたびに金属の甲高い音が鳴り響いた。
先ほどから何度も弾を撃っても、全て鞭によって弾かれている。
やはり、彼女の言う通り攻撃は受け付けないらしい。
ただ、闇雲に撃ち続けるだけでは何の解決にもならなかった。
何か解決の糸口を見付けなければ。
僕の中で焦りが募っていく。
そんなとき、背中が何かに当たった。
振り向くと、そこには民家の板塀があった。
つまり、もう後ろに退路はない。
「追いかけっこは終わりだよ」
「それは…どうかな!」
咄嗟にポシェットから火薬玉を取り出し、エキドナの足元に向けて投げつけた。
殺せないまでも、今の状況から抜け出せればいい。
それに、爆発音や衝撃波なら鞭でも防ぐ事はできないはずだ。
足元で爆発した火薬玉は、狙い通りエキドナの足止めには十分な効果を発揮してくれた。
目に見えたダメージは与えられなかったが、予想通り衝撃波は有効のようだ。
「くッ、面倒な物を持ってるじゃないか」
「どうやらコイツはガードできないらしいな。殺傷能力が乏しいのは難点だが…」
距離を取りながら次の作戦を考える。
火薬玉も残りが少ないので慎重に使わなければならない。
本来は緊急時の逃走用にと考えていたので、元から連用する事は想定していなかった。
こんな事になるなら、あの時たくさん仕入れておけば良かっただろうか。
もちろん、今となっては後の祭りだ。
ここで一つわかった事がある。
エキドナの鞭はどんな攻撃も防ぐわけではないらしい。
今、わかっているのは、弾を防ぐ事、音や衝撃は防げない事だけ。
まだ他にも特徴があるはずだが、現時点では得られた情報が少ない。
「逃げてばかりとはだらしないね。アンタそれでも男かい?」
「俺もバカではないんでね、死ぬくらいなら意地でも逃げ回ってみせるさ」
「食えない男だねぇ。ちょこまかと鬱陶しい!」
振るわれる鞭を寸でのところでかわし、反撃のチャンスを窺う。
見ていてわかったことだが、鞭を振るう瞬間に僅かな隙ができる。
隙が生まれる理由は、手首のしなりを利用して先端に力を伝えるためだ。
そのため、攻撃をするなら初動をおいて他にない。
ただし、隙と言ってもコンマ数秒程しかないので、考えているより難しい。
距離を詰められないよう注意しながらチャンスを伺うしかなかった。
そんな時、エキドナの背後から一本の矢が放たれた。
しかし、矢はエキドナの横を通り過ぎようとした瞬間に鞭によって弾かれ地面に落ちた。
「誰だい!邪魔をするのは」
「す、すんません、お頭」
「まったく、人の楽しみを邪魔するヤツはあとでお仕置きだよ!」
「…仲間割れか。醜いな」
「黙りな!アンタの知ったこっちゃないよ」
今の動きを見てわかったことがある。
鞭は一定方向の攻撃に対してのみ自動的に反応していた。
この仮説が正しければ、同時に二方向から攻撃された場合、どちらかが優先的に防御されるはずだ。
矢よりも銃の方が早く着弾するため、少しタイミングをズラせば攻撃が当たるのではないか。
ただし、これは仮説に過ぎないので、実際に試してみるまでは効果の程は不明だ。
まずは僕に矢を撃たせるよう仕向ける必要がある。
思い立ったら行動する、これが鉄則だ。
「おい、後ろのおっさん。そんなおばさんの尻に敷かれて恥ずかしくないのか?」
「何だと、このガキ!そんなに死にたいなら今すぐ射殺してやる!」
「やめな!」
男はエキドナの制止を振り切って弦に指を掛け、素早く矢を放った。
そのタイミングに合わせて銃を放つ。
しかし、先に着弾したのは銃弾の方だった。
おかげで矢は鞭に阻まれることなく僕に向かってきた。
それを寸でのところでかわし、次の攻撃に備えた。
「おっさん、アンタ、弓手に向いてないよ。いや、元々弓手なんてやってんだ、近接攻撃も出来ない腰抜けなんだろうな」
「この野郎…頭にきた!絶対に射殺す。絶対だ!」
「やめなって言ってるだろ!頭を冷やせバカ者が」
「し、しかしお頭、アイツは俺を愚弄したんだ。この手で殺らないと気が治まらねぇ」
「やっぱり尻に敷かれてるんだな。アンタは自分では何も決められない雑魚だ。男じゃなくて女に生まれた方が幸せだったかもな」
「…お頭、今だけは命令に逆らわせてもらいます。お叱りはあとで受けますんで」
「ちょ、ちょっと!?」
男は再びエキドナの制止を振り切って、弓の弦に指を掛けた。
僕は矢の斜線軸がエキドナの近くを通り過ぎるよう計算して上体をズラし、射撃のタイミングを伺う。
問題は矢が鞭に弾かれると同時に射撃できるかだ。
一度タイミングは見ているので、先ほどより成功率は高いだろう。
男が射掛けるタイミングを見計らい、弾を放った。
「今だ!」
「何ッ!?」
エキドナが僕の意図に気が付いた頃には、腹に風穴が空いていた。
「き、貴様…これを狙って…いた…のか…」
「確証はなかったがな。さっき、矢が弾かれたのを見て気が付いた。予想通りで助かったよ」
「お頭!」
「ちッ…こんな…ところ…で」
エキドナは腹を押さえたまま前のめりに倒れた。
しかし、言葉を発する余力があったのを見ると、僅かに急所を外したようだ。
あと一撃あれば留めを刺す事はできるが、何発撃っても鞭が防御してしまう。
このまま放っておけば息を引き取る可能性はあるが、仲間が救命処置をする心配もある。
万全を期すなら部下を全員殺す他はない。
「お頭ーーーッ」
「貴様、よくもお頭を!」
「これでお前たちの命運も尽きたな。俺を狙った罪、罪のない村人たちを殺した罪、死んで償ってもらうぞ」
もはや脅威ではなくなった敵勢力を制圧するのは、群がるゴブリンを討伐するのと変わらない。
指揮系統も寸断されているので、傭兵団は烏合の衆と成り果てている。
気が付くと、全ての敵を撃ち殺していた。
辺りには再び静寂が戻った。
「…終わったか。あとはコイツの始末だな」
倒れたまま反応のないエキドナをどうするか、そこが問題だ。
コイツが全ての元凶といってもいい。
前世の感覚で言えば、罪を犯した者を罰するのは司法の場だが、この世界にそこまでの法が整備されているのかわからない。
それでも、何かしらの懲罰はあるだろう。
エキドナから鞭を奪い取り、後ろ手に腕を縛り上げ、逃げられないように足も縛っておいた。
これで目が覚めたとしても何もできない。
「あとは…サフラの安否だな。宿屋の方に気配は感じなかったし、無事だといいんだが」
僕は急いで宿へ駆け込んだ。
階段を駆け上がり、急いでサフラとラトキフのいる部屋に向かった。
ホント、続きを書く時間が足りない今日この頃。今回は文字数少なめですがご了承ください。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。