シーン 22
改稿済み:2012/07/19
当該のドワーフ討伐に向かったのは、夜明けを迎える少し前。
辺りが白々と明るくなり始めた頃だ。
ニーナは、知り合いのハンターから周辺の地図を受け取り、太陽の位置関係から方角を割り出して目的地へ先導してくれた。
僕とサフラの後を追いながら、周囲への警戒に務めた。
しばらくすると、辺りの景色は岩が剥き出しになった渓谷沿いを離れ、荒涼とした荒地に変わっていった。
この辺りは街道から距離が離れているため人の姿はない。
代わりに筋肉達磨のような亜人が闊歩しているので、その都度戦闘になってしまう。
戦闘と言っても、僕らにしてみれば一方的な暴力になってしまうため、苦戦を強いられる事はない。
どちらかと言えば、群がる蝿や蚊を払うのと同じ感覚だ。
「歯ごたえがないな。まあ、楽が出来て助かってはいるが…」
「ゴブリンなんてどこに居ても同じさ。それより、キミの腰に差している剣、なかなか出番が無いんじゃないか?使っているところを見たことがないな」
「…そうだな。飾り程度に提げている感じだ」
彼女が指摘する通り、まだ本来の“相手の剣撃をいなす”という用途で使った事はない。
最初はこの短剣を盾の代わりにと考えていたが、実際に戦ってみると近付いて来る前に事が済んでいる。
トンネルの中で戦った時は、これまでに経験のない圧倒的な数だったが、優秀な前衛が活躍してくれたおかげで出番はなかった。
それに、剣での実戦は未経験なので、咄嗟に使いこなせるのか疑問は残る。
個人的には、あまり余計な心配事は作りたくないため、出来るならこのまま出番がない方がいい。
「それは勿体ないな。どうだ、私が稽古をつけてやろうか?」
「ん?あぁ…遠慮しておく。本気でやったら殺されそうだ」
「ハハハッ、大丈夫だ、手加減はするよ」
「手加減か…考えておく」
いつも気になっている事だが、僕とニーナが話しをしている時のサフラは、普段にも増して物静かで大人しい。
直接確認したわけではないが、空気を読んで成り行きを見守っているらしく、必要な時にだけ参加するという事を徹底している。
女性は総じてお喋りが好きという印象だが、サフラについてはその定説から外れるようだ。
それでも、僕と話す時には饒舌になる事もあり、故意に自制しているようにも見える。
僕にしてみれば、もう少し積極的になって会話を楽しんでもいいとは思うのだが、本人が望んでいなければ無理強いをする必要はないとも思っている。
そんな事を知ってか知らずか、ニーナはよくサフラに話し掛ける事がある。
ニーナにしてみれば、サフラに対して恋心に似た感情を抱いているので、積極的に接したいと言う思惑がある。
僕としては下手な事をしなければそのまま見過ごすのだが、たまに出る過激な言動は肝を冷やしつつ警戒しているところだ。
「サフラちゃん、荷物重たいだろう?私が持とう」
「大丈夫です。これも身体を鍛えるにはちょうどいいので」
「健気だねぇ。ますますサフラちゃんの事が好きになったよ」
サフラは、誰が見てもわかる程度に頬を赤らめている。
ニーナについては、どこまで本気なのかはわからないが、衝動的にサフラを連れ攫うのではと心配でならない。
彼女の事だから、僕が気を許した隙に本気で実行しかねない危うさがある。
僕らはこの後、ゴブリン、クローラー、コボルトと遭遇した。
ニーナの話では、そろそろオークが出没するエリアに入るらしい。
オークは身長が二メートルほどある大柄の亜人で、ゴブリンの上位種だと言われている。
ただし、その実力はゴブリンと比較にならず、一体でゴブリンの数体分に相当する力がある。
並のハンターでも、オークを一人で倒せれば一人前と言われるほどで、ハンターの実力試験でもしばしば討伐対象に選ばれるようだ。
オークの中には、人間から奪い取った武器を使う者もあり、ボウガンや長剣、兜に鎧を身に付けていたりする。
知能も人間並みに高く、狡猾なので戦闘の際は細心の注意を払う必要があるようだ。
ニーナも過去に何度か戦闘を経験しているらしく、三体程度なら同時に相手にしても平気で立ち回れるそうだ。
話をしていると視線の先にオークの姿が見えた。
遠くからでもオークだとわかるのは、全身が水色をしているからだ。
緑色が特徴のゴブリンに比べ、水色の体色は荒野ではよく目立つため、注意さえしていれば発見するのは簡単だ。
オークが手にしているのは、丸太で出来た原子的な棍棒だった。
鎧などは装備していないが、腰に巻きつけた布で下半身を覆っている。
武器が棍棒と言う事で、刃物に比べて殺傷力は若干劣るものの、全力で殴られれば頭蓋骨が粉々になるとニーナは言った。
仮に兜を装備していても、衝撃で脳震盪を起こすか、首の骨が折れてしまうだろう。
つまり、全身が凶器のようなもので、まともな力比べなら、オークに勝てる人間はそう多くない。
オークは、僕らに気が付くと棍棒を振り上げて迫ってきた。
背丈が高く、鬼のような形相は威圧的で、並みの旅行者なら恐怖で身を竦ませるだろう。
ニーナは、僕らに手を出さないよう指示し、剣を抜いて対峙した。
そして、ポシェットの中から投げナイフを取り出すと、顔面に向けて投げつけた。
空を切ったナイフは、狙い通り眉間の辺りを捉え、傷みで怯んだ隙に間合いを詰めると、脇腹、背中、首筋と連続で斬りつけた。
その動きはまるで踊っているように優雅で、見ている僕らも見とれてしまうほどだ。
オークは、首筋に受けた傷が致命傷になり、断末魔の声を上げて倒れた。
「…ふむ。このオークはまだ若いな。見た目の威圧感と実力がまるで伴っていない」
そう言って、眉間に刺さっていたナイフを抜き取り、素早く降って血を払うとポシェットの中に戻した。
オークを三体相手にしても動じないとはよく言ったもので、自信があってこその立ち振る舞いだった。
「ニーナさん、カッコイイです!」
「ん?誉めてくれるのかい?嬉しいねぇ」
「踊っているみたいで、何て言うか、とても優雅な動きでした」
「そうかい?私はただ、オークの動きを封じる急所を狙っただけさ。最初に斬りつけた脇腹には神経が集まっているし、何より狙いやすいんだ。背中もそう。背中の方は的が小さくて狙いにくいから、あまり知られていないようだけどね」
サフラは目を輝かせて彼女の説明を聞いている。
どちらかと言えば、彼女はクオルのようなパワーヒッターではないので、ニーナのように素早さを生かした戦いが向いている。
手本にするなら僕やクオルよりも彼女を参考にするのが適当だ。
「先を急ごう。正午までには目的地に着きそうだ」
僕らはひたすら荒地を歩き、目指していた薬草の群生地に辿り着いた。
辺り一面には、紫色の花をつけた薬草が咲き乱れ、ほのかにラベンダーに似た香りを漂わせている。
ニーナによると“ラベンディア”という品種で、語感もラベンダーに似ていた。
「この近くにドワーフが居るのか?」
「情報によればこの辺りらしい。ただ、今のところ気配はないな」
「別の場所に移動したのかもしれない。薬草採集だけが目的なら、すでに用を済ませた可能性もあるな」
「とりあえず周囲を探してみよう。万が一見付けでもって深追いはしないこと。安全第一だ」
僕らは手分けをしてドワーフを探すことにした。
万が一、目的のドワーフに遭遇すてもすぐに駆けつけられるよう、お互いにあまり離れず、たまに手を挙げて合図を送り、一目で無事を確認出来る工夫をした。
探すと言っても、荒地には身を隠せる場所がほとんどない。
周囲にあるのは、腰の高さほどある岩の陰か立ち枯れた木の幹の裏くらいだ。
そんな中、僕から数メートル離れたところで捜索していたサフラが突然悲鳴をあげた。
慌てて振り返ると、身長が百三十センチほどの筋肉質の男がサフラの腕を取り、刃渡りが三十センチほどある短剣を突きつけている。
顔に蓄えた髭や体型の特徴から、手配書に描かれていた男に一致する。
「誰だ!お前たちも私を殺しに来た人間か!?」
「その手を離せ!少しでも妙なマネをしたら殺す」
「妙なことを言う男だ。そんな位置から私を殺そうと言うのかね?人質も居るというのに」
「簡単なことだ。お前を殺すくらい造作もない」
捕らえられているサフラは逃げる機会を伺っているが、掴まれている腕を振り払えず、逃げられないと目で訴えている。
しかし、ここであることに気が付いた。
ドワーフの特徴が話に聞いた通りであれば、血の気を好む残忍な性格をしているはずだ。
そうであれば、わざわざ人質を取らず、そのまま殺してしまうのではないか。
人質という面倒な方法を取るのには、何かの意図があるのだろう。
だから、僕もすぐに銃を使って命を奪うことはせず、対話によってこの場を治められないか試みてみる事にした。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等がありましたらよろしくお願いします。