シーン 32
改稿済み:2012/07/29
気配を殺し、注意しながら階段を降りて一階の様子を窺う。
二階の廊下と同様に、一階は真っ暗でよくわからない。
しかし、人の気配は感じないので、近くに敵は居ないのだろう。
一階についてまず確認しなければいけない事がある。
そう、バドックの安否だ。
鶏を絞めたような悲鳴が聞こえたので、安否については大方の予想がついている。
バドックの部屋の前には争った跡があり、扉の蝶番は壊れて外れていた。
入口から中を覗くと、剣を握ったまま仰向けで床に倒れるバドックを見つけた。
予想はしていたが、実際にそれを見つけると言葉が見当たらない。
背中には鋭利な刃物で刺された痕があり、心臓を一突きにされたようだ。
人の死に顔は見るに耐えない。
全てが終わったら供養することにした。
宿の中は不思議と静まり返っている。
一通り一階の客室を見て回ったがが、特に危険はなさそうだ。
ただ、一緒に泊まっていた別の客や店主の姿が見当たらなかった。
遺体は見つかっていないが、連れ去られたと考えるには合点がいかないところがある。
人質というのは、メリットの反面、デメリットもあるからだ。
人質は生きていなければ価値はないため、どうしても管理する人員を割かなければならない。
また、人質が反抗する場合もあるので注意が必要だ。
それらのデメリットを差し引いたとして、彼らに人質としての価値を見出したと考えるべきだろう。
だとすれば他の人たちはどこに行ったのか。
ここへ来て、首筋の違和感は強くなっていた。
そんな中、外では再び宿を取り囲むように気配を感じた。
先ほどより数は多くないが、明確な殺意を持っている事がわかる。
僕は裏口に周り、木戸の隙間から外の様子を窺った。
すると、ショートソードを手にした男がすぐ近くを通り過ぎて行くのが見えた。
どうやらこちらには気付いていないらしい。
僕はタイミングを図りながら外へ飛び出し、背後から銃のグリップで後頭部を殴打すると、男は一瞬で意識を失い前のめりに倒れた。
男を見ると、肩口に赤い布を巻いているのに気が付いた。
おそらく仲間を見分ける目印なのだろう。
僕は男から布を奪い取り、ロープを使って腕を後ろ手に縛りあげた。
これで目が覚めても抵抗は出来ないだろう。
ついでに、頭に巻いていたバンダナとショートソードも頂く事にする。
完璧な変装とまではいかないが、暗闇の中では仲間と思わせる事もできるだろう。
縛り上げた男は人目につかない物影に移動させた。
改めて真っ暗な村の中を見渡してみる。
正確な人数までは分からないが、把握できる気配はすでに両手の指を超えている。
「おい、お前、持ち場はどうした?」
不意に背後から男の声がした。
声の主は中年から初老と言ったところか。
距離が離れていたため顔は見られなかったが、肩口に巻いた赤い布を見て仲間だと思ったのだろう。
この男を殺すのは簡単だが、発砲音を聞きつけて仲間が駆けつけて来るとも限らない。
今は穏便にやり過ごせるに越した事はないだろう。
「は、はい。今、そこの物陰で用を足してて、これから持ち場に…」
「何?あれほど先に済ませておけと言ったのに。まったく…時間がないんだ、急げよ。さっき、隊にお頭が合流した。作戦は最終段階だ」
男はそう告げると、自分の持ち場と思われる方向に走って行った。
彼は僅かだが情報を残していった。
一つは、この一団のリーダー格が合流したと言う事。
もう一つは、作戦が最終段階という事だ。
まず、ここで疑問なのは、何故リーダーが遅れて合流したかと言う点だ。
考えられるのは、この他にもいくつかグループがあり、仲間を引き連れて来たと言う説。
仮にそうだとすれば、敵勢力は今よりも増えた事になる。
敵が増えればそれだけ戦局は不利になるので、できればこの仮説ははずれて欲しいところだ。
別の仮説を立てるとすれば、単独行動をしていたリーダーが合流したパターンだろうか。
ただ、こう考えた場合、何故リーダーが単独行動をしていたかという疑問が残る。
何か理由があるにしろ、今の状況では確証には至らないので、考え込むだけ不毛だ。
もう一つの疑問である、“最終段階に入った作戦の内容”について考えてみる。
こんな小さな村を多勢で襲うと言うには、何かワケがあるのだろう。
ただの略奪にしても、人を殺して火を放っているところを見ると、村そのものを焼き払おうとしているように見える。
仮にそうなら、最終段階という時点で、かなり状況が悪くなってると容易に想像できた。
現時点で、村人の大半は殺されたか捕らえられたのだろう。
僕は無意識に唇を強く噛んでいた。
唇から少し出血してしまったらしく、口の中に鉄の味が広がる。
立ち止まっていると、前方から数名の男たちが近付いてきた。
各々武器を持ちいつでも戦えると言った様子だ。
その中で、一番年配の男が僕を見つけ足を止めた。
「貴様、何故このような場所に居る。作戦は始まっているんだぞ」
「すみません。急に腹が痛くなって…」
「腹痛?それで持ち場から離れたと?」
「は、はい…すみません」
「貴様、顔を見せてみろ」
「え?それはちょっと…」
僕はすでに銃に手を掛けていた。
危険があればいつでも抜けるようになっている。
出来れば人は殺したくない。
後味が悪いに決まっているから。
きっと悪夢も見るだろう。
道徳的に考えても、やはり抵抗がある。
そんな思いを知って知らずか、男はズイと近寄り顔を覗き込んできた。
そして、眉根をひそめ持っていた剣のグリップを握り締めたのを確認した。
「貴様、仲間ではないな?」
「い、いえ、そんな事はありません。何かの間違いです」
「知らない顔だ。貴様、何者だッ!」
もはや何を言ってもダメだった。
ここは潔く身を守る事を優先するしかない。
本当ならこんな役回りは遠慮したいところだが、こればっかりは仕方ないだろう。
殺らなければ殺られる、そんな状況だ。
「…命乞いをするなら今だぞ?」
「何?貴様一人で何ができる!?」
「忠告はした。お別れだ」
僕は男の額に向けて弾を放った。
思えばこれが初めての人殺しだ。
引き金を引く瞬間までは、ゴブリンやオークを倒すのと同じ気持ちだった。
しかし、相手が倒れた時には罪悪感に心が支配されていた。
倒れた男は、真っ赤な血を辺りにぶち撒け、物言わぬ肉塊になった。
「き、貴様!」
「お前たちも殺す。顔を知られたからには生かしておけない」
罪悪感を振り払い、二人目に銃口を向ける。
二人目の時はいくらか罪悪感が薄れていた。
すでに一人殺しているため、殺す事への躊躇いが鈍くなったようだ。
一応、これは正当防衛とも言えるので、僕はそれを信じて引き金を引いた。
発砲音と同時に、二人目の男も同様に一瞬で絶命した。
そして三人目。
僅か数秒の間に仲間が二人も殺され、気が動転しているのか、手に持った剣がカタカタと鳴っている。
おそらく恐怖に心を支配されてしまったのだろう。
手っ取り早く人を掌握するには、恐怖と暴力を与えるに限る。
「さて、あとはお前だけだな。どうだ?命乞いをしてみるか?」
「こ、殺さないでくれ!お願いだ!」
「ふむ、他に言うことはないのか?」
「な、何でも言うことを聞く。だからお願いだ!」
「何でもか。では話を聞かせてもらおう。おっと、まずは武器を捨てろ」
男は指示に従って持っていた剣を放り投げた。
他にも武器を持っている可能性はあるが、下手な動きをすれば即座に殺せばいい。
「よし、まずは一つ目の質問だ。お前たちは何者だ?」
「お、俺たちはオルトロス…傭兵団だ」
「傭兵団?ただの殺戮集団じゃないのか?」
「殺しは俺たちの生活の糧だ…。殺さなければお頭に殺される」
「では、そのお頭とは何者だ?」
「我々を束ねるリーダーだ。二人居る」
「二人?オルトロス…そうか、オルトロスは二つの頭を持つ犬の怪物だったな。なるほど、そう言う意味か」
リーダーが二人居るといっても、実質的にはどちらかが主導権を握っているはずだ。
そうでなければ組織として混乱してしまう。
「二人のうち、どちらがお前たちを統率している?」
「え、エキドナというリーダーだ。冷徹な方で、オークやトロルなんかとは比べ物にならないほど恐ろしい…」
「エキドナ…確か、神話ではオルトロスの母親にあたる怪物の名前か。大層な名前をつけたものだな」
「な、なあ、助けてくれるんだろ?」
「ん?あぁ、そうだったな。まだ質問がある。返答次第では生かしてやってもいいぞ」
「わ、わかった。だから殺さないでくれ…」
僕は本質時にサディストな一面がある。
普段は何とも思っていないため、私生活には支障はないが、こう言った状況はどちらかと言えば興奮してしまう。
怯える男を見て、さっきから口元は緩みっぱなしだった。
「質問だ。お前たちの言う作戦とはなんだ?」
「こ、この村に恐ろしく腕の立つ旅人が居るという情報があった。そいつは見たこともない武器を使うらしい。それを奪うのが目的だ」
「ほう?では、俺の事だな」
「え?」
「お前が言った武器、それはきっとコイツの事だ」
驚く男の太ももに向けて弾を放った。
致命傷にはならないが、相手を無力化するには十分な効果がある。
同時に長い間放置しておけば出血多量にもなるだろう。
「おっと、これは驚いた…。大腿骨は外しておいたが、声一つあげないとはな」
「我々は…戦の前に薬で痛みを感じないようにしている…」
「なるほど…薬物常用者か。合点がいった」
「た、頼む…止血させてくれ…。痛みは感じないとは言え、このままだと死んでしまう…」
「ダメだ。話は終わっていない。お前たちはどこから俺の情報を得た?」
「お、お頭からだ。お頭は珍しい武器や魔具を収集している。お頭はアンタの武器を気に入ったらしい」
「武器の収集か。だから俺が滞在するこの村を襲ったと?」
「あ、あぁ…。家々を襲ったのは物資の補給だ。我々は常に食料を欲している…」
男の顔が青ざめてきたのに気が付いた。
痛みは感じていないようだが、出血が思ったよりも激しいらしい。
きっと太い血管を撃ち貫いてしまったからだろう。
こう言った拷問の類には精通していないため、加減がわからない。
下手をしたらこのまま死んでしまうだろう。
元々、生かして帰すつもりは毛頭ないのだが。
「わかった。では、お別れだ」
「え、あッ…」
何か言おうとしていたらしいが、それに気が付いたのは男が事切れた後の事だ。
とりあえず必要な情報は得られたので成果はあった。
どうやら、先ほどから首筋を襲っていた違和感の正体にたどり着いたらしい。
情報が正しければ、オルトロスを名乗る傭兵団が僕の持つ銃を狙っている。
相手のリーダーに関する情報は、今のところ名前だけしかわかっていないが、男の怯えようからしても相当な実力者だろう。
手遅れになる前に先手を打った方がよさそうだ。
次回、主人公は悪鬼になります。(たぶん)
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