シーン 25
改稿済み:2012/07/25
宿に戻った僕らは、一つ大きな溜め息をついてベッドに腰を下ろした。
思えば今までニーナが一緒に居たので、こうして二人きりになるのは久しぶりだ。
これまで戦い続きで少し疲れていたので、しばらく何もしないで呆けてしまった。
今は気楽な旅人だが、仮にハンターの職に就けば召集一つで駆けつけなければならない。
それを思えば旅人という立場は行動に制限がなくていい。
金銭的に困った時は、バウンティーハンターを気取って稼ぐ事もできるだろう。
それに、僕らにはすでに当分遊んで暮らせるだけの資金がある。
上手くすれば数年間は収入が無くても大丈夫だろう。
もちろん贅沢をしなければの話ではあるが。
「…ようやく落ち着いたな」
「うん。いろいろな事があったもんね。お兄ちゃん、かっこよかったよ」
「ありがとな。それに、サフラも何気に活躍してたじゃないか」
自衛手段を持つサフラは、すでに守る対象からパートナーになっていた。
もちろん、危険な目に遭えば真っ先に助けに向かうが、クローラーやゴブリン程度なら彼女一人に任せでも問題はない。
おかげ立ち回るのも随分楽になった。
初めはサフラに武器を持たせるべきではないと思ったが、それは大きな間違いで、今では良かったと思っている。
サフラは僕が思っている以上に芯の強い子だ。
「…それでだ、今後について話し合っておこう。当面は帝都に向かうのを優先したい。あと、これから俺たちが暮らす場所も決めようと思う。金には少し余裕もあるし、持ち家なんてどうだ?」
「えッ、お家買うの?」
「ずっと宿暮らしじゃ大変だろ?住むところくらい落ち着いた方がいいと思ってな」
「そうだね。うーん、お家ね。どこに住めばいいんだろう?」
この世界に来てまだ数えるほどしか経っていないため、物の相場がよくわかっていない。
生活に直結する食料品や宿泊料などの相場については、大方の察しはつくようになってきたが、家の相場となるとまったく想像がつかない。
土地、建物、立地によって相場は異なるだろうし、出来れば周辺の利便性にも極力こだわりたい。
もちろん、値段が安いからと言って、亜人の出没する荒野に立つ家などはもってのほかだ。
欲を言うなら、治安が安定していて人の行き来や物流の多い町が有力な候補だ。
今ある知識で言えば、最有力候補は帝都になるだろう。
「他にどんな町があるかわからないけど、出来れば帝都に住んでみようと思うんだ。人や物や情報が集まりやすいし、ハンターギルドの本部もあるから治安も良さそうだしな」
「うん、賛成。でも、どうやって見付ければいいのかな?」
「不動産屋に聞いてみれば早いだろ」
「フドウサンヤ?」
唐突に困った顔をされてしまった。
聞くところによると、この世界に不動産業と言うものはないらしい。
通常、土地や家を買うには、持ち主に直接交渉するのが一般的だという。
その持ち主を探すには、町の有力者や情報通に話を通してもらうようだ。
つまり、直接現地に行って情報収集をするしかない。
「…じゃあ、現地に行ってみないと話にならないな」
「そうなるね。周りに帝都について詳しい人が居ればいいんだけど…」
「生憎だが、そんな知り合いは思いつかないな」
「私も。誰か信頼できる人が居ればいいんだけど、それも現地で探して見るしかないね」
「だな。あと、この国のことをよく知りたい。図書館みたいなところがあると便利なんだが…」
サフラは“図書館”という言葉に、またしても困った顔をした。
いや、困った顔を通り越してビックリした顔だろうか。
理由を聞いてみると、この世界において紙がとても貴重な物で、本はその最たるものだと言う。
彼女の話が正しければ、本の内容はともかく、一冊で銀貨数枚から金貨一枚程度に相当する価値がある。
だから、本を無数に集めた図書館は宝の山というわけだ。
ちなみに、この世界にも図書館はあるらしい。
しかし、前世のように庶民が気軽に利用できるものではなく、王族と一部の上流階級の人間だけに開放されている。
これには、仮に欠損や破損があった場合でも、保障できるだけの地位や財力が必要と言う事らしい。
だから、一般人が本をおいそれと手に取る事はおろか、目にすることも稀のようだ。
「日本では紙なんて当たり前だったんだが…場所が違えば文化も違うって事か」
「ホント、お兄ちゃんの住んでたニホンって凄いところだね」
「こっちの常識で考えたら異常かもな。他にもいろいろと違うところもあるし、まだまだ違いはありそうだ」
「ニホンっていう国はお金持ちなのかな?」
「いや、みんながみんな裕福なわけじゃないさ。一応、努力すればある程度は不自由なく生活できる国ではあったけどな」
日本が裕福かといえば疑問はある。
国際的に見れば先進国ではあるものの、誰もが何不自由なく暮らしているわけではない。
最近では格差も広がって住みにくいと漏らす者もいる。
これは持論だが、裕福と感じる価値観は心のあり方にあるように思う。
僕は僕で前の世界ではそれなりに満足をしていた。
いや、満足していたと思い込んでいた。
臭い物には蓋を…ではないが、極力嫌なモノを見ないようにもしていたし、都合の悪い事は「知らない」の一点張りでやり過ごす事もあった。
それに比べれば、この世界は表と裏がハッキリとしている。
特に戦いの時はそうだが、勝ち負けで優劣が決まるのは、本当の意味で実力主義だ。
野生動物ではないが、物理的に弱肉強食の関係が明確になっている点で、前の世界とは明らかに違う。
もちろん、前世でも間接的に弱肉強食の世界だったのだが。
ここで一つ疑問に思うのは、この世界における教育水準についてだ。
僕は幼女の死神がくれた“特別ボーナス”の恩恵と思われる効果もあり、言語、読み書き、計算など、前の世界で当たり前に出来ていた事が通用する。
しかし、この世界には学校というものがないらしく、読み書き計算の教育を受けられるのは貴族などの上流階級だけだ。
サフラの場合、父親が冬の間だけ行商人になっていたので、その時に簡単な読み書きと計算の方法を教えてもらったそうだ。
特に、計算は商売人にとってかなり重要なスキルなので、繰り返し何度も教えられた。
おかげで瞬時に暗算ができるようになり、本人もそれが自慢なのだとか。
サフラの場合は特別だったが、別の子どもたちは、両親が熱心な場合を除いて読み書き、計算はできない。
基本的な教育が成り立っていないため、文字による伝達方法はあまり発達していないようだ。
町の中にある看板も文字で書かれた物は少なく、伝えたい物をイメージしたイラストや図形で表現している。
ちなみに、酒場の場合は看板を掲げる代わりに、店先に酒樽を並べているので、文字が読めなくても何の店か伝わるようだ。
メニューについては、わからなければ直接店員に聞けば問題ない。
「それにしても、サフラって出会った頃に比べて少し変わったよな。何ていうか、少しずつ自分を表に出すようになったって言うのかな?」
「…うん。やっぱりね、私はお兄ちゃんを支えたいの。だから、昔のままじゃダメだと思ってね。守られてるだけのサフラは、この剣を買ってもらった時にお別れしました」
そう言って、腰に差したスティレットの柄に手を置き、それを愛おしそう眺めた。
本人が言うように、彼女が決定的に変わったのはこの短剣を買い与えた時からだ。
剣術は自分の身を守る手段でもあり、誰かを守る手段でもある。
「あまり気を張らなくてもいい。必要な時に、必要な分のその力を使えばいいさ」
「うん。でも、本当なら戦いのない世界だったらいいのにって…そう思う時があるの。変だよね」
「いや、変じゃないさ。俺だってそう思う。誰も悲しまない世界、それは理想だよ。でも、そんな世界なんてありはしない。この世界にいる以上、少なからずどこかで誰かが悲しんで、誰かが笑ってる。それが現実さ」
「…うん。だから、私は…うんん、私たちや私たちに関わる人たちだけは、ずっと笑顔で居られたらって、そう思うの」
「あぁ、悲しい思いはもうたくさんだ。そうだよな?」
サフラは小さく頷き唇をかみ締めた。
まだ両親を失くして日も浅いと言うのに、彼女はすでに前を向いている。
人は辛いことを乗り越えて成長する生き物だと聞いた事があったが、今の彼女がまさにそれだ。
たくさんの後悔と悲しみは人を強くする。
僕もあの日、サフラを助けたあの日、強く生きようと決めた一人だから。
この先、まだたくさんの後悔をしていくだろう。
それでも、僕は僕の出した答えを否定はしたくない。
その一つ一つが僕という人間を作っていくのだから。
今回は“語り回”っぽくなってしまいました。
ちなみに筆者は精神論者ではなく、“飄々”をモットーに生きているので、主人公ほどモノを考えて生きては居ませんが…(汗)
そして相変わらず続きを書く時間が足りない…(滝汗)
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等がありましたらよろしくお願いします。