シーン 28
改稿済み:2012/07/26
場所を移して町の南部にある原野に立った。
町からはそれほど離れていないが、亜人や魔物が現れないとも限らない。
辺りに注意を払いながら安全を確認しつつ、早速準備に取りかかる。
準備と言っても、先ほど購入したものを手に取るだけだが。
「まずは火薬玉からだな。とりあえず投げて衝撃を与えてみよう」
「大きな音が鳴るんだよね?大丈夫…?」
「最初だからな。慎重にいくさ」
まずは投げてみる。
肩の力を抜いて野球の投球フォームを参考にしつつ、オーバースローから直球を放った。
全力投球ではないが、勢いよく飛んで行った玉は、十数メートル先の地面に落ちたものの、想像していた爆発は起きない。
「…あれ?何も起こらないよ?」
「うーん…どうやら勢いが足りなかったみたいだな。ちょっと慎重になりすぎた」
「衝撃で…って言ってたから、思い切り投げなきゃダメなのかも?」
「次は全力で投げてみるさ」
失敗を確認しつつ、火薬玉を回収して元の位置にまで戻った。
さすがに炸裂しなかた火薬玉を拾うのは神経を使う。
いつ破裂するかわからないのは正直に言って怖い。
「実は時間差で爆発するんです!」何て仕様だったら、今頃は酷い目に遭っている頃だ。
もちろん、そんな事はないので、気を取り直して第二投目の投球フォームに移った。
次に投げる球も最初と同じ直球だ。
少し精神を集中し、火薬玉を遠くへと放る。
すると、火薬玉は地面から顔を出していた一抱えほどある岩にぶつかり、同時に花火を打ち上げたような爆音を轟かせた。
僕とサフラは一瞬何が起こったのかわからず、爆音とほぼ同時に押し寄せてきた衝撃波に目を丸くした。
これを売ってくれた男性は、火薬の質が悪く実用的ではないと言っていたが、効果は予想の遥か右斜め上を通り過ぎていった。
「…ビックリしたら腰が抜けちゃった」
サフラはペタンと腰を下ろし、爆裂した方を呆然と眺めている。
僕もしばらく開いた口が塞がらず、しばらく呆けてしまった。
「…お、恐ろしい爆発音だったな。町中で使わなくて正解だった」
「うん…急にこんな音がしたらビックリして心臓が止まっちゃうかも」
「とりあえず、威力と使い方はわかったな。これさ、十分武器になるんじゃないか?」
「使い方次第…かな?」
火薬玉が破裂した場所に行ってみると、炸裂した岩に小さな亀裂が入っていた。
元々ヒビが入っていたのかもしれないが、おそらく今の衝撃によるものだろう。
ただ、これだけの被害では広範囲の殺傷能力は望めない。
やはり音で相手を威嚇する道具という用途が最適のようだ。
続けて煙袋の実験に移る。
使い方は袋に直接火を放つだけなので、火薬玉よりはいくらか安全だろう。
どれだけ煙が出るのかわからないので、サフラを安全なところまで下がらせ、烈火石で着火を試みた。
「サフラ、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
「はーい」
数メートル離れた後方からサフラの声が聞こえた。
安全確認のため、最後に周りを見渡して袋の端に火をつけた。
すると、皮袋を焼き尽くした炎は、中に入っていた粉に引火し、猛烈な煙を発生させた。
まるで大量のドライアイスを水の中に放り込んだようだ。
それが一瞬で周りに広がり、あっという間に辺りがホワイトアウトした。
煙は離れていたサフラのところにも届いたらしく、慌てて後ろへ掛けていく音が聞こえる。
僕もこのまま煙に巻かれるのは困るので、息継ぎをせずに煙の外へと駆け出した。
「…ふぅ、これはまた…大惨事だな」
「うん…これ…大丈夫?」
遠巻きに見た煙の塊は、まるで空から入道雲が降ってきたようだ。
原野のある一部だけが完全に白い世界に包まれている。
膨大な煙の塊で向こう側を見通すことはできない。
確かに、これなら煙幕として使えば目眩ましになるだろう。
問題はこの後煙がどうなっていくかだ。
しばらく眺めていると、横風に煽られて徐々に煙が晴れていった。
「これさ、トンネルの中みたいなところで使ったら窒息するだろうな」
「うん…使うところを選ばないとね」
ただ、これを見て一つ思ったのは、やはり使い方次第で有用な道具になると言う事だ。
火薬玉の破裂音と衝撃波はそれだけで威嚇の効果もあるし、煙袋も使いどころさえ間違えなければ戦線を離脱するのに便利だろう。
極力無益な戦闘を避けられるなら、使わない手はない。
これならもう少し買い足しておいても損はないだろう。
「ま、まあ…要は使い方次第だ。俺たちは基本的に二人で行動してるし、大勢の敵に囲まれたら迷わず使う感じだろうな」
「うん。前みたいにゴブリンがい~~~っぱい、出てきたら困るもんね」
「間違いない。よし、これを買い足しに行こう。サフラの分もいくつか買ってやるよ」
「え?いいの?」
「あぁ、いざって時に使えそうだろ。あと烈火石。これも買い足しておこう。お前が煙袋を使う時にも便利だし、次にいつ買えるかもわからないからな」
「は~い」
荒野を後にして再び店を訪れた。
男性に経緯を説明し、効果のほどを気に入ったと言ったらいたく喜んでくれた。
ただ、実際に使ってみてわかったのは、どちらの商品にも導火線のようなモノが欲しいと思った。
特に、火薬玉は火をつけた瞬間に爆発をするのだろうから、手放すまでの猶予が一切ない。
男性にこの事を話すと、納得したように頷き、少し待つように言って奥へと引っ込んでいった。
店先で待たされる形となった僕らは、何気なく通りを行きかう人の群れを眺めた。
この町に滞在する旅人は、ここ数日のトンネルの封鎖によって足止めされている。
しかし、ここから西へ向かうルートは何の問題もないものの、僕らのように東を目指す旅人や行商人にとっては不便極まりない。
「お待たせ。早速改良してみたよ」
男性は手を真っ黒にしながら僕が要望した通りの改良品を持って来た。
見ると、火薬玉には小指ほどの太さがあるロープが伸びている。
長さは三十センチほどもあり、ロープを切るか着火する場所を変えることで爆発までの時間を調節する仕組みだ。
続けて煙袋の口の部分からも同様のロープが伸びていた。
こちらはロープの長さが数センチほどで、すぐに着火できるようになっている。
男性によれば、煙袋を使うのは緊急時がほとんどなので、すぐに着火出来るよう工夫したようだ。
「これ、なかなかイイ出来じゃないですか」
「そうかい?喜んでもらって嬉しいよ。ウチは材料が整っているからね、お客さんのオーダーにもすぐに応えられるんだ」
「ちなみに、この改良版は売って貰えますか?」
「もちろんだとも。今後はこの商品もラインナップに加えさせてもらうよ」
男性はよい物が出来たとご満悦の様子だった。
僕にしてみれば、先ほどよりも使い勝手が向上しているようなので、言った甲斐があったというものだ。
「じゃあ、これを各五個ずつお願いできますか?」
「了解した。数が多いんで、改良に少し時間がかかると思う。また後で来てもらえないだろうか?」
「わかりました。別の店にも用があるんで、そっちを済ませたらまた覗きに来ますよ」
次はあの怪しげな魔具を売る露店へと向かう。
先ほど確認した限りでは、まだ烈火石は残っていたので、すぐに売り切れると言う事はないだろう。
あの店構えと店主の風貌から受ける印象から、怪しんで人が寄り付かない感じだ。
店に付くと案の定、商品を見ている客はいなかった。
店主はあくびをしながら暇そうに通りを行きかう人を眺めていた。
「どうも。また来ましたよ」
「おや、今度はどうしました?」
「烈火石をもう一つ買おうと思って。まだ残ってますよね?」
「あぁ、ここに置いてある。一つでよかったかな?」
「はい」
「では金貨一枚だ。それと、こんな珍しい商品もあるんだが、買ってはみないか?」
そう言って並べられた商品の一つを手に取った。
「何です、それは?」
「これはアルジズのルーンが刻まれたミスリル銀のコインだ。この文字は保護のルーンと言って、災いから一度だけ救ってくれると伝えられている」
「一度だけということは、救った後どうなるんですか?」
「実際には見たことがないが、コインが砕けると聞いている」
「つまり…コインが身代わりになると?」
「まあ、そういう代物だろうな。もちろん、断言は出来ないが…。旅人やハンターはこれをお守りとして持っているから、お客さんにもどうかと思ってね」
説明の通り、本当に身代わりになるのかは怪しいが、ミスリル銀といえば貴重な金属だ。
希少価値で言えば、コルグスから受け取ったダマスカス鋼のネックレスに匹敵するくらいの価値がある。
効果のほどは期待していないが、ミスリル銀を所有してみたいという欲が出ていた。
「じゃあ、これも一つ」
「毎度。こちらは金貨二枚だよ」
「二枚…高くないか?」
「こちらはかなり貴重な物でな。物好きな金持ちが収集しているんだ。高価なのはそのためだ」
「まあ…価値があるなら仕方ないか。わかった、金貨三枚だ」
「確かに。今後ともご贔屓に」
店を後にしてサフラが心配そうにしていた。
「お兄ちゃん、烈火石はいいとしても、どうしてコインまで買っちゃったの?」
「うーん、あの店主の話が本当なら、凄いコインだと思ったんだよ。だから、騙されたと思って買ってみたんだ」
「ダメだよ。興味本位でたくさんお金を使ったら、ね?」
「大丈夫だよ。まあ、今後は少し控えるけどな」
サフラに釘を指されたので自重する事にした。
ただ、このコインが本当に身代わりの役割を果たすなら、金貨二枚では安すぎるくらいだ。
これが、ロールプレイングゲームの中に登場する似た効果を持ったアイテムだとすれば、瀕死状態と引き換えにアイテムが犠牲になり、体力が回復すると言う便利なものなのではないか。
このコインがその類のアイテムだとすれば、金貨二枚で命を一つ買ったと同じだ。
そこまでご都合主義なアイテムが存在するかはわからないが、魔法が存在するのなら期待してみる価値はあるだろう。
徐々に“魔法要素”のアイテムなどが出てきて、ファンタジーらしさが出てきたでしょうか?
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。