シーン 30
改稿済み:2012/07/29
現れたオークは、それぞれが棍棒を持ち、革のパンツ一枚という出で立ちで、醜悪な顔からは涎を垂らしている。
そんな醜い姿から、彼らの事を神に創られた失敗作と呼ぶ者もいるようだ。
あまり気分のいい相手ではないため、素早く仕事をこなす事にした。
まず右手で銃を構えつつ、左手のマインゴーシュをチラつかせて牽制をする。
おそらく銃だけで片が付く相手なので、左手の短剣は飾りに過ぎない。
それでもいざと言う時に役に立つので、保険の意味合いもある。
むしろ、相手が凶器だと認識するのが難しい銃を見せるよりも、刃物を手にした方がわかりやすいだろう。
オークたちは鈍色を放つ短剣を見て警戒した。
しかし、相手が僕一人だとわかると、それぞれが不用意にも距離を縮めてきた。
銃の射程圏内は視認出来る範囲だが、オークにそんな事がわかるはずもない。
まずは見せしめにと、一番先頭のオークに弾丸をお見舞いした。
弾は眉間を貫いて易々と命を刈り取った。
それに驚いたのは残りのオークと馬車の中に居た三人だ。
「…今、何をしたんだ?」
「急にオークが倒れたぞ。見ろ、頭から血を流している」
倒れたオークの周りにはゆっくりと血だまりが広がった。
全身が水色のオークだが、血の色は紫色のようだ。
血液の色が紫色なのは亜人に共通しているらしい。
これは僕にしてみれば、赤色の血ではないため、殺す事への躊躇が削がれていい。
仮に赤色だったらこうはいかないだろう。
形だけは人のそれと同じだが、紫色は見ていて気色が悪い。
紫色の血は、相手が怪物である事を印象付けるには十分な特徴だ。
続けて残りのオークの処理にかかる。
一体目と同様に撃ち倒すのも悪くないが、僕の実力をわかりやすく伝えるにはデモンストレーションも必要だろう。
オークには動揺が広がっているので、狙い撃つのは簡単だ。
まず、相手を無力化するために棍棒を持っていた手を撃ち抜いた。
弾は手の甲に当たり、二体のオークは棍棒を手放した。
武器がなければただの青い大男だ。
それでも全身を分厚い筋肉で覆われているため、殴られれば致命傷になるだろう。
距離を詰められないよう注意しながら、戦況を優位に進めていく。
僕は銃口を手前に居た一体に向けると、動きを止めるために太ももを撃ち抜いて機動力を奪った。
と、ここで背後から気配と共に足音が聞こえた。
「お兄ちゃん、一体は私にやらせて」
「一体はって…」
言いかけたところで言葉を飲んだ。
サフラは冗談をいう子ではない。
もちろん、その場の感情にも流されるような性格でもないため、何か考えがあっての事だろう。
「…わかった。でも、危ないと思ったらすぐに助けに入るからな」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
そう言ってサフラは足を撃たれ動けないオークの横を通り過ぎ、もう一体のオークに立ち向かった。
手を負傷しているが、片手でも十分に凶悪な攻撃力を持っている。
それでも彼女は眉一つ動かさず、スティレットを抜いて距離を詰めていった。
オークは自分の身長の半分ほどしかないサフラを見て笑みを浮かべている。
きっと、自分よりも弱そうだと判断したのだろう。
人間でもそうだが、目に見えるモノに判断力を奪われがちだ。
物事の本質は、目に見えるモノの外にあったりするが、このオークにはそれがわからないらしい。
サフラは一瞬にしてオークの視界から消えた。
いや、これはオークの目線だ。
実際には身を屈め、一度だけ地面を強く蹴ってオークの脇を駆け抜けている。
身体の小ささもあり、オークには高速で移動したようにも見えただろう。
通り過ぎる瞬間には、スティレットで脇腹を深く突き刺し、気が付いた時には背後に回っていた。
オークは脇腹の痛みに気を取られているらしく、その隙を見逃さなかった彼女は背後から心臓に向けてスティレットを深く突き刺した。
その瞬間、オークは断末魔の悲鳴をあげて巨体が沈んだ。
「…“バックスタブ”だと!?」
背後でバドックの動揺した声が聞こえた。
どうやらバックスタブとは、サフラが行った突き攻撃の名前らしい。
「あんな小さな子がオークを…信じられない…」
「そうね。たとえ武器を持っていなくても、それでもゴブリンよりは強敵よ。私でも戦って勝てるかどうか…いいえ、武器を持っていたら敵わない相手だわ」
ラトキフとメイリーンは口々にサフラを賞賛する声をあげた。
どうやらサフラの活躍の方が目立ってしまったらしい。
「ふぅ…」
「アイツを仕留めたのか、やるなサフラ」
「うん。少し緊張したけど、でも落ち着いてやれば平気だったよ」
「そうなのか?お前、いつの間にそんなに強くなったんだ?いや、元からか…?」
「うーん、いつからだろうね?でも、今のはニーナさんの動きを参考にしたんだよ」
そう言われて、ニーナがオークを屠った時の事を思い出した。
言われてみれば、ニーナと同じような太刀筋だ。
最初に突きを入れた脇腹も急所の一つだと言っていた。
「一度見ただけで動きを真似たのか?凄いな…」
「ニーナさんほどじゃないよ。もっと修行しないとね」
サフラの動きを見てニーナが言っていた「末恐ろしい」という言葉を思い出した。
確かに、いい師匠を見つければ一気に腕前が上達するだろう。
本人の向上心も高いので、ニーナと肩を並べる日もそう遠くはないはずだ。
そこへ馬車の中に居たメイリーンも飛び出してきた。
手にはチェーンウイップを構えている。
「こんな若い子たちが戦ってるのに、お姉さんだけ黙って引っ込んでるのもカッコ悪いでしょう?」
子どものような笑みを浮かべつつ、まだ息のあるオークに向けて鞭を振るった。
オークは足を撃たれて地面に這いつくばっているが、まだ戦意を完全に失ったわけではない。
メイリーンは確実に命を刈り取るよう、脳天に向けて渾身の鞭を振るった。
すると頭蓋骨が陥没する嫌な音が聞こえ、オークは動かなくなった。
僕が思うに、刃物で切り殺されるより、鈍器のようなもので殴られる方が死に方としては凄惨だ。
苦痛を味わいながら嬲られる事を思えば、息を引き取ったオークにも同情をしてしまう。
「さっきは疑って悪かったわね。アナタたちがバレルゴブリンを倒したって話、私は信じるわ」
「わかってもらえればいいんですよ」
「きっと、あの堅物のおじ様も納得している頃よ」
全ての戦闘を終え馬車に戻ると、バドックと目が合った。
しかし、バドックはすぐに目を逸らし、特に言葉は交わさなかった。
どうやら自分の間違いを認め、あわせる顔がないようだ。
「レイジ、疑って悪かったよ。キミの持つ武器、あれは本当に恐ろしい武器だな」
「まあ、あまり自慢するものでもないですよ。俺の住んでいた国では極当たり前の武器ですから」
「そう…なのか。いやはや…心強い味方がついてくれて嬉しいよ」
「いえ、俺たちは与えられた役目を果たしただけです。それに馬車で旅をさせてもらってるんだから、これくらいは当たり前ですよ」
馬車は再び帝都に向けて走り始めた。
周りの風景は少しずつ移り変わっていく。
ゴツゴツとした岩場が徐々に少なくなり、辺りには毛足の短い草地が広がり始めた。
ラトキフによれば、この辺りがウエストランドとミッドランドの境目になるらしい。
ミッドランドは他の地域に比べて比較的低地にあたる。
海抜で言えば限りなくゼロに近いようだ。
また、海からも遠いため、湿度が低く一年を通して比較的過ごしやすい気候だという。
途中、帝都から西の港町を目指しているキャラバンが横を通り過ぎていった。
進行方向からキャラバンが来たと言う事は、道路状況は悪くはないのだろう。
正午を迎えたのは馬車の中だった。
僕らはいつものように腹を空かせている。
普段のようにリュックの中から食料を取り出し、何食わぬ顔で昼食を食べ始めた。
それを見て他の三名は驚いた様子だ。
「キミたちは昼も食事をするのかい?」
「ラトキフさんはお腹空きませんか?」
「まあ…少しは何か食べたいとは思うが、食べ物を口にする事はほとんどないよ」
「それもこの国の習慣ですか?俺が暮らしてた日本って国は、誰でも朝昼晩と三食の生活が普通だったんですよ」
「誰でも…それは国が裕福という証拠だね。羨ましい限りだ」
「そんなことはないですよ。まあ、この国よりは秩序が保たれているように思いますけどね。でも、俺が思うに表向きはって感じですけどね」
日本は物理的な戦争がない代わりに、経済という別の戦争がある。
直接命を奪うという事はないが、間接的に命を奪われている人もいるだろう。
それは貧困や格差という形で現れてくる。
富める人はどこまでも富み、貧しい人は明日の生活すら見えない世界。
だから、表向きには秩序が保たれている、そういう解釈をしていた。
「そんなに素晴らしい国なら、一度は行ってみたいものだね」
「とても遠いところなので、馬車でもたどり着けるかどうか…」
「そんなに遠いのかい?」
「えぇ、まあ…」
ラトキフは、歯切れの悪い僕の答えに少し疑問を持った様だが、それ以上突っ込んだ質問はなかった。
あまりお互いを詮索しては、今の関係を壊してしまう事もある。
彼は、人との繋がりを第一に考えているので、そう言った思惑が働いたのだろう。
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