シーン 29
改稿済み:2012/07/29
翌朝。
晴れ渡った青空の下、ようやくトンネル開通の日を迎えた。
思えば長い間この場所に留まっていたような気がする。
それも今日で終わり。
僕らは揃って宿を出た。
トンネルの開通は人や物の行き来を活発にする。
町の広場には荷物を満載した馬車が出発を今かと待ちかねていた。
そんな活気ある雰囲気を横目にキャラバンギルドを目指す。
目的は一つ。
キャラバン募集の有無を確認するためだ。
キャラバンに参加できれば道中、馬車で移動することが出来る。
変わりに亜人族の襲撃を馬車から守らなければならいなが、そこは互恵関係なのでお互い様だ。
キャラバンギルドの前にはたくさんの人が集まっていた。
しかし、最初にココへ訪れた時とは違い、長い行列のようなものは出来てない。
近くで話しをする関係者と思われる話声によれば、募集を出せばすぐに定員になるほどの繁盛っぷりなのだとか。
遠巻きに人の流れを観察しながら受付をしてみることにした。
ギルドのカウンターには忙しそうに案件の処理に当たる職員が何人か見える。
彼らは要望のあった行商人と旅人のカップリング作業を行う専門のスタッフだ。
長年の経験と勘、それに行き先と人柄を精査して組み合わせを決めていく。
さながらベルトコンベヤーの流れ作業を見ているようだ。
その中で受付を担当する若い女性職員を見つけ声を掛ける。
「すみません、キャラバンに参加したいのですが」
「いらっしゃいませ。ご利用はお一人でしょうか?」
「いえ、二人です」
「行き先はどちらでしょう?」
「帝都です」
「商隊の規模でご希望はございますか?」
商隊の規模はキャラバンが許容する参加人数の上限のことだ。
大人数になればその分安全性が増す。
その代わりに大所帯になるのでキャラバンの機動力が落ちるデメリットがある。
反対に少人数の場合であれば安全性が劣る分、キャラバンの機動力が良くなるので早く目的地に着くことができる。
両者でどれだけの差があるかといえば、仮にこの町から帝都へ向かった場合、約半日から一日くらいの差だ。
急ぎの旅であれば少人数のキャラバンを選択し、少しでも移動時間を短縮するということらしい。
僕らの場合は特に急用ということはないので、どちらでもいいと答えるべきか。
「特にこだわりはないですね。すぐに出発する商隊はありますか?」
「すぐでしたら少人数の商隊があと三名の募集を待っております。お客様はお二人ですので、あと一人揃えばすぐに出発できるでしょう」
「そうですか。じゃあ、その商隊に参加したいです」
「わかりました。それではお名前をご記名ください。あとは料金をお支払いいただいて契約成立です」
言われた通り登録用紙に二人分の記名をしてキャラバンを募集していた行商人の元に向かった。
待っていたのは若い男性だ。
歳は僕とそんなには違わないだろうか。
「どうも。ギルドで紹介されてきました」
「やあ、君たちがキャラバンの参加者かい?随分若いな」
「えぇ、二人で旅をしています。このキャラバンは帝都行きですよね?」
「あぁ、その通りだ。実は帝都へ急ぎの届け物があってね。初めて少人数のキャラバンを募集したわけなんだ」
「そうでしたか。あと一人揃えば出発なんですよね?」
「そうなるね。今、バンティーハンターの方が一名参加してくれているから、私を含めて全員で五名になる」
原則としてキャラバンの結成は二名以上というルールがある。
ちなみに最大上限は馬車一台当たりで十五名。
馬車の数が増えればそれだけ上限が増えていく計算だ。
この行商人はラトキフという名前らしい。
行商人としてはまだ駆け出しで、将来は自分の店を構えるのが夢なんだとか。
同行するバンティーハンターは肩幅の広い初老の男でバドックというらしい。
顔に深い切り傷があり、あまり感情を表に出さない性格なのか名前を告げた以外に多くは語らなかった。
しばらくすると若い女が商隊に近付いてきた。
雰囲気からして最後の一名といったところか。
「あの…ギルドから紹介を受けてきました。ラトキフさんの商隊でよろしいでしょうか?」
「えぇ、アナタが最後のメンバーです」
「そうでしたか。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」
「いえいえ、これでも早く集まった方ですよ。では、皆さんの挨拶が住んだらさっそく出発しましょう。時は金なり、ですからね」
キャラバンというのは基本的に行商人がリーダーを勤める。
必ず行商人がリーダーにならなければいけないというルールはないが、馬車を所有しているためただ同行する仲間よりも優位な立ち位置というのが大方の理由だ。
中には自らリーダーを放棄する行商人もいるが、その場合は極めて稀なパターンになる。
最後に合流した女性はメイリーンという名前で、職業は歌手をしている。
今回は興行のため帝都に向かう途中でキャラバンへの参加を決めたらしい。
また、メイリーンは副業で賞金稼ぎをしていると話していた。
ただ、クローラーやゴブリン程度の相手と戦える程度なので、上位種であるオークには敵わないそうだ。
得意な武器は極細の鎖を編みこんで作った“チェーンウィップ”という鞭。
皮製の鞭とは違い殺傷力が高く、剣や槍とは違った変則的な戦い方ができる珍しい武器だ。
使い手によっては鞭が生き物のように敵を仕留めることから、別名“スチールスネーク”とも呼ばれる。
町を出発したキャラバンはゴブリンたちが巣食っていたトンネルに差し掛かった。
激しい戦闘の影響で崩落した内部はすっかり整備が終わり、戦いの爪あとはどこにも見られない。
惨殺したゴブリンの死骸も残っておらず、あれほど気になった悪臭も感じられない。
「そういえば、バレルゴブリンを倒したのは若い女と男だったらしいな」
「私も聞きました。確か、男の方は異国からの旅人だとか」
「そうそう。見たこともないジュウという武器を使ったらしい。レイジ、君は何か彼らについて聞いていないか?」
事情を知らないラトキフとメイリーンは馬車の中でくつろいで居た僕に声を掛けてきた。
僕がその本人だと知ったら彼らはどう思うだろうか。
正直に答えるべきか悩んでいるとサフラが身を乗り出した。
「えっと、この人が今のお話に出てきた男の人です」
『え?』
ラトキフとメイリーンは同時に目を丸くした。
「えっと、だから、この人が私のお兄ちゃんで、銃を使う異国の旅人です」
「た、確かに黒髪だが…本当にキミがそうなのかい?」
「えぇ…まぁ、そういうことになりますね」
「信じられない…こんなに若い子だったなんて」
「えぇ、私ももう少し年上の方だとばかり…」
「バレルゴブリンを倒したのは俺じゃないですよ。バウンティーハンターのニーナって女性です。俺はただ、彼女のサポートをしただけです。あと、他にもハンターのクオルとダイドって人たちが協力してくれましたから」
実際にバレルゴブリンに止めを刺したのはニーナだ。
僕はそのサポートをしたまでで、特に自慢できる活躍をしたわけでもない。
それでも、二人は僕に興味津々と言った様子で食い入るように顔を見てきた。
「じゃ、じゃあ、ジュウっていうのは?」
「あぁ、これですね。これがお二人の言ってた銃です」
ホルダーから銃を抜き二人に見せてやった。
「こんな小さな物が銃…?」
「私はもっと大きな剣かと思ってました」
「ここから遠く離れた日本という国で使われている武器です。これが一つあればゴブリンやオーク程度なら簡単に殺すことができますよ。もちろん人間も」
「…信じられないな。小僧、妄言はその辺にしておけ」
突然、だんまりを決めていたバドックが声をあげた。
低く腹に響く声でどこか威圧的な印象。
「嘘ではないですよ、バドックさん」
「…小僧、ワシは三十年賞金稼ぎ家業をしてきた。その経験から言って、貴様のようなモヤシがあのバレルゴブリンと戦って無事なはずがあるまい」
「うーん…確かに、言われてみればバドックさんの言うと通りですね。私も彼がバレルゴブリンの討伐に加担していなんて、にわかに信じがたい…」
バドックにつられたのか、今度はラトキフまで疑問の声をあげた。
「信じられない気持ちは分かりますよ。人は誰でも自分の目で見たもの以外、信じるのはなかなか難しい。俺だってそうだから」
「ふん、小僧が知った風な口を…」
「バドックさんの気に障ったなら謝ります。ただ、事実は事実なんで」
「それほど言うのなら、亜人が現れたときに貴様一人で対処してみせろ。それで信じてやる」
「なるほど。分かりました」
この会話のあと、僕らは必要なこと以外言葉を交わさなくなってしまった。
特に険悪な雰囲気とは言わないが、どことなく僕に向けられた視線が冷たくなったような感じがする。
このまま何事もなく帝都に到着すれば僕は嘘つきのままになるのだろうか。
そんな幻想にふけっていると、御者台で手綱を握っていたラトキフが声をあげた。
「オークだ!大変だ、三体居るぞ!」
その言葉と同時に車内に緊張が走るのが分かった。
僕は僕とて他の三人とは違い普段通り肩の力が抜けている。
何より、ここで振る舞いいかんで今後の旅が楽しくなるかつまらなくなるか、そんな瀬戸際にも立っているのだから。
僕はサフラに笑みを投げかけ、馬車の前に降り立った。
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