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GunZ&SworD  作者: 聖庵
3/185

シーン 3

2012/03/09 改稿済み

2012/04/08 再改稿済み

まず、今の状況を整理しなければならない。

僕の周りをむさ苦しい緑色の怪物が取り囲んでいる。

怪物は転生した初日に出遭ったゴブリンだ。

ゴブリンは元々小規模なコミュニティーを作って生活している。

亜人種の中でも比較的能力が低いため、それを補うために群れで獲物を襲う。

その方が効率的だということをよく知っていた。

だから今回もいつものように獲物を取り囲み…という考えらしい。

だが、コイツらは運がない。

獲物に選んだ相手が悪かった。


左手にマインゴーシュを構えて牽制しつつ、拳銃で素早くゴブリン共を撃ち抜いていく。

一撃で頭、心臓、急所と撃ち抜き、次々に倒れていった。

一瞬で敵勢力の半数以上が減り、足元には数体の死体が転がっている。

僕はとても落ち着いていた。

次はどこを撃ち抜こうかと、この一方的な殺し合いを楽しむ余裕すらある。

ゴブリンの中でもリーダー格と思われる一回り身体の大きな個体は、危険を察知して一足先に逃げて行った。

それに釣られ取り巻きのゴブリンも背を向けて走っていく。

僕は思ってしまった、「それでいい」と。

自然界では本能的に危険を認識できなければ真っ先に死んでしまう。

だから僕はあえて背中を向けるゴブリンには敵意を向けなかった。


代わりにこの場を離れず攻撃の機会を伺う一匹のゴブリンを冷ややかな視線を送る。

人間の年齢に換算すれば十代後半くらいだろうか。

狩りの経験も浅く、下手をすれば今日が初陣だったのかもしれない。

若さから血気盛んになるのは結構だが、明らかに相手を分析する能力が欠如している。

勇気と無謀を履き違えれば、それは愚かとしか表現できない。

僕はせめてもの救いにと、苦しまないよう銃口を眉間に向け、躊躇なく引き金を引いた。

乾いた発砲音と同時に眉間に穴があく。

ゴブリンは悲鳴を上げることもなく、そのまま後ろ向きに倒れ込み動かなくなった。

足元には実に両手で数えられないほどの死体が散乱している。

そんな異様な光景の中に僕が立っていた。

ちょうどロヌールの町を出て半日ほど経った夕方の出来事だった。


ゴブリンに襲われた現場から一時間ほど歩くと村が見えてきた。

街道沿いの小さな集落でロヌールとは違い高い建物もない。

宿屋があるか不安だが、見つからなくても何とかしてここに泊まる他ない。

どうしても見つからなければ納屋か軒先を借りてでも身体を休めるところを見つける必要がある。

少し緊張しながら村内を見渡す。

まばらに村人が行き交っているが旅人の姿は見つからなかった。

旅人があまり立ち寄らない村なのだろう。


その理由はすぐに分かった。

宿を探すために声をかけた村人によれば、小さな宿屋が一軒あるだけだという。

珍しい名物や特産品などもなく、行商人や旅人には魅力の乏しい場所らしい。

加えて最近この近くに住み着いたというゴブリンのコミュニティーがあり、物騒だという噂が広がって旅人があまり寄り付かなくなったようだ。

ただ、村人にはハンターが二名と見習いが二名の計四名が駐在しているため、最低限の治安は維持されているのだとか。

現に村人がゴブリンに襲われたという事件は今のところ起きていないため、村人は心配こそしているが故郷である村を離れる気はないらしい。

最低限の治安が守られているのであれば過度に心配をする必要もないだろう。


村人に教えてもらった宿に腰を据えることにした。

昨日泊まったスイートルームに比べればかなり見劣りのする造りだが、眠れる場所を確保出来ただけでもありがたい。

枕は少し固くて寝心地が悪いが、贅沢は言えないだろう。


そしてこの晩、僕にとって忘れられない一日が始まることをまだ知らなかった。


深夜。

村人が寝静まった頃、村の入口で人知れず悲鳴が上がった。

村を警護していたハンターが何者かの一団に襲われ命を落とし、その後、家々を襲い次々と火を放っていった。

騒動に気が付いたのは家屋の半数が家が炎に包まれ、武装した緑色の一団が新たな家を襲おうというまさにその瞬間だ。


この時、僕は酷く後悔した。

窓から微かに見えた見覚えのある一団に背筋が冷たくなる。

あれは夕方、僕を襲ったゴブリン共だとすぐに気が付いた。

一回り身体の大きなゴブリンは、振りかざしたサーベルで村人を八つ裂きにし、切り落とした首をサッカーボールのように蹴飛ばして小躍りしている。

あの時、全てのゴブリンを殺しておけば…と、後悔の念が津波のように押し寄せてきた。

そんな間にもまた一人と村人が蹂躙されていく。


止まらない一方的な暴力の中、雄々しい叫び声が闇夜を切り裂いた。

声の主は甲冑を着たハンターの男性だった。

両手持ちの大剣を手に、大振りの一撃でゴブリンを次々に薙いでいく。

怪力が自慢なのか、それなりに高い実力の持ち主だろうとすぐに察しがついた。

突然の攻勢に浮き足立つゴブリンだったが、リーダー格のゴブリンが空に向かってサーベルを突き上げ、突然雄叫びを上げた。

次の瞬間、闇夜を切り裂くように暗闇から矢が飛び出し、ハンターの右肩に命中した。

激痛に悲鳴を上げるハンターを見ると、ゴブリン共の志気は一気に高まり、動きが鈍くなったハンターはそのままなぶられるように絶命した。


そんな出来事が繰り広げられた直後、宿のすぐ近くにゴブリンの一団が迫っているのが見えた。

手には燃え盛る松明を手にしている。

火を放たれれば数分もしないうちに炎は建物を覆いつくすだろう。

僕は後悔の念に苛まれながらも今、成すべきことを理解した。

殺らなければ殺られてしまう。

この蹂躙を止められるのは僕しかいないのだと。

急いで装備を整えると部屋を飛び出した。


宿の入口付近にはすでに数体のゴブリンが入り込み、手当たり次第に設備を壊している。

宿の店主は逃げ場を失い、受付カウンターの裏で丸くなっているところへ、今まさに凶刃が振り下ろされようとしていた。

僕は寸でのところでゴブリンを撃ち倒し、同時に残っていたゴブリンにも銃弾を浴びせかける。


「大丈夫ですか!」


店主に慌てて駆け寄ると酷く怯えた様子で奥歯を震わせていた。

一時的なショック状態だがしばらくすれば治まるだろう。

幸い怪我はないようだ。


「ゴブリンは俺が殺ります。アナタは扉に鍵を掛けて他の宿泊客を守ってください」


返事は聞こえなかったが待っている時間はなかった。

外から扉を閉め、ゴブリンの群れへと駆けていく。

辺りは家々が燃える炎で昼間のように明るかった。

それと同時に夜風に煽られた炎で熱風が吹き荒れている。

あまり長くは戦っていられない、そう思った。


左腕の袖で煙を吸わないようにしながら銃でゴブリンを一体ずつ仕留めていく。

射程距離の長い銃は剣のように敵に接近する必要はない。

この銃は弓のように矢を継ぐ時間もなく実に効率的な武器だ。

一体また一体と殺していくうち、リーダー格が僕に気が付いて先ほどのような奇声を上げた。

同時に闇夜を切り裂くような矢が一直線に向かってくる。

だが、先ほどハンターがやられるところを見ていたため、攻撃を予測するのはそれほど難しくはない。

重心を少し傾ける程度の動作で矢をかわすと、後方へと逸れていった。

驚いたのはリーダー格で、その動揺は他のゴブリンにも伝播していく。

統制力を失った一団は烏合の衆も同然だ。

逆に虚を突く形になった僕は容赦なくゴブリンを葬っていく。

ただ無慈悲に、冷徹に引き金を引き続けた。


そんな乱戦の中、闇の中から全身を青白い体毛に覆われた二足歩行の怪物が姿を現した。

直感的にそれが“コボルト”だと分かったのは、ロヌールのハンターギルドにあった手配書の特徴と一致していたからだ。

手にはボウガンを持っていることから、先ほど矢を放ったのがコイツだと分かった。

目を凝らすと闇の中に数体のコボルトが確認できる。

しかし、ボウガンを持っているのはこの一体だけで、残りは短剣や棍棒を手にしていた。

僕は真っ先にこのボウガンを持ったコボルトを撃ち殺し、地面に落ちたボウガンに銃弾を数発撃ち込む。

穴があいて弦が切れたボウガンは武器としての能力を失い、別の誰かが拾っても脅威ではなくなった。

残ったのはもはや敵とは呼べない勢力だ。

仮に一斉に飛びかかられたとしても負ける気はしない。

鴨を撃つ猟師の気分で逃げ惑う亜人共を次々に殺害していく。

夜闇に乾いた発砲音がこだまし続け、気付くと辺りに動く者はなくなっていた。

ただの一匹もこの場から逃さず、静かになった戦場で、完全に亜人共の掃討が終わったことを知った。


まだ耳には発砲の余韻が残っている。

そんな中、一軒の燃え盛る民家の中で子供の泣き声が聞こえた。

火の手で逃げ場を失い、今まさに命の危険が迫っている、そんな状況。

僕は近くにあった井戸から水を汲み上げ、全身に浴びると、一心不乱に泣き声のする家の中に飛び込んだ。

身体は転生前より強化され肺活量も何倍にも増大している。

息継ぎをしなくても数分は平気だろう。

真っ赤な家の中で、机の下で小さくなっている子供を見つけた。

もう声はしていないが、微かに手が動いているのが見える。

子どもを小脇に抱えると、窓を蹴破って外へ飛び出した。


そのまま安全な場所まで子どもを運び、仰向けに寝かせる。

顔が煤けているので性別の判別は出来ないが、今はそんなことは重要ではない。

微かだが息があり、まだ死んではいないと分かる。

ただ、このまま放っておけばどうなってしまうか分からないため、すぐに救命処置が必要だった。

出来るだけ呼吸が苦しくないようアゴを引いて気道を確保する。

全身を見たが火傷を負っていないのは不幸中の幸いだ。

心配なのは熱風と煙が原因で起こる気管内部の熱傷だった。

穏やかに続く呼吸だけを見ればその心配もなさそうだが、予断は許さない状況には間違いない。


僕はアスリムト町長にもらったリュックの中に鎮痛作用のある薬草があるのを思い出した。

傷を癒す効果もあるので、内側の炎症にも効果はあるだろう。

井戸から水を汲み、乾燥した薬草を手で細かく砕いて飲ませてやった。


「死ぬな!死ぬんじゃないぞ!!」


必死に呼び掛けると声が届いたのか、閉じていた目がゆっくりと開いた。


「…お兄ちゃん…誰?」

「俺はレイジだ。いいか、無理に喋るんじゃないぞ。痛いところがあったら言うんだ」


煤けた顔をゆっくりと上下に動かして応えてくれた。

すると次第に呼吸は落ち着き、やがて寝息へと変わっていく。

どうやら安心して眠ってしまったようだ。

規則正しく繰り返される寝息に安堵しながら、燃えていく家々を眺めた。

これは僕が甘かったばかりに起こってしまった悲劇だ。

怪物共に情けを掛けた僕への罰だと思った。

この夜、燃え盛る炎の中で強く生きることを胸に誓い、長い夜が更けていった。


翌朝。

目が覚めたのは宿の部屋だった。

ベッドには昨日命を救った子供が眠っている。

あれから子どもをベッドに寝かせ、僕は壁を背に眠ってしまった。

おかげで尻も背中も痛くて仕方がない。

窓の外には一晩中燃え続けた民家の焼け跡から、薄らと白煙を青空に伸びているのが見える。

宿が無事だったのは風上に建っていたからだった。

延焼する建物や物が近くになかったことも幸いしたようだ。

僅かに生き残った村人たちは戦いが終わったことを知ると、残った建物を守るため必死の消化活動が始まった。

宿が完全に焼けなかったのも村人たちのおかげだ。


朝日に照らされた村内にはところどころに夥しい数の怪物の死体が転がり、一部は炎に焼かれているものもある。

僅かに肉の焦げる香ばしい臭いが漂う中、昨晩見た光景が脳裏に蘇ると急に動悸がするのを覚えた。

胸が締め付けられ、取り返しのつかない現実が僕を苛んだ。

しばらくすると動悸も落ち着き呼吸も楽になっていく。

不意にベッドを見ると、煤けた顔の子どもが身体を起こして不思議な顔をして僕を見ていた。


「…ここ、どこ?」

「…ここは、宿の部屋だよ。昨晩のことは覚えているか?」

「…少しだけ。…怖かった。お父さんとお母さん…死んじゃった…」


昨晩のことを思い出し子どもは小さくすすり泣いた。

ただ、それも長くは続かず、顔を拭って再び僕を見ている。


「とりあえず顔を洗おうな。ちょっと待ってろ、桶を借りてくる」


そう言って部屋を出ようとすると、子どもは駆け寄ってきて服の裾を掴んだ。


「…行かないで」

「大丈夫。すぐに戻るから」

「…お父さんもお母さんも…そう言って死んじゃった…」

「そう…だったのか。すまん。だけど俺は大丈夫だ。言っておくがお兄ちゃんはとても強いんだぞ?昨日の怪物もお兄ちゃんが全部倒したんだ」

「…本当?」

「あぁ、だから心配しなくていいんだ。でも、怖がったら我慢しなくていいんだ。そうだ、桶、一緒に取りに行くか?」

「うん」


嬉しそうに頷いたのでそのまま連れて部屋を出た。

受付で桶を借りようと思ったが、そこには店主の姿がなかった。

呼びかけてみたが返事もなかったので、仕方なくその足で井戸へと向かった。

桶があれば顔を洗うのに便利だろうと思ったが、井戸に設置された釣瓶から直接顔を洗うこともできる。

宿の裏手に出てみると、表側とは違いこちら側の被害は見られず、小鳥が囀る静かな朝の風景が広がっていた。

井戸は裏口を出たすぐ近くにあり、先客はいないようだ。

ここで一つ思い出したことがある。

そう、考えて見ればまだこの子の名前を聞いていなかった。

中性的な顔立ちをしていて性別もよく分からない。

肩の長さで切りそろえられた真っ赤な髪は、昨晩の炎を連想させるほど赤かった。


「えっと…俺はレイジ。お前、名前は?」

「サフラ。サフラ=アリアベル。今年で十四歳」

「サフラか。イイ名前だな。…ん?と言うことは…女の子…だよな?」


サフラは一瞬、不思議そうな顔をしたが頷いて応えてくれた。

よく見ると男の子より少し丸みのある身体付きをしている。

昨日は無我夢中でわからなかったが、言われてみればすぐに納得できた。

ただ、初見で性別が分からなかったのは、やはり顔が煤けているからだ。

でなければ暗がりでよく判別できなかったと弁明を入れておきたい。

顔を洗うと赤い髪とは対照的な白い肌が朝日で輝いた。

初めからこの顔を見ていれば女の子だと分かっただろう。

整った顔立ちをしているし、美少女と言っても過言ではない。

幼さの中にも力強さのある瑠璃色の眼差しは、一心に僕へと向けられていた。


「腹、減ってないか?」

「お腹空きました」

「だよな。朝食を食べよう」


建物に戻ると受付に店主が戻っていた。

しかし、その顔は申し訳なさそうな顔で、肩を落としている。

話を聞いてみると昨晩の襲撃で食糧を備蓄していた倉庫を焼かれたという。

食糧庫は村全体で共有となっており、備蓄していた食材が全て焼けてしまったらしい。

宿の中には豆や干し肉などいくらか保存食が残されているようだが、今後の生活を考えると提供することが難しいと言われて、涙まで流された。


あれだけの事件に遭ったのだから、無理強いをして「よこせ!」と催促することもできない。

だからと言って、それで腹のムシが納得するわけもなかった。

そうなれば頼るのは自分しかないと思うのは普通の考えだ。

幸いリュックの中には昨日買っておいたバゲットが二本ある。

昼食の目処が立たないので、一人一本とはいかないが、半分に分けて干し肉を挟めば満腹感は得られるだろう。


部屋に戻ってさっそく準備に取りかかった。

朝食はものの数分と掛からず出来上がり、僕らはそれをまるで兄妹のように分けあった。

元の世界で僕は一人っ子で、一人の食事も珍しいことではない。

共働きの両親に迷惑を掛けたくはないと考えていたから、それが転生する前日まで続いた。

ただ、厳密に言えば僕には妹が居たらしい。

妹は生まれた直後、産声をあげなかった。

死産だった。

母親は痛く悲しんだと父親に話をされたのをよく覚えている。

きっと妹が居たとすればサフラと同じか、それよりも少しお姉さんといったところか。

成り行きで助けたとは言え、サフラは良く懐いている。

突然両親を亡くして泣き出したいと思うだろうに、悲しい表情は見せず、至って気丈に振る舞っていた。


「ごちそうさまでした」

「旨かったか?」

「はい。とてもおいしかったです」

「そうか、それはよかった。そう言えばサフラ、お前、この後どうする?」


それはどうしても確かめておかなければならない質問だった。

襲撃を生き延びたとは言え、未成年のこの子がこれからどうやって生きていくのか、その心配をしなくてはならない。

近くに親類縁者でも暮らしていれば引き取ってもらうと言う手もあるだろう。

ただ、それを聞いたサフラは俯き加減で、何か言いたそうな雰囲気だとすぐに気が付いた。


「どうした?サフラ」

「あのね、お兄ちゃん…私、お兄ちゃんと一緒に行きたい」


サフラは思っても見なかった事を口にした。

それに驚いて目を丸くしているとサフラは続けた。


「…お父さんもお母さんもいなくなっちゃったから、私は一人では生きて行けません。だから、私を助けてくれたお兄ちゃんの側で、できる限りお兄ちゃんを支えて生きていきたいの」

「支えたいって…何言って…お前さ、親類は居ないのか?叔父さんや叔母さんくらい近くに居るだろう?」

「…うん。たぶん探せば居ると思う。ただ、お父さんとお母さん、元々この村の出身じゃないから、誰が親類なのかは私には分かりません。それに、居たとしても会ったこともないから…不安だし…」


確かに親類とは言え見ず知らずの間柄では不安があって当然だ。

だからと言って、成り行きから命を助けた僕と、今後一緒に行動するというのはどうだろうか。

まだこちらの世界へ転生して三日という事実も、彼女の要望に快諾できない要因の一つだった。

今は明日の暮らしの目処も立っていない。

下手をすれば明日は“野宿”なんてこともあり得るのだから。

頭の中でグルグルと考えをめぐらしていると、サフラは静かに僕の手を取って握りしめた。

温かく小さな手が震えている。

彼女にしてみれば藁にもすがる思いなのだろう。


正直、僕のどこに希望を見いだしているのかは分からない。

今、こうして二人で食事をしているが、三日前まではどこにでも居る普通の男子学生だった。

もちろん、当時の僕が“普通”だったかという点は、今になってはもはや“自称”の域を出ないのだが。

不可抗力ながら幼女によって力を与えられ、右も左も分からないこの世界へ迷い込んだのはまだ記憶に新しい。

仮に、この転生がゲームや小説の中のように、当初から何らかの目的があるのなら、最初の時点でもう少し真面目に明日のことを考えているだろう。

例えば、人々を苦しめる大魔王を退治するベタベタな物語だとか。

しかし現実は違っていた。

何となく希望した世界で、人より少しばかり高いステータスとチート武器を手に入れた他は、この世界で暮らす人々と変わらない。

時間が経てば腹も空くし眠くもなる。

命だって一つしかないのだから、心臓をナイフで刺されば死んでしまうだろう。

そんな僕に彼女をこの先ずっと守っていけるのだろうか。

その問題さえ何とか出来れば話しは変わってくるのだが。


「…贅沢は、出来ないぞ」


不意に口をついて出たのは考えていたのとは違う言葉だった。

本当は断ろうと思っていた。

僕に彼女を養えるわけがない。

そう思っていた。

だけど僕は…。


「はい。大丈夫ですよ、お兄ちゃん」


サフラは大きく頷いて笑みを浮かべた。

本心ではサフラを守ってやりたいと思っていた。

この世界で一人になってしまったという境遇が僕に重なり、他人事には思えなくなっていた。

ここで僕が見捨てれば彼女は生きていけるのか、明日には命を落としているかもしれないのではと不安になってしまう。

だから彼女を悲しませないよう、快諾ではなく条件を提示した。

初めから覚悟が出来ていれば困難にぶつかった時もある程度は冷静に対処できるだろう。

僕は決意した。

今、この時から彼女を守っていこうと。


そうと決まればまずは二人が人並みに暮らせる日常を手に入れなければならない。

これからどうやって生計を立てていくか、そこが問題だ。

少なくとも数日はゴブリンを倒して得た報奨金がある。

二人くらいなら贅沢をしなければ数日くらいは何とかなるだろう。


ここで不意にある疑問が浮かぶ。

この世界の経済観についてだ。

はっきり言って生活に必要な物の相場が分からない。

これまでは提示されるままに料金を支払い、パンやガンホルダーを手に入れた。

何より人並みの生活をするのにどれくらいの資金が必要なのか、この点をしっかりと把握しておかなければ後々問題になるだろう。

ダメ元だがサフラに聞いてみれば何か分かるかもしれない。

幼いとは言え十数年間生活をしているのだから、転生して間もない僕よりは詳しいだろう。


「なぁ、サフラ、少し聞きたいんだ。知ってる範囲で教えてほしい。普通、一日の生活費ってどれくらい必要なんだ?」


余計な質問は省いたのは必要な情報だけを得るためだ。

もちろん、今の僕には無駄な情報などほとんど無いと言ってもいいが、一度にいくつもの情報を把握するのはなかなか難しい。

分からなければその都度聞く方が効率的だ。


「うーん…じゃあ、私のお家の話をするね。朝はいつもパン屋さんでバゲットを六つ買います。これは朝と夕の二回分。そのあと、燻製屋さんで二日分のハムを買って、畑で取れた野菜を食べるの。お父さんは葡萄酒が好きだったから、これとは別に酒屋さんでワインを買ったりもしてるよ。これだけでたぶん銅貨二十枚分だから、銀貨だと二枚かな?もちろん三人分だよ。あとは、お洋服。たまに村へやってくる行商のおじさんから買ってたんだけど、少し割高だったかも?この服はね、実はお気に入りなんだけど、銀貨一枚だったと思う」

「じゃあ、一年暮らすのにどれくらいの銀貨が必要か分かるか?」

「うーん、お父さんが言うには一人なら食費で金貨が十枚あれば十分だろうって」

「なるほど…」


感覚的に金貨一枚が一万円札と同じ程度か少し高いくらい。

銀貨なら千円札で、銅貨なら百円玉といったところか。

ブレイターナではあまり経済が発達した世界ではないため、地方に住んで居る場合は出費が少ない。

逆に、経済が発達した帝都であれば物価が違うので、同じ感覚でモノを考えてはいけないようだ。


ただ、この他に宿屋の問題がある。

どこかに拠点を置き、生活の基盤を整えるのであれば問題にはならないが、そうなれば家を買わなければいけない。

この辺りはジレンマになるところだが、長い目で見れば家を買った方が経済的だろう。

問題はどこに拠点を置くかだが、この問題についてはすぐに結論を急ぐことはないだろう。


「それにしてもサフラって案外物知り何だな」

「お父さんがね、冬の間だけ行商人になるの。ほら、冬はお野菜採れないし。それでね、たくさん教えてもらったから…」


それだけ言うと口を固く閉じて押し黙ってしまった。

家族と過ごした日々を思い出してしまったらしい。

目は潤んでいるが、すぐに泣き出しそうな様子はなかった。

悲しさを我慢しているのだと気が付くと、僕は何も言わずにサフラの肩を抱き寄せた。

歳の割にしっかりとは言え、子どもは子どもだ。

サフラは抱きしめた胸の中で声もなく泣いた。


僕らは簡単な朝食を終えると身支度を整えて宿を出た。

夜が明けて分かったことだが、村の惨状は筆舌に尽くしがたい有り様だ。

半数以上の家屋が焼け風景が一変している。

家々を焼いた炎はほとんど消されているが、半日以上が経っても白煙が立ち上る家屋もあった。

襲撃を生き延びた村人たちはそれぞれに後片付けを始める者、呆然と立ち尽くして表情に生気がない者もいる。

宿屋の主もそうだったが、これから先どのようにして村を再建していくのか見通しはまだ立っていない。

旅人として偶然居合わせた僕にも何か出来ることはないかと一度は考えた。

しかし、今は守るべきモノができたためそれも難しい。


僕は気になってサフラが暮らしていた家を見てみることにした。

家は屋根が焼け落ち、黒く焼け残った骨組みを残すだけとなっている。

サフラは悲しそうな顔を見せ、僕の袖を掴んだまま無言だった。

彼女に何か残せるモノはないかと焼け跡を見渡すと、真っ黒に焦げた小さな箱を見つけた。

箱は薄い銅の板を加工して作られた宝石箱らしく、開けてみると中には青い石の付いたペンダントがあった。


「…それ、お母さんの…」

「…そうか。これはお前が持ってろ。今日を忘れないために…」

「うん…ありがとう、お兄ちゃん」


村を出る前に一つ確認しておくことがある。

昨晩倒したゴブリンどもに報奨金が掛けられていなかったかと言う点だ。

あれだけの徒党を組んで暴れまわったのだから、ギルドに討伐の依頼が出ていてもおかしくはない。

それを確かめるにはギルド支部へ赴いて確認する方が早いだろう。

そうでなければギルド関係者か事情通の誰かに聞くという手もある。

今は情報が乏しいだけに、分からないことは一つ一つ解決していくしかない。

それらしい人物が居ないか辺りを見渡すと、少し離れたところからこちらへ歩いてくる男性がいた。


「あなたはもしや、昨晩一人でゴブリンを倒した旅の方では?」

「えぇ、そうですが…あなたは?」

「私は村長代理をしておりますプラウフと申します。昨晩亡くなった村長に代わり、心よりお礼申し上げます」


そう言ってプラウフは深々と頭を下げた。

プラウフによれば村長は村を守るために勇敢に戦い、息を引き取るその瞬間まで村の行く末を案じていたらしい。

プラウフの肩書きは今のところ代理だが、近いうちに正式な村長となることが決まっているという。


「昨晩はお気の毒様でした。私がもっと早くゴブリンどもを仕留めていれば…」

「いえ、村を守っていたハンターですら歯が立たなかった相手にございます。あなたが居なかったら村は全滅していたでしょう」

「申し訳ない…」

「…ところで、あれだけの力をお持ちということは、あなたもハンター…いや、紋章はお持ちでないようですね」


ハンターの紋章は普段から分かりやすいところに身に着けておくらしい。

一般的なのは利き腕の二の腕辺りだという。

これまでに見てきたハンターも今のところそのようにしていた。


「えぇ、遠い異国の日本というところから旅をしています。今は帝都へ向かう途中で、ハンターギルドの本部にも顔を出そうと思っているところなんです」

「そうでしたか。あなたほどの腕があればすぐに認められるでしょう」

「それで、少しお聞きしたいのですが、この村にハンターギルドの支部はありませんか?少し確認しておきたいことがありますて…」

「報奨金のことですかな?あいにくですがこの村に支部はございません。村に駐在していたハンターも隣町の支部に依頼をして派遣していただいておりました」


小さな村だけに支部までは設けられていなかった。

もし、この村に支部があり、多くのハンターが駐在していれば被害はここまで広がらなかっただろう。


「なるほど…そうなると、次の町へ行かなければならないと言うことですね」

「そうなります。今し方、早馬を手配して隣町の支部に遣いを送りました。もちろん、あなたが一人で十数匹ゴブリンとコボルトを倒したと書状に書いておきました」

「そうでしたか。それでは一度隣町に顔を出してみます」

「それと、つかぬことをお聞きしますが、その子はサフラでは?」


僕の影に隠れていたサフラに気が付いたプラウフが不思議そうな顔をした。

誰でも村の子どもと旅人が寄り添っているのを見れば疑問に思うだろう。

実際、当人の僕でさえ昨日までこうなるとは思ってもみなかったので、自分の事ながらプラウフと同じ気持ちだ。


「えぇ、家族を亡くし、私が引き取ることにしました。本人の希望です」

「そうでしたか。お強い旅の方なら、きっと大丈夫でしょう。彼女は芯の強い子です。村の者を代表し、よろしくお願いします」


プラウフは再び頭を下げ、それを見たサフラも僕に頭を下げた。

僕はサフラの頭を撫でると、彼女は猫のように目を細くして笑った。

話が終わりプラウフとの別れ際、隣町のハンターギルドに宛てた案内状を手渡してくれた。

これを見せれば話が通るようになっているらしい。

最後に村の再建を祈る旨と別れを告げて次の町を目指した。

ご感想・ご意見・誤字脱字のご指摘がありましたらよろしくお願いします。

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