シーン 23
改稿済み:2012/07/19
僕は相手を睨み付け、左手に短剣を握った。
銃を見た事がない相手では、これが武器だと伝わり辛い。
それを理解した上で、一目で凶器とわかる刃物をチラつかせ、相手の恐怖心を煽る事にした。
「手荒な真似はしたくない。その子を離せ。俺たちは殺し合いに来たんじゃない」
「ふん、人間風情が何を言う。お前たちは野蛮な種族ではないか!仲間も多く殺された」
ドワーフは憤り、サフラを掴む手を力いっぱい握った。
これにはサフラも苦しそうな表情を浮かべたが、相手を刺激しないよう声は出さなかった。
「待て!話し合えば分かるはずだ。だからその子だけは傷付けないでくれ」
「レイジ、ドワーフに何を言っても無駄だ!いいからヤツを撃て!」
「でも!」
「おっと、下手な真似をしてみろ、コイツの命はないぞ!」
ドワーフはサフラの首筋に刃物を突きつけ、目を細めて警告してきた。
やはり、彼女を人質としているため、すぐに殺すつもりはないらしい。
「…クッ、何が望みだ!」
「私に構うな!そして消えろ、野蛮な人間共め」
「俺たちは野蛮なんかじゃない。お前に危害を加えようとも思っていないんだ」
「ふん、そんな話が信じられるか!現にそこの娘、その位置からナイフを投げようとは思うなよ。コイツを盾にしてやる」
「お前…どこまで非道なんだ!サフラちゃんを離せ!」
言い争いは平行線のままだ。
下手に刺激すれば何をしでかすかわからない。
粘り強く説得するのも大事だが、時には武力行使も必要と言う事か。
これでは今まで繰り返されてきた歴史と変わらない。
その間にもサフラは精神的に疲弊しているらしく、徐々に息遣いが荒くなっている。
状況を打開するためにも、あまり長引かせる訳にはいかない。
仕方なく銃口を短剣を持っている手に向けた。
「何だ貴様、妙な物を向けよって」
「最後通告だ。その子を離せ」
「何を言う。私に脅しは利かないぞ?」
「一瞬で…終わるさ!」
そう言って短剣を持つ手を撃ち抜いた。
乾いた発砲音と共に、弾は狙い通り手の甲に当たり、ドワーフは短剣を投げ出し掴んでいた手を離した。
その隙にサフラは逃げ出し、僕らの方に戻ってきた。
恐怖で震えてはいるが、しばらくすれば落ち着くだろう。
ニーナはサフラを抱き締めて無事を喜んでいる。
対するドワーフは、何が起こったのかわからないと言った顔で、僕に鋭い眼差しを送っていた。
「き、貴様…何をした!」
「ただ引き金を引いただけさ。特別な事は何もしていない」
「ぬかったわい…奇っ怪な武器を操りおって…」
「その気になれば頭を撃ち抜く事だって出来るさ。抵抗するのは止めろ。出来れば殺したくない」
「…貴様、何が目的だ」
「言っただろう。話し合いに来たと。ドワーフとは何かをこの目で確かめに来たんだ」
「確かめる…だと?理解しようともせず、一方的に戦争を仕掛けてきた人間風情が何を今更…」
「俺たちはドワーフの事を野蛮な種族と聞いている。だが、お前は話に聞いているドワーフ像とは違った。お前たちは本当に野蛮な種族なのか?」
男はそれを聞いて表情を歪めた。
不服そうな顔付きで明らかに動揺をしている。
「野蛮なのはお前たちだろう。私たちは人間たちに命を狙われ、その報復でお前の仲間たちを殺す。それだけだ。それに、最初に危害を加えてきたのは貴様たちだ!」
「…ちょっと待て。我々の認識では、ドワーフは憎むべき存在。天敵のようなものだと教えられている。それは我々にとって共通の認識だ」
「娘、貴様たちはそうやって私たちドワーフを迫害してきたんだ。私たちはただ平穏で静かな暮らしを望んでいると言うのに…」
憤るドワーフの様子を見る限り、話に聞いていた野蛮な印象はない。
彼の言葉が本当なら、身を守るために仕方なく戦ってきたと言う事になる。
「もう一度言う。俺たちはお前を殺しに来たんじゃない。わかればゆっくり頷いてそこに座れ」
すると男は指示通りに動いてその場に腰を据えた。
しかし、その様子はどこか諦めにも似た雰囲気が漂っている。
僕は極力不信感を与えないよう、ゆっくりとした言葉で続けた。
「よし。では、コイツを使って止血しろ」
僕はポケットからハンカチ変わりの布切れを取り出すと、丸めて目の前に放ってやった。
それを見て、男と状況を見守っていた二人は驚きを隠せず目を丸くした。
「レイジ!何故そんなヤツに情けをかける?危険だ、いいから早く止めを刺せ!!」
「見ろ!野蛮なのは貴様たちの方だ」
「…ニーナさん、お兄ちゃんを信じてあげて。それに、あの人、私には悪い人には見えない…かな」
「サフラちゃん…」
「そう言うわけだ。ニーナ、この場は俺に預けてくれ」
「…わかった」
ニーナはサフラの説得によってひとまず落ち着きを取り戻した。
しかし、何かの拍子にスイッチが入る事もあるため、油断は禁物だ。
目でサフラに合図を送り、彼女が暴走する事がないよう伝えた。
「まったく…一番わけがわからないのはお前だよ。何故止血までさせる?」
「お前はサフラを捉えはしたが殺さなかった。その気になればすぐにでも殺せたはずだ。そこに疑問を持った」
「ふん…変わったヤツだ。人質を取ったのは戦いを有利にするためだ。多勢に無勢では分が悪かった」
「それならば一人でも確実に殺して戦力を減らすべきだろう?」
「ふん…人間というのは強欲な生き物だ。それをした仲間たちは、怒りに任せて殺されてしまった…」
「強欲…か。あながち間違いではないな。もし、あの場でサフラを殺していたら、俺は間違いなくお前を殺していた」
「…だろうな。お前の放つ殺気…あれは尋常ではなかった」
ドワーフは、話を続けながら傷口に布を巻いて簡単な止血をした。
それ以外では怪しい動作もなく、大人しく指示に従っている。
万が一、危険だと判断すれば、その時は躊躇わずに撃てばいい。
僕の甘い判断で、サフラの村で経験した悲しい思いをするのはたくさんだ。
「少し話を聞きたい。わかる範囲で答えてくれ」
「…わかった」
「まず、お前はここで何をしていた?」
「薬草の採集だ。それと、薬の精製。採集した薬草からオイルを蒸留していた」
「姿が見えなかったが、今までどこにいた?」
「…下だ。足元に穴を掘ってラボラトリーを兼ねた倉庫を造った。入口の穴はいくつかある。間違って踏み外すなよ?」
ドワーフの指差した先には、人が一人収まるほどの穴が見える。
ちょっとマンホールくらいの大きさだ。
中は暗くてよくわからないが、目を凝らすと近くにいくつか同じ穴が見つかった。
「では次の質問だ。ここに来る前に聞いたが、人を襲ったと言うのは本当か?」
「あぁ…何人か殺しもした。もちろん先に仕掛けてきたのは人間の方だ。俺はちょうど薬草を摘んでいた時でな。…これがその時受けた傷だ」
そう言ってドワーフは腕を捲り、包帯が巻かれた傷跡を見せた。
話によれば、背後から受けた矢傷らしい。
相手は二人だったが、そのうちの一人が逃げ出してハンターギルドに報告したようだ。
「遺体はどうした?」
「埋めたよ。私たちのやり方で埋葬しておいた」
「…信じられんな。ドワーフが埋葬などと…そんな話、聞いたことがない」
「娘、お前さんが思っている我々のイメージが間違っているんだ。我々は故人を偲ぶ。それが人間であろうとエルフであろうと変わりはない」
「わかった。最後に名前を聞きたい。質問はこれで終わりだ」
「…コルグス。コルグス=エルエミオンだ。薬剤師をしている」
「薬剤師のコルグスか。俺はレイジ。狭山令二だ。旅人をしている」
「レイジ…覚えておこう。それで…私はこの後どうなる?」
「こちらに危害を加えられない限り、お前の命を奪うつもりはない。このまま解放するつもりだ。ただ、この場所からは離れてもらう。出来ればノースフィールドへ戻ってもらいたい」
「…それだけか?」
「あぁ。不服か?」
「私は構わない。命が助かるならここを明け渡そう。だが、後ろの娘から殺気が漏れていてな…無事に帰れるか不安だよ…」
振り向くと、ニーナは眉間に皺を寄せコルグスを睨み付けていた。
殺気を感じ取れない一般人でもわかるほどの敵意が伺える。
「ニーナ、怒りを収めろ」
「しかし、レイジ!」
「心配ない。俺に考えがある。コルグス、俺たちはハンターギルドの依頼でここに来た。お前には多額の懸賞金が掛けられているんだ」
「…ふん、だから武装した人間が近くをうろついていたわけか…。で、お前さんはどうするつもりだ?やはり私を殺して首を持ち帰るのか?」
「さっきも言っただろう、ノースフィールドに帰れと。ここに居ればいずれまた命を狙われる事になる。だから、ギルドには俺たちがお前を退治したと報告させてもらうよ。変わりに、何か証拠になる戦利品をいただく。これが殺さない条件だ」
「…ほう、なかなか面白い事を考えるんだな。確かに、命あっての物種だ。それくらいは協力しよう」
「話が早くて助かる。ニーナもこれでいいか?」
「…まあ、それならギルドも納得するだろう。問題は何を証拠に持ち帰るかだな…」
新たな問題はそこだ。
証拠品として提出するには、説得力のあるものでなければならない。
コルグスの言うように、首を持ち帰れば間違いはないが、それ以外となれば熟慮する必要がある。
「それならば…コレを持っていけ。お前たちには過ぎたる物だがな」
コルグスは首に掛けていたペンダントを外した。
「これは?」
「ノースフィールドでしか採れない金属を加工したものだ。我々は身分を表す物として使っている。金属の名は“ダマスカス鋼”。鋼よりも固く、ミスリルにも劣らない堅牢な金属だ。一部は武具の材料として使われる。製法は門外不出。ドワーフの限られた鍛冶師のみが扱える貴重なものだ…」
つまり、ノースフィールドの出身であるドワーフしか身に着けていない物だから、説明が付くのではないかとの事だ。
この金属は、白金色のミスリル銀や黒色のテイタン、鈍色の鉄などとは違い、青と緑の中間の色合いをしている。
身近な鉱石で言えば、トルコ石の色に良く似ていた。
「それだけ大切な物と言うわけか。なら、代わりに友好の証として伝えておく事がある。近いうちにドワーフの殲滅作戦が行われるそうだ。規模は分からないが、確かな情報だ」
「レイジ!お、お前…自分が何を言っているのか、わかっているのか!?国家機密だぞ!!」
「ニーナ、すまない。だけど、俺は無益な戦いが嫌いなんだ。これで戦争が回避できるなら本望だよ」
「…その娘の慌てようといい、偽りではなさそうだな」
「そう言う事だ。そちらも準備を整えるなら、早く戻って伝えた方がいい」
「…まったく、レイジ…お前はバカなのか?」
「かもな。いや、平和を愛するバカだよ」
「…付き合いきれん。どうなっても知らんぞ!」
「苦労を掛けるな。これが俺と言うヤツの本質だよ」
呆れるニーナの傍らで、サフラは何故か微笑んでいた。
やはり僕はこの世界では異質な存在だ。
いや、異質だからこそ見える事もある。
きっと、コルグスとの出会いも何かの巡り合わせなのだろう。
今はまだこの世界に転生した意味が見出せていないものの、少しずつ前に進んでいる実感はあった。
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