シーン 21
2012/06/25 改稿済み
翌朝。
客室のドアを叩く音に起こされた。
ドアを叩いたのはニーナだ。
時間はまだ町が活動を始める少し前。
現代の時間に改めるなら午前六時くらいか。
「…何だよ…朝っぱらから」
「ん?何だ、寝ていたのか。それは悪いことをした」
「…悪いと思うなら帰ってくれ。俺は二度寝する…」
「コラコラ、朝からこんな美人がモーニングコールに来たんだ、少しは喜んだらどうだ?」
「…生憎だが眠たくてそんな気分じゃない…用がないなら帰ってくれ…」
別にモーニングコールを頼んだわけではないので、このまま帰ってもらっても一向に構わない。
むしろ、安眠を妨害されたのだから、いい気はしないと言うのが本音だ。
それに、今話さなければならない事ならまだしも、そうでないなら日を改めて欲しい。
「まったく…キミはマイペースだな」
「寝てるのにお構いなしにやって来るヤツに言われたくない」
「酷い言われようだな…キミにとって必要であろう情報を持ってきたんだが…そうか、眠りたいなら眠ればいいさ」
「…ちょっと待て。用件があるのならハッキリ言え。そこまで言われて帰られたら気になって眠れん」
「ほう…それが人にモノを頼む態度か。我ながら心の狭い友人を持ったものだ」
「…心が狭いのは余計だ。で、何なんだよ?」
「あぁ、トンネルの件だ。二日前、私たちが戦って落盤が起きただろう?おかげで二、三日工事が必要なんで、しばらく通行止めになるらしい。今朝から旅立つつもりなら必要な情報だろう?」
「そう言うわけか。まあ、通れないのであれば仕方ないな…。正直なところ、そのつもりだった。無駄足にならなくて助かったよ」
「だろう?つまり、これでしばらくこの町に留まることが決まったわけだ」
そう言って悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
別にニーナに限った事ではないが、この手の笑みを浮かべるタイプはロクな事を考えていない。
むしろ、厄介事でなかった試しなど、二十年近く生きて一度もなかった。
「…用件を言え。事と次第によっては了承しかねるからな」
「予防線を張られたか…まあいい。用件というのはこれだ」
ニーナはポシェットの中から皺だらけになった紙切れを取り出した。
無造作に収納されていたのを見ると、あまり大事な物ではなさそうだ。
「…ん?何だこれ…手配書?」
「見たままの物だ。ハンターギルドが一般向けに依頼を出す討伐対象の手配書だな」
「…で、何でこんな物を見せる必要がある?」
「私とキミの仲だろう?言わなくてもわかると思ったのだがな」
「…討伐の協力ならしない。他を当たってくれ」
それだけ言ってドアを閉めてやった。
廊下からはニーナの慌てた声が聞こえてくる。
このまま鍵を掛けてしまえば二度寝が出来そうだ。
しかし、ニーナはドアをドンドンと叩いて開けろと催促してきた。
あまり騒ぎ立てるとサフラが目を覚ましてしまうので、仕方なくドアを開けてやった。
「まったく、キミというヤツは…。こんな仕打ちを受けたのは初めてだよ」
「そうか。それはいい経験になったな」
そう言って再びドアを閉めてやった。
さすがに二度目となれば動揺も少ないだろう。
これで待望の二度寝だと、そう思っていた矢先の出来事だった。
ドアから刃渡りが二十数センチはあろうかと言う刃物が生えている。
“こんなオブジェはあっただろうか?”と、一瞬現実逃避をしてみたが、同時に背筋が冷たくなるのを感じた。
同時に、ドア越しから突然のカウントダウンも始まった。
素直に開けなければ命が危ないと本能が告げている。
いや、この場合、今さら開けたところで危険かもしれない。
それでも、開けないよりは多少はマシだろう。
カウントダウンが終わるギリギリまで我慢して、恐る恐るドアを開けた。
「…ふむ。惜しい…」
「何が惜しいんだ!冗談にも程があるだろ!!」
「決まっているだろう?粛清してやろうと思ったんだ」
口元は笑っているが目は座っていた。
僅かに殺気のような気配が漏れているのを肌で感じる。
“コイツはマジだ!”と脳内で警鐘が激しく打ち鳴らされた。
「…やめてください、ごめんなさい。目が笑ってないです」
「ふむ…素直に謝られては無碍に怒るわけにもいかないな。まあ、いいさ。それより、討伐の件だが、何もすぐに返事をしろと言うわけではない。サフラちゃんと相談して決めるといい。話はそれだけだ。また時間を見て確認に来るよ」
ニーナは僕の肩をバンバンと叩き、上機嫌になって自室へと戻っていった。
一人取り残された僕は、ようやく過ぎ去った嵐の背中を見送り、ゆっくりドアを閉めた。
ベッドに腰を下ろし、ニーナが置いていった手配書に目を落とす。
そこには似顔絵とともに、報奨金の額面とCランクという格付けが記されている。
似顔絵の感じから、人間に良く似た目つきの男が描かれていた。
骨太そうな骨格と筋肉質なイメージから、きっとこれがドワーフなのだろう。
下段には小さな文字で対象についての情報が記載されていた。
情報によれば、この町から北に半日ほど歩いた荒野に、一ヶ月ほど前から当該のドワーフが棲みついているようだ。
また、少なからず被害者も出ているらしい。
ドワーフの居る荒野には、乾いた荒れ地でしか育たない珍しい薬草が群生しており、ドワーフはそれを狙って現われたのだろう。
この薬草は鎮痛作用に優れ、冒険者が好んで愛用するものだ。
ちなみに、先の戦いで負傷したダイドに使用したのも、この薬草を原料にした物。
相手がドワーフと言うこともあり、ギルドとしては早急に対処したいのだろう。
人間とドワーフにどのような因縁があるのかは分からないが、ドワーフを詳しく知るにはいい機会かもしれない。
サフラが目覚めるまでの間、手配書を見ながら物思いに更けた。
しばらくすると、サフラはいつもの時間に目を覚まし、大きな伸びをした。
昨晩はグッスリと眠れたらしい。
そのまま部屋で朝食を食べ、彼女が落ち着いたのを確認すると、今朝の出来事について相談してみる事にした。
サフラは手渡した手配書に目を通し、暫く思案してから口を開いた。
「…このドワーフをニーナさんが狙ってるんだよね」
「そうだな」
「Cランク…危険…だよね」
「だな」
「お兄ちゃんはどう思ってるの?」
「出来れば戦いたくはない。命は一つしかないからな。ただ、この先ずっと関わらずに居られる相手ではないと思っている。だから、この際ドワーフってヤツをこの目で見たいとも思うんだ」
「私もね、ドワーフは見たことがないの。ほら、彼らはノースフィールドに住んでるから、私たちの暮らす地域とは別だし」
「北の地は寒いんだったな。確か、ドワーフは地底に暮らしてるって聞いたけど、実際どうなんだ?」
「うん。地下にトンネルを掘って暮らしてるんだって。私もそうやって聞いただけなんだけどね」
二人の認識はここまでだ。
ドワーフがどれほど危険なのかという知識は一切ない。
それ以前に、何故両者が争っているのか、そこから学ぶ必要がありそうだ。
サフラに聞いてみたところ、古の時代から争いが絶えなかったという事しか知らないらしい。
小難しい歴史の授業で得た知識というより、昔話の一説として覚えている感じだ。
相手をよく知らないが、危険と聞いているから近寄らない、そんな認識だった。
「お前はドワーフをよく知ろうと思ったことはないか?」
「うーん…思ったことはないかな。ほら、常識として、ドワーフは“悪”だからね」
「ふむ。乱暴な考え方だが…それが一般的な認識ということか。じゃあ、こう考えたことはないか?ドワーフは実は優しい種族だった、とかな」
「うーん…そう考えた事はなかったかな。ほら、この手配書に書かれてる似顔絵、すごく恐そうでしょ?これを見たら優しい何て思わないから」
「なるほど…確かに、言われてみれば凶悪そうな顔をしてるな」
手配書の男は、揉み上げと繋がった髭を蓄え、一見すれば熊のようにも見える。
誇張して描かれているとは思うが、鋭い目付きとあいまって、似顔絵の人物は凶悪犯そのものだ。
この絵を描いた絵師に話を聞けば早いのだろうが、手配書を見る限りでは、畏怖や恐怖の印象しか感じられなかった。
もちろん、ドワーフが優しい種族などという幻想を抱くはずもない。
「俺はさ、この国の生まれじゃないから、ここの常識とは少し認識が違うんだ。そりゃ、全てが敵だと思えば何もかも悪く見えてくるけど、日本の常識に当てはめれば、まず疑ってみようって思うんだ」
「うん。お兄ちゃんがそうしたいっていうなら、私はこの話受けてもいいって思うよ?お兄ちゃんに何かあったら私が全力で守ってあげる」
「頼もしいな。まあ、お前の手を煩わせることはないと思うけどな。わかった、ニーナが来たら一度話をしてみよう」
ニーナが僕らの元を訪れたのは正午を過ぎてからだった。
午前中は町の中を歩き回り、ドワーフについての情報を集めていたらしい。
ついでに温泉にも入っていたらしく、サッパリした顔をしていた。
「ニーナ、今朝の件だけど、二人で相談した。協力するよ」
「そうか。キミならまだしも、サフラちゃんならわかってくれると思っていたよ」
「お前…だからすぐに答えを求めてなかったと…そう言いたいのか?」
「どうとってもらっても構わない。な、サフラちゃん」
「は、はい。私も、ドワーフは見たことがないので、一度見てみたいと思ってました」
「ふむ。実を言うとな、私もヤツらを見たことがないんだ。話に聞くドワーフ像はどれも凶悪だ。憎むべき悪としての認識しかない。それほど凶悪な相手なら一度、手合わせしてみたと思ってな」
「そういうことか。つまり、俺たちは同じ認識ってことでいいんだな?」
「そうなるかな。私としては協力が得られて嬉しいよ。では、早速だが明日、ヤツが目撃された場所に行ってみよう。今日は準備をするなり休むなりして、明日に備えるんだ」
「わかった。必要な物があったら言ってくれ。可能な限りそろえておく」
新しく情報を得たニーナによれば、ドワーフが居る場所までは、町から歩いて半日ほどの距離らしい。
つまり、往復するだけでも一日掛かることになる。
馬車でも使えばもう少し早く移動できるが、そんな高価なものを所有しているはずもなく、街道からも遠く離れているため、同行する商人など居るはずもない。
だから、野宿に必要な準備をするようにと言われた。
基本的には食料と水、それに防寒具を用意する。
他にも、突然の雨に備えた雨具と着替えがあると便利のようだ。
この他に必要な小物類は、ニーナが集めてくれるらしい。
準備をするサフラは、遠足にでも行くような子どものように楽しげだが、僕は少し身の引き締まる思いだった。
現地で、何が起こるかわからない。
最悪の事態を想定すれば、バレルゴブリンとの戦いで負傷したダイドのようにならないとも限らない。
だから、出来る限りの準備をしておいて、それでダメなら諦めもつく。
念入りに荷物を確認すると、明日の出発を待った。
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