シーン 27
改稿済み:2012/07/26
好印象な僕とは対照的に、男性は難しい顔をした。
商品を扱う専門家として何か意見があるようだ。
僕としては、こう言った道具はまったくの素人なので、出来る限りの情報は得ておきたい。
「だがなぁ…お客さんが何に使いたいかわからないが、素人が簡単に扱えるような代物じゃないぞ?」
「何か難があるんですか?」
「うーん、これはあまり口外しないで欲しいんだが、一般向けのこの商品は火薬の純度が低いんだ。だからプロ向けの物に比べて火力が落ちる。もちろんサイズも小さいから、火薬自体の使用量も少ない」
男性によると、この商品は岩盤の発破に使う爆発物に比べ、能力は半分かそれ以下程度のようだ。
火薬の量も少ないため、鉱業用には適さないと付け加えた。
また、これを兵器に転用した場合、全身を覆うプレートメイルを着込んだ重装兵が相手のなら、盾を構えて正面から受ければ何とか耐えられる程度の衝撃だ。
つまり、ド派手な演出が売りのアクション映画のように、相手を吹き飛ばしたり木っ端微塵に粉砕するような威力はない。
だから、直接相手に被害を与える道具としてではなく、爆発時の音を利用する目的で使われる。
ようするに、爆発音のみを楽しむ花火のようなものだ。
もちろん、夜空を彩る大輪の花を咲かせる事はない。
男性によれば、亜人や野生動物に襲われた場合に威嚇の目的で使うらしい。
「…なるほど。癇癪玉みたいなものか」
「お客さんの言うカン…何とかは知らないが、武器にするのは難しいだろうな。それに、使いどころが難しい」
「確かに…。ただ、これは面白いから、三つくらい貰っておこう」
「まあ、お客さんがそれで納得するなら、ウチは構わないが…」
この商品は“火薬玉”と言うらしい。
火薬をおがくずと油紙で球状に整形したものなので、見た目がそのまま名前になっている。
僕は携帯に便利そうな手のひらサイズの火薬玉を三つ購入した。
使用するときは、思い切り投げつけて衝撃を与えるか、直接火に触れさせればいい。
他にも、面白い物があると言って小銭入れほどの大きさがある革袋を取り出した。
中には見慣れない白い粉が入っている。
これは燃えると白煙を上げる“煙袋”という道具のようだ。
使い方は直接炎を引火させるだけ。
発火と共に大量の煙が発生するので、火薬玉と併用して使えば目くらまし効果がある。
戦闘時に戦線から抜け出す際にちょうどいいかもしれない。
煙袋も合わせて三つ購入した。
店を出ると、サフラはいつにも増して不思議そうな顔をしている。
彼女には先ほど買った商品の用途を理解できなかったらしい。
もちろん、今までに見たこともない道具なのだから仕方ない。
実演も兼ねて一度使用してみようと思う。
「まぁ、聞くより見た方がわかりやすいだろう?一度荒野に出て試してみよう。町中じゃあ迷惑になる」
「えっと、煙袋…だっけ、アレは火を付けないといけないんだよね?」
「そうだったな。ライターかマッチがあればいいんだが…」
「ライター…?マッチ…?」
サフラには、また僕がわけのわからない事を言っているように見えるらしい。
どちらも日本で実用化されたのは、僕のいた時代から二百年以上前の事だ。
この世界が中世頃という生活水準だと過程すれば、現代日本から逆算して三百年以上前になるため、順当にいってもライターやマッチが発明されるのは今から百年後だろう。
サフラに聞いたところ、火を起こすには火打石を用いた方法が一般的のようだ。
火打石を使って火を起こした事はないが、ライターやマッチに比べて手間が掛かる事は間違いない。
ただ、これとは別にもっと効率よく火を起こす方法がある。
それは“烈火石”という不思議な鉱石を使う方法だ。
サフラによれば、クオルが持っていた剣と仕組みは同じらしい。
火を起こす前に、祝詞を唱えるか胸の中で炎が灯るイメージを浮かべる事で、烈火石の上にローソクほどの炎が立つ。
この世界の簡易ライターと言ったところか。
「烈火石か。それはどこに行ったら買えるんだ?」
「うーん、雑貨屋さんかな?でも、とても珍しい物だから、なかなか見つからないかもしれないよ」
「とりあえず雑貨屋を漁ってみよう。見付かればラッキーって事だな」
「うん。さっき、それらしいお店があったから聞いてみよ」
来た道を戻ると、通りに面した二階建ての路面店を見つけた。
露店とは違い、商品はすべて棚に並べられている。
うず高く陳列されたその光景は、激安を謳う某巨大量販店のようだ。
日用品雑貨から、何に使うのかわからない道具まで、いろいろな物が並んでいる。
商品を物色していると、カウンターに居た中年男性の店員が御用聞きにやってきた。
「いらっしゃいませ。どのような品をお探しでしょうか?」
「烈火石を探している。この店にはあるか?」
「烈火石でございますか…大変申し訳ございません。当店で取扱はございますが、只今在庫を切らしておりまして…」
店員は深々と頭を下げてきた。
サフラの言う通り、雑貨屋で取扱はあるようだが、希少というだけあって簡単には見付からないようだ。
「入荷の予定は?」
「申し訳ございません、そちらも現在は未定でございます。火打石でしたらすぐにご用意できますが、いかがでしょう?」
「いえ、烈火石を探していますので遠慮しておきます。どこか別の店で取扱は知りませんか?」
「そうですね…雑貨を扱う店はいくつかございますが、なかなか手には入らない貴重品ですので、どこでと限定する事は難しいです。ですが、もしかすれば…という店ならございます」
「それはどこです?」
「当店のような路面店ではございませんが、露天商の中に“魔具”を扱う怪しげな店がございます」
店員の言う魔具とは、エルフ族が作った特殊な道具の事だ。
入手方法はエルフの討伐によって得られる戦利品なので、産出量が極めて少ない。
ただし、その中には紛い物が含まれている事も多く、本物を求める買い手には懐疑的な面が大きいようだ。
「怪しげ…か。それでも一度見てみる価値はありそうだな」
「さようでございますか。それでしたら、地図を描きましょう。その方がわかりやすいかと思います」
「ありがとうございます」
店員は高価な紙片に地図を書いて渡してくれた。
地図の礼は銀貨一枚だ。
店員は驚いたようだったが、厚意ということで受け取ってくれた。
地図には町の簡単な見取り図が描かれている。
中央の通りを中心に、露店街、居住区、繁華街などが書き込まれている。
見ると、露店商が立ち並ぶ通りの中に、丸印が打たれた場所がある。
ここが魔具を売る露店のようだ。
位置は露店街の南側。
この場所は何度か前を通っているが、意識をしていなかったため、気にしていなかった。
地図の指示に従い目的の店にたどり着くと、ローブを纏った怪しげな男が店番をしていた。
商品も何やら文字が刻まれた物が多く、用途のわからないものばかりが並んでいる。
その中で、ゴルフボールほど大きさがある真っ赤な球体を見つけた。
サフラもそれに気が付き、手にとって目的のものだと教えてくれた。
「お兄ちゃん、あったよ、烈火石!」
「お嬢ちゃん、それが烈火石だとわかるのかい?」
「違うんですか?」
「いいや、それが烈火石だ。希少な石だから知る者もあまり多くはないが…お嬢ちゃんは物知りだね」
「店主、これはいくらだ?」
「それはなかなか希少な物でね。金貨一枚だよ」
「ふむ。確かに高価な物だな…。だが、これが本物という保証はあるのか?」
疑うべきはそこだ。
怪しい見た目の人物が商売をしているのだから疑われても仕方がないとは思うが。
「祝詞を唱えるといい。“炎の精霊、ここに在れ”だ」
教えられた通りに祝詞を唱えてみると、手に下烈火石の上に炎が浮かんだ。
炎は消す時は吹き消せばいいらしい。
一度吹き消してから、今度は胸の中で同じ言葉を念じてみた。
すると再び炎が立ち上がった。
ライターと違ってオイルの代わりに魔力を消費するらしく、魔力の残量は石の色で判断するようだ。
魔力が完全になくなった状態の石は真っ黒に変色する。
今、手にしている烈火石はほぼ魔力が限界まで蓄積されているようなので、しばらくの間使えるだろうとのことだ。
「気に入った。これを貰おう」
「毎度どうも。今後ともご贔屓に」
とりあえず、これで必要なものは揃った事になる。
あとは荒野に出て先ほど買った物の実験をするだけだ。
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